推しの子-偶像になる少女と空想に生きる少年- 作:アルトサックス
―――人は誰しもが宝石を抱いている、だがそれに気付くのは死の間際である。
夜川黒曜
「……朝かぁ。…ああ、節々が痛い」
小鳥の囀り、カーテンの隙間から零れる朝日により、いつもと同じ時間に自ずと意識が覚醒する。
昨夜は本を読んでそのままデスクで何時の間にか寝落ちした為に、体を伸ばすと悲鳴を上げる。
カーテンを開け、朝日を取り込んで早々に部屋を出て洗面所に向かう。
寝室を出る際、デスクの上に乱雑に積まれ、そして握り潰された作文用紙が視界を一瞬奪った。
「…酷い顔だな」
顔を洗い、歯を磨きながらそう言葉が出る。
母親譲りの綺麗な金色の髪と端正な顔立ち、自身の名を表す瑠璃色の瞳の少年が鏡に映し出された。
確かに顔はナルシストではないが、客観的に見て我ながら良い部類に入ると自負している。
うん。そう“夜川瑠璃”は自身に評価を下した。そう、顔だけなら。
夜更かし、デスクで寝落ちする事も最近は少なくなかった為、質の良い睡眠が取れていなかった。
そのせいか目元には薄い隈、右目に“星”が浮かぶ瑠璃の目には明らかな疲労の色が見て取れた。
着ていた物を乾燥機付きの洗濯機に放り込んで、稼働させながら新しい服に着替える。
「おはよう」
リビングに入り、そう朝の挨拶をするが返ってくる言葉はない。いつもの事だ。
去年まではその言葉に応えてくれた人もいたが、もうこの世には居ない。
―――祖母が亡くなったのが去年の五月。
今が四月の為にもう少しで一年が立とうとしていた。嘗てこの家には家族が4人居た。
父と母、祖母、そして自分。
仕方が無い事だが今はもう、自分しかこの無駄に広い家の住人はいない。
温かであった家はその熱を失い、冬が来たかの様に冷たくなっていた。
そう考えると寂しくもある、悲しくもある。理解もしてる。だが自然と手が自身のその“空洞”に伸びた。
キッチンで一人分の朝食を用意して、それを食べて、学校に行くのに家を出る。
「行ってきます」
いつも、玄関先でそう告げるが返ってくる言葉は無い。返ってくるのは痛い程の静寂だけだった。
―――〇●○
俺は昔から本が好きだった。
誰かと一緒に遊ぶ事もある、それも確かに楽しい、それ以上が俺にとっての本であった。
文学というのは良い。
書き手の数だけ、そこには様々な世界が広がる。時に涙して、笑う、怒りを覚え、感銘を受ける。
朝のホームルームまでの間、いつもの様に俺はページを捲る。
だが、それを遮る様に今日の教室は何時もよりも騒々しい。思わず本を閉じる。
「なあ、今日ってなんかあったっけ?」
隣の席の女の子に聞けば何でも転校生が来るのだと。
四月の半ば、5年生になり、クラス替えが終わってまだ間もないというのに。
今気付いたが、自分の左に空白の席が一つ出来上がっていた。
どんな子なのかと、教室の中では様々な憶測が飛び交っていた。
やれ可愛い女の子が良いとか、カッコいい男が良いとか、そんな会話を俺は遠巻きに見ていた。
―――〇●○
担任の先生が教室に入り、いつも通りにホームルームが始まる。
いつもと違うとすれば、教壇の前に立つ目を惹きつける一人の少女の存在が大きい。
思わず見惚れたクラスメイトも多いだろう、あんなに煩かった教室も先程とは打って変わって静かだ。
俺も思わず彼女に一瞬目を奪われた。だって両目に“星”が輝く女の子なんて初めて見たのだ。
「星野アイです、よろしくお願いします」
「じゃあ星野さんは夜川くんの隣の空いてる席に座ってください。夜川くんは星野さんに色々と教えてあげてくださいね」
席が解らずキョロキョロとする彼女にこっちだと手招きする。
「よろしくね、えっと…与川くん?」
「うん、夜川ね?夜川瑠璃。よろしく、星野さん」
それが彼女と話した最初の会話だった。