黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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十話 冤罪

──次の日の朝のこと。

 

 微睡む意識の中、全身に当たる程よい日差しが暖かくて、ベッドに体を擦り付ける。

 

──コツ、コツ。

 

 誰かが二階に上がってきているようだ。

 懐かしい。

 オレは屋敷にいる時、暇つぶしをするために人の足音をよく聞いていた。

 床に耳を当てると屋敷中の足音が聞こえる。

 

──タンタン、コツコツ、ペタペタ。

 

 ゴン、ゴンというような異質な足音は、元主人のものだ。

 それが床に振動が起こるほど大きくなったら、奉仕の時間という合図だ。

 このチームに配属されてからは足音が聞こえることは少なくなった。しかし、たまに夢を見る。

 

 ゴン、ゴンという足音が響き、床はその振動で揺れ……オレは狭く暗いあの部屋で、それに怯え続ける。

 

 しばらくそうしていると、更に足音は大きくなって、唯一の出入り口である部屋の扉が……

 

「アフェットッ!」

「うわあぁぁぁぁぁッ!?」

 

 突然部屋の扉が開けられた。部屋に入ってきたプロシュート兄貴の声に驚いて飛び起きる。

 それと同時に、部屋に入ってきたのが元主人ではないことに安堵する。

 

「緊急任務だ。行くぞ」

「え!? そんなの聞いてねぇぞ!?」

「緊急つったろ。早くしろ」

 

 急いでベッドから降りて、兄貴と共に書斎へ向かう。そこには、緊迫した表情を浮かべたリゾットがいた。

 

「今から言うことをよく聞け。オレたちは何者かに命を狙われている」

「どういうことだ?」

「先程、外出したギアッチョから連絡があった。何者かに尾行されていると」

 

 そう言ったリゾットに対して、兄貴が疑問を投げかける。

 

「アイツが担当する任務はまだ一週間も先のハズだ、ヘマをしたってわけでもねぇ……チームの情報が漏れたか?」

「そう考えた方が自然かもしれねぇ。問題はどこから漏れたかということだ」

 

 息を呑む。

 このチームから情報が漏れるなど信じられないことだ。仲間の裏切りである可能性もある。なるべくそうでないと思いたいが。

 

「……もし、メンバーの誰かが裏切ってたらどうすんだよ」

「殺す」

 

 あまりにも躊躇いなく発されたその言葉が、頭に重くのしかかる。

 

「誰も裏切ってねぇ!」

 

 反射的に大声を出す。

 少しの沈黙の後、リゾットが静かに言葉を返してきた。

 

「根拠は?」

「……ない。ないけど、メンバーが裏切るっつーのは、嫌だ。オレはみんなを信じてぇよ」

 

 リゾットは何も言わなかった。今の言葉は怒られるだろうと予想していただけに驚いた。

 

「情報が漏れた原因はオレとアフェットで確かめに行く。それでいいな?」

「ああ。お前たち二人でギアッチョがいる場所へ向かってくれ」

 

 リゾットが地図を取り出し、ギアッチョの居場所を指示する。それを確認してオレと兄貴はアジトを後にした。

 ギアッチョは人通りが多い場所にいるので、すぐに襲われる可能性は低いとのことだ。

 

「兄貴、リゾットはどうしてオレを疑わないんだ?」

「あ?」

 

 ギアッチョがいる場所に向かう途中、オレは気になって兄貴に尋ねてみた。

 オレはチームの中では一番の新人だ。チーム内で裏切り者が出た可能性があるのなら、真っ先に疑われるのはオレだろうと考えたからだ。

 彼はオレを疑うどころか、こうして任務を任せてくれた。

 

「勘違いすんな、疑ってないワケじゃあねぇ。てめーに探りを入れてんだ」

「探り?」

「この任務中、怪しい行動をしなければてめーはシロだ。そして、オレはお前の監視役ってとこだろうな」

 

 信じて頼りにしてくれているわけではないのか、と落胆する。

 疑われて当然ではあるが、内心頼りにされたと喜んでいただけに悲しい。

 

「だが、オレにはてめーが情報を流すヤツには見えねぇ。今の反応を見ていてもそう思うぜ」

「え、え!?」

 

 何の突拍子もない兄貴のフォローに開いた口が塞がらない。だがそれと同時に、信じてくれて嬉しいという思いが込み上げた。

 にへへと表情が緩みそうになる。

 

──その瞬間だった。

 

 耳から入る情報に違和感を感じた。

 

「……兄貴」

「どうした、アフェット」

「何か、おかしい」

 

 オレたちの横を通り過ぎる人々の足音。

 オレたちから見て前方へ向かって歩く人々の足音。

 そして、俺たちから見て後方へ向かって歩く人々の足音。

 それとは別の、後ろからこちらに歩いて来る足音。

 

 兄貴が足を止めると、彼の足音が消える。

 そして、改めて気づく。

 

──スタ、スタ、スタ。

 

 ……慎重に歩いている?

 

 なぜ慎重に歩く必要がある?

 

「やっぱりだ、おかしい。コソコソしてる感じがする」

 

 一歩一歩のテンポがどこか不規則だ。

 明らかに、どこかの目的地に向かっているような足取りではない。

 

──スタ、スタ……

 

 オレたちが歩いたり止まったりすることで、その足音の歩幅が変わっている。

 

「何が聞こえているんだ?」

 

 兄貴がこちらを振り返る。

 

──スタ。

 

 背筋に電撃が走った。

 

「足音が止まった!」

 

 咄嗟に兄貴の手を引く。側に駐車されていた車の先頭側に身を隠す。

 車から少し頭を出し、怪しい何者かの様子を確認しようとする。しかし兄貴が乱暴にオレの頭を押さえた。

 

──パァン。

 

 銃声が響く。

 銃弾はオレの頭のすぐ横にある車のサイドミラーに掠った。周りにいた人間は悲鳴を上げながら逃げていく。

 兄貴はオレの頭から手を離した。

 

「オレたちも狙われていたようだな。よくやった、アフェット!」

「力になれたなら良かったぜ。生きたまま連れて帰るか?」

「言うまでもねぇ。人気のない場所に誘い込むぞ!」

 

 オレがどうすんだよと言いかける前に、兄貴は行動を起こす。

 

「『ザ・グレイトフル・デッド』ッ!」

 

 彼の側にスタンドが現れた。オレが初めて、プロシュート兄貴と会った時に見たものと同じだ。

 あの時はよく見ることができなかったが、改めて見ると彼のスタンドは恐ろしい形状をしている。

 そのスタンドに足はなく、代わりに地面に手をついて自身の体を支えていた。身体中に数え切れないほど目があり、そこからは謎のガスが噴出されていた。

 

「アフェット、できる限り動くな」

 

 頷いて、車に背中をくっつけてもたれる。車に体重をかけ、言われた通りに体のどこにも力を入れないようにした。

 チラリと自分の手を見ると、手のあらゆる部分がシワだらけになっていた。

 

「な、何だこれ……!?」

 

 自分の手であることが信じられず、手を握ったり開いたりして何度も自分の手であることを確かめる。それを兄貴の冷たい目線で咎められ、再び体中の力を抜いた。

 

「兄貴、信じてるからな」

 

 その言葉が兄貴の耳に届いたかどうかは分からない。彼はオレの言葉に反応を返さなかった。

 兄貴は車から身を出す。発砲音が聞こえたが、それは彼によるもののようだ。

 そして兄貴が素早く移動する足音が聞こえた直後、何かを殴ったような音が響いた。

 

「足を撃って気絶させた。このままコイツを車に乗せて、人気のない場所に連れて行くッ!」

 

 兄貴はそう言って車の窓ガラスを叩き割り、車のロックを解除した。そして、後方座席に血を流した一人の男を乗せる。

 

「もう動いていいぞ。前方座席に乗り込め!」

 

 それを聞いて、言われた通りに車へと乗り込む。オレは助手席に座り、兄貴は運転席に座る。

 

「この車、誰のものなんだ? 運転できるのかよ?」

「知らねぇ。だが車のキーをブッ壊したから動かせる。行くぞ」

 

 その言葉を合図に兄貴は車を発進させた。

 いつの間にか手は元通りになっていて、アレが兄貴のスタンド能力だったのだと察しがついた。

 

 ──『人を老化させるスタンド』……ということだろうか。

 

「リゾットか。オレたちを尾行していたヤツを捕まえた。イルーゾォを呼べ、この時間に外での拷問は足取りが残る」

 

 兄貴は黒くて四角い何かを取り出し、それに向かって話し始めた。

 驚いて彼の手から黒くて四角い何かを取り上げる。

 

「オイ、何のつもりだッ!」

「どうして物に向かって喋ってんだ!? どうしちまったんだよ兄貴!」

「これは携帯電話だ! これを使えば遠くにいる人間と話すことができる」

 

 彼が言うことに疑問を持ちつつ、その携帯電話という物に耳を当てる。

 

「……どうした、プロシュート」

「リ、リゾット? リゾットなのか!?」

「アフェットか。何があった、説明しろ」

「すげえええぇ! 物から人の声が聞こえるぜ!!」

 

 文明の利器に感動していると、携帯電話を兄貴に取り上げられた。もう少し楽しみたかったなと頬を膨らませた。

 それから少しして、兄貴は歩道の側で車を止めた。歩道にはイルーゾォが立っていた。

 このオレの能力が必要になったのか、と誇らしげな様子だ。

 

「イルーゾォ、頼んだ」

「ああ、いいだろう。お前ら三人が鏡の中に入ることを許可するッ! 但し、捕まえた男とアフェットのスタンドは許可しないッ!」

 

 オレたちが車から身を出すと、イルーゾォは高らかにそう言った。気がつけば周りの人間は消えていて、今自分が『鏡の世界』にいることを悟る。

 

「どうしてコイツとオレのスタンドを出せなくしたんだよ」

「この男がスタンド使いなのかは知らないが、念のためだ。お前はまだ疑いが晴れたわけじゃあないんだ、当たり前だろう」

 

 念を押すようにイルーゾォが言った。分かったよと返事をする。やはりチーム内では疑われているのだと認識し、心が痛んだ。

 

「コイツがクロかシロかはすぐに分かる。やるぞ」

 

 兄貴は捕まえた男を蹴り上げる。

 その衝撃で男が目覚めると、拷問が始まった。

 兄貴はスタンドで男の体を老化させる。その状態で何度も蹴り上げられて頬や瞼は赤く腫れ、切れた口からは血が滴っている。

 男は衰弱し、体に全く力が入らない様子で哀れだ。

 

──とは言っても、他人事である。

 

 オレたちを敵に回し、オレたちに負けたコイツが悪い。

 

「──で、誰から情報を得た?」

「も、もうやめてくれ……!」

「答えろッ!」

「わ、わかった、話す! 話すから殺さないでくれ……!!」

 

 拷問開始から三十分。男はあっさりと情報を吐いた。兄貴は暴力だけではなく、巧妙な言葉使いも併せて上手く相手の心をコントロールしていた。流石兄貴だと感心する。

 

「オレが情報を得たのは……」

 

 男が言葉を発して、指を指す。

 

──オレ?

 

 彼が指を指したのはオレだ。

 

「何言ってんだ!? オレはお前のことなんか知らね……」

 

 言葉を発する途中で、男の口角が上がっているのに気づいた。

 

──罠に嵌められる。

 

「アフェット、やっぱりお前が裏切り者なんだなッ!」

 

 イルーゾォが怒声を上げる。

 

──このままでは、このチームに居られなくなる……!

 

 そう思った時だった。

 

「いい加減なことを言ってんじゃあねぇぞ」

 

 兄貴は男の胸ぐらを掴んで、ドスの効いた低い声で言った。

 

「いいか、アフェットはスパイなんてできるほど賢くねぇ。そして、オレたちを裏切るほどバカでもねぇ」

「ヒッ……!」

「兄貴……」

 

 どれだけメンバーに疑われようとも、兄貴だけはオレのことを信じてくれている。それがとても嬉しかった。

 ありがとう、と口を開こうとした瞬間だった。

 

「掴んだぜ、クソ野郎ッ!! お前も道連れだッ!」

 

 男が兄貴の体にしがみつく。

 

「なッ!」

「オレたちの目的はパッショーネの殲滅だッ!」

 

 男がそれを口にすると、男の体がドロリと溶けた。男の体と触れている兄貴の体が溶け始める。

 

「酸!? まさか、別の奴のスタンドかッ!?」

 

 それを見たイルーゾォが狼狽えた。その間にも兄貴の体は酸に溶かされていく。

 

「てめー、離せッッッ!!」

 

 兄貴はそう言って男を蹴るが、男の体はスライムのような液体になっており、既に原形を留めていない。兄貴の足は男の体を貫通した。

 

「『マン・イン・ザ・ミラー』ッ! オレたちが鏡の外に出ることを許可しろッ! だが、溶けた男は許可しないッ!!」

 

 イルーゾォがそう叫ぶと、周りに人間が現れた。どうやら元の世界に戻ったようだ。倒れた兄貴の無事を確認しようと走り出す。

 

「兄貴、兄貴ッ!」

「プロシュートに近づくなッ!」

 

 イルーゾォに蹴り飛ばされ、道路の側で駐車していた車に頭をぶつけた。

 一瞬何が起きたのか分からず混乱する。

 

──そうか、オレはみんなからすれば裏切り者か……

 

「いッ、てェ……」

 

 どうにか兄貴の様子を確認しようと立ち上がるが、どうも視界がぼやけて上手く立ち上がれない。

 

「あ、にき……」

 

 ふらりと足の力が抜ける。冷たい地面に体がぶつかり、ブツンと意識が途絶えた。

 




今回も読んでいただきありがとうございます。
イルーゾォの暴力描写が多く大変申し訳ないです。
個人的に、イルーゾォが新人嫌いである理由に「裏切られる可能性があること」や「本当に新人が味方なのか疑っている」ということがあると考えています。
今回は九話で信じかけていたアフェットに裏切られ、そのショックで余計に当たりが強くなっているために暴力の描写を多めにしてしまいました。
しかしその反面、暗殺チームの他の仲間のことは信じていると思います。普段はそんな姿を見せていないと思いますが…
いつか、もう少し皮肉屋で傲慢なところもお見せできればいいなと思います。
絶対的な強さと同時に致命的になり得る弱さを兼ね備えているイルーゾォがとても好きです。
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