──あれから二ヶ月が経ったある日。
「今夜、このチームに新しく二人のメンバーが加入することになった」
突然、リゾットにそう告げられた。
「ええええぇぇぇ!?」
リビングにチームのメンバー全員が揃う中、そんな素っ頓狂な声を上げたのはオレだけだった。
「別にそんなに驚くことじゃあねぇ」
兄貴がオレを咎めるようにそう言った。
「で、でもよぉ、それって……オレに後輩ができるってことだろ〜〜ッ?」
心が飛び跳ねるようだ。
暗殺者の先輩として、これからやってくる後輩の役に立てるよう頑張りたい。
心の中で気合を入れた。
「じゃあ、まずは歓迎パーティだよな! オレ、食料でも買ってくるぜッ!」
「おい、アフェット。話はまだ──」
アジトを飛び出す。
リゾットがオレに何かを言おうとしていたが、気にせず外に出てきてしまった。
「まぁいいよな! 別に大事な話でもなさそうだったし」
やっぱりパーティといえばピッツァと肉だろうと店に向かう。
この二ヶ月の間に兄貴から料理を教わったため、必要な食材は頭に入っているはずだ。
「よーし! 料理という点でもオレは成長したってことを、みんなに思い知らせてやる! オレはもう新人じゃあねぇんだッ!」
ニヤける口を押さえながら街を歩いていると……
「アフェット?」
前から歩いてきた人間がオレの目の前で足を止め、声をかけてきた。
「やっぱりアフェットだ!」
「イ、イノセンテ!?」
「なんだ。アタシのこと、覚えていてくれたんだね」
まるで炎のような赤い髪を持つ彼女は、紛れもなくイノセンテだ。
初めて会った時には失礼なことをしてしまった。
そんなオレに、彼女はなぜ話しかけてきたのだろう。
……いや、そんなことより謝ることが先だろう。
彼女に向かって頭を下げる。
「ま、前は失礼なことをした! ごめん」
「あはは、そんな身構えなくてもいいって! 別にキミを責めるために話しかけたんじゃあないし」
「へ?」
じゃあなぜ話しかけてきたのだろうと頭を上げる。
「アタシこそ、あの時失礼なこと言っちゃったなって。話したくないことだったんでしょ?」
『話したくないこと』というのは、性別のことだろうか。
確かに触れられてしまうと答えにくい話題ではある。
「キミが女だろうと男だろうと、どっちでもいいよ。アタシはキミ自身に興味があるんだ」
「オ、オレ自身ってなんだよ」
「この前のお詫びも兼ねて、またデートに付き合ってくれない?」
「ええ!?」
オレが悪いことをしたのだと反省していたのに、当の本人から謝罪をされ、その上デートの誘いをされるとは。
突然のことに頭が混乱する。
何のためなのだろう。
彼女の言葉が本当なら、オレに興味があるから……ということだろうが。
それだけとは思えない。
オレはイノセンテに嫌われるようなことはしても、好かれることはしていない。
「よく分かんねぇけど……お前がそうしたいなら」
「本当!? ありがとう!」
彼女はオレの手を取ると、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、来週の日曜日の十四時とかはどう?」
「ああ、大丈夫だ……でもいいのか、オレはそういう経験がないんだ。楽しめないかもしれないぞ」
「大丈夫! アタシがキミを楽しませたくて誘ってるんだから」
彼女はニカッと歯を見せて笑う。
相手の真意は分からないが、彼女の気持ちを無下にするのは悪いので、彼女の誘いを受け入れることにした。
「ところで、今から何をしに行くところだったの?」
「え? ああ、買い物に行こうとしていたところだ。ピッツァを作ろうと思って」
「パーティでもするの?」
「えーと、ちょっとな……仕事先に新人が来るんだってさ」
なんとか事実と嘘を織り交ぜて誤魔化す。
イノセンテは「ふーん」と顎に手を当てた。
「アタシもこのあたりで買い物するところだったんだ。一緒に行こう」
「材料を買うだけだぞ。面白くもないだろ」
「キミと話したいだけなんだって」
「お前……オレに興味があるだとか話したいだとか、変わってるな」
彼女の表情は純粋無垢で、裏がないように見える。
しかしこちらの情報を盗もうとしている可能性はある。
常に警戒心を持って接する必要があるだろう。
オレから情報が抜かれるということは、チームのみんなのことを危険に晒すということだ。
オレはチームのみんなの力になりたい。
足を引っ張るようなことはしたくない。
オレ一人の問題ではないのだ。
「もしかして、アタシのこと怪しいなって思ってる?」
「うぇッ!? な、なんでだよ」
「あはは、やっぱり分かりやすい! 安心してよ。他のヤツらと過ごすより、キミの過ごした方がずっと楽しいってだけ」
そう言ってイノセンテはオレの一歩前を歩いていく。
彼女にそう言われて、悪い気はしなかった。
むしろそれが彼女の本音であるなら……すごく嬉しい。
オレは彼女のことを嫌っているわけではない。
むしろ優しくて良いヤツだと思っている。
体を求められているのではなく、オレ自身を求められるということは新鮮で、どこかむず痒い。
そう思いつつ、二人でいくつかの店を訪れると、イノセンテがどの店でも身を乗り出して品定めをしていた。
肉屋に行くと……
「あ、この部位は当たりだよ。調理もしやすいし油の乗りも丁度いい」
八百屋に行くと……
「これは新鮮な野菜だよ。ピッツァと相性がいいのは……これとこれと……」
オレより明らかに食材に関して詳しいようで、食材に関する様々なことを教えてくれた。
おかげさまで、両手から溢れんばかりの大量の食糧を買ってしまった。
その帰り道、イノセンテに話しかける。
「お前、普段から料理をするのか?」
「そうだよ。小さい時に両親が病気で死んじゃってね。いつもアタシが弟に作ってやってるんだ」
「そ、そうか……」
暗い顔をするわけでもなく、ただの日常会話をするようにそんなことを言う彼女。
それが大変なことであるということは、なんとなく理解できる。
しかしオレには両親を失うということが、一体どれほどの悲しみを伴うものなのか、しっかりと理解することができなかった。
オレが両親に愛されていたのなら、彼女の気持ちが多少理解できたのだろうか。
「ねぇ、アフェットは家族と仲がいい?」
「オレ? オレは……どうだろうな、今は上手くやってるよ」
今のオレにとって家族とは、同じメンバーのみんなのことだ。
自分の身より大事だと胸を張って言える。
その時、ふと頭の中で疑問が浮かんだ。
──もしメンバーのうち、誰かが死んでしまったら……?
その疑問をかき消すように頭を横に振る。
しかし、その疑問は頭の中にこびりついてしまった。
メンバーの誰かが、死んでしまったら……
辛い、悲しいという言葉では語りきれない。
それを『絶望』と言うのだろうか。
そう考えれば、イノセンテが両親を失った気持ちを、多少なりとも理解できるかもしれない。
──ああ、家族を失うって……そういうことなのか。
「……アフェット?」
「ん、どうした?」
「すごく悲しそうな顔をするから。何かあった?」
悲しい顔をしていた自覚はない。
自分の頬に手を当てて笑ってみせる。
「別に何かあったわけじゃあないんだ。でも……家族を失うのは、すごく悲しいことなんだろうなって想像した」
自分が思っている以上に、チームの存在が自分の中で大きくなっているようだ。
それに気づいた今、みんなに美味しい料理をたくさん食べてほしいとやる気がみなぎった。
「あああ、ごめん! アタシがあんな話したからだね、そこまで気にするとは思ってなくて!」
「オレが勝手に気にしただけだから、お前は悪くねえよ! むしろ……気づかせてくれて、ありがとう」
誰がいつ死ぬか分からないこの世界。誰かが死んでから気づくよりも、こうして誰かに気付かされたことはとても幸せなことだ。
「んーと、いや……でも『感謝してる』はおかしかったか? 難しいな……」
「アフェットは優しいね、ありがとう」
「え? えっと……ど、どうも」
穢れのない目でそう言われると、なんだか照れ臭い。
イノセンテから視線を逸らすと、彼女はふふふと笑った。
「じゃあ、私はこの辺りで。またね! デート、楽しみにしてるよ!」
イノセンテはオレの返事を待たずに、小走りで消えていった。
「足が速いな。もういなくなっちまった」
──こういう日々も悪くないな。
そう思った。
イノセンテと過ごすと、自分がギャングであることを少しだけ忘れることができそうだ。
別にギャングになってから不自由を感じているわけではない。
しかしいくら慣れていたとは言え、一般人より命の危険が多い環境であることは確かだった。
「うん、外出してよかったぜ」
そう呟きながら自分のアジトへと足を進めていく。
ふと、視界の端に……何かが映る。
街並みに似合わない異質な『それ』を、目を凝らして見てみる。
「……石?」
誰かが悪戯で置いたのだろうか。
何度見てもそれはただの石だ。
── 一体誰が、何のために?
たかが石ごとき、過敏に反応しすぎだなと反省する。
石のことは放って、アジトまで辿り着く。
すると、アジトの前に兄貴が立っていた。
「あ、兄貴!」
「アフェット……その荷物は……」
「今日は新人が来るんだろ!? ピッツァや肉を振る舞ってやろうと思ってな!」
元気よくそう言うが、兄貴はものすごく複雑そうな表情をしている。
「アフェット、アフェットよォ……人の話は最後まで聞くべきだぜ」
「へ?」
兄貴は玄関の扉を開けて「入れ」と催促する。
言われるがままアジトに入り、リビングの扉を開ける。
するといつものメンバーの他に、見慣れない顔の人間が二人いた。
一人は金髪、もう一人は黒髪の男だった。
「あ、新人の奴らか! オレはアフェット、お前たちの先輩だ! 何かあったら頼ってくれ!」
そう話しかけるが、黒髪の男は「何だお前」と言わんばかりにこちらを睨みつけてきた。
黒髪の男は何も話さないが、その代わりに金髪の男が返事をしてくれた。
「先輩? おれたちよりずっと若そうじゃあねーか」
「え?」
戸惑っていると、それを見かねたリゾットが口を開いた。
「アフェット……コイツらは、『他のチームから異動してきたヤツら』だ。お前よりずっとギャングでやってきた経験は長い」
「えええぇぇぇ!? じゃあ、オレに後輩ができるっていうのは……」
「まだだ」
唖然としていると、イルーゾォがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「オイオイ、元気に走り回ってたくさん買ってきたんだなあ〜〜?」
「……」
「おい、なぜ返事をしない。聞こえていないのか?」
身体中の力が抜け、持っていた食糧を全て床に落とす。
「ああッ!? 何してんだ!!」
「そ、そんなに気を落とすなよ。まだ若いってことだ、悪いことじゃあない」
ギアッチョとイルーゾォがオレが落とした食糧を拾い、キッチンに持っていく。
オレは完全に気力をなくし、空いたソファのスペースで三角座りをした。
そんなオレに気を使ったのか、金髪の男がこちらに歩み寄ってきた。
「ややこしかったよな。こっちはソルベで、おれはジェラート。ソルベはあまり話さないけど、代わりにおれが話すからな。仲良くやろうぜ」
「よろしく……」
そうしていると、キッチンにいたギアッチョとイルーゾォがリビングに戻ってきた。
「せっかく材料があんだし、美味いピッツァでも焼こうぜ」
「アフェット、次に備えての予行練習だと思えば良い。おれたちと一緒にピッツァを作ることを許可するッ!」
次、という言葉に反応する。
そうだ、今回がダメでも次があるはず。
その時までに更に料理の腕を上達させようと決心し、立ち上がった。
「よーし、頑張って美味いピッツァを焼いてやる! 待っていてくれ、ソルベ、ジェラート!」
……と意気込んだが、オレはとことん生地を焦がしまくり、キッチンから離脱してリビングの隅に座り込んだ。
しかしイルーゾォも料理は苦手だったようで、キッチンからは食器がぶつかるような音が響き続けた。
それを見かねたのであろうギアッチョがキッチンで怒り始めるという地獄絵図が生まれた。
結局料理は兄貴とリゾットがやることになり、すごく美味しい料理が出来上がった。
「ハァ……次はもっと丁寧に教えてやる」
「すみません……」
兄貴にそう言われ、オレは部屋の隅で小さくなるしかなかった……
更新が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。
このあたりから物語の本筋が始まりますので、執筆に時間がかかっています。
そのため突然ですが、毎週土曜日に更新していた今作を、不定期更新とさせていただきます。
忙しいこともありなかなか毎週の執筆が難しく、大変申し訳ないです。
いつも読んでくださりありがとうございます。
皆様の感想やブックマーク、しおりや評価など、本当に励みになります。
更新の方頑張ります。これからもよろしくお願いします。