黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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十六話 女装

──次の日の夕方。

 

 自室のベッドの上で、ゆっくりと起き上がる。

 

 任務に向かうのは夜の二十時だ。

 日に当たりながら寝ることが気に入っているので、十六時までは寝て過ごそうと決めていた。

 

 自室に時計はないので、リビングで時間を確認することにした。

 

「おはよう、ギアッチョ」

 

 リビングに入ると、ソファに座るギアッチョの姿があった。

 いつも通り、彼の足は貧乏ゆすりしている。

 

「アフェット、任務直前だってのに寝てやがったのかァ……大丈夫なんだろうなァ?」

「心配すんじゃあねえ、しっかりやるさ」

 

 そう返事をすると、彼は「そうかよ」とだけ言って、テーブルに置かれた新聞紙に手を伸ばした。

 なんとなく話しかけづらい雰囲気だ。

 やはり、彼は以前のことを気にしているのだろうか。

 

 時計を見ると、時刻はちょうど十六時前を指していた。

 十六時からは作戦の最終確認をしなければならないが、いつも早めに行動をしているはずの兄貴の姿がない。

 

「なぁ、プロシュート兄貴を見なかったか?」

「書斎にいるんじゃあねぇか」

「そうか、ありがとな」

 

 書斎に繋がる扉を開ける。

 

「兄貴ー、いるか?」

「アフェット、てめぇ……入る時はノックくらいしろ」

 

 書斎に入ってすぐ目に入ったのは、机の両端に積み上げられた大量の書類だ。

 

「えっと……大丈夫か?」

「どうだかな……こんなに世の中がクソだと思えたのは久々だ」

 

 机の真ん中だけは書類が退けられており、そこに椅子に座る兄貴が、組んだ足を乗せている。

 彼は珍しく疲れている様子で、オレに見向きもせずに火がついていないタバコを咥えていた。

 

「リゾットの仕事を代わりにやってたのか?」

「ああ……暗殺の任務より、こっちをやっている方がずっと早くに死んじまいそうだ」

 

 昨日のリゾットは大変疲れ切った様子だった。

 兄貴はリゾットを自室で休ませ、その間に彼の仕事を肩代わりしていたのだろう。

 

 少しして兄貴は足を机から降ろし、椅子から立ち上がった。

 

「作戦の最終確認と、お前の変装をしなくちゃあならない。リビングに戻るぞ」

「お、おい、休憩しなくてもいいのか!?」

「そんな時間はねぇ」

 

 兄貴は足早にリビングへと戻っていく。

 兄貴のことだ、任務でミスをするほど無理はしていないのだろう。

 そう頭のどこかで分かっていても、心配になってしまう。

 

 しかしそれは杞憂だったようで、作戦の最終確認はスムーズに進んだ。

 ギアッチョが途中でキレることもなかったので、最終確認は予定より早く終わった。

 

「アフェット、これを着ろ」

 

 最終確認が終わった後に兄貴に渡されたのは、丈の短いタートルネックの黒いワンピースと、白色のショールだった。

 

「この服……兄貴の趣味か?」

「選んだのはイルーゾォだ。賭けをナシにする代わりに買ってきてもらった」

「それじゃあ、それはアイツの趣味ってことかァ〜?」

 

 ギアッチョは怪訝な表情で服を指差す。

 彼の言う通りなのだろうか、と渡された服をじっくり眺める。

 

「オイ、今何を話していた」

 

 すると突然、イルーゾォがリビングに入ってきた。

 険しい顔でこちらを見ている。

 どうやら会話を聞かれていたようだ。

 

「勘違いするなよ。これはお前の体型をより隠し、より女らしく見せるための選択。おれの好みとはまた別だッ」

 

 彼は誇らしげに笑ってみせるが、言葉の中に焦りも感じる。

 そこを深く言及するのは、彼の面子のためにやめておくことにした。

 

「おめーのヘアセットはイルーゾォが担当する」

 

 兄貴がそう教えてくれた。

 

「そうか、イルーゾォは器用なんだな〜! よろしく頼むぜ!」

「フン、このイルーゾォに不可能はないッ」

 

 イルーゾォはギアッチョと違い、普段通りだ。

 ギアッチョは作戦の最終確認中でも静かで、オレへの対応もどこかぶっきらぼうだった。

 

「来い、アフェット。今回だけは特別におれの部屋に入ることを許可する」

「お! じゃあ、お邪魔させてもらうぜ!」

 

 歩き出したイルーゾォの後に、服を抱えたまま彼の部屋に向かう。

 

「そうだ、まずは自室で着替えてこい。ヘアセットはその後だ」

 

 二階に上がると、イルーゾォは思い出したかのようにそう言った。

 

 言われた通り、自室に戻って着替える。

 ワンピースはデザインがシンプルなおかげで、迷うことなく着ることができた。

 ショールの着方はよく分からないので、後で兄貴に託すことにしよう。

 

 イルーゾォの部屋の前に向かうと、珍しく部屋の扉が開いていた。

 

「待たせた」

 

 彼の部屋の中にはたくさんの家具があるようだが、どれも丁寧に布がかけられていた。

 布がかけられていない家具といえば、部屋の奥にぽつんとあるベッドと、その側にあるドレッサーくらいだ。

 ドレッサーの鏡を磨くイルーゾォに声をかけると、彼はこちらを見て頷いた。

 

「悪くない。だが勘違いするなよ。お前の素体ではなく、このイルーゾォのセンスが良かったんだ。感謝するんだな」

「オレもそう思うぜ、選んでくれてありがとな!」

「お前……」

 

 イルーゾォは眉間に皺を寄せて不満そうにそう言う。

 感謝しろと言われたから感謝したのに、一体どういうことなのだろうか。

 

「ま、まあ、お前にはいつものボロ雑巾のような服の方が似合っているがなッ!」

「なんだよその褒め方、褒めるにしちゃあかなり下手くそだぞ。でもありがとな」

 

 そう言うと、またしてもイルーゾォは眉間に皺を寄せる。

 唇を噛み締めて僅かに震えている。

 

 どうやら、彼が望む返答ではなかったようだ。

 彼はオレにどういう反応を求めているのだろう?

 

「いや、こんなことをしている場合ではない。時間は有限だ、とりあえずここに座れ」

 

 彼はアンティーク風のドレッサーの前に置かれた小さな椅子を指差す。

 

「これ、ドレッサーだよな? どうしてお前の部屋にあるんだよ」

「鏡周りの装飾が気に入ったから購入したのだ。お前には分からないだろうがな」

 

 そう誇らしげに語るイルーゾォ。

 確かに、オレにはこの鏡の価値を理解することができない。

 

「イルーゾォは気に入った鏡を購入しては、この部屋に保管している。知らなかったのか?」

 

 ふと後ろから声がして振り向くと、そこにはメローネがいた。

 

「ああ、そうか。今は布をかけているんだな。あの布の下は全てイルーゾォが気に入って購入した鏡だ」

「すげえ量だな……じゃなくて、お前は一体何をしにきたんだ?」

「プロシュートにお前のメイクを手伝えと言われた。安心するといい、失敗はしない」

 

 メローネは悪いヤツではない。

 むしろ前回の任務の件でオレは彼に恩があり、感謝すべき存在だ。

 直接手出しされたこともないので、オレは彼に気を許しつつあった。

 

「ヘアセットをする前にメイクをする。メイク中に髪が崩れちゃあいけないからな。顔をよく見せてくれ」

 

 メローネの両手で頬を包まれ、頬骨や顎に触れられる。

 いつもより真剣なその表情に、下心などは無いように感じられた……のだが。

 

「……ますます分からないな」

 

 ふと、彼はそう言った。

 

「ん、何がだ?」

「お前が男なのか、女なのかだ」

「またそれかよ……」

 

 もう嫌悪感というより、呆れてしまう。

 オレはこのチームにいる限り、いつまでも彼に性別を追求されるのだろう。

 

 そんな彼の探究心はともかく、メイクの腕は確かなものだった。

 ドレッサーの前に座ってから三十分でメイクは完成し、オレの顔は見違えるように女性らしくなった……気がする。

 

「すげえ、すげえな……! メローネ、お前は普段からメイクをしているのか?」

「いいや、『ベイビィ・フェイス』の母親から見て盗んだだけだ。こうして実践するのは初めてだな」

 

 『ベイビィ・フェイス』……彼のスタンドのことだろうか。

 それはそれとして、初めてにしては出来がいい。

 やはり、イルーゾォと同じくメローネも器用なタイプのようだ。

 

「名残惜しいが、オレは部屋に戻る。幸運を祈っているぞ」

 

 メローネはそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。

 

「よし、次はこのイルーゾォが担当するッ!」

 

 イルーゾォは元気よくそう言い、オレのヘアセットに取り掛かる。

 手際よく進める彼だが、二人きりになってからと言うものの、彼は一言も話さなくなった。

 集中しているのだろうか、と黙っていると……

 

「おい。以前のことを気にしているか」

 

 突然声をかけられる。

 「以前のこと」が何か分からず、首を傾げる。

 

「……おれがおまえを責め立てたことだ」

「ああ、あの時のことか。全然気にしてねーよ」

「そんなハズないだろう。おまえはおれのことを気に食わないと思っている、違うか?」

 

 そんなことないと言っても、彼は納得してくれなかった。

 彼は黙々と作業を続け、しばらくしてからオレの肩を叩いた。

 

「いいか、これで借りはナシだ。このイルーゾォがセットしたんだ、簡単に崩すなよ」

 

 どうやら完成したようだ。

 目の前の鏡を見る。

 

──鏡に映る自分はまるで、別人のようだった。

 

 襟足は三つ編みで綺麗にまとめられ、長い前髪は左分けで流されている。

 横髪は軽くカールされていて、右耳の後ろには小さなリボンが取り付けられている。

 

「お、おお……!! すげえよ、イルーゾォ!」

「そうだろう」

「ありがとな! 今から兄貴に見せてくる!」

 

 オレはイルーゾォを部屋に残し、一人で階段を駆け降りてリビングの扉を開ける。

 

「兄貴ィ〜ッ!!」

 

 ソファに座る兄貴とギアッチョがこちらを向く。

 兄貴はオレの方に来て、頭から足先まで視線を動かした。

 

「ああ、これなら大丈夫そうだな」

「そうだろ〜!? メローネとイルーゾォはすげえヤツらだぜ!」

「……口調はどうにかしろ」

 

 兄貴は台無しだ、と言わんばかりに頭を抱える。

 

「口調、口調かぁ……」

 

 昨日、イノセンテが演じてくれた「女性」を思い出す。

 少しだけ喉を手で撫で、発声する。

 

「わたし、私……上手くやれて、いる……かしら?」

 

 そう言うと、リビングの中が静まり返った。

 まるで凍ったようにギアッチョが動かなくなった。

 

「……悪くはねぇ。だが、オレたちからすると違和感の方が勝るな」

 

 真顔の兄貴にそう言われ、ぶわっと恥ずかしさが込み上げる。

 頑張ったのに、なんて言われ様だ。

 

「そうだな……敬語くらいにしとけ。おめーもそっちの方が得意だろ」

「は、はい、そうします……」

 

 努力の大半が水の泡になってしまった。

 何のためにオレはナンパをして恥をかいたのか。

 だが彼が言うように、敬語の方が慣れているのは事実だ。

 それは今まで元主人に対して、敬語で話していたからだろう。

 

 時計の針は十九時過ぎを指していた。

 努力が無駄になったことに落ち込む暇もなく、オレたちは任務に向かうことになった。

 




更新が遅くなり申し訳ございませんでした。
自分が気に入った暗殺チームのメンバーの行動を描写していると、全く話が進まないと言う事態になってしまいました。
反省しています……でも書いていて凄く楽しかったです。

女装(?)イラストを追加します。多忙のため落書きになってしまいましたが、よければ!

【挿絵表示】


以降、少しだけキャラクターの解釈を書きます。
解釈違い注意です。

イルーゾォは絶対に謝りはしないタイプだろうと思いました。
しかし、借りを作るのは彼のプライドが許しません。
「これで借りはナシだ」という言葉は、彼なりの謝罪なのだと思っています。

メローネがイルーゾォの部屋から出ていったのは、事前にイルーゾォがアフェットと2人にして欲しいと言っていたからなのだとか…
メローネは空気が読めるタイプではないと思うので、ハッキリ言わないと大体のことはやってくれないんだと思います。
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