買い物から帰りリビングに入ると、パソコンを弄るメローネが出迎えてくれた。
「帰ったか」
「ああ」
プロシュートがオレとメローネの分まで晩飯を作ってくれるのだと思い、ソファに腰掛ける。
「おい、オレはメイドじゃあねぇんだぜ。ちょっとは手伝え」
眉間に皺を寄せたプロシュートにそう言われ、急いで反論する。
「ちょっと待てよ、メローネはともかくオレは訓練から買い出しまでやったんだぜ! もう勘弁してくれよ〜!!」
「手伝わねぇなら食うな」
「うっ……」
グチグチと文句を言ったが、彼の冷たい一言で何も言い返せなくなってしまった。
「仕方ねぇな〜〜! これが終わったら、今日はもう何もしねぇからな!」
「メローネ、お前も野菜を切るくらいはできるだろ」
「ああ、いいぜ。丁度作業を中断しようと思っていたところだ」
──何の作業をしていたのだろう?
何を考えているのか分かりにくいメローネが、何に興味を持ち何をしているのかということに好奇心が湧いた。
彼が操作していたパソコンをチラリと見る。
──「女性のホルモンバランス変化による性格の変化」。
「???」
なぜこんなことを調べているのだろうか。
初めて会った時も、オレの性別に興味を示していた。
そしてプロシュートがそれに対して、「仲間に受胎する必要はない」と言った。
極め付けは、メローネがオレの手を見て舌なめずりをした時の「メローネのスタンドはそういうもの」というギアッチョの発言だ。
──女性に受胎させるスタンド……?
「怖ッ! なんだそれ!!」
「ん? どうした?」
「いや、なんでもねぇよ……」
ふと思いついた仮説に恐怖を覚え、それを取り払うように頭を横に振る。
プロシュートがキッチンはこっちだと手招きをしたので、それについていく。
リビングに入って左側にあるキッチンは、どこも整理整頓されていた。
きょろきょろと周りを見ていると、プロシュートからカッティングボードと小ぶりのナイフ、そしてミニトマトを渡された。
「オレはこっちで別の作業をする。アフェット、てめーはこれを切っておけ」
「分かったぜ!」
元気に返事を返し、ナイフを手にする。ミニトマトをカッティングボードの上に乗せ、そのまま勢いよくナイフを振りかざす。
──ガタンッ!
……しかし、狙いはミニトマトを大きく外れ、ただカッティングボードに大きな衝撃を与えただけになってしまった。
大きな音に驚いたプロシュートが怪訝な表情でこちらを見る。
「アフェット、アフェットよォ〜……よく考えろ、ミニトマトを手で抑えてなきゃ切れねぇだろうがよォ〜」
「なるほど、そういうことか!」
そう言ってミニトマトを抑えながらナイフを振りかざす。
「あ」
ブシャッ、という音と共に手から血が噴き出した。
「アフェットよォ〜〜〜ッッ!!」
プロシュートがオレを叱りつけるように大きな声を上げた。
彼は素早い動きでオレの親指、人差し指、中指からだらだらと流れる血をティッシュで抑えた。
「メローネッ! コイツに料理をやらせるのは一旦やめだ! 血の海になった台所を掃除して、てめーがミニトマトを切れッ!」
「ああ、分かってるぜ!」
メローネは急いでオレの血を布切れで拭いて処理する。そしてカッティングボードに置かれたミニトマトを洗い直して、丁寧にそれらを切り始めた。
「アフェット、普通はああやってやるもんだ。普通にやっていれば大きな力もいらねぇし、血を出すこともねぇ」
小さい子を諭すかのようにそう言われ、これはかなり馬鹿にされているな、と腹が立った。
しかし、今の自分の状況で彼に文句は言えなかった。
血が止まったあと、プロシュートは丁寧に手当てをしてくれた。
トラブルはあったものの、プロシュートと意外と手際の良いメローネによって料理はすぐに完成した。
「ボロネーゼとほうれん草のパスタだ」
「すげえー!」
席について目の前に差し出されたものに感動する。
なんて美味しそうなんだろう、見ているだけでお腹いっぱいになってしまいそうだ。
「いただきます!」
その場にいる誰よりも早く晩飯に飛びつく。
しかし固形物を食べるのは久々だったので、上手に食べることができなかった。結局、散々プロシュートに怒られながら食べ方を教わった。
ボロボロの歯も上手く食べられない原因だったようだ。それが判明してすぐに、明日から歯科に通うことが決定した。
また、たくさん飯を腹に詰め込もうと意気込んだが二人に止められた。
メローネ曰く、「しっかりとした食事が久々なら、詰め込まない方がいい。吐く可能性がある」とのことだ。
「ああ、しかしこの世には人間が嘔吐する様子が好きだという人間もいるらしい」
「……え?」
「その好みは不思議だ、オレにも興味がある。アフェット、吐いてみてくれ」
「絶対に嫌だ!! 食欲が失せたぜ、ありがとな!!」
予想外のセクハラ被害も受けたが、食欲が失せて吐かずに済んだので良しとした。
メローネは変なヤツだ。
言っていること、やっていることが完全にセクハラである。
しかし、彼はそれを面白半分でやっているわけではなかった。問いや提案は本人にとっては至って真面目な考えによるもので、まるで研究者のような立ち振る舞いだと感じることもある。
だから「ただの変なヤツ」で済ますべき人間ではない、とオレは思う。
それに、あのプロシュートが彼の実力を認めている様子だった。
仕事の腕は確かなのだろう。
「アフェット」
名前を呼ばれて振り向くと、リビングの入り口にチームのリーダーであるリゾットが立っていた。
本日二回目の対面であるが、彼の威圧感にはまだまだ慣れそうにない。心臓がドキドキと音を鳴らし始めた。
「お前の部屋を少し掃除しておいた。必要最低限のものしかねぇが、好きに使っていい」
「オレの部屋ァ!? リーダーなのにお前が掃除してくれたのかよ!?」
「ああ、今日は時間が余っていたからな。お前の部屋はプロシュートの隣だ」
「こ、このチームってみんなここに住んでるのか!?」
「ああ」
様々な情報に驚き大きな反応をするオレとは正反対で、彼の返事や話し方は相変わらず淡々としていた。
どうやら、これからこの個性豊かなメンバーと同棲に近い形で暮らすことになるようだ。
ターゲットやその仲間にアジトの位置がバレやすくなるのではないか?と疑問に思うところはあるが、このチームのことだ。何か考えがあるのだろう。
「部屋はオレが案内しておく。お前は飯を食って休憩しろ。お前の分はキッチンに置いてある」
「ああ、ありがとう」
プロシュートにそう言われたリゾットは、簡潔に感謝の言葉を述べてキッチンに歩いていった。
「アフェット、行くぞ」
「おう!」
オレは彼と同時にソファから立ち上がり、リビングから玄関に繋がる廊下に出る。
リビングを出てすぐ左には階段があり、そこを登っていく。
階段を登り終えると横に伸びた廊下がある。プロシュートは右を向いて、突き当たりにある二つの部屋を指差した。
「あそこに二つ部屋がある。右側がてめーの部屋だ。必要最低限のものしかねぇが、今は我慢しろ」
「全然気にしないぜ。前住んでいた犬小屋よりずっと広そうだからな」
「そうだな。もし暇になったらギアッチョにボードゲームでも教えてもらえ」
はーい、と返事をして自分の部屋の扉を開ける。
部屋の中には大人一人分の大きさのベッドと小さなテーブルと椅子と本棚が一つだけあった。どこも埃を被っている様子はなく、とても綺麗だった。
感動のあまり、一目散にベッドへ飛び込む。
「明日からはトレーニングだけじゃあねぇ。基本的な人体構造の勉強もするからな」
開けっぱなしにした扉の向こうにいるプロシュートがそう言った。
オレはベッドの上で大の字になりながら返事をする。
「はぁ〜。嫌だ、つっても無駄なんだろ」
「よく分かってんじゃあねぇか」
「だろ? 褒めてくれてもいいんだぜ」
「そうだな。オレは理解が早いヤツは嫌いじゃあねぇ」
「へ!?」
てっきり「甘えてんじゃあねぇ」と返されると思っていた。
少し遠回しではあるが、プロシュートがオレを褒めてくれた。驚いて言葉が返せなくなる。
「今日はゆっくり休め。おやすみ」
「お、おやすみ……」
そう言ってプロシュートは扉を閉めた。
一人の静かな時間が流れる。
それは、以前のような嫌になる静かさではなかった。
これからの自分の在り方について考える。
──正直、訓練や勉学は心の底から嫌いだ。
でも、生きていくためには仕方がない。
このチームから見放されてしまえば、きっとオレは生きていけない。
このまま奴隷として死ぬくらいなら、死ぬくらい辛い目に遭っても「奴隷以外の何か」になってから死にたい。
このチームはきっと……オレが「奴隷以外の何か」になるために必要な居場所だ。
自分の中で考えがある程度まとまると、眠気に襲われた。
目を閉じて体を丸めると、意識は沈むように溶けていった。
それから初めての任務まで、暇な時間が生まれることはなかった。
毎日訓練と勉学を続け、自分のスタンドを活用する術を考えたり、スタンドの射程範囲を把握したり、それはもう大変だった。
週に一度は歯科に行き、度々道を覚えられず迷子になりプロシュートに叱られた。
だが、彼らしいと言うべきか。
彼の言葉選びや訓練、勉学の内容は工夫されていて、萎えることがなかった。
褒めるべきところは褒め、叱るべきところは叱る。教育係として彼の右に出る者はいないだろう。
そして、イルーゾォという新人嫌いの人間とは出会えないまま、一ヶ月の時が過ぎた──