暖色の照明で照らした広大なリビング。そのダイニングキッチンで調理をしていた自分は、額の汗を手で拭いながら壁の時計を確認する。
……午後9時50分。そろそろ、ラミアが帰ってくる時間だな。
それを思いながら手元の鍋を確認し、今もフライパンのような取っ手がついた器具を揺らしてから火を止める。これで一息つきながら菜箸で鍋をつつくと、摘まんだ牛肉とじゃがいもを眺めながらそう呟いてしまった。
「フランス風の赤ワイン煮。牛肉とじゃがいもをトマトと生クリームで煮てみたもんだけど、やっぱ素人の俺じゃあただの肉じゃがになっちゃうな……」
と、ちょうど夕食が完成したタイミングで玄関扉の鍵が開かれた。
ラミアに合鍵を持たせているため、彼女が帰宅したことを悟っていく。これにより開かれた扉へと自分は視線を投げ掛けるのだが、次にもその先からは、帰宅したラミアと、同時にして隣にいたのだろう“勝気な女性”が挨拶の言葉を掛けてきたのだ。
「ただいま戻りましたー」
「ちゃーっす! お邪魔しま~す」
え?
私服姿のラミアと、同じく私服姿として目の前に現れたメー。先日お店で初対面を果たした彼女を目撃すると共に、自分は思わずラミアへと問い掛けてしまう。
「え? ラミア? そちらの女の子は……」
「あー、ハイ。メーさんです。コチラに寄りたいと仰っていましたので、連れてきました」
「あ、うん。いやせめて、そのことを事前に教えてもらえると嬉しかったんだけど……」
「イイじゃないですか。コチラはウチの住まいでもあるんですから」
「いやまぁ、間違いではないんだけど……」
複雑な心境が混ざり合い、自分は頭を掻いてしまう。
その間にも、ラミアを差し置いて既に部屋へ上がっていたメー。彼女は初見となる私服姿で両腕を広げながら「おー! カンキ君の家めちゃヤバじゃーん!」と感嘆の声を上げていたものだ。
服装は、袖を持て余したシルエットが特徴的な、ぶかぶかでダボダボに膨らんだ黒縁の紺色マウンテンパーカーというものに、ショート丈で白色のオフショルダートップス&ショート丈で黒色のキャミソール。それと、アイボリー色のワイドパンツに、先ほどまで履いていたサンダルのように穴が空いたアイボリー色のヒールという格好だった。
露出したおへそや綺麗なくびれが魅惑的に見えていた他、素足になった彼女はハイテンションな様子でくるくる回っていた。そんな無邪気な様子を眺め遣りながら、自分はメーへと話し掛けていく。
「取り敢えず、いらっしゃい。時間も時間だし、今日は泊まっていってよ」
「マジ!? やったね! カンキ君ありがと~! いやぁ、やっぱり持つべきは金と友人と人脈ですなぁ」
「ご飯もちょうどできたところだから、3人で夕食にしようか」
「マジ!? カンキ君料理できんの!? ヤバー、私より女子力たけー。え、どうしよ。カンキ君お嫁にしよっかな」
「いや俺が嫁になるんかい」
典型的なボケに対して、丁寧にツッコミを入れていく。
尤も、その返答を聞いたメーは「あ、逆か!」と声を上げるなり、誤魔化すようにテヘペロとコミカルな反応を見せてきたものだ。
いや本気で間違えていたんかい。
内心で更なるツッコミを加えていく自分。そんなやり取りを交えている間にも、ラミアは洗面所へ歩き出しながらメーへと声を掛けた。
「もー、お腹ペコペコです。さっさと夕食にしたいので、メーさんも手、洗ってください」
「あーい! おけまる~」
「ソレと、今更ですけど着替えとかどーするんですか?? ナニも持参せずにノリでコチラにいらしましたけど、まさかその格好のまま寝るとか言いませんよね??」
「あーね、だいじょぶだいじょぶ。適当にカンキ君の服借りるから平気平気」
「ソレもそーですね。じゃー、洗面所に案内しますからついてきてください」
「っしゃーす。あざーす」
なんか今、しれっととんでもないことを言っていたような気がする。
聞き間違いだろう。という言葉を己に言い聞かせるようにしながらも、自分は3人分の皿などを用意してローテーブルに置いていく。その間も洗面所からは愉快げな声が響いていたことから、自分はこの環境に苦笑いを浮かべてしまいながらも、内心でそんな思いをよぎらせたりもした。
「……まぁ、1人でいるよりは賑やかな方が好きだな。今の暮らしも存外、俺にとっては悪くないものなのかもしれない」
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「かんぱーーーい!!」
高級感溢れる自宅の中、空間の一部に全員が密集した夕食。先ほど調理した料理の他にも酒の類を取り出した自分らは、3人でグラスを打ち鳴らしながら今宵のひと時を楽しんだ。
自分はチューハイを頂き、ラミアはオレンジジュースをストローで吸っている。一方でメーは缶ビールを豪快に注ぎ込み、「ぷはぁっ!!」と染み渡るのどごしに唸りながら喋り出してきた。
「っかァーーー!! っぱビールよ! 仕事終わりの疲れた体に染み渡るぅ~……。ビールを飲んだ瞬間に分かるんだよね。全身という全身の毛の先までアルコールがきゅぅ~~~って凝縮されて伝ってくるこの感覚……! もう最っ高に堪んない……! しかも豪華な料理までついてきて、マジで最高だよね! 生きてて良かったぁ~!」
昇天するように天井を仰ぐメー。缶ビール片手に頬を赤らめていた彼女を自分は苦笑しながら見つめ遣る最中にも、ラミアは料理を口にして咀嚼していく。
「んー、オイシイです。カンキさんウデ上げました??」
「ラミアが来たこともあって、最近は張り切って手料理を頑張ってきたからね。その成果が出てるんだと思う」
「そーですか。まー、オイシイお料理が食べられるコトに異論なんてありませんからねー」
適当に喋るラミアを見て、メーもすかさず箸で料理を頬張っていく。その牛肉とじゃがいもの手料理を口にしたメーは次にも、瞳を輝かせながらこちらを見つめてきた。
「ッ~~~!! ッマイ! チョーイイ! サイコー! これ本当にカンキ君作ったの!?」
「そうだよ。初めて挑戦する料理だったから手探り感は否めないけど」
「手探りでこのクオリティとか、私の作り慣れたおにぎりがバカみたいじゃん!」
「それ一体どんなおにぎりなんだ……」
「めちゃめちゃウマくてマジ卍~! いやぁ、いいね。やっぱ“肉じゃが”作るの上手な男ってモテるよ、うん。私が言うんだから間違いない」
「いやそれ肉じゃがというわけでは……」
途中まで言葉にして、なんだか全てがどうでもよくなった自分は口を噤んでいく。
とにかく、彼女達が幸せに感じてくれるならそれでいいか。内心によぎった納得にひとり穏やかな面持ちを浮かべてしまう中で、ラミアはこちらの顔を覗き込むような視線で喋り掛けてくる。
「最近、
「おぉ……! ありがとうラミア……!」
「まー、強いて言いますと赤ワインの風味が強すぎです。もー少し量を控えていただけますと、未成年のウチも安心して食べられると思いますので。まー、その辺も意識して頑張ってください」
「アドバイスありがとう。確かに、未成年が食べる料理に赤ワインを入れすぎるのは良くないよな。モラル的にも」
会話の最中にも、既に酔いかけていたメーは「んぇ~? この肉じゃが赤ワイン入れてるの? チョーおしゃんてぃじゃーん。アーティストか?」と、支離滅裂な言葉が目立ち始めていた。
で、自分は先のやり取りで交わした言葉をふと思い出すようにしてラミアへと問い掛けていく。
「というか、ラミアって未成年だったの?」
「そーですけど?? ナンですか。ワルいですか??」
「いや、なんか意外だなって思っただけ。大人びた女性だなって印象もあったから」
「まー、言っても18歳ナンですけどねー。尤も、皆さん発育の方で年齢を判断されるみたいですから、カンキさんみたいに、ウチのコトをオトナと見てくださるヒトは割と少ないモンですよ」
「発育、ねぇ……」
全体的に控えめな“それ”に意識が向いてしまい、ジト目を向けるラミアから「……ナンですか。文句でもありますか??」と訊ねられてしまう。これに自分は必死に首を横に振る中で、メーが缶ビールを掲げながら喋り出してきた。
「カンキ君にだけ特別大サービス~! 私はなんとぉ……21歳! 合法美少女やってまーす。よろ~」
「美女であることは否定しないけど、さすがに成人済みだから少女ではないかな……」
「あ~、カンキ君いま禁句言った。夢を語る女子にそうやってリアルを突き付けるのはモテないぞー? そもそもね~、どんなに体が成熟していようが女という生き物はみんな乙女なの! 分かる!? どれだけ歳を取っても女は細マッチョなイケメン君が大好きだし、トキメキだって物心がついた頃からずっと、当時の新鮮さを保ったまま胸の中で一生輝かせ続けているんだからな~??」
酔っている人特有の、絡みつくように熱く語るその調子。
尤も、すぐにもラミアが「ナニがトキメキですか。わざわざ大きな直売所に行ってまでおねショタのエロ同人誌を買い漁ってるヒトがピュアを語っても説得力ありませんよー」と爆弾を投下する。
で、それに対してメーは「はァ!? ラミア何言ってくれちゃってんの!? ……えっちな気分になって悶々としたショタは健全なの! けがらわしくなんかないんだぞ!!」と豪語してみせては豪快にビールをがぶがぶ飲み始めたため、自分は言い知れない心境で呆然と彼女らを眺め遣っていたものだ。
個性が強いとは聞いていたけれど、こちらの想像を遥かに越えてくるとは思わなんだ。
意識を遠くへ向けていく最中にも、ラミアとメーは食事をしながらショタについて熱く語り出していた。主にショタがタチかネコかの談義から始まり、シチュエーションや“大きさ”などの理想について詳しく話し合う様子がうかがえる。
そんな性癖の暴露大会をつまみに自分はチューハイを飲んでいると、アルコールで頬を赤く染めたメーが、ふと思い出したかのようにこの言葉を口にした。
「あ、カンキ君。私もここ住んでいい?」
「え? ……は!?」
突然ぶっ込んできたな!?
この人達、相手が油断しているところに爆弾投下するのが好きなのか!? というこちらの動揺に構わずメーは言葉を続けてくる。
「いやぁ~、話だけは聞いていたんだけどさ~、やっぱ実際に来てみて思ったんだー。ここ、すごく居心地が良くて大好きかも~、って。私もさ、孤独に感じていた時期が長かったもんだからさー、こういう生活環境に憧れていたっていうか。ほら、ここ、シェアハウスみたいで楽しいじゃん?」
「まぁ、言わんとすることは伝わってくるんだけど……」
で、2人の会話にラミアが何気無くそれを口にする。
「じゃー、
「おっ、それいいね~! ラミア、ナイスアイデア! てなわけで、カンキ君。スマホ貸~して」
そう来たか……。
どこか予感は覚えていたものの、いざ直面すると何故か緊張が走ってしまう。
ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して、自分は電話帳を開いていく。だが、メーには過度な期待を抱かせたくない以上、現実を理解してもらうためにも自分は念を押すように彼女へとそう告げていった……。
「確かに、我ながらこの家は住みやすいと自負できるよ。ただ、メー。もし思い通りの結果にならなかったのだとしても、俺やラミア、それと親父を恨むことだけはお門違いだからな……? 寛容な親父だって、自宅に何人もよそ者を抱え込めるとは限らない。どうか、それを了解した上で直談判してほしい。……いい? 1度でも断られたら、それまで。約束してくれよ。1度でも断られたら、それで終わりだからな」
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『いいわよー!! 大歓迎ー!! カンキのことよろしくねー!!』
ブツッ。
瞬間、俺のスマートフォンを手に持つメーは歓喜のあまりに跳び上がった。
「やったぁーーーッ!!! これで私も一緒に住めるー!! そういうわけで、今日からルームメイトになったメーで~す! よろ~!」
スマートフォンや缶ビールを置いた両手で、ラミアと喜びのハイタッチを交わすメー。その脇で自分は頭を抱えながら俯いていた。
どうしてこうなった?
親父は一体何を考えているんだ? 巡る思考が詰まって脳内が真っ白になる最中にも、メーはいつの間にか回り込んでいたのだろうソファの後ろから、こちらの背に抱き付きながら挨拶を行ってきた。
「ッフゥーーーッ!!! イェーイ! そういうわけで、私もここでしばらくお世話になるから、よろしくね~カンキ君!」
「あ、あぁ、よろしく。メー」
「じゃあじゃああれだね。ここに住むんなら今のアパート解約しなきゃだ? そんで、お引越しもしなきゃだから、運んでくる荷物も多くなるぞ~! カンキ君には、男手として引っ越しの手伝いをしてもらうつもりでいるから。そこんとこよろしくな?」
「これは……とんだ重労働になりそうだ……」
「そんな顔しないで? お礼だってしてあげるから。まずは前払いね」
そう言いながらもメーは頬ずりを行い、すぐにもこちらの頬に1つの柔らかい感触をもたらした。
チュッ。
表面で弾けるような、温もりのある肉感。ぷるんっと頬に響いた感覚に自分はドキッと心臓を打ち鳴らすと、次にもメーは悪戯に笑みながらも、狙ったかのように色っぽい声音で囁いてくる。
「言っておくけど、今のお礼はまだまだ序の口だから。引っ越しのお手伝いをしてくれたら~……さっきのお礼よりも、もっとすごいコト……してあげちゃうかも?」
「…………すごいコト、って?」
「それは~……当日までのヒ・ミ・ツ。だって今教えたらつまんないでしょ? こういうさ、ワクワクできる遊び心って大切だよね~?」
漂うアルコールの香りが、一層もの背徳感を醸し出す。
やっぱり、メーにはとても敵わない。
彼女の魅了でのぼせた自分が、頭から蒸気を噴き出して俯いてしまう。そんな様子に、ラミアは「おやおや?? カンキさんどーされました?? ナニか想像しちゃいました??」と追撃するように面白おかしく聞いてきて、元凶であるメーもまた、小悪魔の微笑みを浮かべながらこちらを抱き締めて、ぷにぷにと頬を軽くつついてきたものだった。
この日にも、家の住人がもう1人増えた。
ラミアとメーの2人に囲まれた新生活。それを控え、今から既に波乱な日常を迎える予感が巡ってきて仕方が無い。だが、ラミアとメーの2人に囲まれた今の状況も、遠くない未来の家の状況と比べればだいぶマシな方でもあった。