──『奴隷以外の何か』になりたい。
それならオレは、何になればいいんだろう。
何になりたいんだろう?
オレは、昔からよく迷子になっていた。
なんとなく歩き続けて、気づけば進む道が分からない。
そして、帰り道さえも見失う。
誰かが導いてくれなければ、そこから一歩も動けない。
「こんなところにいたのか。みんな心配してたぞ」
「ごめん、帰り道が分からなくなっちゃったんだ。兄貴が来てくれて助かったよ」
「いつも気をつけろと言ってるじゃあないか。さぁ、一緒に帰るぞ」
そんなオレを導いてくれたのは、兄貴だった。
「オレ、兄貴みたいになりたいなぁ!」
「オレに?」
「うん! 強くて優しくてかっこいい、お前みたいな人間になりたい!」
……オレは、ずっと兄貴になりたかったんだ。
それで兄貴を真似て口調を変えたんだっけ。
でも完全に似せることができずよく落ち込んでいたな。今思えば笑い話だ。
奴隷として買い取られた後、オレはしがみつくように兄貴との思い出を抱きしめ続けていた。
しかし一年、また一年と過ぎていくうちに、無慈悲にも記憶はボロボロと剥がれ落ちていった。
そしてこの一ヶ月間、やはり兄貴の顔や名前を思い出すことはできなかった。
彼についての記憶はかなり断片的なもので、「兄貴は強くて優しくてかっこいい」という漠然としたイメージしか残っていなかった。
「忘れた方がいい。大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ」
以前プロシュートに言われた言葉を思い出す。
──そうだよな。オレはギャングなんだ。
ギャングがどういうものかということは、プロシュートから多少教わった。
人の命、己の倫理観、正義よりも任務が優先される世界なのだと。
──元主人を殺した時、オレは罪悪感など感じなかった。
どうやら人の命を殺すという行為に躊躇いがないようだ。自分が生きるためならば誰でも殺せるので、ギャングに向いている性分とも言える。
そんなオレとは違い、兄貴は優しかった。きっと今でも一般人として日々を謳歌してるに違いない。
兄貴とオレは、もう取り返しのつかないほどかけ離れている。
……もう、オレは兄貴にはなれない。
「アフェット」
「ほへっ!?」
突然リゾットに名前を呼ばれる。
オレの意識は、思い出の中からリゾットがいつも仕事をしている書斎に戻った。
「聞いていたか?」
「も、もちろん!」
「任務の話はしっかり聞いておけ。何度も言うが、少しでも油断すれば待っているのは死だぞ」
「おう、分かってるよ」
何も聞いていなかったが、怒られることが怖くて咄嗟に嘘をついてしまった。
リーダーであるリゾットのことだから、こんな嘘などすぐに見抜かれると分かっているのに。
「こういう話はしっかり聞けって散々言っただろ」
「いてっ! つ、次からは気をつけるって」
プロシュートに頭をコツンと小突かれる。当たり前と言えば当たり前だが、プロシュートにも嘘がバレていたようだ。
しまったなぁと反省し、リゾットの話に集中するため彼の方に視線を向けた。
「今回の任務は目標の暗殺だ」
「人数は?」
「医者の男とボディガードの合計二人、その他詳細は資料の通りだ」
リゾットはそう言ってオレたちに資料を手渡した。それに目を通す。
オレはプロシュートの教えのおかげで文字が読めるようになった。
資料の内容を理解することができたので、自分の成長を感じて口角が上がる。
フィリッポ。五十二歳の男性で医師だ。
オレたちが所属するパッショーネのメンバーを治療した。しかし治療相手がギャングだと知った途端に、パッショーネに対して多額の請求をしてきた。
請求に応えなければ大事にすると脅してきたため、暗殺チームに仕事が回されたようだ。
バルド。三十六歳の男性で無職。
フィリッポのボディガード。格闘術に心得があるフィリッポの友人。最近職を失ったため、低賃金であるにも関わらずフィリッポのボディガードを務めている。
資料の最後に報酬についての記載がある。そこには一千万リラと書かれているが、その額が多いのか少ないのかは理解できなかった。
隣で険しい顔を浮かべるプロシュートに話しかける。
「なぁ、報酬は一千万リラって書いてるな。大体どのくらいなんだ?」
「一ヶ月の家賃と食費で全て消える額だ」
「そんなに安いのかよ!?」
驚くオレに対して、プロシュートやリゾットは冷静だった。慣れているとでも言うように、彼らは報酬について何も不満を漏らさなかった。
「アフェット、お前は初めての任務だ。結果を出そうと焦る必要はない。勝手な行動はせずにプロシュートの指示に従え」
「ああ、分かってるぜ」
「それなら良い。オレからの話は以上だ」
リゾットはそう言った後、いつも通りに机の上にある大量の書類と向き合う。
リゾットはほとんどの時間をこの部屋で費やし、目の下の隈が絶えないほど徹夜を繰り返している。
それにも関わらず減らない書類を見るに、激務を押し付けられているのだろう。
プロシュートと部屋を出て、彼に質問を投げかける。
「リゾット、いつもあんな調子だな。体調は大丈夫なのか?」
「これから任務だってのに人の心配をしてんのか。随分余裕だな」
「そういうわけじゃあないが、流石に心配にもなるぜ。いつ寝てるかすら分かんねぇんだからな」
「確かにいつぶっ倒れてもおかしくないだろうな。だがそれは『普通の人間だったら』の話だ。アイツは考えもなしに無理をする人間じゃあねぇ」
いつもオレやギアッチョ、メローネに厳しいプロシュートだが、どうやらリゾットだけには絶対的な信頼を置いているようだ。
だが、と彼はキッチンを指差しながら言葉を続ける。
「どうしても心配であいつを手伝いたいと思ったのなら、キッチンでコーヒーでも淹れてやると良い」
砂糖やミルクは入れるなよ、と念押しされる。
最近はリゾットの威圧感にも慣れてきたものの、まだ彼に対する恐怖は消えていない。
その恐怖を払拭するためにも、いつか彼にコーヒーを淹れようと決意した。
その後プロシュートと話し合い計画を組み、実行は午後八時半となった。
請求を受けたフリをして金を渡すためだと騙り、リストランテのVIPルームに誘い出した。
まずはフィリッポを暗殺。その後にオレのスタンドで彼の死体を操り、バルドを殺害。
フィリッポがバルドと揉めて殺し合った、という風に見せかけるのが狙いだ。
尚、オレたちの仕事ということが第三者にバレれば、その後始末はそのままオレたちに一任される。
後始末の報酬は出ず、リゾットの仕事が増えるだけらしい。
なので、なるべく計画通りに実行しなければならないとのことだ。
「オレたちヒットマンチームのメンバーは、証拠も足取りも残さずに殺す。てめーもそうなるんだぜ、アフェット」
……プロシュート曰く、そういうことらしい。
オレとプロシュートは標的が来るまで、リストランテの一般客の席で食事をする。
プロシュートによると、任務中のやむを得ない食事は必要経費となるため、食費が浮くそうだ。
「アフェット、そろそろだ。準備しろ」
「おう」
席を立ってリストランテの中にあるトイレに向かう。トイレの個室に入り、鞄から手のひらサイズの瓶を取り出した。
スタンドを出し、その中にいるサソリという生き物の死骸に触れる。
「デスストーカー。人を殺すほどの毒性を持ったサソリだ。アフェット、てめーのスタンドならこのサソリを動かせる」
任務に出向く直前、そう言ってプロシュートから渡された暗殺武器だ。
「リストランテに現れるフィリッポという男を迅速に殺せ」
そう呟くと、死んでいたはずのサソリはうにょうにょと足を動かし始めた。
咄嗟に瓶をコルクで塞ぎ、トイレを出て元の席へと帰る。
平静を装うために食事を口に運ぶが、正直味がしない。失敗すれば死に直結する任務は荷が重い。
「堂々としろ、アフェット。てめーは上手くやれるはずだ」
「う、うるせーな。世辞で緊張が解けるわけねぇだろ」
悪態をつきながらも、心の中でプロシュートに感謝する。
彼に褒められると自信がつく。正直、彼がそばにいるだけでも大変心強く感じる。
──店の扉が開く。
その時、プロシュートは普段の様子のままオレに目で合図をした。
合図を受けて扉に目を向ける。
入ってきたのは、資料に載っていた通りの顔、体格を持つ二人。フィリッポとバルドだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
今回もかなり制作が難航しました。三回は書き直したと思います。おかげで、バックアップのコピーを六件も作ってしまいました。
しかし今回の話の制作と同時に、次回の話の制作も終えることができました。
新しい話は六月十三日に投稿予定です。
本当に執筆が楽しくて、現実の物事に手がつかないほどです。
ここまで楽しく続けて書けているのは、皆様の感想、お気に入り登録のおかげでもあります。いつもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。