瀬戸内海エルフ保護区   作:三代目・冬の大感謝祭

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突然の出会い

 エルフ。

 

 それは、御伽噺の中のみに生息する種族である。

 人間を超越した美貌を持ち、深い森の奥で妖精たちと戯れて暮らす空想上の知的生命体。

 

 そう、それは、確かに空想上の存在だったんだ。

 

 去年の夏までは、と注釈が付くけれど。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 赤いガラス製の灯台に背中を預けて、高松港から沖の方へ目を凝らす。

 今日も沖には大小様々な個性的な島々が陽光に照らされて、一つの水墨画のような景色を作り出している。波は静かで、風は穏やかで心地よい。俺はこの、のほほんとした雰囲気がたまらなく好きだった。

 

 そして、この風景の遥か先、瀬戸内海のど真ん中に浮かぶ元無人島に世界で唯一のエルフの居住地『瀬戸内海エルフ保護区』がある。

 

 「会いたいなぁ、エルフ。会って、私に魔術を教授してほしい!」

 「姉さんもよくもまあ、飽きずにそればっかり……」

 

 俺は堤防に設置された柵に圧し掛かって両手で双眼鏡をつくる姉に対し、呆れた口調で言葉を返す。

 高校二年生になっても非日常に憧れる我が姉の魔術に対する興味は日に日に高まるばかりだ。

 まあ、物凄い読書家の姉さんがファンタジーを目の前にして手が届かない歯がゆい思いをしているのは知っているけれど。

 

 去年の初夏ごろから、全国各地の神社に突然エルフが次々と出現し始め、日本は、いや世界は大騒ぎになった。そりゃね、そうだろう。御伽噺の存在が実在したんだとなれば、お祭り騒ぎだ。

 一度、どこぞの神社にエルフが現れたぞって、SNSに写真付きでアップされれば、メディア・一般人を問わずカメラやスマホを抱えて群衆パニックが発生する。

 まあ、デマ情報もたくさん出現したんだけれど、運よく本当に生エルフを目にすることができた人々が次々と動画投稿サイトに映像をアップしてネットはエルフに席捲された。

 

 そして、世界は目撃する。

 

 とあるエルフが保護しようと近づいてきたパトカーを、熱したバターのように容易く両断した瞬間を。

 

 「絶対エルフは魔術が使えるよね!だって、金属製のパトカーを簡単に切断したんだもん。凄い!人間の私にもその魔術、使えるかなあ?」

 「いや、もうパトカーを真っ二つにしている時点で人間に対して友好的じゃないよね?仮に姉さんがエルフに会えたとしても、魔術を教わる前に真っ二つにされる未来しか見えない……」

 

 そう、残念なことにエルフは人間に対してあんまり友好的じゃなさそうなのだ。

 

 どの動画を見ても、エルフは近づいてくる人間に対して向こうの言葉で大声を出して威嚇したり、怯えて丸まったり、魔術を放ったりして人間を拒絶しているように見える。

 まあ、いきなり見知らぬ土地に召喚されて、言葉も通じない群衆に囲まれれば人間嫌いじゃなくても、そんな反応しちゃうのかなとも思う。

 

 そんな感じなので政府は、とりあえず保護したエルフは人間から隔離してまとめて瀬戸内海にある無人島に住んでもらうことにしたらしい。

 

 その島の名前は神餅島。

 無人島だったけどそこそこ広いらしい。

 

 今、エルフの方々は島内限定で自治権をもらって暮らしている……らしい。

 らしいらしいとしか言えないのは、神餅島にメディアが入れないので実際にどんな生活をしているのか、政府しか知らないから。

 

 迷惑系動画投稿者が神餅島に上陸を試みた時もあっという間に海上保安官に逮捕されてしまった。

 神餅島周辺の海域には、巡視船や掃海艇が張り付いていてCIAさえ上陸できないんだとか噂されている。

 

 少しだけでも、エルフの日常ぐらい見せてくれてもいいのにな。

 

 

 「もう帰ろうよ、姉さん。いくら海を眺めていてもエルフには会えないよ。帰りにスーパーで夕飯の材料も買って帰らなきゃいけないんだし」

 「はーい、帰るかぁ。……あれ?なんか凄くデカい魚が海面近くを泳いでない?スナメリかな」

 「え?あ、本当だ、なんかキラキラしている……」

 

 その、なんかデカい(推定)魚は、港の中を海面スレスレでもの凄いスピードで泳ぎ回っていて、太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 港の中をウロウロしていたそれは、次の瞬間、真っすぐと俺たち姉弟がいる赤いガラスの灯台の下目掛けて泳ぎだしたのだ。

 

 そして、高く上がる水飛沫。

 反射的に飛沫から顔を守ろうと両手を顔面の前に翳す。

 

 海面から俺が立っている場所まで2メートル以上あるはずなのに、それは俺の頭上にいた。

 

 見上げた視線の先に、空中に滞在するそれは、

 

 「エ……ル……フ」

 

 金色の長髪をたなびかせて、背面飛びのような姿勢で現れたその女性の頭部には、確かにエルフの象徴たる長く尖った耳があった。

 

 エルフは俺からは片方しか見えない眼をギョロリとこちらに向けると、軽やかに空中で一回転し、見事な着地を決めてみせた。

 

 俺も姉さんほどではなかったけど、少しはエルフを生で見てみたいなとは思っていた。

 でも、実際に目の前に現れると困惑する。

 動画内のパトカーのように魔術で真っ二つにされるんじゃないかとチラリと考えた。

 

 すらりと立ち上がりこちらを睨みつけるエルフの顔には、やっぱり微笑みなどなくて、人外の美貌は怒りによって歪んでいる。

 ずんずんとこちらに距離を詰めてくるエルフの女性を前にして、せめて姉さんの盾になろうとして、しかし、姉さんも俺の盾になろうとしていたらしく姉弟で下手な組体操をしているような姿勢になってしまった。

 なんて不甲斐ない最期だ。

 

 ところが、俺たち姉弟は人間嫌いのエルフに魔術で真っ二つにされることはなかった。

 

 エルフの女性はまず俺の方に右手をかざすと呪文のような言葉を小さな声でつぶやいた。

 するとどういうことか、俺の体は石になったかのように金縛りに遭う。

 それから彼女は、むんずと姉さんの胸倉を掴むと一気にまくしたてた。

 

 『何故、貴女は同胞が不当に囚われているのに呑気に、しかも人間と仲良く海を眺めていられるのか!エルフの中にもこんな恥知らずがいたなど信じられん!そんな簡易な変装術式で下賤な人間に化けたところで私の目を欺けると思うなよ!』

 「……あ?え?どゆこと?」

 

 エルフの言葉は明らかに日本語じゃないのに、その意味はちゃんと理解できた。

 なんでだ?なんか、魔術でも使っているのか?

 そのままの意味で受け取るとまるで姉さんの正体はエルフで、今は変装の魔術で人間に化けていることになる。

 でも、肝心の姉さん本人がエルフの発言に混乱している。

 そりゃ、俺たちを生んだ母親は北欧の国出身で少し私たち姉弟は日本人離れした顔をしてますけど、エルフだったことなんて一度もありません。

 

 『いつまで、私の前で人間のフリを続けるつもりだ!その化けの皮、すぐさま剝いでやる!変装魔術の起点はどこだ!』

 「いやちょっと!どこ触ってるんですか!なんか誤解してますって!私はエルフじゃありません!」

 

 俺は相変わらず金縛りによって地面に転がされており、エルフの女性が嫌がる姉さんを無理やり身体検査する様を眺めているしかなかった。

 

 クソ!俺の体よ、動け!

 おっ!口が少し動く気がする!

 

 その間にエルフの手は長髪で隠された姉さんのうなじの痣の部分で止まると、またしても何事かをつぶやく。その次の瞬間、姉さんの全身が輝いた。

 

 輝きが収まった姉さんは一見なんの変化も無いように見えたが、少し違和感があるように感じた。

 その違和感の正体は……

 

 「ねえ!私なにかされた?自分じゃわかんないんだけど!」

 「姉さん!耳!耳!」

 「耳?……って、なんじゃこりゃああ!」

 

 自分の両耳に手を当てて仰天する我が姉。

 その耳は立派に長く尖ったエルフ耳に変化していた。

 

 その様子を観察して首をかしげるエルフの女性。

 

 『まさか、本当に自分のことを心から人間だと思っていたのか?確かに黒髪のエルフは初めて見るが』

 

 なんと言うことでしょう。長年、姉だと思っていた女性の正体はエルフだったのです!

 今、明かされる衝撃の真実!

 姉本人にも隠していた自覚はなさそうだが!

 

 俺たちが港の先っぽで大騒ぎしていたため野次馬も遠巻きにどんどん増えてきた。

 

 「あれ、エルフじゃね?近くにいる学生さん二人、真っ二つにされないか?」

 「なんか、学生とエルフが揉めているぞ。誰か警察に通報しろよ」

 「いやもうパトカー来てんぞ」

 

 野次馬の誰かが通報したのか、港の駐車場にはすでに数台のパトカーが到着しており警察官が慎重にこちらににじり寄ってくる。手に拳銃を携えて。

 いや、ちょっと待て。ここで発砲されれば姉弟揃って巻き込まれるんですが。

 

 エルフの注意が警官隊に向いているせいか俺の体は自由を少しずつ取り戻しつつあった。

 このままどうにか、不意をついて姉さんを安全圏まで奪還できないものか。

 

 「あー、エルフに日本語通じるのか?まあいいや。すみません!こちらは日本国の警察です!私たちは貴女に危害を加える意図はありません!そちらの子供二人を引き渡してくれませんか?」

 『ケイサツ?この国の衛兵か騎士みたいな職業か?ここで官憲に捕まっては同胞を救い出すことができんな』

 「え、ちょっと、どこに連れて行く気?離して!」

 『おまえも自覚は無いかもしれんが、我が同胞だ。この国の官憲に捕まればろくなことにならんぞ。私と一緒に来い』

 

 エルフの女性はそう言うと姉さんをヒョイと肩に担ぎ上げ、柵を乗り越えて海に飛び込んだ。

 まじか、姉さんが誘拐されてしまった!

 完全に自由を取り戻した体を慌てて起こし海を覗きこむと一筋の波飛沫がスゥーと伸びて港から遠ざかるのが見えた。

 

 え?どうすればいいんだこれ?

 

 「保護区から脱走したエルフに女子高校生が誘拐されたぞ!緊急配備を手配しろ!」

 

 後ろで大騒ぎする警察官の声を聞きながら、俺は茫然とするしかなかった。

 

 

 

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