「……ふぅ、今回の任務は楽だったな」
この街で一番大きな銀行の裏口。
そこは狭くて暗い路地裏に繋がっており、オレ以外に人の気配はない。
オレの足元には人間の死体と、毒グモの死骸が転がっている。
「血は流れていないし、綺麗な死体だな。服を汚さずに済んだ」
今回のターゲットはこの人間の始末。四十二歳の男性、この銀行の局長だと言われていた気がする。
生前に汚職、浮気、部下への恐喝などをしていたそうで、最低な人間であるということは間違いなかった。
「……死ぬ、か」
イノセンテの姿が掘られた石を思い出す。
イノセンテやチームのメンバーが死んでしまったら……オレはどうすればいいのだろうか。
──もし叶うのなら、イノセンテもメンバーのみんなも守りたい。
──みんなが死ぬ未来なんて、考えられない。
「!」
そんなことを考えていると、突然足音が聞こえた。
その足音はこちらへ近づいてきている。
「お父さん、どこにいるの?」
どうやら、子どもの声のようだ。
ここで見つかるのはまずいので、急いで物陰に身を隠す。
「お父さ……ん?」
銀行に繋がるドアが開けられる。
開いた扉の隙間で小さく震える彼は、資料で見た『ターゲットの息子』だ。
「お父さん!? しっかりして、お父さん!」
彼は顔を真っ青にして、自分の父親の体を叩いた。
当然、彼の父親は起きない。
──その時、ズキンと胸が痛んだ。
「ちょっと待ってて、人を呼んでくるから……絶対に死なないで、お父さん!」
その子どもは銀行の中へと戻っていった。
人を呼ばれる……ということは、オレはこの場から急いで離れる必要がある。
頭では分かっていたが、この時はそんな合理的な行動はできなかった。
──それはきっと、以前イノセンテの姿が掘られた石を見たからだろう。
──『人の死』。オレは、それに向き合わなきゃいけない気がした。
「生きろ……もう少しだけ、息子の面倒を見てやれ」
そう言うと、ターゲットは静かに目を覚まして銀行へと戻っていった。
その後、オレは銀行の正門で待っていた兄貴と合流した。
「オイ、お前……ターゲットが息子と出てきたぞ。しくじったわけじゃあねえだろうな」
「違う、確かに殺した。でも……アイツの息子のために、もう少し期間を与えたんだ」
「アイツはお前のスタンド能力のおかげで動けているということか?」
「ああ、察しが良くて助かるよ」
そう言うと、兄貴は小さくため息をついた。
兄貴が運転してきた車に乗り込み、アジトへ帰る。
「余計なことをしたぜ、おまえは」
「……余計なことを、考えるようになっちまったんだよ」
自分でも分かっている。
暗殺者として、自分の思想や行動は間違っていることなのだと。
それでも、ああせずにはいられなかった。
「……オレのこと、愚かだと思うか?」
「いいや。まだ若えなとしか思わねえ」
兄貴は至って冷静な表情でそう語る。
そんな彼の様子にホッとする。
いつかはこんなことを考えずに任務をこなす、立派な暗殺者になれるだろうか。
もしそうなれたら、オレはもっとチームの役に立てるだろうか。
アジトに着いて、そのままリビングへと入る。
リビングにはギアッチョとイルーゾォがいたが、リゾットはもちろん、珍しくメローネの姿もなかった。
「あれ、まだ二十時だよな? メローネはどうしたんだよ」
「アイツなら寝たぜ。三日前、朝までブッ通しでオレと任務にあたっていたからなァ……生活のリズムが崩れちまったみてーだ」
「そうか……体調を崩さねえといいが」
ギアッチョは「そうだな」と言いながらソファにもたれかかる。
「そういえば、ソルベとジェラートは?」
「アイツらは任務の時以外ここに来ないぞ。おれは二人がデキてて、同棲してると思っている」
イルーゾォが少し悪戯っぽく笑いながらそう言った。
確かに、チームの中でもあの二人の距離感は異常だ。
イルーゾォの言う通り、『デキてる』のだろうか……って、違うな。
オレはチームのみんなに話したいことがあったんだ。
そんなオレの思考を見透かしたかのように、兄貴が言った。
「何か話したいことでもあるのか?」
「お、よく分かったな!」
「お前が分かりやすいだけだ」
「へへ。兄貴の言う通り、みんなに聞きたいことがあるんだ」
その場にいるみんなが、オレの方に視線を向ける。
「……大切な人が死んだら、みんなはどうする」
それが、オレの疑問だった。
オレにとって大切な人とは、イノセンテやメンバーのみんなのことだ。
──オレは、大切な人を失ったことがない。
元主人の奴隷であった時、オレは『大切な人』すら一人もいなかった。
──だから、怖い。
『大切な人』が死んだ時、オレはそれを乗り越えられるかどうか。
正直、チームのメンバーが死ぬとは到底思えない。
──しかし、イノセンテは違う。
イノセンテはただの一般人だ。
もしギャングに狙われて、殺されるようなことがあれば……
想像したくもないが、この国では可能性として十分にあり得る。
だからせめて心構えだけでもしたいと思い、みんなに聞いてみることにしたのだ。
「殺したヤツを死ぬより痛ぇ目に合わせて殺す」
そう答えたのはギアッチョだったが、イルーゾォもそれに頷いていた。
「『酷くやる』のがコツだ。見せしめになるように、二度とそんなナメた真似をさせないようにな」
イルーゾォはそう言った。
でも、オレの求めていた答えはそうじゃない。
「オレが知りたいのは行動じゃなくて、気持ちの問題だ。その辛い出来事に、どう向き合えばいいんだよ」
そう言うと、沈黙が流れてしまった。
しばらくして、さも当然かのように兄貴が答えた。
「それはお前自身が経験して乗り越えなきゃあなんねぇことだ」
いつもオレに色んなことを教え導いてくれる兄貴にそう言われると、突き放されたように感じてしまう。
「な、なんでだよ、どうしていつもみたいに教えてくれないんだよ」
「おまえはおれのクローンにでもなるつもりか? こればかりはお前自身が自分の力で向き合わなきゃあなんねえ問題だ」
「オ、オレは兄貴みたいになりたくて……!」
その後の言葉に詰まる。
──強くて優しくてかっこいい、兄貴みたいになりたい。
本当に心からそう思うなら……どうしてオレは任務であんなことをしたんだ?
「兄貴みたいに……なりたくて……」
自分が何をしたいか分からない。
人の命を奪うことに、なぜオレは疑問を持っている?
オレは暗殺者だ、このチームのメンバーだ。
なぜオレは……兄貴のようになれないんだ?
「分からねえ、分からねえよ……」
頭の中に溢れ出る疑問から逃げるように、アジトを出る。
しばらく走り続けていると疲れてしまい、それからはふらふらと、どこに行くまでもなく彷徨い続けた。
「お父さん」
ふと聞こえた声の方に視線を向けると、そこにはオレが手をかけた銀行の局長とその息子の姿があった。
二人は手を繋いで歩いている。
かなり遠いところまで来てしまっていたようだ。
帰る気も起きず、その二人を見つめ続ける。
「ぼく、お父さんのことが好きだよ。だからまたこうして遊びに行きたいよ」
死体である父親は何も話さない。
毒グモに噛まれて舌が回らないのだろう。
彼が発するのは「ああ、うぁ」という呻き声だけだ。
オレの能力を使っていても、死体はいつか腐敗するものだ。
できる限り早く能力を解除しなければならない。
「……ごめんな」
そう言って能力を解除しようとした時だった。
「おい、テメェ」
親子の前に、男の集団が立ちはだかった。
「息子とお出かけか? 随分といい身分だなァ」
「お父さん、この人たちは誰!?」
「お、ガキも一緒じゃねえか。丁度いいぜ、ガキごとぶっ潰してやるよ」
男の集団は鈍器を手にしている。
汚職、浮気、部下への恐喝……あの男は相当恨みを買っているはずだ。
──あんな男の息子に生まれて、巻き込まれて可哀想に。
そして男の集団が叫び声を上げて、一斉に親子に襲い掛かった時。
──悪人であるはずの父親が、息子を抱えて逃げ始めた。
あろうことか、彼は一直線にオレの方へと向かってきている。
「どうしてこっちに来るんだ!?」
咄嗟に裏路地に逃げ込む。何度も角を曲がり、ある程度してから地面に尻をつく。
「一体なんなんだよ……ちくしょう」
ため息をついていると、肩を叩かれた。
「お、お前……ッ!?」
「ぁ、のむぅ、ぁのむ」
振り切ったと思っていた相手が目の前に現れて困惑する。
オレに恨みがあるのだろうかと身構えるが、襲ってくる気配はなかった。
彼は抱えていた自分の息子を、ゆっくりとオレの前に降ろした。
そして、そのままどこかへと走り去っていった。
「お、お父さん、待って──」
「待て、黙るんだ……!」
叫ぼうとした息子の口を押さえる。
──アイツは、オレに息子を託したのか。
オレはアイツを殺した。
死体とは言え、アイツの体にはオレがアイツを殺したという記憶は入っているだろう。
『生きろ』という漠然とした命令ならば、彼自身の自由意志が尊重されている可能性がある。
……それなのに、オレに託したのか。
それほどアイツにとって、この息子が守りたい存在だったのか。
そして、この息子にとっても……アイツは大切な存在だったのか。
「……」
彼の息子はオレの腕の中で暴れ続けていたが、しばらくして落ち着きを取り戻した。
彼の口から手を離す。
「お父さんは、どうなっちゃうの?」
「アイツがどうなるかは分かんねぇ。だが、お前だけは無事に送り届ける。銀行に頼れる大人はいるな?」
「うん」
「よし、オーケーだ。大きな声は出すなよ」
小さな体を背負い、歩き始める。
それと同時に、オレは父親にかけていたスタンドを解除することにした。
アイツが死んだという事実は決して覆らない。
夢は終わりだ。
──なぜ、胸が痛むのだろうか。
オレは暗殺者だ。命を殺すことが仕事だ。
だが……
メンバーのみんな、兄貴、イノセンテ……
「お兄さん」
「ん?」
「お兄さんはどうして、ぼくを助けてくれるの?」
突然の問いに驚くが、理由は自分でもよく分かっていた。
「……オレにも、大切に思う存在ができてしまったからだ」
そう言いながら空を見上げる。
──オレは、兄貴のようにはなれない。
月には雲がかかっていて、その輝きはぼやけて見えた。
今回もお読みいただきありがとうございます。
一度、この話の執筆データが消えてしまってかなり萎えていました。
みなさんのご声援や友人の支えでなんとか書ききることができました。
ジョジョの世界観が薄れ、自分の画風が強まっていて申し訳ないです。
なるべくジョジョらしく…と思っていましたが、自分の書きたいものと考えた時にこうなってしまうのは仕方ないことなのかもしれません。
これからもどうぞよろしくお願いします。