あれから部屋で過ごしていると、任務を終えたギアッチョとプロシュートが迎えにきた。
「またおれの言ったことを忘れたのか、アフェット?」
「ご、誤解だ兄貴、今回だけは本当にそんなつもりはなくて……!」
弁明しようと立ち上がる。
すると胃から何かが込み上げてくる感覚に襲われて、口を抑えた。
兄貴は目線を下に落とし、床に広がっていた吐瀉物を見てオレの状況を察したようだ。
「帰るぞ」
「あァ!? アフェットに言うことはそれだけかよ!?」
「自分の仕事はやってんだ。これ以上文句を言うこともねえ。コイツだって自分の失敗は分かってるはずだ」
兄貴はそう言って部屋を出ていく。
ギアッチョは兄貴を追いかけるわけでもなく、ただ何かを言いたげにその場に佇んでいた。
「……なぁ。いつも思ってたけど、何かオレに言いたいことでもあるのかよ」
「……」
ギアッチョはやはり何かを言いたげに口をもごもごさせた後、「クソがッ」と言い残して部屋を出て行ってしまった。
バタン、と大きな音が鳴る。
──オレは彼に嫌われているのだろうか?
そう思いながら部屋を出ると、扉を開けたすぐ側に兄貴が待ち構えていた。
「なぁ、ギアッチョはオレのことが嫌いなのか?」
「ああ、あれか……余計なことは考えなくていい」
「余計なことって……でも、オレらはチームだろ? 仲良くしといた方がいいんじゃあないのか?」
そう言うと、兄貴は首を傾げる。
「おめーはギアッチョが『仲良くしたくないから』あんな態度を取っていると思っているのか?」
「違うのか?」
少しの間沈黙が流れ、兄貴は小さなため息をついてから口を開いた。
「いいか、よく聞け。アイツにとってお前は『後輩』なんだ。しかもこのチームで初めてのな……」
「え、後輩?」
「お前が来てからは怒鳴り声を上げる頻度が少なくなった。おかげで前より少し静かになったんだ」
…………は?
と声にならない言葉が出る。
「誤解すんじゃあねえ……とは言え、アイツの思惑が分かりにくいってのは理解できる。アイツは不器用だからな」
「え、ん? じゃあ、オレが冤罪をかけられた時の任務から、更に愛想が悪くなったのは……」
兄貴をその場に残してプリマベラのアジトを飛び出す。
ギアッチョはもうオレたちのアジトに帰ったのだろうか。
ここからは距離があるはずだ。
タクシーでも捕まえたのだろうか。
大通りへ出ると、そこには道路沿いに停めてあった車に乗ろうとするギアッチョの姿があった。
「お、おい、ギアッチョ!」
「あ? アフェットかよ……どうした」
「なぁ、お前……オレがこのチームに来てから静かになったってホントかよ?」
「あぁ!?」
それを聞いて彼は歯を剥き出し、大きく顔を歪ませた。
「お前、オレがうるせぇって言いてえのかァ!?」
「いや、気を使わせたと思ってな。オレは平気だから、いつも通りでいてくれよ」
ギアッチョはそれを聞いて黙り込む。
そして誰に向かって言うでもなく、ただ呟いた。
「……つくづく分からねぇなァ」
「何がだ?」
「このチームはおかしい。オレから勝手に離れていくヤツはいても、わざわざ近づいてくるヤツはいなかった」
彼はそう言って首の後ろを掻いた。
「それでよかった、オレもそれを受け入れていたはずだ……だが新入りに気を使うくらい、よほどこのチームに思い入れができちまったみてえだ」
ギアッチョがそんなことを言うなんて、想像もつかなかった。
しかし、彼の気持ちは理解できる。
元主人の屋敷で何も成せずに死んでいくだけだったオレは、このチームに救われたのだから。
このチームに来て、綺麗なご飯の食べ方を知った。シャワーの浴び方を知った。
自分の力を知った。自分の傷を知った。
不器用な存在を知った。オレを信じてくれる存在を知った。
そして『兄貴のようになりたい』という、生きる目的を見つけることができた。
このチームが無ければ、兄貴と出会えなければ……オレはこの人生で何も得られないまま、静かに死んでいたのだろう。
「……いいチームだよな。オレ、ここに来て本当によかったぜ」
「ああ!? おまえ、オレたちに裏切り者だと疑われたばっかだろーがッ! それでもこのチームに来てよかったっつーのかよッ!」
「ああ、胸を張って言える」
それを聞いてしかめっ面をするギアッチョ。今にも暴れ出しそうな彼を置いて、車の助手席に座る。
ギアッチョは不満そうに顔を歪ませながら、運転席に座る。
「……本当に、悪かった」
静かに、彼が呟いた。
オレはそれに応えるように、彼に拳を向けた。彼は少し固まった後、前を向いたままオレの拳に自分の拳をコツン、と当てた。
アジトに帰ると、リゾットが玄関の前に立っていた。
「任務の報告は、先に帰ってきたプロシュートから受けた。ギアッチョは先にアジトに入れ。アフェットに話がある」
ギアッチョはブツブツと独り言をこぼしながらアジトの中に入っていった。
「話ってなんだ?」
二人きりで話をするなんて、よっぽど大事なことなのだろうか?
しかし、外で話をするということは任務の話ではないのだろう。
「お前を陥れた、パッショーネの裏切り者……アイツはお前の過去の情報を握っていた。始末する直前、情報を吐かせた。お前は自分の過去について、どこまで知りたい」
「自分の過去……?」
「自分がどこで生まれ、どのような経緯であの屋敷に入れられ、家族が今どこにいるのか……長年の軟禁で忘れていることも多いだろう」
彼が言う通り、オレは屋敷に行く前の記憶をほとんど失っている。
覚えているのは、屋敷に行った当時自分が六歳だったということ。
そして、自分には『兄貴』と呼んでいた存在がいたということだけだ。
屋敷での生活は辛いものだった。
しかし、自分を屋敷に向かわせた人間を憎んでいるわけではない。
誰かを憎んでも、屋敷での生活が変わることはなかった。
だからそれは、オレにとって意味のない行為だった。
「興味ねえな。過去よりも、兄貴やみんながいる今が好きだ。オレの帰る場所はここだけだ、故郷なんて興味ねえ」
「そうか」
「あ、でも自分の年齢くらいは知りてえな! なぁリゾット、オレは今何歳なんだ?」
故郷のことはどうでもいいが、今の生活にも関わってくる年齢のことくらいは知りたい。
それを聞いたリゾットは頷いて、少し優しげな声で答えた。
「十七だ。お前は今日で、十七になった」
「……今日で?」
「ああ、今日がお前の誕生日だ……おめでとう」
その時、ふとアジト内の異変に気づいた。
いつもより明らかに騒がしい。
美味しそうな料理の匂いもする。
まさか、これは……
「た、誕生日パーティってことかァ〜〜〜ッッ!?」
「ああ。好きなだけ食うといい。お前の好きな料理やピッツァを用意した」
物心ついた時から、誕生日を祝ってもらったことはなかった。
初めての経験に胸が躍る。
軽やかな足取りでアジトに入り、リビングに向かう。
騒がしい声が段々と近くなる度、胸の高鳴りも増していった。
リビングの扉を開ける。
するとそこには、美味しそうな料理を囲むチームのみんなの姿があった。
一番最初に兄貴がオレに話しかけてきた。
「リゾットから話は聞いたか?」
「ああ、聞いた」
「そうか。誕生日おめでとう、アフェット」
その一言だけで気持ちが舞い上がった。
その言葉を噛み締めるように、胸に手を当てて目を閉じる。
「ありがとな」
空いていた席に座る。目の前に広がるご馳走たちはどれも美味しそうで、我慢などできなかった。
誰より先にご馳走を頬張る。
「おいしい!! すごくおいしいぜ!!」
イルーゾォの方に視線を向けると、彼は満足げにこちらを見ていた。
「用意した甲斐があった」と、顔に書いているようにすら思える。
「イルーゾォ、お前が準備してくれたのか?」
「そうだ、このイルーゾォが用意したんだ。感謝するんだな」
そう言って鼻を鳴らす彼だったが、メローネが訂正する。
「いや、正確に言うとイルーゾォとリゾットとおれだ。アフェットたちが任務に向かっている途中に用意した」
「お前、まるで自分が一人で用意したみたいな口ぶりだったよな……」
そう言ってイルーゾォに視線を向けると、彼は「なんのことだ」とオレから視線を逸らした。
笑いながらご馳走を頬張り続ける。
気がつけばその場にいる全員がご馳走にありついていて、他愛のない会話で盛り上がっていた。
すると突然、兄貴がオレに質問した。
「そういえば、欲しいものはあるか?」
「欲しいもの?」
「誕生日プレゼントだ。欲しいものがあれば買ってやる」
「本当か!?」
そう言われて更に心が躍る。
しかし『欲しいもの』と言われても、あまりピンとこなかった。
しばらく考えていると、一つだけ欲しいものが脳裏に浮かんだ。
「……写真」
「写真? 何の写真だ」
「みんなとの……チームの写真。思い出に残しておきたくて」
そう言うと、兄貴は溜息をついた。
「アフェット、おれたちは『こっち側』の人間だ。『形として残るモノ』を残すのは控えた方がいい」
「そ、そうだよな。ごめん……」
悲しいが、兄貴の言うことはもっともだ。
ギャングとして相応しくない望みだったと反省する。
「……だが、おれたちはいつ死ぬか分からねえ。今のチームの形を写真として残しておきたい気持ちは理解できる」
「え、兄貴も? 本当か!?」
「ああ、だから……リゾットに取り合ってみよう。印刷するのは一枚だけ、その上でこのアジトから持ち運びしないなら、問題ないだろう」
「!!」
ギャングとして相応しくないはずのオレの望みを、兄貴は否定せずに受け入れてくれた。
それが嬉しくてたまらなくて、口角が上がる。
「ありがとう、プロシュート兄貴ッ!」
その後も談笑をしながらご馳走を頬張り続けた。
ご馳走が無くなると、ギアッチョが部屋からボードゲームを持ってきた。
夜通し遊び、騒いで……その日の任務であったことを全て忘れてしまえるほど、誕生日を楽しんだ。
その日からしばらくして、リゾットから全員で写真を撮る許可をもらった。
チームの全員で写真を撮り、印刷した写真を写真立てに入れる。
自分の部屋のテーブルの上に、写真を置く。
人が住んでいると思えないほど無機質なオレの部屋が、少しだけ明るくなったような気がした。
更新が遅くなり申し訳ございませんでした。
今回もお読みいただき、本当にありがとうございます。
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イタリアの生活様式と日本人としての感覚が混ざって描写が大変です。
至らない点もありますが、これからも温かい目で見守ってくださると嬉しいです。
どうぞこれからもよろしくお願いします!