「『大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ』と」
──嘘つき。
「誰のことも大切だと思うんじゃあねえ。もちろんおれのこともだ」
──嘘つき、嘘つき。
どうしてそんな嘘をついたんだ。
オレのことを最後まで面倒見ようとしてるくせに。
益々、オレはお前のことが分からない。
息を切らしながら街中を駆け回る。
兄貴はオレを殺そうと待機していたヤツらを相手にしている。
兄貴はそれをどこまで殺した?
「ちくしょーっ……! はぁ、はぁ……」
兄貴が殺しに使いそうな場所をひたすら巡る。最近はアジトに篭りきりだったので、すぐに息が切れてしまう。
足を止めて膝に手をつく。
でも、こんなことはしていられない。
早く見つけなくては。
ボスが兄貴を「裏切り者」だと認識する前に──全部オレの責任にできるうちに。
なぜこんなに必死なのかは分からない。
今まで、『運命』という存在に押し潰されてきた。
なのに、「兄貴が死んでしまうのはそれが『運命』だから」って、割り切れなかった。動かずには、いられなかった。
「……落ち着け、オレ」
ふと月明かりが照らす、人気のない道を見通す。一度目を閉じれば、耳から目だけでは見えない情報が入ってくる。
「!」
音が聞こえた。違和感のある音。
違う、これは兄貴のものじゃない。
そう遠くない建物の屋上からだ。
──カチャリ。
「あ────」
これは、オレが、狙われて────
反射的に、音のした方へ体を向けていく。
世界が、時の流れが、とてもゆっくりに感じる。
「死ぬ」とは、こういうことなのか?
一秒、二秒。
しかし、何も起こらなかった。
世界の重さが徐々に戻ってくる。
「あれ……?」
撃たれていなかった。
気のせい?そんなはずはない。
オレが音を聞き間違えるわけがない……とすると、狙撃手に何かあったのだ。
「兄貴……?」
その可能性が浮かぶと共に、音のした方へ走り始めた。
ビルの扉は開錠されている。階段を駆け上がって屋上に向かう。
息をするたびに喉が痛い。しかし走らなくては。今ならまだ間に合うかもしれない。
屋上へと辿り着く。そこに繋がる扉もまた、鍵が開いていた。
扉を開け、兄貴の姿を見つけた途端、枯れた声で叫んだ。
「オイ、兄貴ッ!!」
「……チッ、なんで来た」
兄貴はスナイパーの男の頭に銃を突きつけていた。
一瞬、「間に合った」と安堵する。しかしすぐにそれを追い越すように胸の奥から怒りが込み上げた。
「テメェ、勝手なことしてんじゃあねえよッ!」
兄貴の胸ぐらを掴む。
正直オレは、ここからどうしたらいいか分からない。
どうすれば自分の感情が収まるのか、分からない。
自分がどうしてこんなに怒っているのかすら、分からなくて。
感情任せに怒鳴り続けた。
「何がだよ、何が『大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ』、だよッ!! カッコつけてんじゃあねえぞ、テメェが一番『大切なもの』を失うことを怖がってたんじゃねえかよッ!!」
兄貴は黙っている。オレとは対照的に、至って冷静だった。
そんな兄貴を見ていると、怒鳴っているうちにどんどん虚しくなってくる。
「この嘘つきッ、嘘つき、嘘つきが……ッ」
怒鳴り続けるうちに、「嘘つき」……それしか言えなくなっていた。
胸ぐらを掴む手が弱まる。徐々に、目頭が熱くなる。兄貴にこの酷い顔を見せたくなくて下を向く。すると、胸の奥のぽっかりと空いた穴に気づいた。
その正体が何か分からないが、耐えようがないほど悲しくて、辛くて、仕方がなかった。
「もういいって、言ってんだよ……オレは……!! 死んでも構わねえって、そう心から思ってんだ……!!」
自分で言っていて、思考がまとまらない。これは本当にオレが思っていることなのか?
「だからもう、やめてくれ、こんなこと」
──オレはお前のように、しっかり生きられないから。
──そんなオレのために、命を投げ出さないでくれ。
しばらく俯いていると、兄貴が口を開いた。
「言いたいことはそれだけか」
「え……?」
顔を上げる。兄貴は至って平静に、いつも通りに落ち着いた表情をしていた。
「いいか、よく聞け。おれはイノセンテの正体を知っていた」
「知って、いた……? ど、どうして言わなかったんだよ、言ってくれたらこんなこと……」
「お前はおれがそれを言ったら、アイツから離れたか?」
「そ、それは……」
兄貴が正体を知っていたなら、言ってくれていればこんなことにはならなかった。
でも、兄貴はそうしなかった。
兄貴の言う通りだ。オレは正体を知ったところで、イノセンテから離れることはできなかった。
それほど、アイツとの時間が大事だったから。
もし、彼がオレに伝えていたとして。知った上で、オレがイノセンテと過ごし続けたとして……やはり、今と変わらずボスに命を狙われることになっていただろう。
図星を突かれて、言葉が出ない。兄貴は誰よりもオレのことを分かっていたんだ。
「おれには言わなかった責任がある」
──言わなかった責任?
「それは違うだろ、お前はオレのせいで……!」
「理由は関係ねえ。おれはお前に真実を言わなかったんだ。そのせいでお前は真実を知らずにアイツと関わり続けた。だから、今回の責任をお前に取らせるのは間違っている」
「……そんな理由で、自分で全ての責任を負うつもりなのかよ」
──ああ、ムカつくな。
本当にムカついてしまう。ここまで来たら、呆れにも近いかもしれない。
──兄貴はどうしてここまで強いのだろう。
──本当に、オレは情けないなあ。
「分かったらさっさとアジトに帰れ。一緒にいるところを見られたらマズい」
兄貴はオレを屋上の出口の方に向かって背中を押した。
その手から、兄貴の思いが伝わってくる。それは乱暴だけど優しくて、だからこそ酷く悲しいものだった。
オレにこのまま逃げて欲しいって、お前は心から思ってるんだろうな。
オレがボスの手先にやられたら、お前は自分自身を許せなくなるんだろうな。
──それでも、こんなのはオレが許せないんだよ。
よろめいた足に力を入れて、しっかりと立ち直す。
「兄貴」
「あ?」
「もう、オレは──」
懐から、持ってきていた銃を取り出す。
「オレは、一人で大丈夫だから」
トリガーを引き、スナイパーの男の頭を撃ち抜く。床に鮮血がびちゃりと飛び散った。
「お前……」
一息ついて、彼に向き合う。
呆然としている彼に、自分の揺るがない決意を伝えようと。
「オレは、お前の計画を全てぶち壊す」
例えお前を敵に回すことになったとしても、構わないから。
全て終わりになってもいい。
オレのギャングとしての人生も、この最高なチームでの生活も。
だから──
死体に触れ、スタンド能力を使う。
そして何も言わずに彼に背を向け、屋上の出口へと歩いた。
「ッ!?」
突如、体が重くなる。
関節が痛い、膝が痛い、視界も酷くぼやける。
身に覚えがある症状だ。
咄嗟に手を見ると、まるで老人のようになっている。
「……大人しく行かせるつもりはねえ、か」
「時間がねえ、手短に済ませるぞ」
「この意地っ張りめ」
まあ、こうなるだろうなとは思っていた。
彼に勝てるわけがない。でも負ける気は、ない。
──目を見開き、拳を振るった。