アフェットの趣味について、プロシュート兄貴との絡み多めです。
プリマベラの殲滅任務が終わってから、数日間の休みをもらった。
オレ自身はまだまだ働けると思っていたのだが、「無理はするな」とリゾットに止められた。
兄貴の教育で文字が読めるようになると、本が読めるようになった。
しかし文字に飽きてしまった上に時間があるので、別の趣味を始めたいと思っていた。
そこで、オレはリビングにいるメローネに話しかけた。
「メローネ」
「なんだ?」
「オレに化粧を教えてくれないか?」
以前の任務で女装をしたのだが、その時化粧というものに大変感動したのだ。
「意外だな。むしろ二度と女装なんかしたくないと言い出すと思っていた」
「まぁ、確かに任務の時は吐いて大変だったけどよ……それも慣れなきゃあなんねぇ。オレはこのチームの力になりてえからな」
トラウマはあるが、それ以上に「男にも女にもなれる」という特技は強みになるだろう。
このトラウマはチームのために克服すべきものだ。
「それだけじゃねぇけどな。一時間ちょっとで、顔の雰囲気を大きく変えることができる技術に感動しちまって」
「そうか。教えたい気持ちはあるが、教えられるほどの技術がおれにはない。あの時は感覚でやっていたからな」
メローネはそう言って、彼の前に置かれていたパソコンに手を伸ばす。
オレが諦めてリビングを出ようとすると、彼は何かを思い出したかのように「でも」と言った。
「化粧道具の手配をしたのはプロシュートだ。あいつなら教えてくれるんじゃあないか?」
「あ、兄貴が!?」
「女の扱いならこのチームで一番慣れているだろう。求めている答えが返ってくるかもしれないぞ」
「そうか! 教えてくれてありがとな、メローネ!」
兄貴に「化粧の仕方を教えてくれ」、と言うのも気恥ずかしいのだが、せっかく興味を持った分野だ。
勇気を出して兄貴に聞いてみよう、とリビングを後にした。
「兄貴〜! ちょっと話があるんだが、いいか?」
「いいぞ」
兄貴の部屋に繋がる扉をノックすると、そう返事が来た。扉を開けると、椅子に座って新聞を読む兄貴の姿があった。
「おお、相変わらず絵になるな……」
「いつも見てんだろ。で、どうした」
新聞紙に目を向けたまま、早く本題に入れと言わんばかりに彼は言った。
いつも通りの対応に安心して、勇気を振り絞る。
「あ、あのな……その、オレ……化粧を、学びたいんだ」
ピクリ、と兄貴の眉が動く。
「お前……どういう風の吹き回しだ? メローネに何か言われたか?」
言われたといえば言われたのだが……きっと兄貴が疑問に思っているのは、『オレが化粧に興味を持ったのはなぜか』ということだろう。
「女装ができたら、任務や作戦の幅も広くなるだろ? それに、一時間ちょっとで顔の雰囲気を一気に変えちまう技術に、感動したっていうか……」
気づけば兄貴は目線をこちらに移して、オレの話を聞いてくれている。
そういうところもかっこいいよなぁと惚れ惚れしつつも、なんだか照れ臭くなってしまった。
「と、とにかく! 兄貴が化粧をするための道具を持ってるって聞いたんだ。よかったら貸してくれないか?」
「一応聞いておくが、アレがいくらするかは知ってんのか?」
「へ?」
会話の流れから察するに兄貴が言う「アレ」とは、化粧道具のことだろう。
「そんなに高いのか?」
「一つあたり、最低でも二十万リラだぞ」
「ええぇぇぇぇ!?」
食品や果物と同じくらいの値段だと思っていた。
まさか、それらが比較対象にすらならないほど高額だとは……
「すまねえ……何も知らないまま、借りようとしてたぜ」
自分には勿体無いものだと感じ、部屋から出ようとドアノブに手をかける。
「待て」
すると、兄貴に呼び止められた。
振り返ると、兄貴が小さな箱をたくさん抱えて目の前に立っていた。
それを丸ごと渡され、バランスを崩しそうになる。
「うおおっ!?」
「全部お前にやる」
「え、いいのか!?」
兄貴は静かに頷く。
「おれは自分で使うために持っているわけじゃあねえからな」
「な、なんでこんなの持ってんだよ。こんなにたくさん……」
「それは任務のために贈り物として買ってきたモノだ。それを渡す予定だった相手は死んで、使い道がねえ」
「……女のターゲットに贈る予定だったモノってことか?」
「ああ」
なんだか、手に持つ箱が一気に重くなったような気がした。
本当は「全員死んだ」ではなく、「全員殺した」の方が正しいだろう……一瞬そう思ったが、何も言わないことにした。
「ありがとな、兄貴! 大事に使わせてもらうぜ」
兄貴の部屋を出て、次は自分の部屋に入る。
大量の化粧品をテーブルに並べ、首を傾げた。
「──で、これをどうやって使うんだよ」
何から手をつければいいのか分からない。
前回の任務でメローネがしてくれたことを真似すれば、それなりにはなるだろうか。
「うーん、よく覚えてねえけど……まず何をすればいいんだ?」
手探りなまま、顔に化粧品を塗りたくる。
ああでもない、こうでもないと化粧に化粧を重ねていると……
「アフェット、入るぞ」
「あ、兄貴……!」
扉の向こうから兄貴の声が聞こえた。
慌てて顔を隠して、返事をする。
「は、入っていいぞ」
「道具の説明くらいはしておこうと思ってな」
そう言って彼は部屋の中へと入ってくる。
「あ、あ、えっと……」
「これが下地、これは……ん? おまえ、どうしてずっと顔を隠してんだ」
兄貴がオレに近づいてくる。
「あ、兄貴、こっちに来ないでくれーーーッ!」
勢いあまって兄貴に体当たりで突撃する。
当然兄貴の方が力は強く、体当たりは軽々と跳ね返されてオレが転んでしまった。
「…………」
オレの顔を見た瞬間に兄貴は固まり、長い沈黙が流れた。
「……少し待っていろ。それを落とすための道具を持ってくる」
兄貴はそれだけ言い残して部屋を出ていった。
俺の顔は、適当に粉を塗りたくったせいで、小麦粉を上からかぶったかのように粉だらけになってしまっていた。
兄貴はオレに気を使って笑わなかったが、この状態をイルーゾォに見られてしまったら、大笑いされ──
「ぷっ」
「へ?」
声のした方をよく見ると、部屋の扉が少しだけ開いている。
その隙間から、誰かがこちらを見ている。
「お、お前……見るなあああーーッ!」
そう叫ぶと、扉の向こうにいた人物は走り去っていった。
一瞬黒い髪が揺れたのが見えたので、恐らくこちらを見ていたのはイルーゾォだ。
「最悪だ……」
そう頭を抱えていると、何か液体の入った容器を持った兄貴が戻ってきた。
「イルーゾォに見られたか?」
「ああ、そうみてえだ……くっそー、絶対後でバカにされる……」
部屋に入ってすぐの場所で立ち止まっていた兄貴は、何かを思いついたかのように突然歩き出し、オレの顔を覗き込んだ。
「おれにいい考えがある。乗るか?」
「いい考えって……こんなのを見られたら、もう馬鹿にされる以外の道はねえだろ……」
「そうか。イルーゾォのヤツに馬鹿にされたまんまでいいってんなら、もうおれから言うことはねえ」
「ま、待ってくれ!」
部屋を出ようとする兄貴の腕を引く。
「そ、その……いい考えって、なんだよ」
「簡単な話だ。おまえ自身が化粧の腕を上げてイルーゾォを見返す」
「ちょ、ちょっと、それは自信がねえぞ!? 大体教えてくれるヤツもいねーのに……」
「おれが教える」
兄貴はこちらを振り返り、自信に溢れた目でこちらを見つめる。
ゴクリと唾を飲み込んで、覚悟を決める。
「兄貴、オレ……頑張るぜ!」
「よし」
そう返事をした兄貴はオレの顎を掴み、容器の中に入っていた透明な液体を、オレの顔全体に塗った。
兄貴は素早くそれをティッシュで拭き取ると、テーブルの上にある山積みの化粧品を二つ選んで取り出した。
「これとこれは肌の乾燥を防ぐものだ。化粧をする前に使う」
「な、なるほど」
「顔全体に塗れ。終わったらこっちだな……」
言われるがままに2つの液体を顔に塗りたくる。
「手にはあまり力を入れるな。肌を擦るのはよくねえからな」
そう言いながら兄貴は、山積みの化粧品に一つずつ触れては手の甲に塗って、どれをいつ使うのかを判別していた。
そして彼はこちらに視線を向けて言った。
「手出せ」
「え? あ、ああ」
おずおずと両手を差し出すと、右手の甲に薄橙色の液体、左手の甲に薄橙色の粉が塗られた。
「お前が使うべきなのはコレだ」
兄貴はそう言って右手を指差す。
「なんか違うのか?」
「こっちはお前の肌によく馴染んでいるだろ」
手を握り、右手の親指と左手の親指をくっつける。
確かに、右手に塗ったものの方が自分の肌の色に近いようだ。
「すげえ、言われるまで気づかなかったぜ!」
「じきに分かるようになる。次はこれを塗って、その次にさっき右手に塗ったこれを塗れ」
兄貴は化粧品の山の中から一つを新たに取り出し、手際よく二つの化粧品を並べる。
自分で使うために持っているわけではない、そう言っていた割には、あまりにも兄貴の手際が良すぎる。
「兄貴、なんかやけに詳しくないか!? もしかしてメイクしたことがあるのか!? 実は、若い時に女装して任務に役立てたことがあったとか!?」
「違う。全部勘だ」
兄貴が女装していたかもしれないという期待を、一言で崩される。
兄貴はえげつないセンスと勘で、料理人顔負けの料理を作る。
言われてみれば、確かに彼はそういう人間だった。
今はそのえげつないセンスと勘が、メイクという分野で発揮されているだけなのだ。
「金髪美女の兄貴、ちょっと見てみたかったな……」
「おい、聞こえてるぞ」
それから、二時間が過ぎ──
「や、やっと完成だーーッッ!」
最後にリップを塗りきり、オレのメイク勉強会は幕を閉じた。
分かったことは、『加減が分からないうちは、少量を塗り重ねた方がいい』ということ、『肌に合わないものを使うと肌が腫れる』ということだった。
メイクというものは適当に顔全体にクリームを塗った後、何も考えず瞼に何かを塗って、唇に何かを塗れば完成……そのくらいに思っていた。
しかし蓋を開けてみれば、メローネが一時間で終わらせたことが信じられないほどに時間のかかるものだった。
一度のメイクで何個の化粧品を使ったか、数えきれなかった。
「……軽い気持ちで言ったけど、これは骨が折れるな。楽じゃあねえ」
「突き詰めようと思えば、楽なことなんて何一つねえ」
「確かにそうかもな……でも任務に役立てるなら、ここまでやらなきゃなんねえ。頑張らねえと」
ふと、兄貴に疑問を投げかける。
「なぁ、これを勉強したとして……任務以外で役立つことがあると思うか?」
ベッドを椅子代わりにして座っていた兄貴は、目を伏せながら返答した。
「これから先、お前に何が起こるかは分からねえが……『化粧をする女の努力』くらいは、理解できるんじゃあねえか」
……イノセンテ。
ふと、彼女の名前が脳裏に浮かぶ。
もし、メイクをした彼女と会う機会があれば……今のオレならば、その努力に敬意を払うことができるだろう。
「会う機会があれば……か」
「おい、早くイルーゾォに見せに行った方がいいんじゃあねえか。顔に粉を塗っているんだからな……時間が経つと肌が乾燥するぞ」
「え!? あ、そうか! ありがとう兄貴、行ってくるぜ!」
急ぎ足でリビングへと向かう。
リビングに繋がる扉を勢いよく開け、書斎まで聞こえるように大きな声で言った。
「おいイルーゾォ! さっきのことは帳消しだ! 今のオレの顔を見ろーーーッッ!!」
言い終えて、リビングの中を見渡す。
「……」
「……あっ?」
リビングにいたのは、リゾットただ一人だった。
ただ静かに流れていく時間に比例して、自分の顔が熱を帯びていくのが分かる。
「ドリーム・シアター!! オレを殺せええええええッ!!」
羞恥心に耐えきれずに上げた声はアジト中に響いたらしく、アジトにいたメンバーが全員リビングに集まり、オレの女装趣味はメンバー全員に知れ渡ることになった。
暗殺チームが好きすぎるが故に、今作(アフェットの話)に対する暗殺チームの解釈違いと「いや、こういうのもアリなのか…?」という思想と戦っています。
リアルがより多忙な時期に入りましたが、できる限り更新の方も頑張ります。
寒暖差に体が追いついていないので、体調にも気をつけます。
皆様も風邪にはお気をつけて。