──とは言え、誰にこんなことを話すっていうんだ?
薄暗い部屋の中で、長い時間途方に暮れていた。
みんなと一緒なら、『運命』を乗り越えられる。
そう思ったが、どうすればこの感情を分かってもらえるのだろう?
──プロシュート兄貴に相談したら、どうなるだろうか。
兄貴は何に対しても自分なりの答えを導き出している。だが、オレにはその答えが理解できないことがある。
人の死に関して、兄貴の考え方に至ることができなかったように。
「……このまま何も変わらないよりマシか」
そう思い立って、兄貴がいる部屋へと向かう。扉をノックすると、扉の向こうから低い声が響いてきた。
「何の用だ」
「兄貴、相談したいことがあるんだ」
「入れ」
扉を開けると、ほんのり爽やかな匂いを感じた。
「お、なんかほんのーり匂いがするな。これは食べ物……じゃねえな、何の匂いだ?」
「ほんのり……本当に鼻は悪ぃな。香水の匂いだ。数があるからそれなりに匂うはずだがな」
「ほへー」
そんな他愛のないことを話しつつ、本題に入る。
「なあ兄貴……人の死が『運命』で決められていたら、どうする?」
「何を言い出すかと思えば、そんな頓珍漢なことか」
兄貴はため息をつく。
なんだかいつもより機嫌が悪い気がする。
いや、違う。彼は機嫌が悪いところをあからさまに見せることはない。
それなら、何かあって疲れているのだろうか。
彼の様子を見つつ、口を開く。
「真剣に聞いてくれ。もし大切な人の、死の『運命』が既に定まっていて、それは変えることができないものだとしたら……オレたちは何のために生きているんだ」
「アフェット、おれは前に言ったぜ。『大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ』と」
「覚えているけど……だからなんだよ」
彼の言うことが理解できずそう言うと、彼はこちらに向き直り言った。
「作るな。誰のことも大切だと思うんじゃあねえ。もちろんおれのこともだ」
低く突き放すような冷たい声。オレは気づけば、大きな声で反論していた。
「大切に思わないなんてできるわけないだろッ!? オレはみんなを家族だと思ってる、兄貴たちだってそう思ってくれてるんじゃねえのかよッ!」
兄貴は後ろを向き、顔を見せてくれなくなった。彼はオレの言うことを、ただ黙って聞いていた。
それに納得がいかず、更に捲し立てるように言った。
「リーダーだってオレの誕生日に写真をくれたじゃねえか! それも全部、オレの勘違いだったのかよッ!!」
それでも、彼は黙ったままだった。
そこでようやく、彼に理解を求めても無駄なのだと悟った。
「……兄貴に相談したオレが悪かったよ」
そう言って踵を返す。部屋を出てすぐに座り込んでしまった。
「なんでそんなことを言うんだよ、兄貴……オレはみんなのことが、お前のことが……」
──心の底から、大切だったのに。
視界がぼやける。
「いいや、やめよう」
他の人に相談してみよう。
そう思っていると、何やら一階が騒がしい様子だと気づいた。
丁度いいと思い、リビングへ向かう。
階段を降りて、扉越しに声を聞く。
ソルベとジェラート以外のメンバーたちがリビングに集まっているようだ。
「新人!? この状況で、何のためだよッ!?」
「……理由はただ一つだ」
何やら重苦しい雰囲気だ。
ここで入るのは躊躇われるな、と思い扉の前で聞き耳を立てる。
「アフェットが、裏切り者だと判断されたからだ」
……え?
リゾットの声だ。
彼が悪い冗談を言うタイプではないことを、オレはよく知っている。
「アフェットが、殺される」
背中からぞわりとした感覚が走る。
「おいおい、マジかよ……もうそこまで話が進んだのか」
「アフェットには話したのか?」
「まだだ。それに関してはプロシュートが……」
堪らず、その言葉を遮って扉を開けた。
「どういうことだよ、リゾット」
「アフェット……!」
「どうしてオレが、オレが何をしたって言うんだよ……ッ!!」
「……」
リゾットは口を噤む。
それを見かねて、メローネが口を開いた。
「アフェット。君が付き合っていた女性、イノセンテは……」
「メローネ」
リゾットがメローネを制した。
「リゾット、おれは話すべきだと思うぜ」
「おれもそう思うぜ。ここまでデカい問題なんだ」
「……」
メローネとギアッチョにそう言われて、リゾットは頷いた。
「……イノセンテは、敵組織に所属する暗殺者だった」
「は……?」
イノセンテが、暗殺者……?
そんなはずがない。
あんなに無垢で、生きることに一生懸命だったイノセンテが?
「そ、そんなの……」
「事実だ。続けるぞ」
リゾットが言うからにはそうなのだろう。しかし、認めたくない感情がせめぎ合う。
「お前と出会ったのは偶然だったらしい。任務でも何でもない、お前に興味を持って近づいた」
「それなら、オレが命を狙われたのは……?」
頭の中で、どんどん点と点が繋がっていく。否定したいが、否定しようもない。
その事実を、リゾットは告げた。
「パッショーネだ。イノセンテと関わるお前を危険視したパッショーネが、命を狙った」
「……ッ!!」
『運命』……オレがイノセンテと出会っていなかったら、その『運命』すらなかった?
……いや、違う。どっちにせよ変わらなかったんだ。
『運命』が如何に変わらないかを、抗おうとする無意味さを、オレは思い知ったんじゃないか。
「お前はイノセンテを守り、パッショーネの人間を殺した。だからボスが本格的にお前に目をつけるようになった」
書斎でリゾットが言っていた、「ボスはオレたちの中の誰かを始末したいとすら思っている」というのは、オレにこの事実を隠すための嘘だったのかもしれない。
リゾットの話を聞いて、胸の内にある何かが剥がれ落ちていくような感覚がした。
「……もういいぜ、疲れた」
立ち上がってリビングのドアノブに手をかけると、ギアッチョに声をかけられた。
「オ、オイ、どこ行くつもりだよッ!?」
「殺すならさっさとしろって言ってくんだよ」
「待て、アフェット」
リゾットの制止の声を無視して、扉を開く。
生きている意味はない。
『運命』が定まっている、こんな無駄な人生にもう興味はない。
そう思い、一歩足を踏み出そうとした時だった。
足の中に異物が入っているような感覚がした。
その直後、激痛が走る。
「ああぁぁぁぁッ!?」
左足から血が吹き出す。よく見ると、カミソリのような刃物が血と共に溢れ出していた。
「待てと言ったはずだ」
これは恐らく、リゾットのスタンド能力だ……!
立つのもままらなくなり、転倒する。
「……ッ、どうして止めんだよ。兄貴が言ってた、ギャングは大切なものを作らないんだろうが!!」
「プロシュートがそう言ったのか?」
「ああ。ついさっき、そう言われたぜ」
「……まさか」
リゾットは何やら驚いている様子だ。
オレが何かおかしなことを言ったのだろうか。
いや彼が反応したのは、「プロシュート兄貴が言ったこと」に対してだ。
「アフェット、お前は部屋で大人しくしていろ。できる限りの対応はおれとプロシュートがやる」
「そ、そんなの……これはなんとかできる問題じゃあねえだろ……!?」
「それでも、お前を無駄死にはさせねえ。イノセンテのことは……知っていたのに言わなかった、おれたちの責任だ」
そう言って、リゾットは部屋の外へ消えていった。
「応急処置をしよう」
医療道具を持ったメローネが近づいてきて、足の出血を止める処置をしてくれた。
それにしても……
知っているのに、言わなかった……?
リゾットも兄貴も、元からイノセンテの正体を知っていたのか?
なら、それを言わなかったのはなぜだ?
二人の考えていることが分からない。
二人はきっと、まだオレに何かを隠しているんだ。
どうして、何のために……?
「アフェット、部屋まで連れていくぜ」
ギアッチョに軽々と抱えられる。
部屋まで連れて行かれる途中、彼はボソリと呟くように言った。
「『ギャングは大切なものを作らない』、なァ」
「違うのか?」
「そういう考え方のヤツもいるだろうとは思うぜ。だがなァ、プロシュートの野郎が言うのは違和感がある」
「……え?」
「どう考えても、自分のことを棚に上げた発言だ。お前のことを散々可愛がってるくせによ」
自分のことを棚に上げている?
可愛がっている?
「そ、それって、どういう……」
「着いたぜ。ベッドまで一緒じゃあなくてもいいよなァ〜? 片足あれば行けるだろ」
「あ、ああ……」
部屋に入ってベッドになだれ込む。
どういうことだ?
分からないことだらけで頭が痛い。
リゾットも、兄貴も、何がしたいのだろう。
任務に就かなくなった、そして裏切り者と関わったオレなんか、すぐに切り捨てるべきだ。
でも、彼らにそうする様子はない。
──彼らは、一体何を考えているのだろう……?
25/6/30 矛盾点があったため、修正を行いました。作者のプライベート多忙により更新が遅くなり、大変申し訳ございません。次回更新までしばらくお待ちください。