黒金の風〜Sogni Affetto〜   作:ソーニ

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七話 任務

──『奴隷以外の何か』になりたい。

 

 それならオレは、何になればいいんだろう。

 何になりたいんだろう?

 

 オレは、昔からよく迷子になっていた。

 なんとなく歩き続けて、気づけば進む道が分からない。

 そして、帰り道さえも見失う。

 誰かが導いてくれなければ、そこから一歩も動けない。

 

「こんなところにいたのか。みんな心配してたぞ」

「ごめん、帰り道が分からなくなっちゃったんだ。兄貴が来てくれて助かったよ」

「いつも気をつけろと言ってるじゃあないか。さぁ、一緒に帰るぞ」

 

 そんなオレを導いてくれたのは、兄貴だった。

 

「オレ、兄貴みたいになりたいなぁ!」

「オレに?」

「うん! 強くて優しくてかっこいい、お前みたいな人間になりたい!」

 

 ……オレは、ずっと兄貴になりたかったんだ。

 

 それで兄貴を真似て口調を変えたんだっけ。

 でも完全に似せることができずよく落ち込んでいたな。今思えば笑い話だ。

 

 奴隷として買い取られた後、オレはしがみつくように兄貴との思い出を抱きしめ続けていた。

 しかし一年、また一年と過ぎていくうちに、無慈悲にも記憶はボロボロと剥がれ落ちていった。

 

 そしてこの一ヶ月間、やはり兄貴の顔や名前を思い出すことはできなかった。

 彼についての記憶はかなり断片的なもので、「兄貴は強くて優しくてかっこいい」という漠然としたイメージしか残っていなかった。

 

 

「忘れた方がいい。大切なものがあればあるほど、傷つくのはお前だ」

 

 

 以前プロシュートに言われた言葉を思い出す。

 

 

──そうだよな。オレはギャングなんだ。

 

 

 ギャングがどういうものかということは、プロシュートから多少教わった。

 人の命、己の倫理観、正義よりも任務が優先される世界なのだと。

 

──元主人を殺した時、オレは罪悪感など感じなかった。

 

 どうやら人の命を殺すという行為に躊躇いがないようだ。自分が生きるためならば誰でも殺せるので、ギャングに向いている性分とも言える。

 そんなオレとは違い、兄貴は優しかった。きっと今でも一般人として日々を謳歌してるに違いない。

  

 

 兄貴とオレは、もう取り返しのつかないほどかけ離れている。

 ……もう、オレは兄貴にはなれない。

 

 

「アフェット」

「ほへっ!?」

 

 突然リゾットに名前を呼ばれる。

 オレの意識は、思い出の中からリゾットがいつも仕事をしている書斎に戻った。

 

「聞いていたか?」

「も、もちろん!」

「任務の話はしっかり聞いておけ。何度も言うが、少しでも油断すれば待っているのは死だぞ」

「おう、分かってるよ」

 

 何も聞いていなかったが、怒られることが怖くて咄嗟に嘘をついてしまった。

 リーダーであるリゾットのことだから、こんな嘘などすぐに見抜かれると分かっているのに。

 

「こういう話はしっかり聞けって散々言っただろ」

「いてっ! つ、次からは気をつけるって」

 

 プロシュートに頭をコツンと小突かれる。当たり前と言えば当たり前だが、プロシュートにも嘘がバレていたようだ。

 しまったなぁと反省し、リゾットの話に集中するため彼の方に視線を向けた。

 

「今回の任務は目標の暗殺だ」

「人数は?」

「医者の男とボディガードの合計二人、その他詳細は資料の通りだ」

 

 リゾットはそう言ってオレたちに資料を手渡した。それに目を通す。

 オレはプロシュートの教えのおかげで文字が読めるようになった。

 資料の内容を理解することができたので、自分の成長を感じて口角が上がる。

 

 フィリッポ。五十二歳の男性で医師だ。

 オレたちが所属するパッショーネのメンバーを治療した。しかし治療相手がギャングだと知った途端に、パッショーネに対して多額の請求をしてきた。

 請求に応えなければ大事にすると脅してきたため、暗殺チームに仕事が回されたようだ。

 

 バルド。三十六歳の男性で無職。

 フィリッポのボディガード。格闘術に心得があるフィリッポの友人。最近職を失ったため、低賃金であるにも関わらずフィリッポのボディガードを務めている。

 

 資料の最後に報酬についての記載がある。そこには一千万リラと書かれているが、その額が多いのか少ないのかは理解できなかった。

 隣で険しい顔を浮かべるプロシュートに話しかける。

 

「なぁ、報酬は一千万リラって書いてるな。大体どのくらいなんだ?」

「一ヶ月の家賃と食費で全て消える額だ」

「そんなに安いのかよ!?」

 

 驚くオレに対して、プロシュートやリゾットは冷静だった。慣れているとでも言うように、彼らは報酬について何も不満を漏らさなかった。

 

「アフェット、お前は初めての任務だ。結果を出そうと焦る必要はない。勝手な行動はせずにプロシュートの指示に従え」

「ああ、分かってるぜ」

「それなら良い。オレからの話は以上だ」

 

 リゾットはそう言った後、いつも通りに机の上にある大量の書類と向き合う。

 リゾットはほとんどの時間をこの部屋で費やし、目の下の隈が絶えないほど徹夜を繰り返している。

 それにも関わらず減らない書類を見るに、激務を押し付けられているのだろう。

 プロシュートと部屋を出て、彼に質問を投げかける。

 

「リゾット、いつもあんな調子だな。体調は大丈夫なのか?」

「これから任務だってのに人の心配をしてんのか。随分余裕だな」

「そういうわけじゃあないが、流石に心配にもなるぜ。いつ寝てるかすら分かんねぇんだからな」

「確かにいつぶっ倒れてもおかしくないだろうな。だがそれは『普通の人間だったら』の話だ。アイツは考えもなしに無理をする人間じゃあねぇ」

 

 いつもオレやギアッチョ、メローネに厳しいプロシュートだが、どうやらリゾットだけには絶対的な信頼を置いているようだ。

 だが、と彼はキッチンを指差しながら言葉を続ける。

 

「どうしても心配であいつを手伝いたいと思ったのなら、キッチンでコーヒーでも淹れてやると良い」

 

 砂糖やミルクは入れるなよ、と念押しされる。

 最近はリゾットの威圧感にも慣れてきたものの、まだ彼に対する恐怖は消えていない。

 その恐怖を払拭するためにも、いつか彼にコーヒーを淹れようと決意した。

 

 

 

  その後プロシュートと話し合い計画を組み、実行は午後八時半となった。

 請求を受けたフリをして金を渡すためだと騙り、リストランテのVIPルームに誘い出した。

 まずはフィリッポを暗殺。その後にオレのスタンドで彼の死体を操り、バルドを殺害。

 フィリッポがバルドと揉めて殺し合った、という風に見せかけるのが狙いだ。

 

 尚、オレたちの仕事ということが第三者にバレれば、その後始末はそのままオレたちに一任される。

 後始末の報酬は出ず、リゾットの仕事が増えるだけらしい。

 なので、なるべく計画通りに実行しなければならないとのことだ。

 

「オレたちヒットマンチームのメンバーは、証拠も足取りも残さずに殺す。てめーもそうなるんだぜ、アフェット」

 

 ……プロシュート曰く、そういうことらしい。

 

 オレとプロシュートは標的が来るまで、リストランテの一般客の席で食事をする。

 プロシュートによると、任務中のやむを得ない食事は必要経費となるため、食費が浮くそうだ。

 

「アフェット、そろそろだ。準備しろ」

「おう」

 

 席を立ってリストランテの中にあるトイレに向かう。トイレの個室に入り、鞄から手のひらサイズの瓶を取り出した。

 スタンドを出し、その中にいるサソリという生き物の死骸に触れる。

 

「デスストーカー。人を殺すほどの毒性を持ったサソリだ。アフェット、てめーのスタンドならこのサソリを動かせる」

 

 任務に出向く直前、そう言ってプロシュートから渡された暗殺武器だ。

 

「リストランテに現れるフィリッポという男を迅速に殺せ」

 

 そう呟くと、死んでいたはずのサソリはうにょうにょと足を動かし始めた。

 咄嗟に瓶をコルクで塞ぎ、トイレを出て元の席へと帰る。

 平静を装うために食事を口に運ぶが、正直味がしない。失敗すれば死に直結する任務は荷が重い。

 

「堂々としろ、アフェット。てめーは上手くやれるはずだ」

「う、うるせーな。世辞で緊張が解けるわけねぇだろ」

 

 悪態をつきながらも、心の中でプロシュートに感謝する。

 彼に褒められると自信がつく。正直、彼がそばにいるだけでも大変心強く感じる。

 

──店の扉が開く。

 

 その時、プロシュートは普段の様子のままオレに目で合図をした。

 合図を受けて扉に目を向ける。

 

 入ってきたのは、資料に載っていた通りの顔、体格を持つ二人。フィリッポとバルドだった。

 




最後までお読みいただきありがとうございます。
投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
今回もかなり制作が難航しました。三回は書き直したと思います。おかげで、バックアップのコピーを六件も作ってしまいました。
しかし今回の話の制作と同時に、次回の話の制作も終えることができました。
新しい話は六月十三日に投稿予定です。
本当に執筆が楽しくて、現実の物事に手がつかないほどです。
ここまで楽しく続けて書けているのは、皆様の感想、お気に入り登録のおかげでもあります。いつもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。
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