黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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一話 反旗

 オレは奴隷だ。

 屋敷にいた時は主人の奴隷。

 パッショーネに来てからは、その組織の奴隷。

 全てから解き放たれて自由になった気になっても、結局オレは『運命の奴隷』だった。

 

 オレの選択なんかで、運命が変えられるわけじゃあない。

 例え大切な人であっても、『運命』がそう決まっているのなら……その人は、どうあがいても死ぬ運命を辿る。

 

 分かっている、分かっているんだ。

 全て、無意味なことなのだと。

 

 それでも……生きていて欲しいと願うことくらい、許してくれ──

 

 

 

 

 

 四年前──

 

 狭く薄暗い部屋の中。体に巻きつけたボロボロの薄い布を握りしめて体を丸める。

 そろそろ、この屋敷に来て何度目かの冬がやってくるようだ。足に繋がれた錠が凍りそうなほど冷たい。

 毛布をご主人様にねだらないと。今回はしっかり「奉仕」しないと。

 そんなことを考えていると、部屋の鍵が開く音が鳴った。

 

「おい、ペット」

「はい」

 

 入ってきたのは顔も腹もパンパンに膨れていて、肌艶も良い茶髪の男……オレの「ご主人様」だ。

 オレが監禁されている建物の主で、建物の大きさから彼は富豪で間違い無いだろう。

 

「肌寒い季節になったな。毛布を与えてやってもいいが……まぁ何度もやってきたことだ、お前も分かってるだろう」

「はい」

「はは、もう随分と賢くなったな。ここに来てすぐの頃は俺の手に噛み付いてたのによぉ」

 

 そう言うと、ご主人様はオレの顔を指でなぞった。

 

「昨日の痣、しっかり残ってるなぁ。お前は顔が綺麗だから傷がよく映える。お前の唯一の取り柄だッ!」

 

 ガチャ、とオレの足に繋がれた錠が外される。それは奉仕を始める合図みたいなものだ。

 毎日毎日していることを、今日はより丁寧に、じっくりと時間をかけてこなす。

 

 ……オレは、自分の年齢を知らない。

 確か、ここに来たのは六歳の頃だった。

 それからは監禁されていたせいで、年月があまり把握できていない。

 気が遠くなるほどここにいるのだが、どうやらまだ年老いてはいないようだった。

 今もこうしてほぼ毎日のようにご主人様に必要とされていることが何よりの証明だ。

 

 オレは、この狭く暗い部屋でこの気持ち悪いご主人様に奉仕し続け、時が来たら下水道がどこかに捨てられる運命をただ待つだけの奴隷だ。

 

 

 

 奉仕が終わると、ご主人様はオレの体を床に突き飛ばした。

 自分の血やご主人様の体液でできた水溜まりに手をつくと、それはぬちゃりと嫌な音を立てた。

 

「ご苦労だったなぁ。じゃあ、明日は毛布を持ってきてやる」

「え……あの、今日は……?」

「そこに薄い布があるだろう。あれでも使っておけ」

 

 彼はそう言って先ほど奉仕のために脱いだ薄い布を指差した。

 奉仕が足りなかったのか。何が悪かったのかと思考を張り巡らせる。

 

「ああ、お前の奉仕が悪かったわけでは無い。ただ、お前が嫌な顔一つしないのが気に食わなくてな。次は嫌な顔をする練習でもしておけ」

 

 ご主人様は笑いながら部屋を出ていき、部屋の扉に外から鍵をかけた。

 重い体を引きずって薄い布を被る。

 一人になった途端、一気に気温が低くなっていくのが分かった。

 

「クソ……ッ、いつまでこんな生活しなきゃなんねぇんだよ……」

 

 嫌な顔をしないのが気に入らないだなんて、とんでもない異常性癖だ。

 オレは奉仕することに慣れただけで、やりたくてやっているわけじゃない。それが分かった上で、クソご主人様はあんなことを言ったんだ。

 ふと、酷く冷たい錠が繋がれた足首に触れようとする。

 

「……?」

 

 しかし触れたのは自分の肌だけだった。

 見ると、足に繋がれているはずの錠は外されたまま床に転がっている。

 

 ドクン、と心臓が大きく脈打つ。

 

 ご主人様が足の錠を付け直すのを忘れていたのだろう。

 明日ご主人様がこの姿を見れば、オレが脱走しようと外したと疑うかもしれない。

 そうなれば、アイツがオレに何をするか分からない。

 

 こんなことは初めてだ。

 オレは、どうすればいい?

 

 オレは確定された運命を待つだけの存在。

 だが、今ここで何か行動を起こせば、その運命は変えられるのか?

 

「……」

 

 恐怖より、興味が湧き立つ。

 運命から解き放たれ、自由になることへの興味。

 それはご主人様に殺されるかもしれないという恐怖さえも飲み込むものだった。

 

 外に出る唯一の手段である部屋のドアノブに触れる。

 しかし、こちらは完全に鍵がかかっていた。

 

「こんなところで、諦めて……たまるかッ!」

 

 歯を食いしばってドアに何回も体当たりをする。その度に、ドア越しの鍵が揺れるのが分かった。

 希望を抱いて体当たりし続けていると、突然ガチャリと鍵が外れる音がした。

 

「やったッ……、出れた、出れたぞッ!」

 

 勢いよく扉を開ける。しかしそこには、彼が待ち構えていた。

 

「何をしていた?」

「え、あ……?」

「まさか本当に脱出できると思っていたのか? そんな訳がないだろう。足の錠を外したのはわざとだ」

 

 そう言うご主人様の口端がどんどん釣り上げられていく。

 オレは真っ白になった頭で、今の状況を必死に理解しようとした。そしてそれを理解すると、足が震えだした。

 

「ハッハッハッ! その顔だよ、その顔ッ! 俺はその顔を見たかったんだッッ!」

「……」

 

 やられた。

 全部ご主人様……いや、コイツの予想通りだったらしい。

 まさしく、オレは『運命の奴隷』なのだろうか。

 

「お前のその顔を見ていると興奮してきたぞ。さぁ、その顔のまま俺に奉仕しろッ!」

 

 こんなのが『運命』?

 こんなクソの掃き溜めみたいな男がオレの『運命』?

 

 ……嫌だ。

 

 こんなところでこれから先ずっと監禁されて死ぬのなら、外に出て死んだ方がマシだ。

 

「このクソ野郎ッ……どきやがれェーーッ!」

「あ!?」

 

 オレは部屋の外に向かって駆け出す。

 部屋のドアの隙間に入り部屋から出る。そしてドアを体で押さえる形で主人を閉じ込めた。あたりを見渡すと、今までいた部屋より何倍も広い部屋に辿り着いていた。

 たくさんの道具が敷き詰められていて、ここが倉庫だと言うことは目に見えて分かった。

 自分のいた部屋から脱出できたこの現実が夢のようで、心が躍る。

 

 ああ、なんだ。

 

 『運命』とは、こんなに簡単に乗り越えられるものなのか。

 

「おい、ペットッ! てめェ、早くここから出せッ、早くッッ!」

 

 後ろからドンドンとドアを叩かれている。このままでは力で押され、ドアを開かれてしまうだろう。

 ドアの鍵である南京錠が床に落ちている。拾おうと手を伸ばすが、背後からかかる圧に体勢を崩しそうになり姿勢を元に戻す。

 オレは長年監禁されていたせいで体力が落ちている。走って逃げることは不可能だ。

 

 それならば、ここで気絶させるしかない!

 

 一呼吸置いて、背後の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 ──それからのことは、よく覚えていない。

 ただ気づいた時には自分の手にナイフがあって、目の前には血塗れの主人がいた。もうピクリとも動いていない。

 自分が何をしたのか、瞬時に理解した。

 

「……」

 

 その場に崩れ落ちる。かなり体力を消耗したようだ。

 これから自分はどうなるのだろうか。

 警察に捕まって、刑務所に入れられるのか?

 早くここから逃げないと……でもどこに?

 

 ぐるぐると曖昧な意識の中で思考を巡らせていると、倉庫の扉が突然開かれた。

 

「あ? なんだ、既に死んでんじゃあねえか」

 

 そう言って部屋に入ってきた男は、胸元を大きく開けた紺色のスーツを着た、金髪の男だった。

 急いでナイフを男に向ける。

 

「おいお前ッ、誰だッッ!」

「てめーはここで飼われてたペットか。ペットに噛まれて死ぬたァ皮肉だな」

 

 男はオレの言うことには一切耳を傾けずに死体を調べている。オレは男の首にナイフを当てがおうと、彼に襲いかかった。

 

「オイオイ、なめてんじゃあねーぞ」

「ぐゥッ!?」

 

 しかし「見えない何か」に殴られ、棚に背中をぶつけた。

 何をされたのか分からず混乱する。

 

 「なんだよ、それ……」

 

 苦笑いしながらうなだれる。

 すると死体を調べていた男がこちらに話しかけてきた。

 

「この殺し方じゃあすぐにブタ箱行きだぞ」

「殺しなんて初めてだったんだよ、仕方ないだろ」

 

 ため息を吐きながら棚にもたれる。

 

「ペットなんだから金もねーよなァ」

「ああ。それにもう行くあてもねぇ。親に売られてここに来たしよォ、親のいた場所も何も覚えてねぇんだ」

「じゃあ、諦めるしかねぇな」

 

 ブタ箱……刑務所行きということは、また何年も檻の中に入れられてしまうということ。

 

「……それだけは嫌だ」

「あ?」

「やっと外に出られたんだ。何年も自分が何歳かも分からなくなるまで閉じ込められた……また閉じ込められるなら、今ここで死んだ方がマシだ」

 

 それを聞いた男はオレの方に寄り、長い足でオレの顔面を蹴飛ばした。そして彼は無表情のまま、無慈悲に言った。

 

「じゃあ、ここで死ぬか」

 

 そう言ってオレを見る彼の目は、明らかに一般人ではない……そう。例えるのなら、「暗殺者の目」をしていた。

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