……不安だ。
兄貴の言葉を聞いたリゾットの様子も、ギアッチョが言っていた言葉も気になってしまう。
ベッドで目を閉じていても、胸の不快感が拭えなかった。
兄貴は今、何をしているんだろう。
「アフェット」
しばらくして、部屋の外から声をかけられた。
足の痛みはマシになっていたので、歩いて扉を開けに行く。扉を開くと、目の前に真剣な表情をしたギアッチョが立っていた。
「どうしたんだよ」
「今、アジトに新人が来た……」
ああ、その時が来たのか。
オレを殺すため、ボスから派遣された新人。
──簡単に殺されてやろう、呆気ないほどに。
「思ったより早かったな」
「アフェット、オレの隣にいろ。何されるか分かんねえからな」
ギアッチョはオレの肩を掴んでそう言った。その力の強さと真っ直ぐにオレを見る目からは、強い決意と覚悟を感じる。
彼はオレを守ろうとしてくれているようだ。オレを守ることで、自分たちが危険な目に遭うかもしれないのに。
「オレは殺されたって構わねえ」
「……お前、本気で言ってんのか」
「ああ、どうなっても構わない。どうせ、何も……」
突然、ギアッチョの肩を掴む力が強くなり、彼は物凄い剣幕で怒鳴った。
「ごたごた言ってんじゃあねえ! お前はこのチームのメンバーだ、オレたちの仲間なんだよ!! 死んで欲しいわけねーだろ!!」
「……」
胸がズキリと痛む。
言葉が出てこない。オレには、その言葉に明るく応える気力は残っていない。
「オレは、いいんだよ」
絞り出した言葉は、それだけだった。彼を押し除けてリビングへと向かう。
階段を下る途中で、話し声が聞こえた。リゾットと知らない人間……例の新人だろう。二人が会話しているようだ。
「お前をアジトに入れるわけにはいかない」
「おっと、いきなり強気じゃあねえかあ〜?」
緊迫しているリゾットの様子とは裏腹に、その新人は落ち着いているどころか、相手を挑発するような話し方をしていた。
「なあ、リゾット。オレをどう扱ったかはボスに報告されるんだぜ? ネコちゃんみてーに可愛くしておいた方が身のためだ」
分かってるよな?と彼は続ける。
最初の挑発するような態度とは真逆で、その言葉は脅すような、威圧感のある言い方だった。聞いているだけのオレでも背筋が凍る。
リゾットは少しの沈黙の後、渋々といった様子で言った。
「……入れ。だが、オレたちはお前を歓迎しない。余計な真似をすれば殺す」
「おいおい、怖いなあ〜〜〜。オレを殺すことが『どういう意味』になるか……分かって言ってるんだよなァ?」
「こちらにはいくらでも『手がある』ということだ」
リゾットは至って冷静に言い返す。二人の雰囲気は張り詰めている。
先ほどリゾットたちが話していた内容……「新入りがオレを殺すためにボスに派遣された」ということが本当であれば、新入りを殺す事、または手を出すことは即ち「ボスの命令に反する」という意味になる。
そうなればオレどころか、チームの全員が危なくなるだろう。
「……」
みんながオレを守ろうとしてくれている。
なのにオレ自身は……どうやっても生きることに希望を持つことができない。
胸の真ん中が痛い、痛い。
これはオレがいなくなれば済む話だ。オレは新人に抵抗するつもりはない。
しかし、それすら『運命』が許してくれなかったら……
階段で立ち止まっていると、前方の廊下に新人が姿を見せる。
剃り込みが入った坊主頭の、ガラが悪そうな男だ。一目見た瞬間に、「こいつはただ者じゃない」と感じた。
一見、街中のチンピラと同じに見える。しかし、あの顔つきは間違いなく、「命を奪っても平気で過ごせる人間の顔」だ。
そもそも、あのリゾットを前にしても平然と自分の調子を保てる時点で一般人ではないことは明らかだ。ボスがここに送り込む人間としてコイツを選んだことにも納得できる。
新人はオレの姿に気づくと口角を上げて言った。
「よ。今日からこのチームに入るホルマジオだ。歓迎パーティ、してくれんだろ?」
ぞくりとした。
彼のオレを見る目ですぐに分かった。
コイツはオレがターゲットだということに気づいている。気づいていながら、そんなことを言うんだ。
新入りのホルマジオはリビングに入っていく。
その後ろからやってきたリゾットが、オレに少し目配せをしてから、新入りに続いてリビングに入っていった。
「アフェット、まずいと思ったらすぐに逃げろ。できる限りサポートする」
2階から降りてきていたギアッチョに後ろから声をかけられる。仲間の言動の温かさに胸が苦しくなる。それでも「どうでもいい」という気持ちは変わらない。
「……やめてくれよ」
震える声で、小さくそう呟いた。
それを聞いて後ろで固まる彼をよそに、リビングへと入った。
ギアッチョもオレに続いてリビングに入ってくる。
「ホルマジオだ。よろしく頼むぜ」
リビングにいたホルマジオは、凍りついた雰囲気のアジトに響き渡るように、わざとらしく明るい声で言った。
「おいおい、せっかく新人が来たってのに全員揃っていないたァ、どういうことだあ〜〜? 冷てえなあ〜〜〜」
彼が言う通り、リビングにはメローネ、オレ、ギアッチョ、リゾットしかいなかった。おそらくイルーゾォは鏡の中、ソルベとジェラートは新入りを警戒してアジトに帰ってきていないのだろう。それにしても、兄貴はなぜいないのだろうか。
リゾットはホルマジオに対し、「座れ」と言った。ホルマジオはドカッとソファに大股を開いて座る。
「それで、プロシュートってヤツ……このチームにいるんだろ? 優秀な暗殺者らしいなあ〜〜〜。アイツ、どうしたよ?」
「……」
「だんまりか。まあ無理もねえよなあ?」
ホルマジオはリゾットをからかうように目線を向け、言葉を続けようと口を開く。
「メタリカ」
ホルマジオが言葉を発する前に、リゾットがそう言った。
その瞬間、ホルマジオは口から大量のカミソリを吐き出した。彼は痛みに悶えて膝をつく。
リゾットはそんな彼の様子を、瞬きすらせずに見ていた。
「おえッ……チクショウ、やってくれんじゃねーか……ええ?」
ホルマジオは怒りの形相を浮かべている。
コイツに手を出すということは、「ボスの命令に逆らうこと」。それをリゾットは躊躇いもなくやった。
驚きや焦りに駆られて口から言葉が溢れ出た。
「リ、リゾット、コイツに手を出すのは……!!」
「ハッ、コイツが一番分かってんじゃねーか……オレに手を出すってことは、どういうことか分かってやったんだよなあ、リゾット……?」
リゾットはホルマジオを見据えたまま、黙っている。
「何もよォ、一人の裏切りをチーム全員の責任だとされてるわけじゃあねーんだぜ……? 幸せなこった、お前たちは無事でいられるんだからよ……そんなに他人の命が大事かよ?」
「今オレがお前に手を出したのは、このチームの『リーダー』としてだ」
しかし、とリゾットは続けた。
「もしお前がこのチームの『誰か』に手を出すつもりなら、黙って見ているつもりはない。もう一度言うが、オレだけではなく、ここにいる全員がお前を歓迎することはない」
リゾット以外のメンバーたちが、より一層真剣な表情へと変わる。
──それは、つまり。
オレのために、みんながボスに逆らう意思があるということ。
「やめろッ!!」
気づけばそう叫んでいた。
オレがいなくなれば済む話だ。それで終わりなんだ。
なぜみんなを巻き込んでしまう?
まだオレは殺されない『運命』だから?
人が死ぬことは『運命』で決まっている。
ここのメンバーたちも例外じゃあない。
分かっている。オレはそれに打ちのめされてきたのだから。それなのに……
なぜ、こんなにも嫌なんだろう。
なぜ、こんなにもムカつくんだろう。
「もうやめてくれよ……もう嫌なんだよ……このチームにいたくないんだよ! みんな、嫌いなんだよッ!!」
部屋が静まり返る。
息が上がり、肩が上下に動く。顔を上げて、ホルマジオに向き合う。
「お前……さっきの口ぶり、プロシュート兄貴のことを何か知ってるのか」
「ああ、知ってるぜ……リゾットはお前に知られたくないらしいけどな」
そう言ってホルマジオはリゾットに視線を向ける。それにつられて自分も視線を向けると、リゾットと目が合った。
リゾットはどこか悲しそうな表情で、ダメだと言わんばかりに、小さく首を横に振った。
「リゾット、もう手を出さないでくれ」
そう言って、再びホルマジオに向き直る。
「くぅ〜〜。互いに命を賭けて庇い合いをするなんて、涙が出ちまうなァ」
「無駄口叩く前に質問に答えろよ。お前はプロシュート兄貴の何を知っている」
「いいぜ。オレはお前を殺しに来たんじゃあない、これを伝えるために来たんだからな。プロシュートは……」
尋ねると、ホルマジオは口角を上げた。
その質問の答えを聞くと、沸々と怒りが込み上げた。今までの人生で、これほど怒りに満ちたのは初めてだ。
「こんなバカなことはオレが辞めさせる」
「お、お前ならそう言うと思ってたぜ? 案外物分かりがいいヤツじゃあねーか。生きて帰ってきたら一杯やろうぜ」
「オレが生き残るとは微塵も思ってない癖に、よく言うぜ」
今から殺されに行くオレにそんなことを言うなんて、コイツはかなり趣味の悪いヤツだ。
気づけば、リゾットが無言でオレを見つめていた。
「止めるなよ」
「……」
リゾットはホルマジオとオレから視線を外し、下を向いた。
リビングの扉に向かおうとすると、ギアッチョが立ち塞がった。
「……ッ」
「どいてくれ」
「行ったら、もう帰ってこれねーんだぞ……」
「分かってるよ」
「死ぬんだぞ、お前……」
「構わねえって言っただろ」
ギアッチョの横をすり抜けてリビングから出る。
「オイ、待てよッ!!」
「ギアッチョ」
オレの手を掴もうとしたギアッチョを、リゾットが止めた。彼はギアッチョの名前を呼んだ以上は、何も言わなかった。
しかしそれだけで彼の気持ちが伝わったのか、ギアッチョはオレを追いかけては来なかった。