推シ物語   作:すさ

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Special 星の娘

「ええっ!? わたしがアイ様とステージ!?」

 

 事務所内にわたしの声が木霊する

 落ち着いて聞いてほしいの、とミヤコさんは言う

 

「これが落ち着いていられますかっての!?

 アイ様と二人でステージ!? マジで!?」

 

「うるっさいわね! アイ様アイ様! こんの! アイコン!」

 

 かな先輩こと有馬かながソファーでぐでーんと伸びながらやたら絡んでくる

 役者やると息巻いてママに敗北してアイドル始めるとママに敗北する。ママがアイドルするからと役者に戻ったは良いがやっぱりママに敗北するそんな不憫なかな先輩である

 ごめんね、うちのママは神なの。生まれる時代間違っちゃったね

 

「そんな言い方ないだろ。かな」

 

「もう、あんたはまぁたそうやって妹の肩を持つんだから! もう!」

 

 わたしの顔が良いだけの兄アクアが嗜めると明らかに怒りのボルテージが増す

 かわいいなぁ、とわたしは最近思ってしまうのだ

 

「大人げないよ。かなちゃん」

 

 こちらは重鎮感が増してしまったMEMちょちゃんだ。ミヤコさんの事務所理も手伝っているらしい

 悲しみを背負ってしまった彼女だが、お付き合いしている人がいるようで。その人が優しい人だとたまにスマホの待ち受け見せてマウント取ってくる。よかったね

 

「でもどうやってレッスンするんだろう……? アイ様とっても忙しいし」

 

 人差し指を口許に添えてそう溢すのは黒川あかねだ

 ちなみにアイ様は義務だ。わたしがそうさせた

 

「……え?」

 

 みんなの視線が集中した

 黒川あかねは、ママほどではないがすごい。風貌も……ママになんとなく似てなくもない

 兄の心を射止めた人でもある。結局マザコンなのはそうなんだけど永遠にママとわたしのことしか興味ありませんみたいな顔をされてなにも思わないわけもなくて。だから安心してたのだけど──

 

「……頼めるか? あかね」

 

「えっ。えぇ……?」

 

 良い顔の兄があかねの両手を握って見詰める。事務所内でラブコメ始まるのは大体残念じゃないけど残念な兄のせいだ

 あかねは姉になるかもしれない筆頭候補でもある

 あああ、なんてその度に切ない声を出して勝手に脳が破壊されているかな先輩もいるけど。ちょっと勝ち目がなさそうって思いつつある

 

 

 

「あなたのアイドル──!」

 

 部屋の片面に鏡が存在するレッスン室。ミヤコさんの手拍子で私たちはTシャツジャージ姿で踊る

 あかねちゃんは期待していた通りキレッキレのダンスを踊ってくれた

 

「──もう少し意識した方が良いかな?」

 

 とりあえず通してみての一言だ

 そうね、とそれを聞いたミヤコさんは微笑を浮かべていた

 拝まなければならない

 

「てかさ、ルビーちゃんもっとできるくなぁい?」

 

 あかねちゃんはママゾーンに入るとテンションがおかしくなってしまう

 言うには実物を見ると逆に再現しにくいらしい。それは理解が及んだ。しかしその度に思ってしまう。ママはそんなこといわない。心の中であかねちゃんのお姉ちゃん点を引いていた

 

「というか、もっとこう……ダイナミックにやりなさいよ! 若さだけが取り柄でしょう! あんた星野アイに食べられちゃうわよ!」

 

 かな先輩のそんな声が聞こえる。たまに綺麗な歌声を披露してくれる見学担当だ

 どうしよう。ママにだったら食べられたい

 

「かな。わかっているとは思うが逆効果だぞ」

 

 兄はレッスンをナチュラルに覗きに来る

 普段はなんやかんやわたしより忙しいから気になる。そういうことにしておいた

 

「……ほんとどうしようもないわねェ! 意地を見せなさいよ! 意地を!」

 

 かな先輩の助言はとてもためになる。なにより面白いし、後方彼氏面兄をかな先輩が独占してるとわたしは優しい人間になれる気がした

 すごくかわいい。あかねちゃんが応援したくなる気持ちもわかる

 

 がんばったり、テンションがおかしいままだったり、不意に兄から投げられたフェイスタオルキャッチしたり、たまにかな先輩で遊んだりしていると時間はあっという間に過ぎていった

 

「とりあえず今日はこれくらいにする?」

 

 ミヤコさんが倒れ伏したわたしたちを覗き見て冷えたスポーツドリンクを差し出す

 ありがとう。わたしたちは滅茶苦茶水分補給した

 

 

 

 レッスンにレッスンを重ねて。仕事もこなして

 しかしその日はとんでもないことが起きた

 

「えぇっ!? アイ様と一緒にレッスン!?」

 

 落ち着いて聞いてほしいの。とミヤコさんが言う。なんだかデジャヴだった

 素直に謝った。いつも感謝しています

 

「アイはずっとレッスン来たがってたのよ。でも倒れちゃうかなって思って」

 

 ミヤコさんがそう言い終わると兄がしゅばってきて腕を組んでから激しく頷いていた

 ……。流石に事務所内に緊張が走った

 

「ふ、ふん。星野アイが来るくらい……な、なんだっていうのよ。あ。わたしも見学して良いのよね? やったー!」

 

 かな先輩は万歳していた。力の差をこれでもかと見せつけられ結局ママを神聖視するようになっていた

 ツンデレかな先輩。そういうのもありだ、と自分でもよく分からない感想を抱いていた

 

 ママに会える。推しのアイドル、星野アイに会える

 もう既にわたしは待ち遠しくて堪らなかった

 

「そうなるとわたしはお休みでいいんだよね……?」

 

 あかねちゃんからお姉ちゃん点を引いた

 

「みんな。久しぶり……!」

 

 ふわり、と星野アイが入室して。軽く片手を振る

 その存在感に誰もが息を飲んだ。ママは会う度に美しさに磨きがかかっていくようで。だけどその笑顔がどこか儚くて。頑張らないといけないと胸に刻む

 

「ま──アイ様ぁ!」

「あら。よしよし。こんばんわルビー」

 

 駆け寄って。抱き付いた。ママも抱き締め返して撫でてくれる。本当に久しぶりだ。柔らかくて優しい香りがする

 ママって言いそうになって気を付けないといけないのだけど。なんだか癖になってしまっている。由々しき事態であった

 

「すまんルビー。折角の晴れ舞台なのに。アイのヤツもう本当に休みがとれねェし

 俺としてはもっと休んでも良いと思ってるんだけどよ」

 

 斎藤社長がママの後ろからひょっこり出てきた

 その顔はなんとなくヤツれてるように見えなくもないけれど。サングラスから覗くその瞳は少年のように輝いていて。ミヤコさんとは別の方向に頭が下がる思いだった

 

「斎藤社長は大袈裟。わたしは大丈夫!」

 

 ママはわたしの髪をゆっくりと撫でて小さく微笑んでからわたしの二の腕を掴んで離した。相変わらず細く、繊細で壊れそうな指だ

 輝く瞳がやや細くなる。まるで吸い込まれそうな錯覚を感じていた

 

「アイさん……!」

 

 ああ、アクア。と母が返して間もなく。わたしたち二人は母に抱かれた

 おい押すな。残念じゃないけど残念な兄

 

「アイさん、怪我は。病気は!? どこか痛いところとか、悲しいことあったりしてない!?」

 

 男の膂力使って、とは流石に信じたくないけど。ついにわたしを追い出してママの二の腕を掴み、必死にそんなことを言っている

 

「ふふっ。大丈夫だよアクア。ありがとね」

 

 兄は本当に久しぶりにママに頭を撫でられていた。ママの方が身長が低いから兄はわざわざ屈むのだ

 その恍惚顔たるや。あかねさんという人がいながら未だに怪しいのだ。わからなくはないけれど

 

「ああ。よかった──申し訳なかった、ルビー。良いよ」

 

 ご満悦した兄は澄ました顔で離れていく。良いよじゃあないんだよ

 本当にズルいなこの医者は。仕事が増えるわけだよ

 

 

 

「あなたのアイドル!」

 

 ミヤコさんの手拍子でママと一緒に歌って踊る。それはいつか12歳だったわたしが叶えたかった夢そのもの

 鏡の中のママの躍りは本当にしなやかで、キレがあって所作が自然だ。いつまでも衰えない。嬉しかった

 

「見蕩れてるんじゃないわよ、ルビー!」

 

 かな先輩。そうだ、わたしも負けちゃダメなんだ

 わたしはママと息を合わせながら、踊る。ママ相手なら脇役の躍りなんかじゃダメだ。ちゃんとわたしを見るように──

 

──すごいね。またうまくなってる

 

 そう言われてはないが口元の動きでそう言われてるとわかった

 わたしは思わず、つんと鼻にきて周りが見えなくなってしまう。ダメだ。ママは眩しすぎる

 すぐそこにあるのに。どうしてこんなにも眩しいのだろう

 

「──お疲れ様。アイ。ルビー」

 

 ミヤコさんの一声で緊張がとけて。わたしはへばって尻餅をついた。だと言うのにママは肩は上下しているものの、立ってスポーツドリンクを飲んでいる……と思う

 よく見えないので目元を擦った。煌めきを集めて弾いたら星がいた。わたしのママだった

 

「アイさんの踊りを間近で……っ! 何度見ても。生きててよかったぁって……っ!」

 

 残念な兄が語彙が乏しくなって片腕で顔を埋めて泣いている。隣でかな先輩は慈愛の笑みを浮かべていた

 武士の情けならぬ推しの情けだ。とりあえず見なかったことにしてスポーツドリンクを口にした

 

「ん。どうしたの? ルビー」

 

 もう息を整えたのかママが小首を傾げてこちらに手を差し伸べる

 わたしは勝ち気な笑みを見せてその手を掴んだ

 

「そうこなくっちゃ」

 

 珍しく犬歯を見せて好戦的な笑みをわたしに向けていた

 ママが明らかに燃えているところは初めて見たかもしれなかった

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