ある日の午前。
広いリビングの中央に立ち、部屋の中を見渡していく。
テレビやラック、ソファやローテーブル、あとはダイニングキッチンという家具の一式はもちろんのこと、高級感を引き立たせる観葉植物や、壁沿いに置かれたシェルフや本棚には小物や本、キャンバスや写真立てなどがうかがえる。
カーテンも開け、大きな窓には整備された住宅地の大通りが見えていた。
家の敷地も狭くなく、白色の通路に若葉色の芝生が敷かれている。そこには花壇や低木が存在していて、自分は親父の代わりにそれらの世話も行っていたものだ。
あと、この家は3階建てになっている。プラスでロフトの空間も設けられているものだが、そこは主に親父の作業部屋となっていた。尤も、美術家らしく画材や楽器が散乱する汚い空間が広がっていたため、とても他人に見せられるような状況ではなかったことに違いないが。
1階はほぼほぼリビングが占めていて、窓とは正反対の位置に、浴室やトイレに繋がる廊下が伸びている。2階へ上る階段は玄関の正面にあり、リビングと一体化したそれを真っ直ぐ進むことで突き当たりの階段に到着する。
直角に曲がった階段を上り切ると、そこには4角形の吹き抜けに沿った通路と6つの縦長な個室に繋がる扉が現れる。
言い忘れていたが、玄関辺りの天井は吹き抜けになっていた。4角形にポッカリ空いたそれは3階まで続いており、豆腐にはんぶんこされた屋根を乗せたような家の外観にそぐわず意外と開放的である。
2階に用意された6つの部屋は、主に来客用として設けられた空間だ。
俺が友達を連れてきた際にお泊まりできるように、という親父の計らいらしい。実際にそれで何度か友人を泊めたこともあり、今も部屋は現役で活躍してくれている。まぁ、その1つは移住してきたラミアの個室になったものだが。
2階の通路の内、家の正面方向に4つの部屋があり、家の背面方向に2つの部屋がある。階段がその背面方向にあり、幅的には部屋2つ分の長さになっている。
家の中に納まるよう部屋をぎっちぎちに詰め込んだ結果、部屋自体はけっこう窮屈な造りになっていた。だが、宿泊した友人曰く「ホテルの部屋みたいでむしろアリ」という評価を頂けたため、これには親父も安心していた様子だ。
2階から3階に続く階段も、1階から2階に上る際のそれとほぼ同じ位置にあった。それにより、4角形の吹き抜けを囲うよう螺旋状となった階段を上る形で3階へ赴くことができるのだが、そこの描写はまた今度にしよう。
ラミアの個室ができて、彼女が移り住んできた。ということは当然、ラミアもこの自宅で日常を過ごしているものであり、人並みの生活を普通に送っている。
そして、各部屋も共同で使用するため、時には事故も起きる……。
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トイレにでも行くか。
ふと思い立ったが即行動。自分は浴室やトイレに繋がる廊下を目指して歩き進めていく。
で、現在はラミアがシャワーを浴びていた。かつ、浴室に繋がる扉のすりガラスに人影が蠢いていく。
あとは定番の展開。
ガチャッ。開かれた浴室の扉と共にして、濡れた髪をバスタオルで拭っていたすっぽんぽんのラミアと鉢合わせた。
よりにもよって、何も身に着けていない生まれたままのそれ。
全体的に可憐で“控えめ”な少女を目撃した自分は、頭が真っ白になる感覚を覚えた。そして、直にも目が合った彼女が大声で叫び上げていく……。
「わー!! カンキさん!! ちょっとジャマです!!」
「え? え??」
ドタバタと駆け出したラミア。彼女は慌てた様子でこちらの横を通り抜けていくと、駆け足で2階へと上っていくことで瞬く間に姿を消した。
……え、動揺したの俺だけ?
ポカンとした面持ちで階段を見遣る自分。すぐにも、階段を下りてきたすっぽんぽんのラミアが戻ってくると、部屋へ取りに行ったのだろうスキンケア用品を片手に、彼女は裸体のままこちらの横を通り抜けて浴室の扉を開いていった。
颯爽と駆け抜ける彼女の様子に、自分は声を掛けてしまう。
「ら、ラミア? ラミア! ちょちょ待って待って!」
「ナンですか!? 早くしないとシフトに遅れます!!」
「ごめん! でも重要なことだから聞いて! ……さすがに裸でうろつくのはヤバイよ!」
「どーしてですか!?」
「どうしてもなにも、恋人でもない男と同棲しているのに裸を見せたら、モラル的に色々とアウトだから……!」
「モラルもなにも、コチラはウチの自宅でもあるんですよ?? なら自宅をハダカで過ごしても別にイイじゃないですか!!」
「自宅でも男がいる以上は気を遣った方がいいって! てか今も丸出しだし! 隠して隠して!」
「ナンですか、カンキさんはウチのハダカ、そんなにイヤなんですか??」
「いやむしろありがたいくらい……っ」
「ならイイですよね?? ウチ急いでるんで、ハナシは後にしてください!!」
バタンッ!
扉を閉めて、洗面所にこもったラミア。その勢いに自分は取り残されるよう佇んでいると、すぐにも扉は再び開いて、彼女が顔を出してくる。
「ソレとですね、今日はカンキさんも
「え? 俺も?」
「ウチと一緒にココ出ますよー。ナンでも、ウチの面倒を見てくださるカンキさんに、お礼を申したいと仰るヒトがおりまして」
「お礼を?」
「
「ポニーテールの……」
あぁ、あの背が高い女性か。
こちらが見上げないと視線が合わない、女性にしてはかなりの長身を誇る女神が如き美貌の彼女。
「思い出した。あの綺麗な人だよね」
「あのヒトが、カンキさんに日頃の感謝を申したいと言ってます。お食事も一品、無料で提供してくださるよーなので、これからウチと一緒に来てください」
「無料で? あんなに美味しかった料理を無料で食べられるのか……! いいね、行こう」
「決まりですねー。そーいうワケでウチ、ケッコー余裕ナイんでそろそろ失礼します。ウチの用意ができたらすぐ出ますから、カンキさんも準備済ませておいてくださいよー。じゃー、また」
それだけ伝えて、ラミアは再度と扉をバタンッと閉めていった。
……余韻とも言うべきかどうなのか。自分は情報を整理するよう暫し思考を巡らせた後に、“各部位”を改めて思い出すようにそれを呟いたものだ。
「…………ラミア、日頃からケアしてるだけあって綺麗だったな」
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ラミアと共に家を出て、東京の街を2人で歩く道のり。
その最中にも、隣を歩く彼女と手を繋いでいた自分がそれを訊ねていく。
「その、一緒に家を出るのはともかくとして、みんなの前で手を繋ぐ必要はあるのかなって俺は思うわけなんだけど……」
周囲の視線が気になる……。
主に、隣のラミアへ集まる注目だった。それだけ彼女は可憐な容貌をしており、猫耳付きの黒色キャスケットを被る量産型の格好は、人によっては容易くハートを撃ち抜かれることだろう。
だからこそ、なのだろうか。ラミアは何気無い適当な調子でそう答えてくる。
「イイじゃないですか。ウチと手を繋ぐのイヤですか??」
「かえって嬉しいよ。ただ、相手が俺でいいの? こういうのって、好きな人とするものだと思うんだけど」
「カンキさんっていちいちピュアですよねー。まー、イイですけど。……カンキさんもついてきてくださるというコトで、コチラ防犯対策も兼ねて手を繋いで頂いてます」
「防犯対策?」
「ホラ、ラミアちゃんって可愛いじゃないですか?? ですよね??」
「あ、うん。そうだね」
「なので、ナンパとか不審者とかがケッコー寄ってくるワケですよ。ウチ、そーいう被害にケッコー遭ってますから、利用できるモノはナンでも利用したいんですよね」
「なるほど。確かにボディーガードが近くにいれば不埒な連中が寄りにくいよね」
「そーいうコトです。なので、勘違いしないでくださいねー」
「分かった」
まぁ、ラミアに限って言えば“それ以外”の目的なんて無いんだろうけれど。
という、段々と彼女に対する理解が深まってきたところで、自分達は
2階建ての建物の、2階で店舗を構えるフランス料理店。あの色っぽい看板が日中の街中で存在感を放つ一方で、外から見上げた店内の様子は既に混雑しているようにうかがえた。
うわ、ランチタイムはすごい混むんだ。
それを思いながら階段を上る途中、自分はラミアへと訊ね掛けていく。
「というか、もうお店始まってるっぽいけど」
「あー、ハイ。完全に遅刻しました。なので、今更慌ててもしょーがないと思ってゆっくり来ました」
「なんて潔い……」
けっこう自由な職場なんだな……。
そんな内心を巡らせつつ、自分はお店の扉を開いて入店していった。
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主にお昼休みのOLや主婦で賑わう店内の様子。女性客が9割方を占める空間に自分が圧倒されていく中で、タキシードを身に纏うポニーテールの女性が凛々しいサマで歩み寄ってきた。
「ようこそ、
「い、いえ……!」
やっぱりこの人、すごい美人だ……。
潤いのある色白の肌と、大人の余裕を醸し出す存在感が頼りになる。何よりも際立つ美貌がとにかく眩しくて、シャンデリアよりも美しい後光に自分は緊張してしまった。
尤も、彼女の意識は隣のラミアへ向けられていたものだが。
「ラミア。閉店後、貴女は居残りなさい」
「遅刻分の皿洗い確定ですかー……」
「時間配分を怠った過去の己を悔いなさい。今すぐ準備を済ませて業務に就くように」
「分かりましたー……」
すごくしょんぼりとした声音で答えたラミアは、足早に従業員用の扉を開いて姿を消していく。
で、入口に取り残された自分へと女性は手を差し伸べながら、まるで繊細な工芸品を扱うかのような調子でそれを告げてきたものだ。
「見苦しい様子を見せてしまって、本当にごめんなさい。この先はラミアに代わって、この私“ユノ”が貴方という特別な来客のエスコートをこなしてみせましょう。さぁ、どうぞこちらへ」
「は、はい。よろしくお願いします、ユノさん」
ユノと名乗った女性は優しい手つきでこちらの手を取り、柔らかい微笑と共に2名席へと案内してきた。
白髪のポニーテールをしゃらんら~と揺らす姿は、まさに国宝級の百合の花。その振る舞いも王子様を彷彿とさせ、男である自分がついつい乙女心をトキめかせてしまう。
周囲の女性客を魅了するユノは、丁重なエスコートによってこちらを席に座らせた。
彼女はメニュー表を差し出してからおしぼりやナプキンを用意し、右手を胸にあて一礼を交えながら言葉を続けてくる。
「ご来店頂き、誠にありがとうございます。本日におかれましては、私の身内が柏島親子の寛大なるご厚意を与っている旨を受けたことにより、最大限もの敬意と感謝の気持ちを形にするべく、柏島様にはご足労の下、本店にお越し頂いた所存でございます」
「ど、どうも……」
「
「は、はぁ……」
「ラミアは態度に表さないものの、貴方という人物には心から感謝をしているはずよ。それでいて、
…………わ、分からない!!
確かに同じ日本語を喋っているはずなのに、何故かユノの言葉を8割方理解することができなかった。
ただ、かなり感謝されていることだけは伝わった!
ラミアの面倒を見てくれる自分という存在に、ユノはとにかく感謝をしているらしい。それを理解した自分は停止した思考を再起動するように喋り出していく。
「……え、えぇ! まぁ、その。俺としても、ラミアが一緒に居てくれる時間に救われているところがありますから……! 俺なんかでよろしければ、これからもよろしくお願いします……!」
「なんて頼もしいのかしら。さすがは彼の息子さんとも言うべきでしょうね。さぁ、柏島くん。本日のランチをどうか存分に堪能してちょうだい。それと、今後は一品だけに留まらず、ラミアの宿泊代を兼ねる形により、全品無料で柏島くんに料理を提供させて頂く運びとなったものですから、日頃の負担を慰労したいという我々の意図を汲んだ上で遠慮せず、どうか心行くまで
「え!? いいんですか!?」
まさか、こんな特典がついてくるなんて思わなかった。
苦労も少なからずあるものの、ラミアと一緒に過ごせる充実としたひと時を楽しめる上に、
何もかもにおいて恵まれた自分の境遇に、明日にも不慮の事故で死にそうな勢いの幸運を実感する。だが、せっかくのご厚意なので自分は遠慮せず肯定の頷きを行っていくと、こちらの反応に対してユノは、凛々しい微笑を浮かべながらメニュー表を差し出してきたものだった。
……ただ、後日になって自分は、ユノがここまでの待遇を計らってくれた理由について身を以て知ることになる。
何せ、この宿泊代は“ラミアの分だけじゃなかった”のだ。自分はそれを、数日後にも思い知ることになる。
この当時はまさか、“今後も住人が増える”上でのサービスであるとは思わなかったものだから……。