推しの子-偶像になる少女と空想に生きる少年-   作:アルトサックス

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テンポの良い会話って書くの難しいですよね。
どうも自分は心理描写に重点を置く様な書き方になってしまうので、そういう会話を書ける作者さんは羨ましく思います。


さて、ここからは瑠璃君主体のお話の始まりです。
これ推しの子でやる必要ある?と言われるとあれですが、この作品の主人公は瑠璃君なので。

今度から1話ごとの文字数を5000字位で書いていこうと思うので更新頻度が落ちると思います、出来ればご了承ください。




そして一度立ち止まって

 

 

 

 

二日間眠り続け、深夜に目を覚ました日の翌日。

医者の診断の元、俺に下された病状は過労だった。一週間の入院。

 

……まあ、自分でも若さを理由にそれなりに無理な生活をしていた自覚はある。

 

睡眠時間は大体一日3から4時間、毎日エナジードリンク漬け。

心身共にそれなりにガタが来ていたのは事実だが、まさか自分が倒れるとは一ミリも思ってもいなかった。

 

久しぶりに会った多忙な叔母には心底心配されたし、あの家から強制連行される一歩手前だった。

姉には何事にも休息は必要だと紙と筆を取り上げられた。これがあれば家と同じ事をすると。

 

そして現在、俺はアイに病室の床へ正座をさせられていた。

 

 

「…あの、アイ?足が痛いんだけど」

 

「は?」

 

「…一応、病人…いや、何でもありません」

 

 

そんな瑠璃の前には、腕を組み明らかに怒り心頭のアイが存在していた。

剣呑なその雰囲気に思わず逆らえず、瑠璃は罰を待つ囚人の様に俯く。

 

 

「私言ってたよね?あんまり夜更かしばっかりしちゃダメって、何時か倒れるよって」

 

「…はい、仰っておりました。でも、俺も倒れるなんて微塵も思ってなくてですね?」

 

「はい?その結果が今なんですけど?」

 

 

有無を言わさぬ暴君に、最早俺は言葉が出せない。

 

 

「…本当に、心配したんだよ私?あの時、瑠璃君が倒れた姿を見て、居なくなっちゃうんじゃないかって」

 

 

表情に陰が差す。震える声で、泣くのを我慢するかの様にアイの顔が歪む。

……お前に、そんな顔をさせるつもりじゃなかった。

 

―――俺はあの時に交わした約束を果たす事に固執していた。

 

いや、固執し過ぎていた。心血を注ぎ、その約束のみを考えて、この五年を過ごしてきた。

何時しか約束は呪縛に変わり、それは自身を苛んで、見る世界を蝕んだ。

 

故に、今を蔑ろにしていた。

その結果がこれだ。周囲の人間を、何よりアイを悲しませてしまった。

 

……失う事の辛さは、自分が一番知っている筈だった。

失ってしまうんじゃないかと、アイにそんな思いをさせてしまった自分に嫌気が差す。

 

 

「…ごめんアイ、俺が悪かった。これからはアイの言う事を守るし、ちゃんと規則正しい生活もするから」

 

「……うん」

 

 

胸に顔を埋めてきた、震える彼女を優しく抱き締める。

自分は此処に居るのだと、確かにそう示す様に。その不安を掻き消す様に。

 

そして何よりも、アイの涙を俺は見たくはなかった。

 

 

「居なくなったりなんてしないから。だから、泣かないでくれアイ」

 

「……うん」

 

「また一緒に食卓を囲んで、学校に通って、これからは予定が合わないかもしれないけど、合った時には二人で色んな景色を見に行こう」

 

 

ぎゅっと、答える様に彼女は抱き返してくる。

 

 

「…約束、だよ。破ったら後が怖いからね瑠璃君?」

 

「約束。それは怖いなぁ…じゃあ、それを嘘にしないように頑張るよ」

 

「じゃあ私は君の傍に居て、それを見てるから。嘘を吐いても直ぐに私にはバレるからね」

 

 

何時もと変わらないやり取り。二人の日常、それが再び戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――〇●〇

 

 

 

 

 

 

 

 

病室でのアイとの一件から数刻。既に彼女は忙しい身の上故に院内にはいない。

去り際、彼女と二つ約束をさせられた。引け目を感じたからこそ、突っぱねる事が出来なかった。

 

 

「流石に、これからアイドルになる人間と同居はまずい。いや、ダメだろう」

 

 

まだアイドルとしてデビュー自体はしてはいない。

アイの話曰く、夏にデビューライブがある為に絶対に来て欲しいと。それ自体は構わない。

 

問題はもう一つの方。アイは俺が眠っている間に既に施設を出た。

そして数日後に一人暮らしが始まる為に、一緒に住まわせて欲しいと言われた。

 

今まで半ば住み付いてる様なものだった、泊まった事だって少なくはない。

だが一緒に住むとなると話は変わってくる。これがデビューして知名度も上がるとリスクしかない。

 

……アイドルが一般男性と同棲、なんて週刊誌の一面が脳裏に浮かぶ。

 

 

「……炎上。ファンに俺、刺されたりしないよな?」

 

 

暖かいのに、思わず身震いをしてしまう。

 

あいつにも帰るべき部屋が出来たが、心配だからと言われると何も言えない。今は信用がない。

それでも突っぱねるつもりだったが、そう言うとアイはよよよと、涙を見せようとするのだから弱ってしまう。

 

それが例え嘘泣きだと解っていても。

 

 

「……さっき二人で一緒に居ようって約束したのにもう破っちゃうんだ、瑠璃君は…」

 

 

女の涙は武器になると昔の人は言ったが正にそれ。俺の負けだ。

結局は一緒に住む事を許してしまった。その時のアイは心底喜んでいた様に映った。

 

……思わず、女優としてもやって行けるのでは?と感じた。

 

 

「本当、出会った時よりかなり表情豊かになったよな」

 

 

ふと、思い返す。出会った当初と比べて。今のアイの感情は俺の前ではころころと変わる。

時に嘘も混ざるが、ちゃんと本音のぶつけ合いが出来ていると思う。

 

本人がそれを自覚しているかは別だが、昔はもっと嘘で自分を塗り潰していた。

それだけ身近で、心を許してくれていると自惚れてもいいんだろうか。

 

やはりは育った境遇上。

自分が傷つかない様、こんな嘘を吐けば大丈夫だと、そうした先入観はまだ完全に拭えてないが。

 

かなり、人としての感情の発露が自然になったと思う。

嘘と本音は表裏一体だ。人間誰しもが仮面を被っている。それが悪い事とは言わない。

 

それらを上手く使い分けられれば、それはアイドルとしての強力な武器になるだろう。

何だったら思った様に、売れていけば女優としての道もありえる。

 

そう考えると、何時も隣に居たアイが手の届かない場所に行こうとしてると思えてしまう。

 

まるで空高く飛ぶ鳥の様に。

 

 

「…まあ、後の事は後の自分に任せよう」

 

 

院内の中庭。

難しい思考を投げて桜の樹の下、そこに寝そべって空を眺める。

 

姉にも言われた通り、やはり何事にも休息は必要なのだろう。人間、歩き続ければ疲れてしまう。

人生という道は長くて、時には立ち止まる事も、周り道する事も必要となってくるのだ自覚させられる。

 

何事もが直ぐに上手くいくとは限らない。

だから人は悩んで試行し、その先をより良いものしようとする。

 

だから今は一度、筆を置く事にする。

 

世界の限界は自分の限界である、自分の限界は世界の限界である。

 

そんな誰かの言葉が脳裏を過った。

 

穏やかな陽光を浴び、眺めた先には美しい群青色が広がり、ツバメが飛んでいく。

今までの切り詰められた時間ではなく、柔らかな刻が其処にはあった。

 

……こんな風に暇を楽しむなんて、何時以来だろうか。

 

 

「……んっ、作文用紙?」

 

 

桜と共に空より舞って来たそれを、思わず俺は手に取った。

 

 

「すみません、下にどなたかおられませんか?」

 

 

手に取ったと同時。凛とした少女のそんな声が風に乗って届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――〇●〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふーん…ふふっ」

 

 

瑠璃の見舞いから苺プロの事務所へと向かう道中、アイは心底上機嫌であった。

それはもう鼻歌に乗ってスキップでもしそうな位に。その幸せが顔から見て取れる程。

 

 

「…瑠璃君、温かかったな。これで瑠璃君に抱き締めて貰ったのは二回目かぁ」

 

 

体に手を触れれば、彼の優しい熱が今も自身を包んでいる気がする。

彼の匂い、温かさ、心臓の鼓動。それらが心地よくて今も鮮明に思い出せる。

 

初めて彼に抱き締めて貰ったのは、一人で釈放された母親に会いに行った時だ。

心無い言葉を言われて突き放され、施設にも帰らないで雨の中で途方に暮れていた時。

 

凍った氷を融かす様に、冷えた心が満ちて行くのが解った。

安心と幸福がそうして星野アイを浸した。それはまるで、母の腕に抱かれているかの様で。

 

―――夜川瑠璃によって、星野アイが満たされてゆく。

 

温かくて何時までもそうして居たいと、そう私を思わせた。

 

 

「瑠璃君から約束も勝ち取ったし、これはアイちゃん大勝利!だね」

 

 

前に二人で見たアニメのそんなワンシーンが頭を過った。

 

一押し問答があったけど、渋る彼から最終的には一緒に住む約束を取り付けた。

方法はまあ、彼の弱みに付け入る様で自分でも少しズルいと思いはしたけれど。

 

それでも、一緒に居たいという気持ちが何よりも勝ってしまった。

 

見上げた空は綺麗な群青色で、それがどこまでもこの広い世界に描き出されている。

彼が居ない間の色の失われた世界とは打って変わって、世界はとても美しい。

 

 

「…私は昔、この世界で迷子だった。そんな私を瑠璃君は見つけてくれた」

 

 

色を失っていた頃が思い出される。

 

子供は親に手を引かれなければ、この広い世界を歩いては行けない。

当時の私にとってお母さんが世界の全てだった。それが例え歪だったとしても。

 

手を引いてくれる母を失い、色を失って、私はこの世界で一人迷子になった。

夜にしか星は瞬かない様、私は不明瞭で、それでも彼はこの広い世界の中で見つけてくれた。

 

 

「星野さんはさ、何でそんな嘘の仮面を被ってるの?」

 

 

嘘という仮面で出来た星野アイでなく、本当の星野アイという存在を見てくれた。

そして手を引いてくれて。色の無い世界に色が灯った。

 

……瑠璃君と出会ってなければ私は今よりもっと、自分を嘘で塗り潰していたかもしれない。

 

もっと、人としての様々な色が欠如していたかもしれない。

考えると彼と出会えたのは奇跡で、杞憂だが有り得たかもしれない自分を想像するとゾっとする。

 

そうまで思える程、夜川瑠璃という存在は私の世界の比重を占めている。

 

 

「でも、そんな不安も関係ないよね。これからはずっと一緒だし」

 

 

そう、これからはずっと一緒だ。

瑠璃君が手を引いてくれたからこそ、私はこの色彩の灯った世界を歩いて行ける。

 

彼が何を抱えているのか、それは心さんも教えてはくれなかった。

 

時間は限りなくある。だから何時の日か打ち明けてくれる事を待つ。

彼が私の手を引いてくれた様、彼がもしも迷った時は私が彼の手を引いて行こうと、そう誓った。

 

 

 

 





Hysteric Blue のカクテルという曲、かなり昔の曲なのですがいいですよね。

感想、評価等お待ちしております。
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