「……だけ助かった……」
話し声が聞こえる。
これは、兄貴の声だろうか。
「……もう一人……アイツに預けられた……いくら死体でもなァ……」
これは……ギアッチョの声だろう。
「……あれ」
ゆっくりと瞼を開く。
目の前で兄貴とギアッチョが何かを話している。
「オレ……生きてる、のか……?」
まだ朦朧とした意識の中でそう呟くと、二人はこちらを振り返った。
兄貴はオレに対して、至って平静に声をかけた。
「目が覚めたか」
「ああ……おはよう」
朦朧とした意識の中で起き上がると、ギアッチョはオレを指差しながら言った。
「まァ心配はしてなかったぜ。なんだっておまえは『無傷』だったからなァ」
──『無傷』?
「奇妙な状態だった。服には血もついていた上に撃たれた痕跡もあったのに、おまえの体には傷一つついてなかった」
彼はそう言葉を続けた。
その言葉に感じた違和感から、記憶を手繰り寄せる。
「そんなはずねぇだろ! オレはイノセンテと一緒にいる時に撃たれて……」
それでオレは、イノセンテを守るために戦ったんだ。
銃弾を受けながら無茶をして戦って、あの場にいた敵は全員倒した。
自分が死ぬことは覚悟していた。
なのに、なぜオレは生きているんだ……?
「イノセンテ……そうだ、イノセンテは今どこにいるんだ!? 無事なのか!?」
「そいつぁ誰だ? お前の側で死んでた女のことかァ?」
「は……?」
あの場にいた女は……イノセンテただ一人だ。
「ギアッチョ、今なんて言ったんだよ。死んでいた? そんなわけがないだろ」
彼が言ったことを理解すると、様々な感情が押し寄せてきた。
怒り、絶望、悲しみが入り混ざり、思考がぐちゃぐちゃになっていく。
気づけば、ギアッチョに掴みかかっていた。
「こんな時にウソついてんじゃあねぇ!! もう一度聞くぞ、イノセンテは無事なんだよな!?」
「あぁ!? おれはウソなんかついてねえ。お前が言う『イノセンテ』が赤い髪の女のことなら、そいつはお前の側で死んでたぜッ!」
「ウソつくんじゃあねえって言ってんのが分からなかったか!? 本当のことを言えっつってんだよッ!!」
オレはただひたすら、彼に怒鳴り続けた。
でも、心のどこかでは気づいていた。
ギアッチョはウソなんかついていない。
むしろ普段ウソをつかない彼が言うからこそ、それが「真実」だということに嫌でも気付かされてしまう。
──オレは、イノセンテを守れなかった。
その事実だけが、深く胸に突き刺さった。
ギアッチョから手を離し、その場に崩れ落ちる。
「うああああああッッ!!」
なぜオレはイノセンテを守れなかった?
なぜイノセンテは死んだ?
そう考えれば考えるほど、頭がどうにかなりそうだった。
「一人にしてくれ……ギアッチョも兄貴も、みんな出ていってくれッ!!」
「……コイツには頭を冷やす時間が必要だ。ギアッチョ、行くぞ」
兄貴はそう言うと、ギアッチョを連れて部屋を出ていった。
ギアッチョは小さく舌打ちをして、不服そうに部屋を出ていった。
「オレの何がいけなかったんだ……オレは何を間違えたんだ、どうして守れなかったんだ……?」
割れそうなほど痛む頭を抱え、冷たい地面の上で体を丸める。
オレはイノセンテを守ろうと、自分の命を投げて敵を倒した。
そうしなければ、イノセンテはあのまま奴らに撃たれて死んでいたかもしれない。
──そもそも、イノセンテはなぜ死んだ?
「傷の状態をアフェットと『交換』させて、『ラスト・リゾート』」
イノセンテが、オレにスタンド能力を使ったからだ。
イノセンテはオレを救うために、致命傷を負ったオレと、無傷である自分の体を『交換』した。
「『運命』になんか屈しないんじゃなかったのかよ……これじゃあ、意味ないだろ……ッ!」
オレが致命傷を受けていなければ、イノセンテは死なずに済んだのだろうか。
そもそもあの日、オレがもっと早くイノセンテを帰していれば……
「『運命』として形に出たあの石……もう変えることはできない。イノセンテは近いうちに、必ず命を落とすことになる」
──本当に、オレが何かをすることでこの結末は変えられたのだろうか?
いつまでも、『運命』という言葉が頭に張り付いて離れなかった。
イノセンテが死亡してから数日が経った。
気づけば時間が流れていて、空の色が瞬く間に変わっていく。
リゾットが気を使ってくれたのか、この数日間任務の話はされなかった。
ぼんやりと自分の部屋の窓を眺めていると、荒々しく扉がノックされた。
この叩き方はおそらくギアッチョだろう。
「入ってきていいぜ」
「オイ。おまえ、あれから部屋から出てきてねーだろ。飯くらい食いに来いよ、それじゃあいつか参っちまうぜ」
「……気分じゃあないんだ」
──イノセンテが死んだ。
最初、その事実は漠然としていた。
だが月日が流れるほどに、ぽっかりと空いたスケジュールがその事実に現実味を帯びさせていった。
どれだけ待っても、イノセンテに会える日は来ない。
それが分かってくると、睡眠、食事というものに興味を失くすようになった。
「……昔、プロシュートのヤツに言われたことがあった」
「?」
「オレたちは『命を奪ってきた』。だから、奪われても文句は言えねえ。奪われたくないなら、強くならなくちゃあいけねえ」
ストイックな兄貴らしいセリフだな、と思った。
少し前の自分なら、その言葉をカッコいいと絶賛して頷くことができただろう。
「……強さなんて関係ない」
「あぁ?」
「どれほど強くても、どれほど足掻いても、奪われる事実が変わらないとしたら? 覆しようのない『運命』が、あらかじめオレたちの生死を定めているのだとしたら?」
ギアッチョに向き直り、問いを投げかけた。
彼は突然の問いに驚いたのか、言葉が出ない様子だった。
「おまえ、それは一体どういうことだ?」
「すまねぇ、忘れてくれ。まだ確信があるわけじゃあないんだ。でも……」
──この仮定が事実なのだとしたら、オレはもう真っ当に生きられないだろう。
頭に浮かんだその言葉を口に出すのは憚られた。
ギアッチョは気まずそうに頭を掻いた。
「そうか。あー、なんだ。この状態のおまえに言うのも気が引けるが……」
「どうした?」
「リゾットがおまえに任務に向かって欲しいそうだ。いけるか? おれが代わりに行ってもいいぜ」
「いいや。大丈夫だ、行くぜ。何かしていないと気がおかしくなりそうなんだ」
そう言うと、ギアッチョはどこかホッとしたような表情を浮かべた。
「リゾットにそう伝えておくぜ。おまえ、飯は食いに来いよ。今回、お前と一緒に任務にあたるのはイルーゾォだ。任務中に倒れちまったらそのまま置いていかれちまうぜッ」
「ああ、分かったよ」
ふと、笑みが溢れた。
彼と話して、ほんの少しだけ心が楽になった気がする。
「……前は怒鳴って悪かった」
「あ? そんなことか。気にすんじゃあねえぜ」
「気にかけてくれてありがとな」
「どういたしましてェッ!」
彼はそう言い残すと、部屋を出ていった。
ああ、あたたかい。
やはりオレはこの場所が大好きだ。
だからどうしても守りたい。
どうしてもこの場所にいたい。
だがそう思うほどに、イノセンテを守れなかったという事実が心に突き刺さる。
『運命』なんてものがないなら、もっと強くなろうと思える。
でも、それが存在しているなら。
オレが強くなったところで、なにも変わらないなら……
「……いや。今は、いい」
なるべく考えないようにしながら、オレは飯を食うためにリビングへ向かった。
「オイ、本当に大丈夫なんだろうな? このイルーゾォの足を引っ張ることは許可しない」
「ああ、大丈夫だ」
少しずつ生活のリズムを取り戻し、任務の日を迎えた。
以前よりは痩せたが、体力はそこまで落ちていないようだった。
時刻は深夜一時。
オレはイルーゾォと共にとあるマンションを訪れていた。
今回はギャングのツラをした素人が相手だ。
イノセンテの死を、しっかりと受け入れられたわけではない。
気丈に振る舞っていなければ、もっと大切なものを失くしてしまいそうで……今は、そのことが一番怖かった。
「ターゲットは二人……だな。 一人はイルーゾォが鏡の中に連れ込む。もう一人がその場から逃げ出した場合、オレが始末をする」
「お前にしてはよく分かっているじゃあないか」
イルーゾォは少し満足そうに微笑む。
彼と組む際は、彼の活躍をメインの動きにして、「自分にはあなたほどの実力はありません」とアピールすることが大事……のような気がする。
今回のターゲットたちはマンションの一室に住んでいる。
一般人を巻き込まないためにも、静かにやりたいところだ。
イルーゾォはマンションの廊下に飾られた鏡の中に消えていく。
オレは部屋の前で待機し、もう一人のターゲットが部屋から出てきたら始末する。
しばらく待機していると、生活音が立っていた部屋の中の様子が突然変わった。
イルーゾォが動き出したのだろう。
部屋の中から、一人の足音がこちらに近づいてくる。
──それと同時に、背後から足音が響いてきた。
「!?」
オレの背後にあるのは階段だ。
階段からここに近づいてくる人間がいる。
つまり一般人だ。
ここでオレがターゲットを殺せば、顔を見られる可能性がある。
そうなれば、オレはその一般人を始末しなければならなくなる。
それはどうしても避けたい。
急いでその場から離れて階段を下る。
こうなったら、ターゲットは車に乗って逃げることを考えるだろう。
ターゲットの車の近くで待ち構えていれば、確実に始末できるだろう。
マンション近くの駐車場、そしてターゲットの車のナンバーは……
「……あれ?」
思い出せなかった。
なぜだろうか。いつも通りに情報を頭に入れていたつもりなのに、全てが抜け落ちていた。
「……」
初めてのことに、頭が真っ白になる。
どうしたらいいか分からなくなり、立ち尽くす。
「どけッ!!」
「ぐっ!?」
背後から、誰かに体を突き飛ばされた。
地面に倒れた後にハッと顔を上げると、男が車に向かって走っていくのが分かった。
──その男は、紛れもなくターゲットの男だった。
「しまった! ま、待て……!!」
走って追いかけるが、相手の足がずっと早く、追いつくことができない。
相手は自分の車に辿り着き、それに乗り込む。
このままでは逃げられてしまう。
オレはどうするべきだろうか。
オレも車を使って……いや、運転の仕方など分からない。
ただがむしゃらにその車に向かって走り続ける。
幸い、まだ車にエンジンがかかっていないようだ。
車までの距離はあと五メートルほどだ。
──このまま車のエンジンがかからなければ、間に合う……!
そう油断した途端、段差に足を取られ転んでしまった。
「何やってんだよ……!!」
急いで立ち上がろうとしていると、車に乗っていたはずのターゲットが突然車の外に出た。
そして、ターゲットがその場から離れようと走り出した瞬間──
別の方角から、車が突っ込んできた。
その車はターゲットと側にあった車の方へと突っ込み、彼は車と車の間に押し潰された。
「……なんだ、これ」
何が起きたか理解するのに時間がかかった。
どうやら、突っ込んできた車の運転手は酔っていたようで、千鳥足のまま車から出てきた。
運転手の視界に入らないよう、オレは走ってその場から離れ、マンションの廊下の隅で呼吸を整える。
あのまま転ばずターゲットに追いついていたら、オレも一緒にあの車に潰されていた。
──オレは、奇跡的なタイミングで転んだ。
それだけではない。
オレはターゲットの車に細工はしていない。
イルーゾォからもそんな話は聞いていない。
それなのに、あの車はエンジンがかからなかった。
まるで、まるで……
──意図的にオレをあの事故から遠ざけ、ターゲットがあの事故に巻き込まれるようにされたかのようだ。
もっと言うとすれば、「『何か』が、もしくは誰かがオレのことは生かして、あのターゲットを殺そうとした」かのようだ。
「『運命』の、奴隷……」
ふと、イノセンテの友人が言っていたことを思い出す。
イノセンテを殺したのは抗いようのない『運命』だとしたら。
それなら、イノセンテの死は、オレにはどうすることもできなかった。
強くなったところでどうすることもできない、絶対的な『運命』という存在。
──チームのみんなも同じなのか?
みんなも、『運命』というヤツに殺されていくのか?
『運命』が決めたのなら、オレが何をしても死んでしまうのか?
──それなら、オレはなぜ存在しているんだ?
自分の中で、何かが崩れ始める音がした。