「つ、疲れた…」
午前0時過ぎ、フクロウはフラフラとした足取りでアリーナを後にした。ハチドリに無理やり付き合わされた結果、体はすっかり疲労困憊で、今日はよく眠れそうだ。だからといって、またしたいとは思えないのだが。
自室に向かって数分、フクロウは知らないペアが廊下で向き合っているのを見かけた。あの人達も眠れないのかな、と視線を向けた次の瞬間、二人がキスをするのを見てフクロウの思考が止まった。
「へ?」
再起動にたっぷり数秒かけて、フクロウは二人がこちらに気付いていないのを確認し、そそくさとその場を後にした。
◆
「眠れない…」
ベッドに横たわり、思わず呻く。目を閉じると先ほどの光景を思い出してしまう。陰キャのコミュ障を自称するフクロウに、恋愛経験などあるはずもなく。ましてやキスなんて、あまりにも刺激が強すぎた。
確かに、ペアは命を預け合う関係で、そういう、深い関係になるのもおかしくないのかもしれない。いやそうかな?そもそも二人組だから勝手にペアだと思ったけど、本当にペアだったのかな?思考があちらこちらにとっちらかってまとまらない。
もう何も見なかった事にして眠りたいのに、『追憶』のギフトはこんな時も遺憾なく力を発揮している。ぐるぐると思考が巡り、ふと、
(私も、エマと、あんな関係に、なったり)
そんな考えが頭によぎった瞬間、顔が熱くなっていくのを感じた。
こんな陰キャと親友でいてくれるだけでも凄いことなのに、それ以上なんて高望みしすぎでしょ。とか、そもそも親友をそんな目で見ちゃ駄目でしょ。とか、どんどんと思考がそっちの方に傾いていく。
そりゃあ、エマは美人で、可愛くて、おしゃれで、こんな私にも優しくしてくれるし、話も楽しそうに聞いてくれるし、大好きだけど、あくまでそれは友情で、恋愛的なあれそれでは無くて。なんて、頭の中がフラミンゴの、エマの事でいっばいになっていく。
「そ、そうだ。アリーナ、アリーナ行こう」
ガバリと起き上がり、一人言を漏らす。この思考から抜け出す為に、とにかく何でもいいから、体を動かしたい。幸い明日は休日だ。多少無理をしても問題ないだろう。フクロウは慌てて寝間着から着替えると、先ほどの二人と鉢合わせないよう、細心の注意を払いながら、再びアリーナへと向かうのだった。
◆
深夜テンションというものは本当に恐ろしい。煩悩を振り切るため、『スタンピード』なんてハチドリ専用かと思うような訓練メニューに挑んだフクロウの弓は、恐ろしい程に冴え渡った。更に何を血迷ったのか、タイムアタックまで始めてしまい、後日、その記録を見たハチドリが執拗にフクロウと遊びたがる程であった。
無論、その代償は凄まじく、今フクロウは食堂で真っ白になっていた。朝食を食べにきた他のトリ達の奇異の視線を、気にする余裕があるはずもなく。虚ろな目で朝食を口に運んでいる。その時だった。
「あ!フクロウ!」
聞き馴染みのある声が聞こえて、肩が大きく跳ねる。バッと後ろを振り返れば、そこにいたのはフラミンゴだ。フクロウの顔を見たフラミンゴは、心配そうに顔を近付ける。
「大丈夫?顔色悪いよ?」
「え、あ」
急激に顔が熱くなる。フラミンゴの顔が普段に増して魅力的に見えてしまう。昨日の光景が思い起こされ、つい唇に視線が向く。フクロウは煩悩を振り払うように勢いよく立ち上がった。
「だ、だだだ大丈夫!私もう食べ終わったから!部屋に戻、て…?」
「フクロウ!?」
急速に力が抜けていく。掠れる視界の中、倒れる体を抱き止められる感覚を最後に、フクロウの意識は途絶えた。
◆
「う、ん?」
「フクロウ!良かったぁ!」
目が覚めると、そこは医務室だった。ぼんやりとした意識で横を見やれば、フラミンゴがフクロウの手を握って座っていた。
「大丈夫?ミヤマさんは過労だって言ってたけど、よく眠れなかったの?」
「うん。その、ちょっと寝付けなくて。アリーナで体を動かしてたら、気付いたら朝になってて…」
都合の悪い事はぼかしつつ、事情を説明する。随分長い間気を失っていたようで、時計を見ればすでに午後3時を過ぎてしまっていた。
「ごめん。フラミンゴも休日だったのに、台無しにしちゃって」
「そんな事言わないで。フクロウと一緒にいれるなら、ワタシは幸せだから」
元気でいてくれるともっと良いんだけどね。と付け加えて、フラミンゴは笑う。それだけでフクロウは胸の奥が暖かくなるような感覚を覚えて。
「私、フラミンゴの親友で良かった」
気がつけば、自然と言葉が溢れていた。それを聞いたフラミンゴも、
「ワタシもフクロウが親友でいてくれて嬉しいよ」
と、花が咲いた様な笑顔で返し、フクロウに抱きついた。
穏やかな時間が過ぎていく。先程までの悩みが嘘の様に解けていく。満ち足りた感覚の中、これからもずっと親友でいたいと、フクロウは心の底から願った。
「…これからもずっと、親友でいてね」
だから、フラミンゴがその言葉をどんな気持ちで言ったのか、フクロウに分かるはずもなかった。