本編とはあまり関係がない、暗殺チームとのわちゃわちゃした日常を描く際は番外編という形で補完することにしました。
できる限り本編に関わる重要な要素は描かないように努めます。
「新入りのアイツ……ちょっと、というか……臭くねぇか?」
全てはギアッチョのその一言から始まった。
「刺激臭には慣れている、オレは気にならなかったな」
メローネがそう言った。
サーッと血の気が引いていくのが分かる。
──オレ、臭いのか……?
暗殺チームに配属されて二日目。オレはチームのメンバーが話している内容に興味があった。
だからこっそりリビングの前で聞き耳を立てていたのだった。そしたらたまたま、オレの臭いについての話題が上がったのだ。
「臭いっつーか……イカ臭い『アレ』の臭いがするような気がするぜ。アイツ、男なのか?」
「……色々あんだよ」
プロシュートは気まずそうにそう言う。どうやら気を遣わせてしまっているようだ。
元主人の館にいた時、オレは密室から出ることを許されなかった。なので、時々元主人から水とタオルが支給される。それで体を拭いて清潔を保っていた。
しかし、まだ最後の支給から一週間も経っていない。
「うーん、そんなに臭いのか?」
そう言いながら体を嗅ぐが、臭いなどは全く感じない。
リビングにも入れないまま頭を悩ませていると、後ろの方から玄関の扉が開く音がした。
「……何をしている」
「リ、リゾット!?」
そこにいたのは、チームのリーダーであるリゾットだった。
オレは彼の威圧感に苦手意識がある。
しかし現状、チームのメンバーに臭いと言われている。
このままではこのチームに馴染めないかもしれない。
「そ、相談があるんだ! オレにタオルと水をくれ!」
「タオルと水? それなら二階のシャワールームにあるぞ」
「シャワー……?」
シャワールームとはなんだろう。
そういえば、元主人が「シャワーを浴びてこよう」などと言っていた気がする。それと同じものなのだろうか?
「場所を教える、ついて来い」
首を傾げるオレを見かねて、リゾットはそう言って二階に繋がる階段を登る。
「二階にある部屋は、シャワールームとトイレ以外は全てメンバーの部屋だ。間違えると厄介なことになる。間違えないようにしろ」
「分かったよ、ありがとな」
「タオルと水で何をする? 怪我でもしたのか?」
階段を登る途中、リゾットがこちらを振り返らずにそう言った。
「答えたくないなら答えなくてもいい」
「いや、その……オレ、臭いらしいんだ」
そう言うと、リゾットは静止した。
「……誰に言われた」
「リビングでみんながそう話してるのを聞いちまったんだ。だから体を拭こうと思って」
リゾットは「悪かった」とだけ言って、再び階段を登り始めた。
「体を拭く、と言ったか。それよりもずっと効率よく臭いを落とす方法がある」
「そんなのがあるのか!?」
「ああ。それがシャワーだ」
目を輝かせてリゾットの背中を追う。
階段を登って左側に曲がると、左右の壁に一つずつ部屋につながる扉がある。
彼は左側にある扉を開けて入っていく。それに続いて部屋に入る。
「ここがシャワールームだ。入ってすぐ右側にタオルやバスタオル、洗面器がある。奥の仕切がある空間にシャワーがある」
リゾットは丁寧に指差しながら説明する。
シャワーの使い方は分かるかと聞かれ、首を横に振る。
すると、彼は仕切りがある空間に歩き出す。それについていき、仕切りの中を覗く。
そこには自分の目線の高さと同じ位置に、何かが壁に取り付けられていた。
「これがシャワーだ。今から使い方を教える。この蛇口を捻ると、このシャワーヘッドから水が出てくる」
「マジかよ、やってみるぜ!」
リゾットの脇の下を通って蛇口を思い切り捻ると、ザバーッと大量の水が体に降りかかった。
「わーーッ! すげえすげえッ!! 冷めてえし服も濡れちまった! これでどうやって……」
そう言って後ろを振り返ると、全身がびしょびしょに濡れたリゾットが、無言のまま立ち尽くしていた。
「アフェット……これは、服を脱いで使うものだ……そして、一人でいる時に使うものだ……」
哀愁すら漂わせているリゾットにそう言われ、頭が真っ白になる。
「服を脱いで……一人で……?」
「そうだ」
「ごめん、悪かった……」
リゾットは嫌な顔やオレを責めるような発言を一切しなかった。それどころかシャワーの水温調節、シャンプー、リンス、ボディソープの使い方まで教えてくれた。
しかし、それが余計に申し訳ない気持ちを駆り立てる。
「濡れたままでは風邪を引く。服はそこの洗濯機に入れて、風呂に入るといい。着替えはオレのを貸そう」
「ま、待てよ! それならお前だって風邪を引いちまうじゃあねーか! 別にオレが先じゃなくても……!」
「オレは大丈夫だ」
きっぱりとそう言われ、何も反論できなくなる。仕方なく、リゾットより先にシャワーに入らせてもらうことになった。
リゾットが部屋を出た後、服を洗濯機……と呼ばれていた、大きな穴の中に入れる。
ドキドキしながらシャワーの蛇口を捻る。
全身で水を浴び、肌に水が滴るのを感じる。リゾットに水温を調節してもらったので、先ほどのように冷たくなく、とても温かい。
「……そうか、こんな感じだったっけな」
十年以上前の僅かな記憶をぼんやりと思い出す。温かい水、シャンプーの匂い……そうだ、昔はよく母さんに洗ってもらっていたような。
懐かしい。
このチームにいると昔の記憶を感じられる。
失った日常を取り戻し始めているような……そんな感覚がする。
そう思っていると、ガチャリと部屋の扉が開く。
「アフェット、着替えを持ってきた。バスタオルもここに置いておくぞ」
「おう、ありがとな!」
仕切りの中から返事をすると、リゾットは足早に部屋から出ていった。
「そろそろ出ねぇと、リゾットが風邪を引いちまうな」
仕切りの中から出て、リゾットが用意してくれたバスタオルで体を拭く。体を包むバスタオルの感触が柔らかくて気持ちいい。
ある程度水気を取ると、リゾットが用意してくれた着替えを手に取った。
「……ん?」
着替えた後に部屋を出て、走って階段を下る。
「だ、誰か助けてくれぇぇッ!!」
リビングの扉の前でそう叫ぶと、すぐにプロシュートが出てきた。
「どうした、アフェッ……」
オレを見たプロシュートが固まる。
「こ、これ……デカすぎてずり落ちちまう!! 助けてくれ!!」
リゾットはオレに着替えを貸してくれた。だがオレには発達した胸筋や筋肉はなく、彼ほどの身長もない。
胸のベルトはたるみ、ズボンも押さえていないとすぐに脱げてしまう。袖から手が出ず、どう頑張っても歩くときにズボンの裾を踏んでしまう。
「ギアッチョ、アフェットに着替えを貸してやれ」
「あ!? なんでオレなんだよ!」
「てめーがアフェットに服を貸すなら晩飯を作ってやる。シャワーを浴びたから着替えが必要なんだろ、アフェット?」
そうだ、と答えるとギアッチョは「仕方ねぇなァ〜〜」とリビングから出てきた。
プロシュートはさり気なく、オレがもう臭くないことをギアッチョに伝えてくれたのだ。人を気遣う天才なのだろうか?
ギアッチョはオレの姿を見るなり、少し眉を寄せ気まずそうな顔をして二階に上がっていった。
「傑作だな、てめーもリゾットも」
「リゾットも?」
「ああ。さっき、いつもより生気の無さそうな顔でリビングに来た。服が濡れていたが、あれはてめーがやったのか?」
「うーん、オレだな……」
プロシュートは鼻を鳴らして静かに笑った。リゾットへの申し訳ない気持ちが有頂天に達しそうになっていると、ギアッチョが二階から降りてきた。
「ん、オレの着替えだ」
「ありがとな」
彼はオレに着替えを手渡ししてくれたが、ずっと目を逸らしたままだ。
「なんで目を逸らすんだよ」
「あー、なんだ。性別知られるの嫌なんだろ」
彼はそう言うと、一度もオレに視線を向けずリビングに入っていった。
「いいヤツだな」
「アイツは基本的に冷静で真面目なヤツだ。キレなければ、な」
プロシュートはそう言った後、さっさと着替えろと言い残してリビングに入っていった。
言われた通りに着替えると、ギアッチョの服はブカブカではあるが、ズボンや胸元がずり落ちることはなかった。
リビングに入ると「今度アフェットの服を買いに行くか」という話になった。
新しい服を買うなど何年振りだろうか。
服のセンスには疎いが、プロシュートが選んでくれるならそれほど心強いことはない。
それからオレは服を買いに行く日まで、夜に眠れなくなってしまった。そして、勉強や訓練の時間にうたた寝をしてはプロシュートに叱られ地獄を味わったのだが……
取り敢えず、この日をきっかけにしてシャワーを浴びることを覚えた。
しかしどの頻度で入ればいいのか分からず、定期的にシャワーを浴びる習慣を身につけるのには、かなり時間を要することになった──