──次の日の夕方。
自室のベッドの上で、ゆっくりと起き上がる。
任務に向かうのは夜の二十時だ。
日に当たりながら寝ることが気に入っているので、十六時までは寝て過ごそうと決めていた。
自室に時計はないので、リビングで時間を確認することにした。
「おはよう、ギアッチョ」
リビングに入ると、ソファに座るギアッチョの姿があった。
いつも通り、彼の足は貧乏ゆすりしている。
「アフェット、任務直前だってのに寝てやがったのかァ……大丈夫なんだろうなァ?」
「心配すんじゃあねえ、しっかりやるさ」
そう返事をすると、彼は「そうかよ」とだけ言って、テーブルに置かれた新聞紙に手を伸ばした。
なんとなく話しかけづらい雰囲気だ。
やはり、彼は以前のことを気にしているのだろうか。
時計を見ると、時刻はちょうど十六時前を指していた。
十六時からは作戦の最終確認をしなければならないが、いつも早めに行動をしているはずの兄貴の姿がない。
「なぁ、プロシュート兄貴を見なかったか?」
「書斎にいるんじゃあねぇか」
「そうか、ありがとな」
書斎に繋がる扉を開ける。
「兄貴ー、いるか?」
「アフェット、てめぇ……入る時はノックくらいしろ」
書斎に入ってすぐ目に入ったのは、机の両端に積み上げられた大量の書類だ。
「えっと……大丈夫か?」
「どうだかな……こんなに世の中がクソだと思えたのは久々だ」
机の真ん中だけは書類が退けられており、そこに椅子に座る兄貴が、組んだ足を乗せている。
彼は珍しく疲れている様子で、オレに見向きもせずに火がついていないタバコを咥えていた。
「リゾットの仕事を代わりにやってたのか?」
「ああ……暗殺の任務より、こっちをやっている方がずっと早くに死んじまいそうだ」
昨日のリゾットは大変疲れ切った様子だった。
兄貴はリゾットを自室で休ませ、その間に彼の仕事を肩代わりしていたのだろう。
少しして兄貴は足を机から降ろし、椅子から立ち上がった。
「作戦の最終確認と、お前の変装をしなくちゃあならない。リビングに戻るぞ」
「お、おい、休憩しなくてもいいのか!?」
「そんな時間はねぇ」
兄貴は足早にリビングへと戻っていく。
兄貴のことだ、任務でミスをするほど無理はしていないのだろう。
そう頭のどこかで分かっていても、心配になってしまう。
しかしそれは杞憂だったようで、作戦の最終確認はスムーズに進んだ。
ギアッチョが途中でキレることもなかったので、最終確認は予定より早く終わった。
「アフェット、これを着ろ」
最終確認が終わった後に兄貴に渡されたのは、丈の短いタートルネックの黒いワンピースと、白色のショールだった。
「この服……兄貴の趣味か?」
「選んだのはイルーゾォだ。賭けをナシにする代わりに買ってきてもらった」
「それじゃあ、それはアイツの趣味ってことかァ〜?」
ギアッチョは怪訝な表情で服を指差す。
彼の言う通りなのだろうか、と渡された服をじっくり眺める。
「オイ、今何を話していた」
すると突然、イルーゾォがリビングに入ってきた。
険しい顔でこちらを見ている。
どうやら会話を聞かれていたようだ。
「勘違いするなよ。これはお前の体型をより隠し、より女らしく見せるための選択。おれの好みとはまた別だッ」
彼は誇らしげに笑ってみせるが、言葉の中に焦りも感じる。
そこを深く言及するのは、彼の面子のためにやめておくことにした。
「おめーのヘアセットはイルーゾォが担当する」
兄貴がそう教えてくれた。
「そうか、イルーゾォは器用なんだな〜! よろしく頼むぜ!」
「フン、このイルーゾォに不可能はないッ」
イルーゾォはギアッチョと違い、普段通りだ。
ギアッチョは作戦の最終確認中でも静かで、オレへの対応もどこかぶっきらぼうだった。
「来い、アフェット。今回だけは特別におれの部屋に入ることを許可する」
「お! じゃあ、お邪魔させてもらうぜ!」
歩き出したイルーゾォの後に、服を抱えたまま彼の部屋に向かう。
「そうだ、まずは自室で着替えてこい。ヘアセットはその後だ」
二階に上がると、イルーゾォは思い出したかのようにそう言った。
言われた通り、自室に戻って着替える。
ワンピースはデザインがシンプルなおかげで、迷うことなく着ることができた。
ショールの着方はよく分からないので、後で兄貴に託すことにしよう。
イルーゾォの部屋の前に向かうと、珍しく部屋の扉が開いていた。
「待たせた」
彼の部屋の中にはたくさんの家具があるようだが、どれも丁寧に布がかけられていた。
布がかけられていない家具といえば、部屋の奥にぽつんとあるベッドと、その側にあるドレッサーくらいだ。
ドレッサーの鏡を磨くイルーゾォに声をかけると、彼はこちらを見て頷いた。
「悪くない。だが勘違いするなよ。お前の素体ではなく、このイルーゾォのセンスが良かったんだ。感謝するんだな」
「オレもそう思うぜ、選んでくれてありがとな!」
「お前……」
イルーゾォは眉間に皺を寄せて不満そうにそう言う。
感謝しろと言われたから感謝したのに、一体どういうことなのだろうか。
「ま、まあ、お前にはいつものボロ雑巾のような服の方が似合っているがなッ!」
「なんだよその褒め方、褒めるにしちゃあかなり下手くそだぞ。でもありがとな」
そう言うと、またしてもイルーゾォは眉間に皺を寄せる。
唇を噛み締めて僅かに震えている。
どうやら、彼が望む返答ではなかったようだ。
彼はオレにどういう反応を求めているのだろう?
「いや、こんなことをしている場合ではない。時間は有限だ、とりあえずここに座れ」
彼はアンティーク風のドレッサーの前に置かれた小さな椅子を指差す。
「これ、ドレッサーだよな? どうしてお前の部屋にあるんだよ」
「鏡周りの装飾が気に入ったから購入したのだ。お前には分からないだろうがな」
そう誇らしげに語るイルーゾォ。
確かに、オレにはこの鏡の価値を理解することができない。
「イルーゾォは気に入った鏡を購入しては、この部屋に保管している。知らなかったのか?」
ふと後ろから声がして振り向くと、そこにはメローネがいた。
「ああ、そうか。今は布をかけているんだな。あの布の下は全てイルーゾォが気に入って購入した鏡だ」
「すげえ量だな……じゃなくて、お前は一体何をしにきたんだ?」
「プロシュートにお前のメイクを手伝えと言われた。安心するといい、失敗はしない」
メローネは悪いヤツではない。
むしろ前回の任務の件でオレは彼に恩があり、感謝すべき存在だ。
直接手出しされたこともないので、オレは彼に気を許しつつあった。
「ヘアセットをする前にメイクをする。メイク中に髪が崩れちゃあいけないからな。顔をよく見せてくれ」
メローネの両手で頬を包まれ、頬骨や顎に触れられる。
いつもより真剣なその表情に、下心などは無いように感じられた……のだが。
「……ますます分からないな」
ふと、彼はそう言った。
「ん、何がだ?」
「お前が男なのか、女なのかだ」
「またそれかよ……」
もう嫌悪感というより、呆れてしまう。
オレはこのチームにいる限り、いつまでも彼に性別を追求されるのだろう。
そんな彼の探究心はともかく、メイクの腕は確かなものだった。
ドレッサーの前に座ってから三十分でメイクは完成し、オレの顔は見違えるように女性らしくなった……気がする。
「すげえ、すげえな……! メローネ、お前は普段からメイクをしているのか?」
「いいや、『ベイビィ・フェイス』の母親から見て盗んだだけだ。こうして実践するのは初めてだな」
『ベイビィ・フェイス』……彼のスタンドのことだろうか。
それはそれとして、初めてにしては出来がいい。
やはり、イルーゾォと同じくメローネも器用なタイプのようだ。
「名残惜しいが、オレは部屋に戻る。幸運を祈っているぞ」
メローネはそう言うと、そそくさと部屋を出ていった。
「よし、次はこのイルーゾォが担当するッ!」
イルーゾォは元気よくそう言い、オレのヘアセットに取り掛かる。
手際よく進める彼だが、二人きりになってからと言うものの、彼は一言も話さなくなった。
集中しているのだろうか、と黙っていると……
「おい。以前のことを気にしているか」
突然声をかけられる。
「以前のこと」が何か分からず、首を傾げる。
「……おれがおまえを責め立てたことだ」
「ああ、あの時のことか。全然気にしてねーよ」
「そんなハズないだろう。おまえはおれのことを気に食わないと思っている、違うか?」
そんなことないと言っても、彼は納得してくれなかった。
彼は黙々と作業を続け、しばらくしてからオレの肩を叩いた。
「いいか、これで借りはナシだ。このイルーゾォがセットしたんだ、簡単に崩すなよ」
どうやら完成したようだ。
目の前の鏡を見る。
──鏡に映る自分はまるで、別人のようだった。
襟足は三つ編みで綺麗にまとめられ、長い前髪は左分けで流されている。
横髪は軽くカールされていて、右耳の後ろには小さなリボンが取り付けられている。
「お、おお……!! すげえよ、イルーゾォ!」
「そうだろう」
「ありがとな! 今から兄貴に見せてくる!」
オレはイルーゾォを部屋に残し、一人で階段を駆け降りてリビングの扉を開ける。
「兄貴ィ〜ッ!!」
ソファに座る兄貴とギアッチョがこちらを向く。
兄貴はオレの方に来て、頭から足先まで視線を動かした。
「ああ、これなら大丈夫そうだな」
「そうだろ〜!? メローネとイルーゾォはすげえヤツらだぜ!」
「……口調はどうにかしろ」
兄貴は台無しだ、と言わんばかりに頭を抱える。
「口調、口調かぁ……」
昨日、イノセンテが演じてくれた「女性」を思い出す。
少しだけ喉を手で撫で、発声する。
「わたし、私……上手くやれて、いる……かしら?」
そう言うと、リビングの中が静まり返った。
まるで凍ったようにギアッチョが動かなくなった。
「……悪くはねぇ。だが、オレたちからすると違和感の方が勝るな」
真顔の兄貴にそう言われ、ぶわっと恥ずかしさが込み上げる。
頑張ったのに、なんて言われ様だ。
「そうだな……敬語くらいにしとけ。おめーもそっちの方が得意だろ」
「は、はい、そうします……」
努力の大半が水の泡になってしまった。
何のためにオレはナンパをして恥をかいたのか。
だが彼が言うように、敬語の方が慣れているのは事実だ。
それは今まで元主人に対して、敬語で話していたからだろう。
時計の針は十九時過ぎを指していた。
努力が無駄になったことに落ち込む暇もなく、オレたちは任務に向かうことになった。
更新が遅くなり申し訳ございませんでした。
自分が気に入った暗殺チームのメンバーの行動を描写していると、全く話が進まないと言う事態になってしまいました。
反省しています……でも書いていて凄く楽しかったです。
女装(?)イラストを追加します。多忙のため落書きになってしまいましたが、よければ!
【挿絵表示】
以降、少しだけキャラクターの解釈を書きます。
解釈違い注意です。
イルーゾォは絶対に謝りはしないタイプだろうと思いました。
しかし、借りを作るのは彼のプライドが許しません。
「これで借りはナシだ」という言葉は、彼なりの謝罪なのだと思っています。
メローネがイルーゾォの部屋から出ていったのは、事前にイルーゾォがアフェットと2人にして欲しいと言っていたからなのだとか…
メローネは空気が読めるタイプではないと思うので、ハッキリ言わないと大体のことはやってくれないんだと思います。