ネアポリスにある敵アジトの付近で、一人彷徨い歩く。
辺りは随分暗く、足元がよく見えない。
ギャングのアジトには、やはり夜に人気のない場所が選ばれる傾向にあるようだ。辺りには人ひとりいない。
夜の時間帯、こんな場所に人がいたとすればそいつはギャングだろう。
──オレが狙うは、プリマベラのトップ……名前はオレステだ。
「おい、女」
「え?」
背後から男の声がして、後頭部に硬い何かを突きつけられる。
それが何か察し、全身の動きを止めた。
「ここで何をしている……まさかパッショーネの使いじゃあねえだろうなぁ」
「え、えっと……」
「答えろッ!」
頭に当たる無機物を、更に強い力で押しつけられる。
死への恐怖に息が浅くなるが、必死に言葉を捻り出す。
「ご、ごめんなさい! 私、道に迷ってしまって……!」
「本当に一般人なんだろうな」
「は、はい! もしよければ、街まで案内してもらえませんか?」
そう言うと、男はオレの右手を強く握り、後ろで組ませた。
それと同時に、頭に当てられていた無機物が離される。
「え、な、なにを……!?」
「何も持っていないか証明してもらう。それが終わったら案内してやるよ」
男はもう片方の手でオレの体を弄り始めた。
身体検査をされているようだが、どこか下心があるような手つきで触られ、気持ちが悪い。
「ちょ、ちょっと……!」
「確かにヤバい物は持ってねぇなあ。それに顔も悪くねぇし……よし。お前、こっちに来い」
「えっ!? や、やめてくださいッ!」
強い力で右手を後ろに引かれ、アジトの方へと連れていかれる。
その力に負けじと必死に右手を振るが全く力及ばず、そのままアジトの中に連れ込まれた。
3階建ての広いアジトには、数十人ほどのギャングが待機していたようだ。
パッショーネの襲撃を警戒しているのだろう。
「なんだ、その女は?」
「胸はないが、顔は二級品だろ? ボスが気にいると思ってな」
男はそんなことをケラケラと話している。
これからオレは、オレステの部屋に連れていかれるようだ。
──計画通りだ。
オレが女装をさせられたことには、二つの理由があった。
まず一つ目は、オレステの女癖が悪いということ。
そして二つ目は、パッショーネに女性の組員は少ないということ。それどころか、あのリゾットすら聞いたことも見たこともないレベルだという。
だから何も持っていない無防備な状態の女性を演じることで、相手のアジトに潜り込むことができるのではないか、ということがリゾットの考えだった。
「姉ちゃん、分かったか? ああいう人気のない道にはオレたちみたいのがいる。これからは迂闊に通ったりすんじゃあねえぞ?」
「……」
「なんだ、怖くて声も出ねえか? 心配すんなよ、ボスを満足させることができたら無事に帰れるぜ。せいぜい頑張れよ!」
彼がそう言って笑うと、それを聞いた周りの組員たちが一斉に笑い出す。
「……私に何をさせるつもりですか」
「さあ? ボスに聞くんだな」
男は突然立ち止まると、他の組員の男から縄を受け取った。
「抵抗すんじゃあねえぞ。下手に抵抗すれば、これでお前を殺しちまうかもしれねえ」
男は銃をチラつかせる。
オレは大人しくしている方が痛い目には合わないだろうと踏んで、抵抗しないことにした。
ここでオレが死んでしまっては、本末転倒だ。
「ん〜、いい子だな。ボスに気に入られるかもしれねえぞ」
褒めるような口調とは裏腹に、男は縄でキツくオレの腕を縛った。
そして男に連れられながら歩き続け、三階にある一つの部屋に案内された。
「ボス、今お時間よろしいでしょうか?」
「ああ、入れ」
部屋の扉が開かれる。
男に背中を押されて部屋の中に入ると、小さなテーブルのそばにある一人用のソファで中年男性が寛いでいた。
彼は資料に載っていた、この組織のボス……オレステだ。
「何だその女は」
「この付近を彷徨っていた、迷子の女です。武器や怪しい物は何も持っていません。顔が美形なので、ボスが気に入ると思って……」
「お前、今の状況を分かっているのか? 先日は組織のヤクを管理していたチームが『パッショーネ』に壊滅させられた。こうしている今もおれたちはいつアイツらに襲われてもおかしくないんだぞ」
「だからこそですよ。ボスには息抜きをしていただかないと」
それでは失礼します、と言って男は部屋を出ていく。
オレステはオレを品定めするように見た。
──気持ち悪い。
その視線は、元主人に買われた時の記憶を思い出す。
「ふむ、いいじゃないか。手荒な扱いをして悪かった。だがこっちも危ない身なんでな。お前を利用させてもらうぞ」
「り、利用って……?」
嫌な予感がよぎる。
腕を掴まれて引っ張られた後、部屋の奥にあったベッドの方に体を突き飛ばされた。
手をつくこともできず、顔面がベッドの布団に埋もれる。
そのまま顔をベッドに押し付けられ続け、上手く息ができなくなる。
「お前が『本当に道に迷っていた女』なら可哀想だが……おれは『そうではない』と踏んでいる」
「!?」
「お前は『パッショーネ』の人間だろう?」
女癖が悪いとはいえ、流石にギャングのボスを務める男は勘が鋭いようだ。
しかし、オレも折れるわけにはいかない。
「ち、違いますッ……!」
必死に布団から顔を離そうと首に力を入れて、言葉を捻り出す。
するとオレステはオレの前髪を掴み、顔を自分の方に向けさせた。
「まぁどっちであったってイイんだよ。お前がおれの命を狙っていようが、お前はもう動けねえ。たっぷりと可愛がってやる」
オレステはオレの顎を掴み、顔を近づける。
顔をベッドに押し付けられていたことと、トラウマのフラッシュバックが重なり、息がどんどん荒くなる。
「ああ、言っておくが……噛むだとか、下手な抵抗はするな。おれだってお前のような美人を殺したくはない」
そう言って彼はナイフを取り出した。
ドクン、ドクンという心臓の音が脳内に響き渡る。
「それにしても、パッショーネにこんなイイ女がいたなんてなあ」
大丈夫、大丈夫だ。
以前のオレは、これを毎日されていた。
もう、慣れっこのはずじゃあないか。
受け入れろと自己暗示し続け、目を閉じる。
……しばらくして、口に柔らかいものが当たった。
しばらくその状態のまま変化はなかったが、オレの口に当たっていた相手の唇が動く。
相手の口が開いたことを確認すると、オレはそれに応えるように自分の口を開く。
「噛め」
そう言うと、『口の中に入れていたモノ』が動き始める。
それがオレステの口の中に入り込んだことを確認すると、体当たりで相手の体を突き飛ばした。
「あ"ッ!?」
「チッ、くっせぇ口を押し付けやがって。いい加減にしろよ、このクソジジイ」
「な、なんだ、これは……うああああぁぁッ!」
「仕込んでいたんだぜ。毒クモの死骸を、『口の中』にな……」
口の端を手で広げながら、舌を出す。
口の中の異物感から解放されて、とてもいい気分だ。
今回は無防備な女性を演じるために、死骸を入れる瓶を持ってくることができなかった。
そのため、口の中に小さな毒蜘蛛……セアカゴケグモの死骸を仕込んでいた。
しっかり洗浄したので、衛生面はあまり気にしていない。
「お前の口に入った毒蜘蛛は、喉からおめーの体内に忍び込み、臓器に直接毒を流し込む……それは臓器の活動に大きな支障を与え、死に至らせる」
「て、てめぇ、やはりパッショーネの……!」
「うるせぇな……こっちはイライラしてんだよ。クソみてえなことを思い出させられてよ」
オレステはナイフを握る。
彼が立ち上がる前に、彼の顔面を蹴り上げた。
「大人しくくたばりやがれッ!!」
もう一発蹴りを入れると、オレステはほとんど動かなくなった。
急いで彼が握っていたナイフを手に取り、手を縛っていた縄を切る。
そしてオレステの体を調べ、彼が持っていた携帯電話を叩き壊す。
そして、部屋に備え付けられていた電話の線を切った。
──予定通りだ。
キスをするフリをして毒蜘蛛をオレステの体内に忍び込ませ、息の根を止めるということは、オレが考えた作戦だった。
それを話した時、大丈夫なのかと兄貴に確認された。
当時は何が大丈夫なのかと疑問を持ったが……今思えば、彼はオレのトラウマについて言及していたのだろう。……確かに、これには辛いものがある。
「ボス、何かありましたか? 大丈夫ですか?」
部屋の外から声が聞こえた。
オレステを倒す際に大きな音を立ててしまった。
だが外が大騒ぎになっている様子はない。
それから分かるのは、異変を感じているのは部屋の外から声をかけてきた人間だけということ。
そして、まだギアッチョと兄貴はここに攻め込んでいないということだ。
「ボス、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、何も問題はない」
スタンドを使い、オレステにそう喋らせる。
オレステの死体に目立った外傷はない。
まだ利用できそうだ。
「アジトにいる全員に携帯電話の電源を切らせろ」
オレステの体に触れ、そう命令する。
彼の体は動き出し、部屋の外へと出て行った。
「これで外部との連絡は絶たれた。今回の任務は終わりだ」
そう安心して、その場にへたり込む。
──今回の任務は、そこまで大変じゃあなかった。
しかし、精神的なダメージが大きいようだ。
頭が痛い。
一気に胃から込み上げてきたものを、口から吐き出す。
体が熱くなっていくのが分かる。
今回の任務では体温を上げてはいけないと、兄貴に散々忠告された。
しかし、自分の意思でコントロールすることはどうしてもできなかった。
──部屋の外が騒がしくなってきた。
兄貴たちが来てくれたのだろうか。
それならもう安心だろうと目を瞑る。
元々オレがアジトに潜入してから、三十分後にプロシュートたちがこのアジトに乗り込んで来る予定だった。
そして、プロシュートがスタンド能力でアジトの中にいる人間を弱らせる。
プロシュートはそのままアジトの殲滅。
そして銃弾を無力化できるギアッチョが、オレの身を確保しに来る……
「おい、お前ッ!!」
声がして顔を上げる。
「ギアッチョ、来てくれたのか……」
しかしそこには、オレをここに連れてきた男が銃を持って立っていた。
「やはり『パッショーネ』の人間だったか……ボスをおかしくしたのも、貴様の仕業だなッ!?」
「て、てめぇは……!!」
銃を持つ相手を前に下手に動くこともできず、相手と睨み合いになる。
その時、部屋の外で轟音が聞こえた。
「チッ、奴が来るッ……どっちみち、人質なんて使っても無駄な連中か……!」
男はオレに銃を構えようと動き出す。
ここで銃を構えられれば、至近距離で狙われることになる。
そうなると避けられない。
力を振り絞って銃を持つ男の手を掴む。
銃口を自分の方に向けられないよう力を込めると、より体は熱を上げる。
「お前……『パッショーネ』の人間にしては、力がないな」
「ぐッ!?」
腹を蹴られ、銃を持つ男の手から手を離してしまった。
地面に倒れ込む。
「フーッ、フーッ……」
──おかしい。
普段より体力がない。
それに、思考が上手く回らない。
力も思っていた以上に出ない。
いや、それどころか……自分の強みである『聴覚』が機能していない。
ふと、地面についた自分の手の甲を見た。
「……これは」
手の甲はシワだらけで、自分の体重を支えることもやっとかのように震えていた。
しかしオレの前に立つ男は、先ほどより少し顔にシワが増えたくらいで、大きな変化はないようだ。
「兄貴の、スタンド……」
以前彼に言われた、「できる限り動くな」という言葉。
そして今回の任務における「体温を上げてはいけない」という言葉。
つまり、兄貴のスタンドは『体温が高い人間に強く作用する』……?
「クソ、そういうことだったか……!」
気づくのが遅すぎた。
もう体は思うように動かない。
「手こずらせやがって……死んで詫びろ、クソ野郎」
銃口を向けられる。
──ああ、これはダメだな。
そう思った瞬間だった。
「オイ、アフェット……プロシュートの言ったことが理解できなかったのかあ〜〜ッ!? なんで『老化』がそこまで進んでんだよ、ボケがッ!」
「な、何だお前はッ!!」
全身を硬い装甲のスーツで覆った男が、銃を持った男の手を掴んでいた。
顔は良く見えないが、声と話し方で理解した。
「ギ、ギアッチョ……!」
男の手を掴むギアッチョの手からは氷が広がっており、その氷はあっという間に銃口を塞いだ。
銃口から弾丸の先が出かけているが、氷でせき止められている。
男はみるみるうちに氷漬けになり、ギアッチョはそれを勢いよく砕いた。
それが終わると彼は壁に手をつき、部屋中の壁を氷で埋め尽くす。
「これでプロシュートの『グレイトフル・デッド』の効果は和らぐはずだ……おまえはこの部屋で大人しく待ってやがれッ!」
「ああ、ありがとな……」
「おめーには言いたいことが山ほどある……まだくたばるんじゃあねえぞッ!」
ギアッチョはそう言って部屋を出て行った。
自分の体が冷えていくのが分かる。
それと同時に、手の甲のシワはどんどん少なくなっていった。
お読みいただきありがとうございます。
女装イラストが間に合いませんでした。大変申し訳ございません。
正直、トラウマに苦しむ描写などはジョジョらしくないので、入れるべきか迷いました。
しかし、アフェットの未熟さを描くためには必要だと思い、入れさせていただきました。
ジョジョの二次創作なのにジョジョらしい作風ではありませんが、これからも応援していただけると嬉しいです。
【追記】(23/9/2)
勝手ながら、第一話の冒頭の文を改訂させていただきました。
この先の展開と関わってくる可能性がありますので、ご興味のある方は是非確認してみてください。