俺のハーレムは何かがおかしい   作:祐。

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1年目 夏の章
女子高生、蓼丸菜子


 じりじりと気温が上がり始めた東京の街。夏を実感させる熱気で思わず服をはたはたさせながら、自分は真昼のLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)に訪れる。

 

 カランカランッ、と鳴らされた涼しい鈴の音。扉のそれを心地良く感じる最中にも、店内は既に満席だった状況に驚かされたものだった。

 

 水色を中心とした店内は、視覚的にも涼しげである。その理由から、夏の来店客が大幅に増えるらしい。

 それを事前に聞いていたとはいえ、いざ直面すると気圧されてしまう。もちろん、いつも座っている席も埋まってしまっていたのだが、ここで案内しにやってきたタキシード姿のユノに席へ進むよう手で促されたのだ。

 

「柏島くん。貴方の来店を心より待ち望んでいたものよ。さぁ、こちらへどうぞ。本日も貴方を至福のひと時へと(いざな)ってみせましょう」

 

「あの、ユノさん。席、見た感じですと全部埋まっているようにうかがえるのですが……」

 

 案内されながら訊ね掛けたそれに、ユノはいつもの席の前で立ち止まりながらこう答えてくる。

 

「夏の到来により、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)は多忙を極めるシーズンに差し掛かった。そこで我々は、柏島くんといった特別な客のみが利用できるVIP席もとい予約席を1つ確保することにより、大切な来客をおもてなしする体制を一時的に整えてみせたものよ。……ただ、本日に関しては、我々が最優先するべき特別なお客様が“2名”、来店してくださった」

 

「2名?」

 

「大変恐れ多くも、確保できた特別なテーブルは1つのみ。そこで柏島くんには本日、2名席のそれを相席してもらえると助かるのだけど……如何なものかしら」

 

「はい、構いませんよ」

 

「ありがとう。貴方の寛容なる心持ちに多大なる感謝を表明するわ。そしてどうか、持ち前の包容力によって“彼女”の心の傷を癒してもらえないものかしら」

 

「彼女……?」

 

 ユノのセリフを耳にして、自分はいつもの席へと振り向いていく。

 

 すると、投げ掛けた視線の先で“1人の女子高生”と目が合ったのだ。

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 混雑するLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の中、自分は向かいの席に座る制服姿の女子高生と相席している。

 

 だが、顔も知らない成人男性と同じ席という事実は、少女にとって少なからずの不安を覚えたものだろう。

 

 161cmほどの背丈であり、肘辺りまで伸ばした焦げ茶色のロングストレートという無難な印象の女の子。黒色の瞳に、キリッとした眉や細身の輪郭はイケメン寄りの雰囲気を醸し出している。しかし、少女の特徴は前述した要素からはうかがわせないほどの、近寄り難い不愛想な不機嫌具合にあったとも言えるかもしれない。

 

 鼠色のブレザーに、白色のYシャツ、紺色と黒色のチェック柄スカートは丈を短くしていて、白色のルーズソックスに黄色の運動靴という格好。少女はブレザーのポケットに両手を突っ込み、脚を組んだ姿勢でこちらを睨み付けるように存在している。

 

 手を出したら噛みつかれるかもしれない。

 獰猛な小型犬。という第一印象を抱いた自分は、縮こまるような思いで向かい合っていたものだ。シャツもボタンを2つ外しており、あからさまな眉間のシワと溢れ出すヤンキー臭が学生時代のトラウマを想起させるようで、正直な話あまり関わりたくない。

 

 だが、ユノが特別な客としてこの席に案内した人物だ。

 ということは、きっと見かけによらず優しい子かもしれない。その望みに全てを託すように、自分は少女に話し掛けてみた。

 

「どうも、初めまして」

 

「……は? なに?」

 

 あ、帰りたい。

 

 即行で挫けた。

 変な汗が出始める。だが、自分は平静を保ちながら声を掛け続けていく。

 

「俺は柏島歓喜。この店をプロデュースしているChalkI(チョーキ)って人の息子で、親父の芸術を理解する目的だったり、あと純粋に料理が美味しいから、よくここで食事をさせてもらっているんだ。よろしくね」

 

ChalkI(チョーキ)……。話はユノさんからちょっとだけ聞いてる。いいよね、裕福そうで。何も苦労してなさそうで羨ましい」

 

 嫌味のようにやさぐれる少女。気だるげに喋る少女に自分は気まずくなりながらも、それを訊ね掛けていった。

 

「良かったらでいいんだけど、君の名前を知りたいな。名前で呼んだ方が、少しは気分的に軽くなるかもしれないし」

 

「別に」

 

「いやまぁ、嫌なら教えてくれなくても大丈夫だよ」

 

「は? 嫌なんて言ってないんですけど?」

 

「あ、ごめん……」

 

「簡単に謝らないでよ。アタシが悪いみたいじゃん。そういうの、なんか気分悪い」

 

 不機嫌のあまりに舌打ちした少女。その態度に苦手意識が先行してしまい、自分はついつい俯いてしまう。

 

 で、地獄のような空気に沈黙していると、少しして少女は名乗るように口を開いてきた。

 

「……菜子(なこ)蓼丸(たでまる)菜子。これでいい?」

 

「ありがとう。よろしく、菜子ちゃん」

 

「ん」

 

 端的に返答し、視線を逸らしてくる少女こと蓼丸菜子。何だかんだで名前を教えてくれた嬉しさに、自分は続けて訊ね掛けてしまう。

 

「菜子ちゃんも、今日は食事しに此処に来たの?」

 

「だから何なの?」

 

「いや、特別なお客さんが座れるっていう席にいるから、親父やユノさんと知り合いなのかなって純粋に疑問に思っただけなんだ。特に親父との知り合いなら、親父と再会した時の話のネタになるからさ」

 

「いいじゃん別に。どこに居ようがアタシの勝手でしょ」

 

「そうだよね……」

 

 しゅん……。

 

 ものすごく肩身が狭い。

 あ、なんか泣きそう。たった数分でメンタルがボロボロになった自分は、この時ばかりはさすがに理由をつけて帰ろうかなと本気で考えたりしたものだ。

 

 だが、少しして菜子は不機嫌ながらもそれを語ってくれる。

 

「…………アテが無いから、ここに来ただけだし」

 

「アテ?」

 

「……家が無くなったから」

 

 結構なワケありの雰囲気が出てきた。

 

 機嫌の悪さにも納得がいった。それを思いながらも自分は、赤の他人が訊ねてもいいのだろうかという不安を抱えつつ、話の流れで訊ね続けてしまう。

 

「家が無くなった?」

 

「…………昨日、学校から帰ってきたら家が差し押さえられてた」

 

「差し押さえ……」

 

「借金の滞納とか? 知らないけど。でもまぁ、貧乏だったから。……夜になっても親は帰ってこないし、あのクソ共はアタシを置いて逃げたんだろうね」

 

「そんな……」

 

 想像以上のデリケートな問題に、気の利いた返答の言葉が思いつかない。

 

 加えて、今の状況で自分のような芸能人の息子が目の前に居れば、そりゃあ気に入らないよなとも納得してしまう。こうして申し訳無さばかりが募るこちらを菜子は不機嫌そうに見遣ってくると、少女は気に食わなそうな顔を見せながらもそれを喋り続けてきた。

 

「ネカフェに行って一泊したけど、個室の中でずっと泣いてた。どうしてアタシがこんな目に遭わないといけないんだろ、って。……あの逃げ出したクソ共もさ、アタシを散々殴っておいて最後に見離すんだもん。今までの暴力も、不器用なりの愛情表現だと思ってたのに……家でも学校でも……なんでアタシばっかり、こんな目に遭わないといけないの……っ!? アタシなんか悪いことでもした……!? ただ普通にそこに居て、ただ普通に生きてきただけだったのに……っ」

 

 これまでの感情が爆発してしまったのだろうか。途端にして、菜子は泣き出してしまったのだ。

 

 堪え切れなくなった感情の様子、自分は慌てて菜子へと駆け寄りながら背中をさすっていく。それから、周囲の客に見えないようこの体で遮りつつ、なだめるようにただただ言葉を掛けていった。

 

「大丈夫だよ! ここに居れば心配ないから!」

 

「これのどこが大丈夫なのっ!? 何をどう見たらこの状況を心配しないで済むのっ!? 他人事だからって無責任なこと言わないでよッ!!! 家も無くなって、家族から見離されて……そんな苦しみ、最初から恵まれてるオマエなんかに分かるわけねェだろッ!!!」

 

「それは否定できないけれども、ここに居れば菜子ちゃんを守ってくれる人がたくさんいることは間違いないから!! ネットカフェとかで泊まらずとも、みんな面倒を見てくれる! 変な人に目をつけられずに済むし、食事も寝る場所も用意してくれるから! まずは、周りのみんなに甘えよう。この先のことを考えるのは、その後でもいい。菜子ちゃんは守られてる。みんな、優しくしてくれるから……!」

 

「ふざけんじゃねぇよッ!!! なんでアタシばっかこんな目に遭わないといけないんだよ……! なんでアタシばかり、こんな目に……っ!」

 

 刺々しい言葉を口にしながらも、菜子はすがるようにこちらへくっ付いていた。

 

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を擦り付け、怒りや無念を込めた両手で服を引っ掻いてくる。それから両手をこの体に回して締め上げてくると、菜子は気が済むまま、暫しの間その場で号泣し続けたものであった。

 

 これが、後に家の住人となる少女“ミネ”との出会いである。

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