俺のハーレムは何かがおかしい   作:祐。

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ニックネームを決めよう

 開店前のLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)にお邪魔していた自分は、いつもの席で菜子を待っていた。

 

 少女曰く、『ちょっと、見てもらいたいんだけど……』とのこと。特に何も聞かされないまま来店すると、直にも従業員専用の扉から菜子が姿を現した。

 

 身に纏ったタキシード服に、思わず「おぉ!」と驚きの声を上げてしまった。

 黒色のそれと、イメージカラーなのだろう黄色のシャツ。女子高生でありながらも一気に大人びた様子に見惚れていると、こちらの前まで歩いてきた菜子は不機嫌そうな様相で佇みながら、顔色をうかがうような眼差しで恐る恐ると訊ね掛けてくる。

 

「……どう、かな。やっぱアタシには似合わないよね……」

 

「ううん、むしろ似合ってる。すごく大人っぽく見えるし、しかも違和感無いからサマになってて滅茶苦茶カッコいいよ……!」

 

「別に、そういうのいいってば」

 

「お世辞じゃないって! 菜子ちゃん見違えたよ、似合ってる。もっと自信持っていいから!」

 

「……ホント、ありえない」

 

 蔑むような声音だが、菜子の顔はめちゃめちゃ嬉しそうだ。

 

 本人は照れを隠しているつもりなのだろうが、赤く染めた頬と満更でもない調子が、その感情を簡単に読み取ることができてしまえた。その両手も体の後ろに持っていって、言葉も不愉快そうに吐き捨てながらも、無意識なのだろうもじもじとした体の動きが実に素直である。

 

 最初こそは、不良じみた極悪な態度に圧倒されてしまったものだ。しかし、蓋を開けてみれば年相応の思春期な女の子という印象が強くなり、他人に否定的かつ自虐的な様子もまた、素直になれない性格や過去の体験による言動なのかなという推測が生まれてくる。

 

 なんだか、蓼丸菜子という少女は幸せにしてあげたくなる。

 自己肯定感と幸福感で満たしてあげたい。そして、自分の人生に希望を見出してもらいたい。そんな、年上として見守るような想いで菜子を見つめ遣っていく最中にも、従業員用の扉からはタブレットを持ったタキシード姿のラミアが現れ、こちらの席へと歩み寄りながら喋り出してくる。

 

「お待たせしてすみませんねー。もー少しだけお付き合い頂けますと嬉しいんですけど、お時間の方は如何なモンですかねー」

 

「全然大丈夫だよ」

 

「わー、助かりますー!! でしたら、カンキさんにはこれから立会人を務めて頂くつもりですので、ご理解の程お願いしまーす」

 

「立会人?」

 

「まー、菜子さんがLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)と契約を結ぶトコを見届けてもらうだけですから、そんな堅苦しいモンじゃナイです。如何せん、コチラで働くコトを条件に、菜子さんの学費をお店が負担する方針で決まりましたからねー。カノジョにはこれから少しずつ、カラダで借金を返済して頂きます」

 

「いや、その言い方だとなんかいかがわしく聞こえてくるような……」

 

「というワケで、菜子さんにはイマから、お店で働く際の“ニックネーム”をご自身で決めてもらいます。一応、名付け方にルールがありますから、説明をよく聞いておいてくださいねー」

 

 タブレットを操作するラミアは、片手間で先のセリフを口にしていった。

 直にして、端末をテーブルの上に置いていく。自分と菜子はそれを覗き込んでいくと、画面には従業員と思われる名簿が映し出されていた。

 

 そこには、いつものメンツの名前も記されている。

 主に、『ユノ』、『ラミア』、『メー』、『白鳥レダ』の4名に意識が向いていく。それら名前の横には備考となる項目が用意されており、何やらラミアの言う“ルール”についての説明が書かれているようだった。

 

 内の1人、ユノの項目を自分は読み上げていく。

 

「『ユノ。ローマ神話で女性の結婚生活を守護する女神。主に結婚、出産を司る。参考、ユーノー。別名、ジュノー。ギリシア神話のヘーラーと同一視されている』……?」

 

「ハイ、まーこんなカンジに、Le goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)には“神話由来のニックネームで活動する”というルールがありますから、まずはソチラの把握の方をお願いしまーす」

 

「神話由来のニックネーム?」

 

「そーです。もー少し、具体的に説明しますねー」

 

 菜子はすごく不可解そうな顔をして画面を眺めていた。おそらく、そういった知識とは無縁だったのだろう。

 

 自分はソシャゲといった創作物に触れていたため、割と簡単に適応する形で納得できていた。そんな、「なるほど」という心の相槌を打ちながらも、ラミアの説明へと耳を傾けていく。

 

「例えばですけど、ギリシア神話にはゼウスやハデスという名前の神々が登場します。ギリシア神話に限らず、ローマ神話にはマルスやメルクリウスという名前の神々が、日本神話には天照大神(アマテラスオオカミ)須佐之男命(スサノオノミコト)といった名前の神々が出てきます。神話の種類はともかくとしてですね、どれも聞いたコトがある名前じゃないですか?? メーさん曰く、『ゲームでよく使われている』とのコトですが」

 

「そうだね。ゲームや漫画とかを嗜む人達なら、神話に登場する神々の名前なんかには結構馴染みがあるんじゃないかな」

 

「まーそんなカンジに、神話に登場する神々や武器、動物や場所、怪物や出来事などなど、要は“神話独自の固有名詞をモチーフにした”ニックネームを決めてください。よく分からなければ、天使とか悪魔の名前から取ってきてもオッケーです。天使にはガブリエル、悪魔にはベリアルなどがおりますからねー」

 

 すらすらと語るラミアとは一方的に、よほど神話には馴染みが無かったのだろう菜子はポカーンとしていた。

 

 8割方は頭に入ってなさそうな、栗のような口をした真顔のそれ。理解に及んでいなかった彼女に代わって、自分がラミアへと質問を投げ掛けていった。

 

「神話独自の固有名詞をモチーフにした、の部分でちょっと気になったんだけどいいかな」

 

「どーぞー」

 

「それは、モチーフにさえしていれば言葉を改変しちゃっても大丈夫? 例えば、ゼウスをゼスウといった感じに文字を入れ替えたり、ゼウスをレウスといった感じに文字を替えちゃってもオーケー?」

 

「オッケーですよー。ソコまで厳しめにやってないんで、ナニナニがモチーフですよーって旨を教えてさえ頂ければ、原型を無くしてしまっても構いません。ですので極論、ゼウスをモチーフにしてラーメンと名付けてもらってもオッケーです。その名前で呼ばれても気にしないかどーかは置いといて、ですけど。……ついでですから、ウチらのニックネームのモチーフについても説明しましょーか」

 

「あぁそれ、個人的に知りたいと思ってた。菜子ちゃんも、周りのみんなの名付け方を参考にしてみようよ」

 

 声を掛けると、菜子はハッと我に返るような反応を見せてきた。

 

 あ、これ意味分からな過ぎて聞いてなかったな。

 よぎる絶対的な確信と、少女の強がるような「べ、別にまぁ……! アンタがそうしたいなら、好きにどうぞ……っ」のセリフに、ちょっと可愛げを感じていく。そうして食らい付くのに必死といった具合の菜子が、ものすごく不安げな面持ちを見せていた中で、ラミアはタブレットの画面を操作しながらモチーフについての説明を始めてくる。

 

「ウチのモチーフは、“ラミアー”という人名です。ギリシア神話に登場する女性ではありますが、性的にも物理的にも人を食べるため、どちらかと言えば怪物としての側面が強い名前でしょーねー」

 

「結構エグいところから名前取ってきてたんだな……」

 

「次にメーさんですけど、そのまま“メー”というモノから取ってきているみたいです。コチラはメソポタミア神話に登場する物理的実体らしいんですけど、その内容は、神々の基本的な世界(ルール)を形成する人間の条件……などについての事項が記されたモノであり、その姿かたちもまた、物体から技術、または抽象的な概念など、不定形で曖昧な存在として扱われていたみたいですねー」

 

「? ?? ??? ……????」

 

「まー、そーいうカオしますよね。ただ安心してください。コチラは雰囲気で選んだらしく、その意味はメーさん本人もよく理解していないよーでしたから」

 

「それを聞いて安心したよ。メーの精神状態的にもね」

 

 まぁ、ある意味でメーらしいと言えばメーらしい……か?

 

 神話の奥深さに、菜子は難しい顔をしながら首を90°傾げていた。そんな、またしても栗のような口をした少女を横目に、ラミアは説明を続けてくる。

 

「続いてレダさんこと白鳥(しらとり)レダさんですが、コチラは“レダと白鳥(はくちょう)”という彫刻や絵画などによる題材から取ってきているみたいですねー。ギリシア神話のスゴイ神様であるゼウスが白鳥に変身して、人間の人妻だったレーダーという女性を誘惑するエピソードが元になっているとのコトです」

 

「改めて思ったけれど、神話ってこう……突拍子もない話が多いよね」

 

「同感です。で、ユノさんに関してですけど、先ほどカンキさんが読まれた内容と重複するので敢えて省きます。同じコトを2度も説明しても新鮮味ありませんし、単純にウチが面倒になったので省略したいです」

 

「何というか、ラミアらしい理由だな……。でも大丈夫だよ、いろいろ教えてくれてありがとう」

 

 もはや、ニックネームを考える本人ではなくその立会人が興味本位で話を聞いてしまっていた。

 

 ともかく、自分がある程度と理解できたため、尻ポケットからスマートフォンを取り出しながら菜子へとそれを提案したものだった。

 

「それじゃあ菜子ちゃん、分からないことだらけだったとは思うけれど、取り敢えずネットで調べながら菜子ちゃんに合うニックネームを考えようか。俺も最後まで付き合うから、心配しなくても平気だよ」

 

 ――――――――――

 

 

 

 ――――――――――

 

 菜子は本日から働き始めるため、開店までには名前を決めておきたいというラミアの注文。彼女はそれを告げて従業員用の部屋へと向かっていき、自分は椅子に座った菜子と向かい合う形で神話について検索をかけていた。

 

 テーブルに置いたスマートフォンを2人で覗き、あれこれと話し合うこと30分経過した頃だろうか。

 もう間もなくと開店時間だ。自分は静かに焦り、菜子は迫る業務に緊張の面持ちを浮かべたりしていく中で、ふと少女は目についた名前を指差していった。

 

「ねぇ、これ」

 

「ん? あぁ、“アテーナー”?」

 

 アテーナー。ゲームではアテナという名前でそれなりに見かける言葉を、自分は詳しく調べ出していく。

 

「ギリシア神話の女神で、知恵や工芸、戦略を司る神様らしいね」

 

「ふーん」

 

 ちょっとだけ食い付きがいい様子に、自分はもう少しだけ詳しく調べ出す。

 

「このアテーナーって女神、どうやらローマ神話の“ミネルウァ”って女神と同じらしい」

 

「ミネルヴァとも読むって書いてある。知恵、戦争、芸術の女神……」

 

「どう? ピンと来た?」

 

「……よく分かんない。でも時間無いし、この神様で名前決めようかな」

 

「いいね。アテーナーかミネルウァ、どっちにする?」

 

「別に、どっちでもいい」

 

「それじゃあ~……ミネルウァの方にする? こっちの方が自然な名前にできそうだし」

 

「じゃあ、そうする」

 

 なんだか、ゲームの主人公で名前を決める時のようなワクワクを感じてしまっている。

 

 菜子よりも自分が考えを巡らせ、彼女に付けるならどんな名前が似合うかを想像してしまう。そんなこちらの様子を菜子はまじまじと見つめてくると、直にして自分は閃いたような直感を伴いながら少女へとニックネームを提案したものだ。

 

「“ミネ”ってのはどう? 同じ響きの苗字が実際にあるから、本名として名乗ってみても違和感が無いと思う」

 

「ミネ……」

 

 ミネ。この名前を聞いた菜子は、口に含むように呟いてから暫し考え込むように俯いていく。

 

 だが、反応的にイマイチかな。そう感じ取った自分は次に進むようせっせと押し進めていくのだが……?

 

「それじゃあ菜子ちゃん、次は…………」

 

「ミネにする」

 

「ん?」

 

「ミネ……ミネがいい。なんか、何となくだけどしっくりくるから」

 

 この時初めて、自分は菜子という少女とまともに向かい合った気がした。

 

 こちらに真っ直ぐな眼差しを向け、その揺らぎない黒色の瞳をどことなくキラキラと光らせた菜子の姿がすごく印象的に見えてくる。

 

 菜子ちゃんって、こんな顔もするんだ。

 脳裏にはそのような言葉がよぎり、新たに垣間見せた少女の一面に心を打たれていく。共にして自分は巡ってきた安心感のままに微笑しながら、何度も頷くような素振りでそう返答したものだ。

 

「……それなら良かった! よっしゃ! これで菜子ちゃんのニックネームが決まったわけだし、俺も今日から菜子ちゃんのことを、ミネって呼ぶようにするよ。まぁさ、この先も色々と大変なことはあるだろうけれど、同じ屋根の下で暮らす人間同士、お互いに助け合いながら頑張っていけるといいよね!」

 

 我ながら、こんなキャラじゃないんだけどなぁ。

 あまりにも情熱的すぎる自分に驚きを隠せない。だが、それだけミネという少女を支え、そして励ましたいという気持ちが強いのかなとも思えてしまう。

 

 こちらの様子に、ミネはちょっとだけ圧倒されるように黙りこくってしまった。しかし、すぐにも「……ん」と端的に肯定してくると、次にも少女は顔色をうかがうような視線で、これを口にしてみせた。

 

「…………あの、さ」

 

「?」

 

「……その。……ありがと」

 

 口先を尖らせた、すごく小さな声音。気恥ずかしさを込めた少女の素直な気持ちの表明に、自分は思わずドキッと心臓を跳ね上げたことで、少女同様についつい頬を赤く染めてしまう。

 

 ……守らねば。俺はミネという女子高生を幸せにしなければならない。

 勝手な使命感に駆られ、1つの決意を心に留める。そんな思いと共にして、この時にも自分は、蓼丸菜子もといミネという新たなLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の一員との親睦を深めることができた気がしたものだった。

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