黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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二話 解放

「オ、オイ冗談だろ……」

 

 痛む頬を押さえながらそう言うと、再び彼はオレの顔面を蹴り飛ばす。鼻から血がだらだらと滴り、意識がぐらりと揺れる。

 

 ──本気だ。

 

 目の前の男は、本当にオレを殺そうとしている。彼は床に這いつくばっているオレを、青い瞳で睨みつけた。

 

「冗談だと思うなら勝手にしろ、死ぬだけだ。だが……」

 

 そして男は、オレの生存本能に喝を入れるかのように言った。

 

 

「『死にたくない』と思うなら、本気で抵抗してみろッ!」

 

 

 その言葉が、電撃のように頭の中を駆け巡る。

 また檻の中に入れられるのは嫌だ。それならここで死んだ方がマシだ。

 

 ……でも、オレは死にたいわけじゃない。

 

 何か方法があるかもしれない。

 檻の中に入れられないようにする方法……この男に罪をなすりつけることくらいは、できるかもしれない!

 

 男は再びオレを蹴る体勢に入っている。右足の蹴りで、右から左へと蹴る準備だ。

 彼が蹴りをする瞬間、彼の左足側に移動する。

 

「!」

「蹴りってのはよ……蹴っていない方の片方の足が不安定になるんだよなァ〜……ッ!」

 

 男の地面についている脚の膝裏を狙って肘打ちをした。

 案の定、彼はバランスを崩す。

 その隙に落ちていたナイフを手に取り、男の後ろに立つ。彼の首めがけてナイフを突き出す。

 

「オレの勝ちだッ!」

「最後まで油断するんじゃあねぇッ!」

 

 ナイフが男の首に触れる直前、男は咄嗟にオレの手首を掴んだ。男の力は筋力が衰えたオレの何倍も強く、ピクリとも動かない。

 

「なッ……!」

 

 そしてその手を引かれたと思いきや体が宙に浮き、そのまま床に投げられた。

 床に寝転んだまま何が起こったのか分からず動揺していると、自分が手に持っていたはずのナイフがないことに気づいた。

 それを探そうと体を起こすが、男に手慣れた動作で押さえつけられた。手を後ろに組まされ、何も抵抗できない。

 首元に、冷たい何かが当たる。

 

「いいか、敵と戦う時に武器を手放すんじゃあねぇ。体を放り投げられても、予想外の事態に遭遇しても、だ」

「クソッ……離しやがれッ!」

 

 ジタバタと唯一動く足で男の背中を蹴るが、男は微動だにしない。

 

「目のつけどころは悪くなかった。相手がそこらへんにいる仲良しクラブの連中程度ならお前が勝っていただろうな」

「説教かよ……どうせ殺すんだろーが……!」

「ああ」

 

 男は無慈悲にそう言い放った後、ナイフを持つ手に力を込めたのが分かった。

 

 死ぬ。このままでは本当に死んでしまう。

 この男に殺されたら、オレの人生は永遠に檻に閉じ込められたまま幕を閉じる。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

「ああああああああぁぁぁッ!!」

 

 獣のように咆哮を上げる。

 それだけで何かが変わるわけではないだろう。

 でも何か自分に力があるのなら、その使い道は今だろうと拳を握る。

 

 ダメ元でも、生きるために最後まで抗いたい……!

 

「なんだ、これは……」

 

 ふと、男の手の力が緩まる。その隙に自分の手を男の手からスルリと抜き、彼の顔めがけて殴りかかる。

 

「……は?」

 

 刹那、オレは見えた光景に戸惑い拳を止めた。

 

「俺の、ペットォ……」

 

 死んだはずの主人がゾンビのように動き、男に襲いかかっていたのだ。

 主人は男に手を伸ばすが、男はそれを勢いよく蹴り上げる。主人は床に顔面をぶつけたが、すぐに男の方へ向き直る。

 

「これはスタンド能力か……!? おいてめー、一体何をしたッ!」

「え、スタンド……? なんだそれ」

「とぼけるんじゃあねぇ! 死人が突然動き出すなんてことは『普通』じゃあり得ねぇことなんだ! それが今起きている! 『普通』じゃあねぇことがッ!」

 

 オレは突然頓珍漢な話をされ、首を傾げる。

 それとは対照的に、男はあり得ないと言わんばかりに驚愕した表情を浮かべつつも、どこかこの『異常な現象』について考えているようだった。

 

「本当に知らねぇなら教えてやる。スタンドとは……『普通』じゃあねぇことすら『普通』にしちまう、お前自身の能力だッ!」

「は、能力? オレにそんなものがあるように見えるのかよッ!」

「ああ、確かにそこに『いた』……お前のすぐそばに、スタンドがッ!」

 

 能力? スタンド?

 聞き慣れない単語と理解できない現状に混乱する。

 主人が再び男のことを襲おうとすると、男は叫んだ。

 

「『ザ・グレイトフル・デッド』!」

 

 自分の目を疑った。

 男の背後から、『何か』が現れていた。

 その『何か』が主人の手を掴むと、主人の体はみるみるうちに老いた。

 例えるのなら、植物が一瞬にして枯れ果てたかのようだ。

 

 そして気づく。

 

 自分が先ほど殴られたのは、その『何か』だったのだ。

 

「なんだよ、なんだよ、それ……」

「なんだ、見えているんじゃあねーか。てめーが使ったのもこれと同じ『スタンド』だ」

「オ、オレと同じ……?」

「『死者を復活させることができるスタンド』、か。だが完全に復活させることはできねーみてェだな」

 

 男がそう言って主人を指差す。

 主人はビクビクとかろうじて動いているが、『まるで何かに操られているような動き』だった。

 

「いくら『普通』じゃねぇことを『普通』にすると言っても限度はある。特に死者を生き返らせるとなれば、な」

「生き返らせて証拠隠滅……って訳にはいかねーか」

 

 溜息をついて腰を下ろす。

 すると、男は少し考えた後に言った。

 

「……いいや、生き返らせることができなくても、この能力ならできるぜ」

「え?」

「こいつを操って生きているように見せかけて『死亡時刻や死亡場所をずらす』。それなら証拠の隠滅くらい容易いだろうな」

「なるほどな……でも具体的にはどうするんだ?」

「他人にばかり頼るんじゃねぇ。ヒントはやったぜ、後は自分で考えろ」

「チッ、ケチなやつ」

 

 オレを殺そうとしたり、オレを助けてくれるのかと思いきや突き放しやがって。変な奴だな。

 そんなことを心の中で考えながら、これからやるべきことを考える。

 

 オレがいる部屋は、確か屋敷の二階にある西側の部屋だ。

 オレを隔離するために周りの部屋には誰も入らせないようにしていたはずだ。

 思考を張り巡らせる。

 

 

──そんな難しいことは考えなくても良い。

 

 

 突然、言葉が頭に流れてきた。

 

 

──お前の命令次第で、お前の主人はどうとでも動く。

 

 

 その言葉を発しているのは……紛れもなくオレ自身だった。

 

 

──オレを使え。

 

 

「ああもう何言ってんだよ!? 何がなんだか分からねぇ! 取り敢えず命令すりゃあいいんだなッ!?」

 

 頭では理解しきれない情報に混乱するが、本能は『スタンド』というものを理解し始めていた。

 ある言葉が頭の中で浮かぶ。オレはその言葉をそのまま口に出した。

 

 

「ドリーム・シアター!」

 

 

 そう叫ぶと、少なくとも自分の体ではない何かが横に現れた。

 それは悪魔のようなツノを生やし、天狗のように長い鼻のデザインの仮面を被った人型の何かだ。

 鼻から上は仮面で隠れているが、隠されていない頬には涙のようなペイントが施されている。

 

「こ、これが『スタンド』ってやつか……これで、主人に命令するんだったな」

 

 これは頭で理解するのではなく、感覚で理解していくものなのだろう。

 頭に僅かに浮かんだ感覚を頼りに主人に近づく。

 

「頼むぜ、成功してくれよ」

 

 そう願いながら、主人の冷たくなった手に触れる。

 

「この屋敷にいる使用人たちを、あそこに落ちているナイフで襲ってこい」

 

 そう言うと、主人はむくりと立ち上がり、ナイフを手にしてそのまま倉庫を出ていく。

 しばらくすると、使用人たちの叫び声が響いた。

 

「今のうちに逃げられるんじゃないか?」

「なるほど、面白いじゃあねーか」

「……それで、そろそろお前のことを教えてくれよ。何のためにここに来た?」

「あ? まだ分かってねぇのか」

 

 男は勘の悪い奴だな、と呆れている。首を傾げていると胸ぐらを掴まれた。

 

「今からオレが言うことをよく聞け」

「お、おう?」

「お前の道は二つだ。ここで死ぬか、裏の世界で生きるか。好きな方をてめー自身で選べ」

「裏の、世界……?」

 

 なるほど、どうやら彼は主人を殺すためにここに来ていたらしい。

 

 裏の世界とは、即ちギャングだ。

 暴力、麻薬、殺人……自分たちの目的のためには何だってやる恐ろしい組織。

 だがこの屋敷を出ても居場所がないオレにとって、生き延びることができるならそこも天国のような場所だと思った。

 

「……生きるよ。オレは、ギャングになる」

「覚悟はできてんだろーなァ?」

 

 威圧感のある目線に一瞬怖気付くが、負けじと睨み返す。

 

「ああ、できてる」

「じゃあさっさと行くぞ」

 

 男はオレの胸ぐらを離し、部屋の外に出た。その後を追って扉を開ける。すると先ほどより何倍も広い空間が目に入る。

 

──ああ、もっと広いところに行きたい。

 

 いつの間にか駆け出していた。

 使用人の死体が転がっていても、床や壁が血塗れになっていても、そんなものは一切目に入らなかった。

 

 外が見たい。太陽を浴びたい。緑を見たい。

 

 オレは男より先に外に繋がる大きな扉に触れた。好奇心と一抹の恐怖心を抱えながら手に力を入れる。

 

「……!!」

 

 期待したような青い空は無かったものの、オレが待ち望んでいた空間がそこにはあった。

 横にも、縦にも果てがない空間。綺麗で澄んだ空気の味。頬を撫でる風ですら愛おしく思ってしまう。

 

「……嬉しいな。こんなに嬉しいと思ったのは何年ぶりだろうな」

 

 そして嬉しさや幸福感ではない感情がこみ上げる。

 地面に膝をついて空を仰ぐ。

 自分の頬に雫が滴っている。それは嬉しさだけのものではなかった。じわじわと、喪失感に心が侵食されていく。

 

「オレ、何年あそこにいたんだろうな……何年分の自由を失っていたんだろうな……」

「……」

 

 そんなオレを見て、男はただ沈黙していた。

 

 言いたくなかったのだろう。言えなかったのだろう。

 今思えば、簡単な話だ。

 

──ギャングの世界も、人によっては一種の牢獄だ。

 

 だがその時のオレはそんなことにも気づかず、ただただそこにある幸せに囚われていた。

 




お読みいただきありがとうございます。
ドリーム・シアターの能力がスポーツマックスに似ていますが、制限や効果などが少し違います。
まだまだ序盤ですが、最後までお付き合いいただけるとうれしいです。
暗殺チームのメンバーが大好きなので、書くのが楽しいです。
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