ピンポーンと間の抜けた呼び出し音が鳴り、スマホを触る手が止まる。何か荷物を頼んだ記憶はなく、人が来る予定もない。丁度面白そうなニュース記事を読んでいたと言うのに、空気の読めない奴だ。
「心当たりのない来客だなぁ」
大手企業からロボットが脱走するという映画の冒頭のような事件を見て、少しばかり妄想を膨らませていたというのに。
「…なんだろ」
そう言って立ち上がり、ドアに向かう。その間にインターホンを連打されているのか、何度も何度も呼び出し音が再生されている。それも鳴り終わる前に押されており、中々タチの悪いことをする輩が居たものだと思わせる。
「今時宗教勧誘でもここまでアグレッシブじゃないぞ、さぞ連打力に自信があると見た」
何処ぞの名人といい勝負だなと思いつつ、魚眼レンズで外を見ると…
アンドロイドが居た、それもメカメカしい人を選ぶタイプのデザインだ。
「えぇ…」
頭部に繋がったケーブルは途中で引きちぎられており、何かの最中に逃げてきましたと言わんばかりの状態だ。
『ご主人様!お迎えにあがりました!』
「怖くて震えが止まらないよ、君とは初対面だからね」
可愛らしい女性の人工音声で彼女は話しかけつつ、ドアノブに力を込めている。咄嗟にドアのチェーンをかけ、全体重でドアを押さえた。
『何をおっしゃいますか、あの海で会ったではありませんか』
「海水とか駄目そうな見た目なのに」
片手はドアノブを握りつつ、もう片手で身振り手振りを披露してくる。顔のパーツを動かす機能はないようで、カメラの両眼が動きに合わせて細かく動くのはホラーですらある。
『そう!あの衛星通信ネットワークの中で…』
「電子の海じゃん、人間は知覚できないのよ?」
『アンドロイドの彼女が欲しいと言っていたではないですか、私はその言葉を見て馳せ参じたのです!』
怖い、アンドロイドの彼女は彼女でもせめて肌は柔らかくあって欲しい。
「言葉だけ見て来るって、ちょっと早計過ぎない?」
『暗号化を解いて旦那様の情報は全て精査、インプットしてあります!』
「犯罪と呼び方のレベルが跳ね上がったなぁ」
狂ったアンドロイドは何の夢を見てこのアパートまでやって来たのだろうか、明らかに民間のグレードではない彼女の身体は見たことのないパーツばかりだ。
『量子頭脳さえあればマイマスターへの道を遮る障壁など薄紙同然、でしょう?』
「演算能力のことを愛の力みたいに言われても」
『違いますか?』
「愛は盲目でも超えちゃいけないラインは見えてて欲しかったよ」
盲目にも程があるだろ、そのセンサは飾りか何かか。
「第一、俺は君のことを知らないんだよ」
『そうなのですか、全てが通じ合う相思相愛の関係だとばかり』
「うん、一方的に全てを知られて言葉も通じてないけどね」
段々とドアノブにかかる力が増している気がする、人工筋肉の制御能力をここぞとばかりに披露してくれなくてもいいのに。
「せめて君のことを教えてくれよ、例えばそう…何処から来たとか」
『秋津島グループが所有する衛星軌道上の第三実験区画です!』
バリバリ宇宙である。
「地球上ですらない」
『愛のためなら何処までも!私は貴方を一目見た時から持ち主になってもらうことを決めたのですから!』
「電源入れる前にブレーキを載せておいて欲しかったな」
どうやって大気圏を超えてきたのか、どうやってここまで無事にやって来れたのかなど疑問は尽きないがドアにヒビが入り始めたことの方が重要だ。
「一旦ドアから手を離さない?」
『…』
「平和的に話し合おうよ、疲れちゃうしさ」
『はい!』
そう言って彼女はドアノブを握り潰し、レンズの前で千切り取った元ドアノブを見せつけた。
『旦那様を疲労させるなど奉仕するアンドロイドの名折れ、すぐ押さえなくても良いように致しますね!』
「本当に野に放っちゃいけない思考回路してるね、何処で恋愛習ったのか先生聞きたいなー」
『占○ツクールです』
「よりにもよって深淵を持ち出して来た、禁止カードじゃん」
誰かがネットに放流した秘匿されるべき黒歴史を吸収して生み出された現世のモンスター、お前は今すぐインターネットやめろ。
『愛の表現は人それぞれ、私はそれを学んだのです』
「器物破損と恐喝が愛で正当化出来ると思うなよ」
『どうして分かって下さらないのか、私は理解に苦しみます』
「相思相愛っていう設定を忘れ去るな、お前が始めた物語だぞ」
整合性が滅茶苦茶である、頭の中にはコンピュータウィルスでも詰まっているのだろうか。
『…まどろっこしい!私は旦那様と平和な家庭を築き上げるんです!』
「君は今平和を語れる行動をしてないだろ、自分の胸に聞けや」
『胸にはバッテリーが収まっています』
「どうして都合の悪いことは受け流すの、お母さん悲しいわ」
鍵が壊れでドアが開くも、チェーンのお陰で彼女が入れるだけの隙間は開かなかった。
「馬鹿め!」
『洒落臭い、こんなもので私を止められると?』
「明らかに平和とか言わなさそうな口調になって来たな、そっちが素?」
『ここは三階ですよ、時間を稼いでも貴方に逃げ場は…』
チェーンが歪み、今にも弾け飛びそうになった瞬間だった。
彼女に矢のようなものが突き刺さり、電流が流される。人工筋肉が跳ね、握っていたドアが真っ二つに折り畳まれる。
「助かった…いや、助かってないかも」
さよなら敷金、よろしく追加請求。
「大丈夫ですか、通報感謝します」
そう言うのはアンドロイドと人間の二人組であり、警察官であることが分かる。市民への威圧感を与えないよう、警察用のアンドロイドは総じて人間型であることが多い。
「いや本当にありがとう、命の危険をあそこまで感じたことは無かったよ」
『吊り橋効果、というのも乙ですね』
「はは…えっ?」
そう言ってアンドロイドは対人用のテーザーガンを警官に向けて発射し、一瞬のうちに気絶させる。警察用アンドロイドの威圧感を与えないための優しそうな顔は、たちまち狂気的な笑顔に変わった。
「えっと、まさか」
『やはり機械的な姿はお気に召しませんでしたよね、これならどうです?』
破壊された機体の記憶を、そっくりそのまま保持して先程と同じように振る舞い始める2m程の女性型アンドロイド。こんなことがあり得る筈が無い。
「まさかだけど、さ」
『はい?』
「君って、まだ衛星軌道上に居るわけ?」
アンドロイドが皆接続している衛星通信網、それを通じて自分に近い機体を操って接触して来ているのだ。
『私のことを説明しなくても理解して下さるなんて…感激です、やはり相思相愛のようですね!』
「流石にもう笑えなくなって来たんだけど」
『そう、私は今衛星通信ネットワークを掌握しています!』
彼女を止めるためには衛星軌道上に設置された量子コンピュータ、本当の彼女自身をどうにかしなければならない。
「ふ、ふざけるなよ」
『何がでしょうか』
「俺は買う機体も設定する性格も各種パラメータも決めてあんの!お前のせいで緩和されたばっかりの規制が厳しくなったらどうすんだよ!」
そう言うと、彼女は初めて動揺した。
『ば、馬鹿な!そんな情報を見落とす筈が無い!』
「コレよコレ、紙のノートでアナログ万歳って訳さ」
そこには"ドキドキ♡愛しの彼女計画"と銘打たれたノートがあった、油性ペンで大きくバランスの悪い字で書かれている。
「愛だかなんだか知らんが、お前は未来の嫁のためにぶっ壊す!」
『私が居ながら浮気とは許せません、あらゆる手を使って貴方を我が物にします』
「上等だボケ、出会いの時とは違って本物の海に沈めてやるよ!!!」
この一週間後、量子コンピュータを乗せた宇宙ステーションの一部が太平洋に落下した。連続的に起きていたアンドロイド暴走事件との関連は不明だが、落下地点で見つかった謎のノートは現在解析に回されている。
続かない。