黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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二十三話 崩壊

「……だけ助かった……」

 

 話し声が聞こえる。

 これは、兄貴の声だろうか。

 

「……もう一人……アイツに預けられた……いくら死体でもなァ……」

 

 これは……ギアッチョの声だろう。

 

「……あれ」

 

 ゆっくりと瞼を開く。

 目の前で兄貴とギアッチョが何かを話している。

 

「オレ……生きてる、のか……?」

 

 まだ朦朧とした意識の中でそう呟くと、二人はこちらを振り返った。

 兄貴はオレに対して、至って平静に声をかけた。

 

「目が覚めたか」

「ああ……おはよう」

 

 朦朧とした意識の中で起き上がると、ギアッチョはオレを指差しながら言った。

 

「まァ心配はしてなかったぜ。なんだっておまえは『無傷』だったからなァ」

 

──『無傷』?

 

「奇妙な状態だった。服には血もついていた上に撃たれた痕跡もあったのに、おまえの体には傷一つついてなかった」

 

 彼はそう言葉を続けた。

 その言葉に感じた違和感から、記憶を手繰り寄せる。

 

「そんなはずねぇだろ! オレはイノセンテと一緒にいる時に撃たれて……」

 

 それでオレは、イノセンテを守るために戦ったんだ。

 銃弾を受けながら無茶をして戦って、あの場にいた敵は全員倒した。

 自分が死ぬことは覚悟していた。

 なのに、なぜオレは生きているんだ……?

 

「イノセンテ……そうだ、イノセンテは今どこにいるんだ!? 無事なのか!?」

「そいつぁ誰だ? お前の側で死んでた女のことかァ?」

「は……?」

 

 あの場にいた女は……イノセンテただ一人だ。

 

「ギアッチョ、今なんて言ったんだよ。死んでいた? そんなわけがないだろ」

 

 彼が言ったことを理解すると、様々な感情が押し寄せてきた。

 怒り、絶望、悲しみが入り混ざり、思考がぐちゃぐちゃになっていく。

 気づけば、ギアッチョに掴みかかっていた。

 

「こんな時にウソついてんじゃあねぇ!! もう一度聞くぞ、イノセンテは無事なんだよな!?」

「あぁ!? おれはウソなんかついてねえ。お前が言う『イノセンテ』が赤い髪の女のことなら、そいつはお前の側で死んでたぜッ!」

「ウソつくんじゃあねえって言ってんのが分からなかったか!? 本当のことを言えっつってんだよッ!!」

 

 オレはただひたすら、彼に怒鳴り続けた。

 でも、心のどこかでは気づいていた。

 ギアッチョはウソなんかついていない。

 むしろ普段ウソをつかない彼が言うからこそ、それが「真実」だということに嫌でも気付かされてしまう。

 

──オレは、イノセンテを守れなかった。

 

 その事実だけが、深く胸に突き刺さった。

 ギアッチョから手を離し、その場に崩れ落ちる。

 

「うああああああッッ!!」

 

 

 なぜオレはイノセンテを守れなかった?

 なぜイノセンテは死んだ?

 そう考えれば考えるほど、頭がどうにかなりそうだった。

 

「一人にしてくれ……ギアッチョも兄貴も、みんな出ていってくれッ!!」

「……コイツには頭を冷やす時間が必要だ。ギアッチョ、行くぞ」

 

 兄貴はそう言うと、ギアッチョを連れて部屋を出ていった。

 ギアッチョは小さく舌打ちをして、不服そうに部屋を出ていった。

 

「オレの何がいけなかったんだ……オレは何を間違えたんだ、どうして守れなかったんだ……?」

 

 割れそうなほど痛む頭を抱え、冷たい地面の上で体を丸める。

 

 オレはイノセンテを守ろうと、自分の命を投げて敵を倒した。

 そうしなければ、イノセンテはあのまま奴らに撃たれて死んでいたかもしれない。

 

 

──そもそも、イノセンテはなぜ死んだ?

 

 

「傷の状態をアフェットと『交換』させて、『ラスト・リゾート』」

 

 

 イノセンテが、オレにスタンド能力を使ったからだ。

 イノセンテはオレを救うために、致命傷を負ったオレと、無傷である自分の体を『交換』した。

 

「『運命』になんか屈しないんじゃなかったのかよ……これじゃあ、意味ないだろ……ッ!」

 

 オレが致命傷を受けていなければ、イノセンテは死なずに済んだのだろうか。

 そもそもあの日、オレがもっと早くイノセンテを帰していれば……

 

 

「『運命』として形に出たあの石……もう変えることはできない。イノセンテは近いうちに、必ず命を落とすことになる」

 

 

──本当に、オレが何かをすることでこの結末は変えられたのだろうか?

 

 

 いつまでも、『運命』という言葉が頭に張り付いて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 イノセンテが死亡してから数日が経った。

 気づけば時間が流れていて、空の色が瞬く間に変わっていく。

 リゾットが気を使ってくれたのか、この数日間任務の話はされなかった。

 

 ぼんやりと自分の部屋の窓を眺めていると、荒々しく扉がノックされた。

 この叩き方はおそらくギアッチョだろう。

 

「入ってきていいぜ」

「オイ。おまえ、あれから部屋から出てきてねーだろ。飯くらい食いに来いよ、それじゃあいつか参っちまうぜ」

「……気分じゃあないんだ」

 

 

──イノセンテが死んだ。

 

 最初、その事実は漠然としていた。

 だが月日が流れるほどに、ぽっかりと空いたスケジュールがその事実に現実味を帯びさせていった。

 どれだけ待っても、イノセンテに会える日は来ない。

 それが分かってくると、睡眠、食事というものに興味を失くすようになった。

 

「……昔、プロシュートのヤツに言われたことがあった」

「?」

「オレたちは『命を奪ってきた』。だから、奪われても文句は言えねえ。奪われたくないなら、強くならなくちゃあいけねえ」

 

 ストイックな兄貴らしいセリフだな、と思った。

 少し前の自分なら、その言葉をカッコいいと絶賛して頷くことができただろう。

 

「……強さなんて関係ない」

「あぁ?」

「どれほど強くても、どれほど足掻いても、奪われる事実が変わらないとしたら? 覆しようのない『運命』が、あらかじめオレたちの生死を定めているのだとしたら?」

 

 ギアッチョに向き直り、問いを投げかけた。

 彼は突然の問いに驚いたのか、言葉が出ない様子だった。

 

「おまえ、それは一体どういうことだ?」

「すまねぇ、忘れてくれ。まだ確信があるわけじゃあないんだ。でも……」

 

 

──この仮定が事実なのだとしたら、オレはもう真っ当に生きられないだろう。

 

 

 頭に浮かんだその言葉を口に出すのは憚られた。

 ギアッチョは気まずそうに頭を掻いた。

 

「そうか。あー、なんだ。この状態のおまえに言うのも気が引けるが……」

「どうした?」

「リゾットがおまえに任務に向かって欲しいそうだ。いけるか? おれが代わりに行ってもいいぜ」

「いいや。大丈夫だ、行くぜ。何かしていないと気がおかしくなりそうなんだ」

 

 そう言うと、ギアッチョはどこかホッとしたような表情を浮かべた。

 

「リゾットにそう伝えておくぜ。おまえ、飯は食いに来いよ。今回、お前と一緒に任務にあたるのはイルーゾォだ。任務中に倒れちまったらそのまま置いていかれちまうぜッ」

「ああ、分かったよ」

 

 ふと、笑みが溢れた。

 彼と話して、ほんの少しだけ心が楽になった気がする。

 

「……前は怒鳴って悪かった」

「あ? そんなことか。気にすんじゃあねえぜ」

「気にかけてくれてありがとな」

「どういたしましてェッ!」

 

 彼はそう言い残すと、部屋を出ていった。

 

 ああ、あたたかい。

 やはりオレはこの場所が大好きだ。

 だからどうしても守りたい。

 どうしてもこの場所にいたい。

 

 だがそう思うほどに、イノセンテを守れなかったという事実が心に突き刺さる。

 

 『運命』なんてものがないなら、もっと強くなろうと思える。

 でも、それが存在しているなら。

 オレが強くなったところで、なにも変わらないなら……

 

「……いや。今は、いい」

 

 なるべく考えないようにしながら、オレは飯を食うためにリビングへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「オイ、本当に大丈夫なんだろうな? このイルーゾォの足を引っ張ることは許可しない」

「ああ、大丈夫だ」

 

 少しずつ生活のリズムを取り戻し、任務の日を迎えた。

 以前よりは痩せたが、体力はそこまで落ちていないようだった。

 

 時刻は深夜一時。

 オレはイルーゾォと共にとあるマンションを訪れていた。

 今回はギャングのツラをした素人が相手だ。

 

 イノセンテの死を、しっかりと受け入れられたわけではない。

 気丈に振る舞っていなければ、もっと大切なものを失くしてしまいそうで……今は、そのことが一番怖かった。

 

「ターゲットは二人……だな。 一人はイルーゾォが鏡の中に連れ込む。もう一人がその場から逃げ出した場合、オレが始末をする」

「お前にしてはよく分かっているじゃあないか」

 

 イルーゾォは少し満足そうに微笑む。

 彼と組む際は、彼の活躍をメインの動きにして、「自分にはあなたほどの実力はありません」とアピールすることが大事……のような気がする。

 

 今回のターゲットたちはマンションの一室に住んでいる。

 一般人を巻き込まないためにも、静かにやりたいところだ。

 

 イルーゾォはマンションの廊下に飾られた鏡の中に消えていく。

 オレは部屋の前で待機し、もう一人のターゲットが部屋から出てきたら始末する。

 

 しばらく待機していると、生活音が立っていた部屋の中の様子が突然変わった。

 イルーゾォが動き出したのだろう。

 部屋の中から、一人の足音がこちらに近づいてくる。

 

 

──それと同時に、背後から足音が響いてきた。

 

 

「!?」

 

 オレの背後にあるのは階段だ。

 階段からここに近づいてくる人間がいる。

 つまり一般人だ。

 

 ここでオレがターゲットを殺せば、顔を見られる可能性がある。

 そうなれば、オレはその一般人を始末しなければならなくなる。

 それはどうしても避けたい。

 

 急いでその場から離れて階段を下る。

 こうなったら、ターゲットは車に乗って逃げることを考えるだろう。

 ターゲットの車の近くで待ち構えていれば、確実に始末できるだろう。

 マンション近くの駐車場、そしてターゲットの車のナンバーは……

 

「……あれ?」

 

 思い出せなかった。

 なぜだろうか。いつも通りに情報を頭に入れていたつもりなのに、全てが抜け落ちていた。

 

「……」

 

 初めてのことに、頭が真っ白になる。

 どうしたらいいか分からなくなり、立ち尽くす。

 

「どけッ!!」

「ぐっ!?」

 

 背後から、誰かに体を突き飛ばされた。

 地面に倒れた後にハッと顔を上げると、男が車に向かって走っていくのが分かった。

 

 

──その男は、紛れもなくターゲットの男だった。

 

 

「しまった! ま、待て……!!」

 

 走って追いかけるが、相手の足がずっと早く、追いつくことができない。

 相手は自分の車に辿り着き、それに乗り込む。

 

 このままでは逃げられてしまう。

 オレはどうするべきだろうか。

 オレも車を使って……いや、運転の仕方など分からない。

 

 ただがむしゃらにその車に向かって走り続ける。

 幸い、まだ車にエンジンがかかっていないようだ。

 車までの距離はあと五メートルほどだ。

 

 

──このまま車のエンジンがかからなければ、間に合う……!

 

 

 そう油断した途端、段差に足を取られ転んでしまった。

 

「何やってんだよ……!!」

 

 急いで立ち上がろうとしていると、車に乗っていたはずのターゲットが突然車の外に出た。

 そして、ターゲットがその場から離れようと走り出した瞬間──

 

 別の方角から、車が突っ込んできた。

 

 その車はターゲットと側にあった車の方へと突っ込み、彼は車と車の間に押し潰された。

 

「……なんだ、これ」

 

 何が起きたか理解するのに時間がかかった。

 どうやら、突っ込んできた車の運転手は酔っていたようで、千鳥足のまま車から出てきた。

 

 運転手の視界に入らないよう、オレは走ってその場から離れ、マンションの廊下の隅で呼吸を整える。

 あのまま転ばずターゲットに追いついていたら、オレも一緒にあの車に潰されていた。

 

 

──オレは、奇跡的なタイミングで転んだ。

 

 

 それだけではない。

 オレはターゲットの車に細工はしていない。

 イルーゾォからもそんな話は聞いていない。

 それなのに、あの車はエンジンがかからなかった。

 

 まるで、まるで……

 

 

──意図的にオレをあの事故から遠ざけ、ターゲットがあの事故に巻き込まれるようにされたかのようだ。

 

 

 もっと言うとすれば、「『何か』が、もしくは誰かがオレのことは生かして、あのターゲットを殺そうとした」かのようだ。

 

「『運命』の、奴隷……」

 

 ふと、イノセンテの友人が言っていたことを思い出す。

 イノセンテを殺したのは抗いようのない『運命』だとしたら。

 それなら、イノセンテの死は、オレにはどうすることもできなかった。

 強くなったところでどうすることもできない、絶対的な『運命』という存在。

 

 

──チームのみんなも同じなのか?

 

 

 みんなも、『運命』というヤツに殺されていくのか?

 『運命』が決めたのなら、オレが何をしても死んでしまうのか?

 

 

──それなら、オレはなぜ存在しているんだ?

 

 

 自分の中で、何かが崩れ始める音がした。

 

 

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