推しの子-偶像になる少女と空想に生きる少年-   作:アルトサックス

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やあ、なんとか生きてたよ。



桜と向日葵
その先を願う


 

 

 

幸福な色彩が世界へと、空洞へと広がってゆく。

 

あまりにも幸福過ぎる。だからこそ。

それが現実では無く、夢であると残酷にも認識させられる。

 

―――柔らかな桜が舞う春の日。

 

そこには、両親が居て、祖母が居て、姉が居て、アイが居いて、自分が居る。

それを傍観者として眺める。到底有り得ない夢の光景。だからこそ愛おしく、焦がれた自分が居る。

 

どれだけ必死に手を伸ばしても、其処には絶対に届く事はない。

現実には起こす事の出来ない、夢の残照。俺の願望が見せた、一時の幸せな空想。

 

幸せだけで構成された、刻が止まった世界。

臆病な俺はあの頃に囚われ、一歩を踏み出せないでいる。

 

嘗ては何度も同じ夢を見た。なら何で今こんな夢を見ているのか。

人に好意を向けられたという事。そして五年振りに再会した姉という存在。要因としてはそれだろう。

 

 

夢が切り替わる。俺の綴ってきた作品を読んだ姉との相対が再生される。

 

 

「るーくん、今の貴方の作品には命が無い。今を正しく生きていない人間が本当に世界を、生命を作り出せると思っているんですか?」

 

 

―――良い作品とは有機体である、まるで生命の様な形をしている。

 

父の言葉を姉がそう口にした、それは痛い程に理解してる。

刻が止まった人間が命を育める訳はない。道理だ。

 

事実、俺がこの五年で書いてきた物語には、生命は宿っていなかった。

 

 

「るーくんは優しすぎるから。失くし過ぎたその辛さを、本当に理解してあげられるとは言わない。けど、私にも別れの辛さは解るつもりです。…そんな貴方が一番辛い時に、私は傍に居てあげられなかった」

 

 

ごめんね、と。母親が迷子になってしまった我が子を愛おしく抱く様に、抱き締められた。

人の温もりを、姉の愛を感じる。心臓が脈を打ち、確かに其処に生きているのだと証明される。

 

……誰かに抱き締められるなんて、何時以来だろう?

 

 

「私は夜川瑠璃という作家が生む世界が好きです。…だから今は無理だとしても、歩み出す事を恐れないで。たとえ失ったとしても、世界にはそれを上回るだけの温かさと愛があるのだから」

 

 

何時の日か、胸に抱いたこの小さな文学者がその思いすらも糧として。

筆に想いを乗せて、世界を奏でる事を心は切に願った。

 

 

黄昏の様な、その言葉と愛に。瑠璃の心の空洞が少しだけ満ちる。

夜川瑠璃としての刻がその氷を溶かして動いていく様な、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

―――〇●〇

 

 

 

 

 

 

瑠璃君が倒れ、病院に搬送されて二日が経過した。

病室に入り、未だ眠る彼の姿を見るが。起きる気配はない。寝顔はとても健やかで、少しイラっとする。

 

 

「…もう、こっちの気も知らないで。私常々言ってたよね?あんまり夜更かしばっかりしちゃダメだって」

 

 

その問に対する答えは返ってこない。軽度の過労、医者が診断した結果がそれだった。

倒れた時は気が気じゃなかった。もうこのまま目を覚まさないんじゃないかと。

 

死んでしまうんじゃないかとすら、思ってしまった。

 

……本当に怖かった。

 

何時も何かに憑り付かれてるかの様で、それでいて何時の日かふらっと消えてしまいそう。

このまま瑠璃君が居なくなってしまうんじゃないかと。そう思うと本当に嫌だった。

 

―――それは、嘘に塗れた私の嘘ではない本心。

 

 

「君が居ない生活は、やっぱりつまらないよ」

 

 

出会ってから、私は殆どを君と一緒に過ごしてきた。学校でも、彼の家でさえも。常に。

だからこそ君が居ないという事はこんなにも、私の世界の色を奪うんだと思い知らされた。

 

―――だからこそ絶対に、失いたくないと思った。

 

 

アイの星の瞳にドロっとしたものが含まれ、怪しく光った。

 

 

「これはあれだ、おはようからおやすみまで、もう私が一緒に居ないとダメだね!」

 

 

……目を離したら、私が知らない所でまた告白なんてされるだろうし。

そう色々と想像すると、何故だか嫌な気持ちが胸を占めた。

 

これ幸いに事務所に所属した事で、身寄りがない私は社長が後見人になり施設を出た。

今は社長の家にお世話になっているが、数日後にはアパートを契約して一人暮らしが開始される。

 

門限等の規制も無くなった故に、もう私を縛る物は消えた。

 

これで何時でも瑠璃君と一緒に過ごせる。

アイドルになると決めた事がまさか、ここで活きるとは思いもしなかった。

 

 

「…まあ、社長にはバレたら後で色々と言われそうだけど。バレなきゃ問題ないよね?」

 

 

そんな事を思っていると、不意に病室の扉が開く。

最初は忙しい彼の叔母が見舞いに来たのだと思った。けど。

 

 

「あら、もしかして、るーくんのお友達?それとも、もしかして彼女さんですか?」

 

 

現れたのは、若く綺麗な女の人だった。

美しい黒羽色の髪を靡かせ、宝石の様な翡翠の瞳がアイを捉える。

 

呼び名的に、瑠璃の近しい人物なのだと言う事は解る。

だがそれなりに瑠璃と過ごして来たアイにとって、彼女は初めて認識する人間であった。

 

 

「彼女、ではないです…友人兼幼馴染?の星野アイって言います」

 

 

自分で言葉にするが、思うと私と瑠璃君の関係は不明瞭のものだった。

友達と幼馴染という点は間違いない、それ以上親密なのも。けれど、かと言って恋人という訳じゃない。

 

……今の私と瑠璃君の関係って、言葉にすると一体なんなんだろ?

 

 

「そうですか、こんな可愛い子が親身に傍に居たので彼女さんかと思ってしまいました。私はるーくんのお姉ちゃんで、一ノ瀬心と言います」

 

 

気分を悪くしたのならごめんなさい、と彼女は言った。

……えっと、一ノ瀬?それで瑠璃君の姉ちゃん?

 

思わず頭に疑問符が浮かび上がる。彼から姉弟が居るという話は聞いた事が無い。

そのアイの様子が伝わったのか、心は言葉を続けて眠る瑠璃の元へと向かう。

 

 

「血の繋がりはありませんよ?…まあ、精神的姉と言いますか。一時期彼の家で一緒に過ごしていたんです」

 

 

そうして彼の頭を優しく撫でる心の姿は、弟を愛しむ姉の姿そのものだった。

血の繋がりなんて関係ない、それ以上に強い絆で結ばれたものだと、アイには見えた。

 

 

「…ズルいなぁ」

 

 

思わず、二つの意味で心の声が小さく漏れてしまう。

 

私には、そんな強い繋がりで結ばれた人は居ない。

彼女はきっと、心の底から瑠璃君を愛しているのだろう。

 

アイが欲しいと焦がれた物が目の前にある。

手を伸ばせば届く距離にそれはあるが、決してそれは自分へ向く事が無いのを解らされる。

 

それと同時。

アイの知らない瑠璃の色々な姿を知っている彼女に対して。

 

 

「昔の瑠璃君の話、聞いてもいいですか?」

 

「そうですね。私も離れていた間の彼の事を知りたいので少しお話でもしましょうか」

 

 

本人が眠る下、瑠璃の話で二人は花を咲かせる。それはアイが知らない瑠璃の様々な一面。

まず驚いたのが彼が五年前にプロの作家としてデビューしている事だった。

 

そして、それを語る心もまたプロの作家である事。

瑠璃が自身の事をあまり語らないからこそ、知る度にそこには新鮮さがあった。

 

 

「瑠璃君が羨ましい!…あーあ、私も心さんみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁー」

 

「ふふっ。もしもアイちゃんがるーくんと結婚する様な事があれば、事実そうなりますよ?」

 

 

出会って間もないが、会話を重ねる事で二人は大いに打ち解けていた。

まるで往年の友人の様に。そんな中での、冗談混じりの会話。

 

もしも子供が産まれでもしたら、私も若い身で叔母さんですかぁと、しみじみと心は呟く。

 

 

「……私が瑠璃君と結婚。…子供、か」

 

 

聞こえていたアイはその言葉を噛み締めて、一人その仮定を思想した。

 

 

 

 

 

 

―――〇●〇

 

 

 

 

 

 

夜、ふと目が覚めた。

 

 

「……知らない天井だ」

 

 

そんな小説やアニメみたいなベタな感想が第一に出るとは自分でも思いもしなかった。

見上げた白い天井は自分の家のものではなく、見覚えはない。

 

心なしか、部屋からは消毒液の様な匂いがする。

 

 

「……此処、病院?」

 

 

自分が着ている服は患者衣で、何故自分がこんな所に居るのか記憶が無い。

目に入ったデジタル時計には、時間と日付が刻まれている。日付は記憶より二日も進んでいる。

 

……二日!?もしかして、倒れたのか俺?

 

 

「アイにあれだけ言われてたのにな。…後が怖い」

 

 

想像しかけて、その思考を頭を振って無理やり切り替える。

 

 

「気分転換に外の空気でも吸いに行くか」

 

 

二日も寝ていたせいか、体が重い。そうして部屋の扉を開いて外に出た。

既に就寝時間故、院内は非常灯の電気が付くだけでほぼ真っ暗なのが恐怖を駆り立てる。

 

……病院はホラー映画の鉄板だし、なんか出てもおかしくない。

 

自然と警戒心が身を占める。恐怖を押し殺しながら、階段を上って屋上へと出る。

 

春の夜風が吹き抜け、桜の花弁が夜空へと舞っていく。

春とはいえ肌寒い風が薄着の俺を襲う。その空気を吸い、なまった体全体が冴えわたっていく。

 

 

そんな自分しか居ないと思われてた空間。そこにはもう一人、先客が存在していた。

思わず目を引く闇夜に輝く銀色の髪、そして此方を見据える藍色の瞳。

 

その少女を綺麗だと思った。そして何よりも儚いと感じた。まるで散りゆく桜の花の様に。

 

 

 

 

 




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