リストランテに入ってきたバルド、フィリッポの二人は楽しそうに笑顔を浮かべながら会話していた。
資料通り、フィリッポは肥満気味な体型、バルドは筋肉質な体型だった。バルドと肉弾戦になった時、勝てる自信はない。
店員がフィリッポをVIPルームに案内しようと歩き出したのを見て、瓶の蓋を開ける。
VIPルームはオレたちが座る席の近くにある。彼らがVIPルームに入るには、必ずオレたちのそばを通らなければならない。
サソリはこちらに向かってくるフィリッポを目掛けて飛び出した。
そしてカサカサとフィリッポの靴を辿り、ズボンの裾に入り込んだ。
「な、なんだ……!? 何か、何かがオレのズボンの中に……ッ!」
フィリッポは違和感に気づいて足を振り払おうとする。それを見たバルドが急いで彼の足を確認しようと近づくが、すでにサソリはフィリッポの足を刺したようだ。彼は白目を剥いて泡を吹き出して倒れた。
オレたちが座るテーブルの側で倒れ込んだ彼に、バルドが駆け寄る。
「フィリッポ、大丈夫か、フィリッポッ!」
倒れ込んだ彼はブクブクと泡を吹き、顔色がどんどん悪くなっていく。
オレはサソリに対して「迅速に殺す」ことを命令した。サソリは今頃、彼のズボンの中で何回も何回も彼に毒針を刺していることだろう。
その痛みなど、想像したくもない。
「い、医者はいないか!? こいつはオレの友人なんだ、助けてやってくれ!」
バルドの悲痛な頼みに対し、名乗りを上げる。
「見せてくれ、オレは医者だ。なんとかできるかもしれない」
「ほ、本当か!?」
席を立ってフィリッポの側の床に膝をついて、彼の首元に触れる。
既に脈がないことを確認し、彼の首元に耳を当てた。
誰にも聞かれないような小さな声で呟く。
「店を出て、人気がない場所でバルドを殺せ」
フィリッポの眼球がグルンと周り、黒目が露出する。彼の側に座っていたオレは瞬時に投げ飛ばされた。
これは、彼にとってオレの体が命令を果たすのに邪魔だったからだろう。
「お、おいフィリッポ、どこ行くんだ!?」
バルドは混乱しつつ、店を出るフィリッポを追いかけていった。
取り敢えず、今のところは作戦通りだ。
埃を払い立ち上がると、店員が心配そうに駆け寄ってきた。
「お客様、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。大丈夫だぜ」
多少足が痛むが、歩くことに支障はないようだ。
「周りの人の目もあるし、オレは帰ることにするよ。料理、美味しかった」
「そうですか、どうぞお気をつけてお帰りください」
ターゲットの死亡を確認するため、プロシュートと共に外を出る。
その際、彼がサソリの死体を手渡してくれた。
プロシュートは命令を果たして動かなくなっていたサソリを回収してくれていたようだ。
サソリを瓶の中に入れて、フィリッポたちを探し始める。
「リストランテの窓から見た時、ヤツらはこっちに向かっていった」
「オーケー、助かるぜ」
プロシュートが指差した通りの道を歩く。前方には大きな道路沿いに並んだ建物。その中の二つの建物の間に、細く暗い道が伸びているのを見つけた。
「血の匂い……近いな」
プロシュートの言葉で確信する。そこにフィリッポがいる。
そして血の匂いがするのなら、バルドはもう生きていないだろう。
「おいアフェット! 一人で行くんじゃあねぇ!」
叱るようにそう言う彼を置いて一人で走っていき、道を覗く。
どうせバルドはフィリッポに殺されている。そこまで心配する必要はないだろう。
──突如、細い道の暗闇から手が伸びる。
「ぐっ!?」
体を掴まれ、そのまま何者かに羽交い締めにされた。
「テメェ、パッショーネの人間だったか……フィリッポをあんな風にしたのもテメェだな……ッ!」
オレの体を掴んでいたのは、血塗れになったバルドだった。
「ま、まだ死んでなかったのかよ! 離せッ!」
「すげぇ痛いんだぜ、これ……誰のせいか分かってんだろ?」
バルドはフィリッポに刺されたのであろう血だらけの腹部を見ながらそう言った。
バルドが向く方に視線を向けると、血が滴る鋭利なハサミを持ったフィリッポがこちらに向かってきていた。
「ま、まずい!!」
必死の抵抗も虚しく、バルドは自分の盾にするようにオレをフィリッポの前に差し出した。
「お前が盾になれ、クソッタレ」
「ちくしょう、離せ、離せよッ!」
見ると、フィリッポはオレ諸共バルドを殺そうと走って向かってきている。
「勝手な行動はせずにプロシュートの指示に従え」
リゾットの言葉を思い出す。
こうなったのは勝手に突っ走ったオレのせいだ。
スタンド能力を解除しなければ、オレは死んでしまうかもしれない……!
でももしここでオレが下手なことをすれば、計画通りではなくなってしまう。
どうする、と迷っている間にもフィリッポはこちらに近づいてくる。
必死に抵抗しても、一ヶ月しか鍛えていないオレではバルドに敵わない。
もう、刃があと一歩で届くところまできてしまった。
やはりスタンドを解除するしかないか……!?
兄貴なら、兄貴ならどうする?
……思い出せない。
「そのまま何もするな、アフェットッ!」
プロシュートの声が聞こえてすぐ、オレのすぐ後ろで鈍い音が聞こえた。ビルドの手がオレの体から離れていき、そのまま彼は倒れた。
自分の体を拘束していたものが突如にしてなくなり、オレもバランスを崩し倒れそうになる。
プロシュートに体を支えられ、なんとか体勢を立て直した。
フィリッポはオレたちの横を通り過ぎて、倒れているビルドに飛びついた。悲痛な叫び声を上げるバルドをよそに、プロシュートがオレの胸ぐらを掴んだ。
──ああ。これは怒られるな。
「テメェ、油断してんじゃあねぇぞ! なぜオレらが二人で任務に来ているのかをよく考えろッ!」
そう言う彼の額には太い青筋が張っている。
予想通りとは言え、ここまでひどく怒られるのは初めてだ。
しかし、自分の失態で彼に迷惑を掛けてしまったのは事実だと思い、何も言い返せなかった。
「リゾットにいつも言われてるハズだ。油断すればその先は死だってな! 無駄死にしてぇのか!」
違うだろ、と彼は続ける。
「てめーは
「──!」
……勘違いをしていた。
プロシュートは自分に迷惑がかかったから怒っているのではない。
彼が怒っているのは、目的と矛盾したオレの行動だ。
迷惑をかけたのに、プロシュートが考えた計画を崩してしまうところだったのに、彼は自分の感情のままに怒ってはいなかった。
「……兄貴」
「あ?」
──強くて、優しくて、かっこいい。
強さも、優しさも、かっこよさも。
今まで憧れてきたものとはどこか違う。
けれどどうしようもないほどに惹かれるものが、彼にはあった。
「兄貴、プロシュート兄貴」
何度もそう呼ぶ。
奴隷という立場から解き放たれて自由になった。
でも自由になったところで、一人じゃ何もできない。
オレはオレ自身で正義を決めることができない。だから、オレが生きていくには導いてくれる「兄貴」が必要だ。
「オレ、兄貴みたいになりたい」
「……やめとけ。傷になるだけだ」
「兄貴が誰かに負ける訳ないだろ? 傷になんてならねぇよ!」
呆れたようにため息を吐いた兄貴はオレに背を向けて歩き出し、オレはそれを早足で追いかける。
──こうしているのが、好きなんだ。
──兄貴を追いかけることが、唯一安心して進める道なんだ。
「……
「へへ、オレのためって言うなら許してくれよ」
歯を見せて笑ってみせるが、兄貴は見てくれなかった。
なんだよ、と拗ねながら彼の横顔を覗く。
その時、彼はどこか遠い……オレのいない世界を、ぼんやりと見ているようだった。