黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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二十七話 遵守

「『大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ』と」

 

 

──嘘つき。

 

 

「誰のことも大切だと思うんじゃあねえ。もちろんおれのこともだ」

 

──嘘つき、嘘つき。

 

 どうしてそんな嘘をついたんだ。

 オレのことを最後まで面倒見ようとしてるくせに。

 益々、オレはお前のことが分からない。

 

 

 息を切らしながら街中を駆け回る。

 兄貴はオレを殺そうと待機していたヤツらを相手にしている。

 兄貴はそれをどこまで殺した?

 

「ちくしょーっ……! はぁ、はぁ……」

 

 兄貴が殺しに使いそうな場所をひたすら巡る。最近はアジトに篭りきりだったので、すぐに息が切れてしまう。

 足を止めて膝に手をつく。

 でも、こんなことはしていられない。

 

 早く見つけなくては。

 ボスが兄貴を「裏切り者」だと認識する前に──全部オレの責任にできるうちに。

 

 なぜこんなに必死なのかは分からない。

 今まで、『運命』という存在に押し潰されてきた。

 なのに、「兄貴が死んでしまうのはそれが『運命』だから」って、割り切れなかった。動かずには、いられなかった。

 

「……落ち着け、オレ」

 

 ふと月明かりが照らす、人気のない道を見通す。一度目を閉じれば、耳から目だけでは見えない情報が入ってくる。

 

「!」

 

 音が聞こえた。違和感のある音。

 違う、これは兄貴のものじゃない。

 そう遠くない建物の屋上からだ。

 

──カチャリ。

 

「あ────」

 

 これは、オレが、狙われて────

 

 反射的に、音のした方へ体を向けていく。

 世界が、時の流れが、とてもゆっくりに感じる。

 「死ぬ」とは、こういうことなのか?

 

 一秒、二秒。

 しかし、何も起こらなかった。

 世界の重さが徐々に戻ってくる。

 

「あれ……?」

 

 撃たれていなかった。

 気のせい?そんなはずはない。

 オレが音を聞き間違えるわけがない……とすると、狙撃手に何かあったのだ。

 

「兄貴……?」

 

 その可能性が浮かぶと共に、音のした方へ走り始めた。

 ビルの扉は開錠されている。階段を駆け上がって屋上に向かう。

 息をするたびに喉が痛い。しかし走らなくては。今ならまだ間に合うかもしれない。

 屋上へと辿り着く。そこに繋がる扉もまた、鍵が開いていた。

 扉を開け、兄貴の姿を見つけた途端、枯れた声で叫んだ。

 

「オイ、兄貴ッ!!」

「……チッ、なんで来た」

 

 兄貴はスナイパーの男の頭に銃を突きつけていた。

 一瞬、「間に合った」と安堵する。しかしすぐにそれを追い越すように胸の奥から怒りが込み上げた。

 

「テメェ、勝手なことしてんじゃあねえよッ!」

 

 兄貴の胸ぐらを掴む。

 正直オレは、ここからどうしたらいいか分からない。

 どうすれば自分の感情が収まるのか、分からない。

 自分がどうしてこんなに怒っているのかすら、分からなくて。

 感情任せに怒鳴り続けた。

 

「何がだよ、何が『大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ』、だよッ!! カッコつけてんじゃあねえぞ、テメェが一番『大切なもの』を失うことを怖がってたんじゃねえかよッ!!」

 

 兄貴は黙っている。オレとは対照的に、至って冷静だった。

 そんな兄貴を見ていると、怒鳴っているうちにどんどん虚しくなってくる。

 

「この嘘つきッ、嘘つき、嘘つきが……ッ」

 

 怒鳴り続けるうちに、「嘘つき」……それしか言えなくなっていた。

 胸ぐらを掴む手が弱まる。徐々に、目頭が熱くなる。兄貴にこの酷い顔を見せたくなくて下を向く。すると、胸の奥のぽっかりと空いた穴に気づいた。

 その正体が何か分からないが、耐えようがないほど悲しくて、辛くて、仕方がなかった。

 

「もういいって、言ってんだよ……オレは……!! 死んでも構わねえって、そう心から思ってんだ……!!」

 

 自分で言っていて、思考がまとまらない。これは本当にオレが思っていることなのか?

 

「だからもう、やめてくれ、こんなこと」

 

──オレはお前のように、しっかり生きられないから。

 

──そんなオレのために、命を投げ出さないでくれ。

 

 しばらく俯いていると、兄貴が口を開いた。

 

「言いたいことはそれだけか」

「え……?」

 

 顔を上げる。兄貴は至って平静に、いつも通りに落ち着いた表情をしていた。

 

「いいか、よく聞け。おれはイノセンテの正体を知っていた」

「知って、いた……? ど、どうして言わなかったんだよ、言ってくれたらこんなこと……」

「お前はおれがそれを言ったら、アイツから離れたか?」

「そ、それは……」

 

 兄貴が正体を知っていたなら、言ってくれていればこんなことにはならなかった。

 でも、兄貴はそうしなかった。

 

 兄貴の言う通りだ。オレは正体を知ったところで、イノセンテから離れることはできなかった。

 それほど、アイツとの時間が大事だったから。

 

 もし、彼がオレに伝えていたとして。知った上で、オレがイノセンテと過ごし続けたとして……やはり、今と変わらずボスに命を狙われることになっていただろう。

 

 図星を突かれて、言葉が出ない。兄貴は誰よりもオレのことを分かっていたんだ。

 

「おれには言わなかった責任がある」

 

──言わなかった責任?

 

「それは違うだろ、お前はオレのせいで……!」

「理由は関係ねえ。おれはお前に真実を言わなかったんだ。そのせいでお前は真実を知らずにアイツと関わり続けた。だから、今回の責任をお前に取らせるのは間違っている」

「……そんな理由で、自分で全ての責任を負うつもりなのかよ」

 

──ああ、ムカつくな。

 

 本当にムカついてしまう。ここまで来たら、呆れにも近いかもしれない。

 

──兄貴はどうしてここまで強いのだろう。

 

──本当に、オレは情けないなあ。

 

「分かったらさっさとアジトに帰れ。一緒にいるところを見られたらマズい」

 

 兄貴はオレを屋上の出口の方に向かって背中を押した。

 その手から、兄貴の思いが伝わってくる。それは乱暴だけど優しくて、だからこそ酷く悲しいものだった。

 

 オレにこのまま逃げて欲しいって、お前は心から思ってるんだろうな。

 オレがボスの手先にやられたら、お前は自分自身を許せなくなるんだろうな。

 

──それでも、こんなのはオレが許せないんだよ。

 

 よろめいた足に力を入れて、しっかりと立ち直す。

 

「兄貴」

「あ?」

「もう、オレは──」

 

 懐から、持ってきていた銃を取り出す。

 

「オレは、一人で大丈夫だから」

 

 トリガーを引き、スナイパーの男の頭を撃ち抜く。床に鮮血がびちゃりと飛び散った。

 

「お前……」

 

 一息ついて、彼に向き合う。

 呆然としている彼に、自分の揺るがない決意を伝えようと。

 

 

「オレは、お前の計画を全てぶち壊す」

 

 

 例えお前を敵に回すことになったとしても、構わないから。

 

 全て終わりになってもいい。

 オレのギャングとしての人生も、この最高なチームでの生活も。

 

 だから──

 

 死体に触れ、スタンド能力を使う。

 そして何も言わずに彼に背を向け、屋上の出口へと歩いた。

 

「ッ!?」

 

 突如、体が重くなる。

 関節が痛い、膝が痛い、視界も酷くぼやける。

 身に覚えがある症状だ。

 咄嗟に手を見ると、まるで老人のようになっている。

 

「……大人しく行かせるつもりはねえ、か」

「時間がねえ、手短に済ませるぞ」

「この意地っ張りめ」

 

 まあ、こうなるだろうなとは思っていた。

 彼に勝てるわけがない。でも負ける気は、ない。

 

──目を見開き、拳を振るった。

 

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