「どうするんだ、リゾット?」
「コイツの返答次第だ」
気がつくと、俺はアジトのリビングにいた。目の前にはリゾットとイルーゾォが立っている。
「……リゾ、ット」
「目が覚めたな。お前に話がある」
リゾットにそう言われ体を起こす。少しだけ頭が痛むが、すぐに動けそうだ。
イルーゾォの怪訝な表情を見て、今自分がどういう状況なのか察しがついた。
いつか兄貴が言ったように、今日の味方は明日の敵ということがギャングの世界では多いのだろう。
ほんの一瞬、一日の出来事で、オレはみんなの「味方」から「敵」に変わってしまった。
「……殺すのか、オレのこと」
罪悪感と恐怖感からリゾットやイルーゾォの目を見ることができず、俯いて話す。
するとリゾットが返答した。
「いいや、まだお前が裏切り者である証拠が見つかっていない」
「じゃあ、殺さないのか?」
「それも違うな。お前が裏切り者だった場合、ギアッチョとイルーゾォの任務に支障が出る。だから、お前に条件を課すことにした」
条件とは何だろうと考えていると、リゾットは数枚の資料をオレに差し出した。
「ギアッチョとイルーゾォの任務は一週間後だ。それまでにオレたちを襲った敵のアジトを壊滅させろ」
「オレ一人で、ってことか?」
「ああ」
なるほど、と納得する。
リゾットたちにとって何も証拠が見つかっていない今、それが一番確実な作戦かもしれない。
一人の任務は初めてだ。それにアジトの壊滅ということは、今までのように相手は一人ではない。
不安が襲う。
──本当にオレ一人でやれるのだろうか?
「もし、できなかったら?」
「オレがお前を殺す」
「そうか。そうだよな、はは」
苦し紛れのものか、自嘲から来るものなのか分からない笑みが溢れる。
そう言われることは、なんとなく分かっていた。
これは、リゾットがオレに与えてくれた最後の機会なのだ。
彼はオレが本当に裏切り者なのかどうか、冷静に判断しようとしてくれている。
問答無用で殺されるよりかはずっとマシだ。
「……分かった、やるぜ」
オレが頷くと、リゾットはそれでいいと言って部屋を出て行く。イルーゾォが彼に続いて部屋を出ようとしたのを、オレは引き止める。
「なぁ、一つだけ聞きたいんだ。……兄貴は、プロシュート兄貴はどうなったんだ」
「生きている。だが意識が戻らない状態だ」
イルーゾォはオレのせいだと言わんばかりに冷たく言い放つ。
「変な気は起こすんじゃあないぞ。お前がプロシュートに手を出したなら、オレたちは容赦しない。その時点でお前はおしまいだ」
そう言い残すと、彼は部屋を出て行った。
兄貴は、オレが今まで見てきた人間の中で一番強い。
それなのに、そんな兄貴が……
──オレを信じ続けてくれた兄貴が、オレのせいで……?
違う、オレは裏切っていない。
オレのせいじゃあない。
──じゃあ、誰のせいだ?
リゾットが置いて行った資料に手を伸ばす。そこには敵の組織の情報が載っていた。
──「プリマベラ」、それが組織の名前だ。
オレたちの命を狙ったのは、プリマベラ内のチームの一つだったようだ。
「……コイツらのせいか」
憎悪の感情が頭に込み上げる。
「兄貴のことも、オレのことも……バカにしやがって」
今までの人生で最も強い負の感情だ。
その感情の赴くまま虚無に怒鳴りつける。
「このクソ野郎どもッッ!! 絶対に許さねぇ、今すぐブッ殺して──」
──違う。
兄貴は、こんな風に自分の感情のままに怒ったりしなかった。
「……」
兄貴なら、どうするか。
頭が冴え渡る。
今自分が何をしなければならないのか。
幸い、一週間も猶予が与えられている。
オレが今やらなくちゃあいけないことは、猶予の期間を使って任務に備えることだ。
「リゾットが与えてくれた機会だ。オレを信じてくれた兄貴のためにも、オレはやらなくちゃなんねぇ」
そう口に出すと、沸々とした怒りは収まった。そして思考回路はより冷静に、そしてより鮮明になった。
リビングに降りると、ソファに座るギアッチョとメローネがいた。
「メローネ……」
「テメェ、アフェットォッ!!」
メローネに声をかけようとしたが、ギアッチョの声にかき消される。
「オレたちをコケにしやがってッッ!! なんで裏切ったッッ!!」
胸ぐらを掴まれ怒鳴られる。ギアッチョはぎりっと音が聞こえるくらい歯を食いしばった。 いつものオレであれば狼狽えていただろう剣幕だ。しかし、やはり今はそれにも冷静に対応できた。
「時間が無ぇんだよ、勘弁してくれ」
「あぁ!? 質問に答えろよ、ボケがッ!」
顔を殴られ、鼻から血が出た。
だが、自然とギアッチョに対する怒りは湧かない。
──ただ、邪魔だった。
「裏切ってねぇ証拠をてめーらに見せつけるためにここに来てんだよ……期日になったら殺すなり殴るなり自由にしろ、今は邪魔すんなッ!」
ギアッチョを睨みながら胸ぐらを掴み返す。彼は大きく舌打ちをして手を離す。それを見てオレも手を離した。
彼はそのままリビングを出て行った。
「メローネ、お前に用があるんだ」
「いいぜ」
彼は快く承諾してくれた。
ギアッチョやイルーゾォとは違い、メローネはいつも通りだ。そもそも、彼は人間にあまり興味がないのかもしれないが。
「人間を殺すことができる生き物について聞きたいんだ。人間以外の知識も強いか?」
「ああ、そのあたりの知識ならある」
「人間にも人間以外にも詳しいのか、すごいな」
「昔は毒性を持つ生き物を利用して血清やワクチンを作っていたからな」
なるほど、と納得する。そこまで人間の医療に深く携わっていたのならば、毒性を持った生き物に詳しいのも頷ける。
それにしても血清やワクチンなど、素人と言っていた割には専門的な領域に踏み込んでいるような気がする。
改めて不思議な人物だと思いつつ、メローネに様々な猛毒を持つ生き物の知識を教わった。
そして、リゾットが与えてくれた資料を元に作戦を練った。
今回の作戦で一番気掛かりなのは、イルーゾォの鏡の中で突然発現したスタンド能力だ。
「捕まえた男とアフェットのスタンドは許可しないッ!」
あの時、男とオレのスタンドは封じられていた。しかし男の体は、スタンド能力によって酸と化した。
そうであれば、別人のスタンド能力である可能性がある。
オレはまだイルーゾォの能力を把握しきれていない。だが、少なくとも「男とオレのスタンドが使えない状況」であったことは確かだろう。
男の口ぶりを思い出す。アイツは兄貴に向かって「道連れ」と言った。
きっと、あのスタンド能力は男が意図して発現させたものだ。
でも、男自身のスタンド能力ではないとするのならば……
「組織の中の誰か」のスタンド能力である可能性がある。
そして、今回の標的の中にそのスタンド使いがいる可能性もある。
気にかけておくことで損をすることはないだろう。
──そして数日間、オレは任務のため念入りに準備をした。
ご飯はいつも兄貴が作ってくれていたが、兄貴はまだ目を覚まさないようだ。
オレは料理ができないため、しばらく何も食べていなかった。
「アフェット、入るぞ」
リゾットに条件を出されてから六日が過ぎた頃、彼がオレの部屋に訪れた。
「リゾットか。いいぜ」
オレがそう言うと、彼はゆっくりと部屋に入ってきた。彼が持つ皿の上には美味しそうな料理が乗っている。
「何も食べていないだろう。それでは任務に支障が出る」
ベッドに座るオレに、彼は手に持つそれを渡してくれた。
その料理は野菜や生ハム、チーズをパンのような生地で挟んだものだ。
「いいのかよ、オレに料理なんて」
「囚人でも飯くらいは与えられる」
そう言い残すと、彼は部屋を出て行ってしまった。
本人は隠そうとしている様子だが、彼の親切さが滲み出ているなと感じた。
料理を口に運ぶ。
それはまだ上手くご飯が食べられないオレでも食べやすく、とても美味しかった。
味付けはとても丁寧で、リゾットがレシピを見ながら、一寸たりとも間違わないよう作り上げる様子が脳裏に浮かぶ。
「兄貴の料理も、また食べたいな」
最初の頃は分からなかったが、兄貴の料理はリストランテ顔負けの美味しさだった。
調味料の分量は適当だと言って雑に入れるため、リゾットとは反対の料理の仕方をしていた。
それでも美味しいのが謎だった。
リゾットが作ってくれた料理を食べ終えると、ベッドに横たわり、瞼を閉じた。
──明日、オレの生死が決まる。
この六日間、できることは全てやった。
これで任務に失敗すれば、オレはそこまでの人間だったということだ。
生き延びたいならば、任務の成功が必要不可欠だ。
無論、今回だけではない。
オレは、これからもこのチームで任務をこなして生きていかなければならない。
オレはこれからも命の危険と隣り合わせの人生を歩むことになるのだろう。
オレは遠い過去の記憶にいるもう一人の兄貴から、ずっとずっと遠く離れていく。
それでもいい。オレは後悔していない。
「てめーは生き抜くためにここに来たんだろうが!」
プロシュート兄貴の言葉を思い出す。
オレは「生き抜くため」にここに来て、「兄貴のような人間」になって死ぬために、今を生きている。
任務を遂行しなければ、オレは望みを果たせないまま死ぬことになる。
ましてや自ら望みを放棄することは、最もしてはならないこと。
オレは自分の選択に誇りを持って戦う。
──兄貴。オレはお前みたいになれるかな?
お読みいただきありがとうございます。
「プロシュートは自分の感情で怒らない」といった描写ですが、これはアフェットの価値観が大きく関係している言葉だと思っています。
伝わりにくいと感じたのでここで記載させていただきます。
アフェットは元主人の姿を見て育ったので、「自分の感情で怒る=理性を失くし喚き散らかす」というイメージを持っています。
私自身はプロシュートの「怒り」というものは静かで、冷徹で、容赦のないものという認識をしています。
まだアフェットは人間の感情に対して理解が乏しい部分があると考えています。
そんなアフェットがプロシュートの「怒り」と出会うお話もこれから書けたらいいなと思っています。