黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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二十二話 交換

──前回の任務から、一週間が経とうとしていた。

 

 ターゲットは死亡が確認され、その息子は無事に生きているそうだ。

 息子の生死に関しては仕事に含まれていなかったので、オレが責任を問われるようなことはなかった。

 

 結局、あれを気に何かが変わったわけではない。

 オレは兄貴の教えを活かして生きているし、仕事に影響はない。

 少しだけ、心に汚れのようなものがこびりついている感覚があるだけだ。

 この感覚がある限り、オレは兄貴のようにはなれないのだろう。

 

 そして相変わらず、謎の石に掘られていたイノセンテの姿を忘れることはできなかった。

 メンバーと話している時でも、何か不吉な予感を感じずにはいられなかった。

 

──今日、イノセンテとデートをする。

 

 オレは約束した時間より四時間も前に、待ち合わせ場所に来てしまった。

 自分が尾行されていないか、このあたりに怪しい行動をしている人間はいないかと確認するためだ。

 

 しかし、街は『いつも通り』としか言いようがなかった。

 オレの命を狙っているヤツはいない。そして、この街で怪しいことをしている人間も。

 そうこうしているうちに、イノセンテがやってきた。

 まだ待ち合わせの時間より三十分も前だ。

 

「早いね、アフェット」

「三十分前もなかなか早いと思うぜ」

 

 朗らかに笑うイノセンテは綺麗にメイクをしていて、前よりずっとメイクの腕が上達しているのが分かった。

 

「今日は一段と美人だな」

「本当? ありがとう、結構頑張ったからね!」

「ああ、努力がしっかり現れてるよ」

 

 『女性のことは褒められるだけ褒めろ』。今朝、今着ているスーツを貸してくれた兄貴が教えてくれた教訓だ。

 イノセンテは嬉しそうにしている。これで正解だったのだろう。

 

「そういえば、今日は何をするんだ?」

「今日は二人で街を歩こうと思っていたんだけど……キミに会いたいって人がいるんだよ。昔からよく相談に乗ってもらってる、あたしの親友なんだけど」

「いいぜ、付き合う」

「本当? ありがとう!」

 

 イノセンテに連れられ、街の中を歩いていく。とある家の前でイノセンテは立ち止まった。

 

「ここ。あたしの友人の家」

 

 イノセンテはそう言ってチャイムを鳴らす。

 すると、玄関の扉から紫色の髪の男が出てきた。

 その人物と会ったことはないはずだが、どこか見覚えのある顔だ。

 

「ああ、イノセンテか。そこにいるのは……」

「アフェット、前に話したあたしのボーイフレンド……ん? いや、ガールでもないしなぁ……まぁ、仲良しさんだよ」

「よろしく」

 

 握手を求め、手を差し出す。

 それに応えるように、相手もこちらに手を出してきた。

 その手は傷だらけで、数え切れないほどの絆創膏が貼られていた。

 

「言っていいのかわかんねぇが、手が傷だらけだな。大丈夫か?」

「ああ、ぼくは彫刻家なんだ」

 

 ……彫刻家。

 その言葉を聞いた時、ふとイノセンテの姿が彫られた石を思い出した。

 

「君、イノセンテが彫られた石を見たか?」

 

 ピクリと、握手しようとしていた手を止める。

 

「おい。まさかとは思うが、あの石を掘ったのはお前なのか?」

「やはり見えていたのか」

「お前だったんだなッ!!」

「アフェット!?」

「何のつもりだ! 何のためにあんな趣味の悪いモノを作った!!」

 

 男の胸ぐらを掴み、怒鳴る。

 イノセンテはそんなオレを見て動揺していた。

 彼女はあの彫刻を何とも思っていないのだろうか?

 

「誤解だ。落ち着いて聞いてくれ。あれはぼくが彫ったわけではない」

「じゃあ誰がやったんだよ」

「あれは……『運命の形』なんだ」

 

──は?

 

 コイツは何を言っているんだ。

 『運命の形』?

 

「あれはぼくの能力……と言った方がいいかな。近いうちに死ぬ人間の姿が、あの石に刻まれる」

 

 まさか、コイツはスタンド使いなのだろうか。

 その能力があの石ということなら、多少は納得できる。

 だが、『近いうちに死ぬ人間の姿が石に刻まれる』というのは予知の領域だ。

 そこまでの力を持ったスタンドは聞いたことがない。

 

「待て。お前の能力なら、あの石をどうにかすることもできるんじゃあねぇのか?」

「あれはぼくの能力なのかもしれないが、ぼくが操っているわけじゃあない。あれは勝手に発生して、一人歩きしているんだ」

 

 男の目を見て、彼がウソをついているわけではないと感じる。

 にわかに信じがたい話だが、聞く価値はあるだろう。

 

「二人とも、何の話をしているの?」

 

 恐る恐る、イノセンテが質問してきた。

 男は一度瞬きをしてから、イノセンテに告げた。

 

「イノセンテ、君は二ヶ月以内に死ぬ。額に銃弾を撃ち込まれて……死ぬんだ」

「それ、前から言ってた……『運命の形』ってやつ?」

 

 イノセンテは恐る恐る質問した。

 

「ま、待て。死ぬことも原因も分かっているなら、止められるんじゃあねぇのか!?」

「我々は『運命の奴隷』だ。『運命』として形に出たあの石……もう変えることはできない。イノセンテは近いうちに、必ず命を落とすことになる」

 

 男は再びイノセンテに向き直り、オレたちの後ろを指差して告げる。

 

「イノセンテ、石が刻んだ『運命』を受け入れれば、君は楽な死を選べるだろう」

 

 そう言われたイノセンテは、糸が切れたかのように強い口調で言葉を発した。

 

「ふざけないで、アタシはまだ死ねない。あたしは『運命』なんてものに屈したりしない!」

「知っていると思うが、その選択は、苦しく辛いものになる。それでもか?」

「それでも」

 

 イノセンテはそう言った後、ふと後ろを振り向いた。

 

「……あれか。もう追いかけてきてるんだ」

 

 彼女はオレと男を手で押し退けて男の家の中に入って行ってしまった。

 突然の行動に驚くが、その直後にオレと男の間を『何か』が過ぎ去った。

 

──それは、あの『石』だった。

 

 嫌な予感がする。

 彼女の後を追って男の家に入る。

 男はそれを止めるでもなく……ただただ見守っていた。

 

「イノセンテッ!」

 

 足音を辿り、二階の一室に辿り着いた。

 扉を開けると、イノセンテが窓から身を乗り出していた。

 そのすぐ前には石があり、石は少しずつイノセンテに近づいていく。

 

「馬鹿な真似はよせッ!」

「アフェット。コレはあたしが……()()()()()()()()()どうにかする」

 

 その時、違和感に気づいた。

 

──どうして、イノセンテはスタンドのことを知っている?

 

 いや、そんなことを言っている場合ではない。

 イノセンテは今目の前で、窓から飛び降りようとしているのだ。

 

「ダメだ、待てッ──!」

「大丈夫。あたしは運命に屈したりはしない」

 

 そう言って微笑んだイノセンテは、静かに窓から落ちていく。

 どうにか彼女の手を掴もうと走り出したが、遅かった。

 

「イノセンテーッッ!!」

 

 オレの手は空をつかんだ。

 イノセンテの体は、地面に向かって落ちていく。

 オレのすぐ後ろで、イノセンテを追いかけるように石が動き出した。

 石は窓に出ようとオレに向かって飛んできた。

 

──その瞬間だった。

 

「わ! っとと……」

 

 すぐそばでガタン、と音が鳴る。見ると、イノセンテがオレのすぐ横で崩れ落ちていた。

 

「あ〜危なかったぁ。流石に肝が冷えたよ」

 

 石がイノセンテに変わった。

 いや、『石の座標がそのままイノセンテに置き換わった』とでもいうべきなのだろうか。

 

「あ、え……?」

「ああ、最初は分からないよね。驚かせちゃってごめんね」

 

 戸惑うオレの前で、イノセンテは申し訳なさそうに眉を下げる。

 窓の下を見ると、あの石が砕け散っていた。

 

「あたし、スタンド使いなんだよ」

「へ!?」

「『自分と対象の何かを交換させる』スタンド、なかなかイイでしょ? あたしと石の座標を交換させたんだよ」

 

 彼女が言うことの意味を完全に理解することはできなかったが、彼女が無事だということだけは理解できた。

 その瞬間、体中から力が抜け落ちていく。

 

「ちょっとアフェット!? 大丈夫!?」

「良かった……」

 

 イノセンテの腕を掴み、縋りつく。

 

「誰もいなくならないで欲しいんだ、誰も失いたくないんだ」

「……そこまで心配してくれてたんだ。ありがと」

 

 イノセンテは静かに微笑み、震えるオレの手を優しく握る。

 

「怖いんだね、人が死ぬのが」

「お前は怖くないのか……?」

「ううん、そりゃ怖いよ。でも心の中では分かってる。『人の死は、人にはどうすることもできない』ってこと」

 

 彼女は一度オレの手を離して立ち上がり、オレに手を差し伸べる。

 

「そんな風に割り切れねえよ……」

「そっか」

 

 差し伸べられた手を無視して立ち上がり、歩き出す。

 

「行こうぜ。もうこんなところに用はねえ」

 

 そう言いながらドアノブに手をかけると、イノセンテが呟いた。

 

「こんなこと言ってるあたしも、アフェットが死んじゃったら乗り越えられないかも」

「さっきと言ってることが違うじゃねえか。何言って……」

 

 振り返り、イノセンテの方へ視線を向ける。

 

──彼女は、ひどく苦しそうな顔をしていた。

 

 必死に頭の中で彼女にかけるべき言葉を探す。

 しかし今のオレには、正解の言葉を見つけ出すことはできなかった。

 

「オレはまだ……死なねえよ」

 

 ただ何の根拠もないその一言しか、今のオレには言えなかった。

 

 

 

 

 家から出ると、イノセンテの友人である彼がいた。

 

「よぉ、お陰様で酷い目に遭ったぜ」

 

 そう声をかけると、彼は複雑そうな表情をこちらに向けた。

 まるで、オレたちがあの石に逆らったことを悔やんでいるかのようだ。

 

「お前はなぜ、オレに会いたいと言ったんだ?」

「ぼくは言っていない。イノセンテがぼくに会わせたい人がいると言って……」

「ちょ、ちょっと!」

 

 イノセンテは急いで彼の口を塞ぐ。

 

「あはは、なんでもないよね!」

 

 彼女は苦笑いをしながら友人の頭をガッシリと掴み、無理やり彼の頭を動かしてうんうんと頷く動作をさせる。

 明らかに彼は何か言いたげなのだが、そこは深く追求しない方がいいのかもしれない。

 

「アフェット、早く行こ!」

 

 イノセンテは友人の頭から手を離すと、すぐさまオレの手を引いて、逃げるように街中へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 イノセンテの友人宅を後にすると、そこからは前と同じようにデートをした。

 石の存在を忘れるように、二人で絶え間なく会話を続けた。

 いつの間にか日は落ちていて、オレたちは珍しく人気のない大通りを歩いていた。

 ふと、イノセンテは街にある時計を見て、寂しそうに俯いた。

 

「もうこんな時間か。弟のために帰らなくちゃね」

「そうか、そうだったな。今日はありがとう」

「すごく楽しかったよ、次はいつにする?」

「そうだな……」

 

 何気ない会話だ。いつも通りの。

 オレはそんな会話に、いつだって心を癒されている。

 

──でも、今日は何かが違う。

 

 何かが聞こえる。

 日常を壊すノイズのような。

 いつも通りじゃない、何かの音が。

 

「アフェット、どうしたの?」

 

 ……ああ、そうか。

 そういうことだったのか。

 

 『イノセンテが死ぬ運命』が訪れるのは……今日だったんだ。

 

──刹那、銃声が響いた。

 

「アフェットッ!!」

 

──狙われたのはオレだ。

 

 銃弾はオレの腹を貫いた。

 見ると、前方には銃を持った男が立っている。人数は……四人くらいだろうか。

 

 おそらく、オレが今まで殺してきたターゲットの仲間たちによる復讐だろう。

 こういうことがあってもおかしくない世界であることは、十分に理解していた。

 

 イノセンテは、これに巻き込まれて死ぬ運命だったんだ。

 

「……オレの、せいだったのか」

「アフェット、逃げるしかないよ! あたしのスタンドは『対象に触らなきゃ』何もできない!」

 

 その時、道の隅にあるゴミ箱が目に入る。

 銃弾を撃ってきた相手から見れば、丁度遮蔽物になりそうだ。

 ゴミ箱の影に行くようにイノセンテを突き飛ばす。

 

「それなら、死ぬのはオレだけでいいだろ。関係のないイノセンテを殺そうとすんじゃねえ」

 

 沸々とした怒りは、オレを撃ったヤツらに向けたものではない。

 これは『運命』とかいうヤツに対しての怒りだ。

 

「何が『運命』だよ。こんなクソみてえなことを、黙って受け入れるわけねえだろーが!」

 

 本能的に、地面に触れた。

 自分でもよく分からないが、自分には『何かができるような気がした』。

 

「『ドリーム・シアター』、揺らせ」

 

 その瞬間、地面が大きく揺れた。

 前方に立つ敵はよろめいている。

 今がチャンスだ。

 相手がいる場所に向かって走り出す。

 

 コイツらを殺さなければ、オレの後はこの現場を見ているイノセンテが狙われる。

 それだけは、どうしても許せなかった。

 

 すぐ近くまで接近すると、相手はオレに向かって発砲した。

 その銃弾は胸に直撃したが、それでも止まるわけにはいかなかった。

 

 急いで一人の銃を奪い取り、兄貴の見よう見まねで引き金を引いた。

 弾が無くなれば地面に落ちた別の銃を拾い、また引き金を引いた。

 

 そして、銃を持っていた男たちが全員倒れたことが分かった瞬間……体の力が全て抜け落ちていく。

 オレはそのまま、もう誰のものか分からない血の海に倒れた。

 

 必死に戦っている間に、どうやら相当撃たれてしまっていたらしい。

 気づいた時には、体中から血が溢れ出ていた。

 

──オレはもう助からない。

 

──でも、守りきった。

 

──オレは、イノセンテを守りきった。

 

 何を悔いることがあるのだろうか。

 オレは自分を誇ってあの世に行くんだ。

 

「見たか、クソッタレの『運命』め! オレは絶対屈しねえ、ナメんじゃあねえぞッ!!」

 

 そう言って笑っていると、背中を誰かに触れられた。

 

「……アフェット」

 

 温かい手だ。

 そうか、この手はイノセンテか。

 ああ、よかった、無事で──

 

「『運命』って、こういうことだったんだね」

 

──え?

 

 イノセンテは何を言っているんだ?

 オレたちは『運命』を乗り越えたはずだ。

 

「苦しませることになるのは分かってる。でも……ごめんね」

 

 一体、イノセンテは、何を……?

 

「傷の状態をアフェットと『交換』させて、『ラスト・リゾート』」

 

 

──彼女が何を言っているのか、よく分からなかった。

 

 ぼんやりとした視界の中、オレの隣で彼女がゆっくりと地面に倒れていく。

 

 なぜだ?

 オレは彼女を守りきったはずなのに。

 ダメだ、死ぬな。

 生きて、生きてくれ、生きろ、生きろ、生きろ……

 

「なぁ、イノセンテ……生きて、くれよ……」

 

 

 ……。

 

 

 ……返事は、返ってこなかった。

 

 

 

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