推シ物語   作:すさ

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推しからの電話

 あれからしばらく経ち、苺プロ会議なるものに半ば強制的に参加させられたりした

 そこで星野アイの復帰が決まった。アクアとルビーの育児はミヤコがやるらしい。まぁそれは構わない。問題にすらならない

 

“甘味届けていただいてありがとうございます。もうダメって時にタイミングよく届いて助かってます。本当に”

 

 ミヤコからのメールだった

 彼女にはたまに限定スイーツや果物を届けている。つまりそういうことだった

 

“後で電話しますね”

 

 最近は比較的安いビジネスホテルで寝泊まりしているのもあってかとても気が滅入った。最低限の家具やネットは使えるがベッドが固い。もはや漫○喫茶で良いのではという思いすら浮かんだのだが、そこは意地でもホテルに泊まることに拘った

 中途半端な状態でこの後来るであろう嵐に備えなければならなかった

 

「アクアとルビーを頼むですって……? わたしはベビーシッターじゃないのよって話です!」

 

 電話の内容は大概が育児の愚痴だ。育児を押し付けられた形となった彼女は相当疲れがたまっているようだった

 なにをやっているんだ壱護、これおまえの役目だろうとか最初は思っていたのだが壱護もこれを察したのか俺の給与をほんの少し上げてくれた。まあ仕事ならしょうがないよな。切り替えの早さには自信があった

 

「聞いてください鈴木さん。アクアとルビーってたまにしゃべるんですよ?」

 

 狭いベッドで寝返りをする。ミヤコが愚痴ついでに溢したその言葉が妙に引っ掛かった

 しゃべる赤子。いっそ都市伝説でも作れそうな内容だ。これはネットから得た知識ではあるが赤子というのは9~10ヶ月くらいでしゃべるらしい。アクアとルビーはまだそこまではいってない筈だが

 

「しかも、アイの番組をじっくりと見て議論してたりしてるんです。かわいいですよね!」

 

 議論といった。赤子が議論するのか?

 ──さては天才だな? 恐るべし星野アイの遺伝子。俺は妙な納得感を得ていた

 

「──その、本当にありがとうございました。またかけますね」

 

 ミヤコはある程度愚痴を言い終わると必ずそういって電話を切るのだった

 俺のそれはプロのカウンセラー顔負けらしい。もちろん気を使ってそんなことを言っているんだろうが悪い気はしなかった

 

 

 

 端末が鳴った。画面表示には取引先と表示されている

 

「──もしもし。ごめんね、いつも」

 

「暇ではありませんが構いません」

 

 日が陰るころにはアイから暇な俺に対して電話が来た

 これももはや習慣であった。結局契約書はこちらで回収したのだが、書かれていた電話番号を記憶していた、だなんて生意気いわれて。最初はなんとなく二度とかけないで下さいと言ってみたのだが、これを全く聞かないのが星野アイという今を生きる小娘だった

 

「今日は生放送のライブにいってきたんだ」

 

「ふーむ。そんなものが」

 

 うん、と電話越しのアイの声がやや沈む

 俺は言い方間違えたなと察した。ずるずる付き合いが長くなってしまってそんなことがわかるようになった。不覚である。一生の不覚である

 

「ウチの子がとか聞こえて噴き出しました」

 

「あぁ~……。もっと注意しなきゃだね」

 

 声が明るくなった。子供っぽいところもあるのだからそこ売りにすれば良いのにとも思わなくもなかった

 俺はふぅ、と息を吐いた

 

「心臓止まるかと思いましたよ。コーヒー返してください」

 

 あはは、とアイは笑っている

 まぁまぁ拘ったので真剣に噴き出したコーヒーを返して欲しかったのだが俺は大人だ。ここは広い心で許すことにした

 

「……見ててくれてたんだ」

 

「それは気になりますからね」

 

 うん、との返事。妙な間があった

 切るか。眠いのだと思って電話を切ろうとしたが一つ聞きたいことを思い出した

 

「そういえば最近友人にオートロックの住まいを探すようにいわれまして」

 

 もちろん嘘だ。そんな友人などいない

 このところ俺は漠然とした嫌な予感というか、明らかな脇の甘さというのを星野アイから感じていた。だからせめてセキュリティの高い住居なら申し分がなかったのだが

 

「オートロック?」

 

 ええ、と聞き返してきたアイに相槌を打つ

 なにやらオートロックという言葉を初めて聞いたようなそんな響きだった。頭を抱えたかった

 

「オートロックの住まい以外と多いですよね。でもなんか不便そうで」

 

「あー、わかるかも。わたしもちょっと抵抗が……」

 

 オートロックに抵抗がある。これはつまり星野アイの住まいはオートロックではないということになる

 問題だ。大問題だな。壱護には通しておこう。俺は必ずその旨を伝えることを記憶した

 

「……どうしたの鈴木さん。黙っちゃって」

 

 心配そうな声が響く。アイに言っておくべきか俺は悩んでいた

 他人が言うか。引っ越すべきとか、そんなことを……軽々しく?

 今、星野アイは売り出されたばかりだ。ならば収入は乏しいに違いない。そんな懐事情もわかっている。一応内部の人間だからわかっている

 

「ああ、変なこと聞いてしまったなと。若い人でも知らないのなら仕方ないですかね」

 

「よかったら調べてあげよっか? オートロックのおうち」

 

「いえ、そこまでは悪いので。この辺りで良かったもの一つでも調べておきます」

 

 ふぅん、とアイは興味なさげな声を出した。よしよしいい感じだ

 いざとなれば架空の友人消してそこに星野アイぶちこめば良いだろう

 

「……この前に贈った催涙スプレーですが常備していますか?」

 

 自分でもちょっとどうかと思う贈り物であったがあまりにもアイが危機感に欠けるところがあるため事務所に置く形でくれてやったのだった

 片手に収まる小型タイプで化粧品と入れといてもわからない位にはかわいい見た目を選んだつもりだ

 こいつは相手の目を目掛けて噴射することで効果を発揮する。風で自滅する恐れがあるため外で使うというよりは室内用の代物であった

 もしもプロデューサーが悪質だった時、現場で共演者に絡まれた時。もしもファンに刺されそうになった時。彼女の身を守る盾となってくれる筈だった

 

「えぇ? あぁ……うん。してるよ。してるしてる」

 

 してないな。これはしてない

 ふん、と俺は鼻を鳴らした

 

「良いですか。なるべく肌身離さず持っていてください。いざという時には頼りになります」

 

「この心配性。だから一緒に住もうって言ったのに」

 

 いたずらな声色が響く。蒸し返すな、と俺は思った

 会議の中でなにかと忙しい壱護とミヤコに代わり、俺が星野アイの面倒を見るという案が彼女からもたらされたのだが。俺は思わずふざけるなよ、と珍しく暴言らしきものを言葉にして蹴ったのだった

 そんなことをされたら、俺は星野家から一歩も出れなくなってしまう。とんでもないことだった

 

「またそんなことを言って。無用心過ぎますよ」

 

「……わかってるし」

 

 本当にわかってるのかなと思わざるを得なかった

 星野アイという人間がいかに絶妙な精神バランスで出来ていようと他人から見ればその努力や葛藤は見えないのである

 見えない方が良いのだからそれは正解なのだけども

 

「自分の身を守るということはアクアとルビーを守るということに他なりません」

 

「……もちろんアクアとルビーは守りたいよ」

 

 アイが変わったとするならば母親になったということであった

 母親になったことで人間らしくなったというのは、ファンからすると皮肉なのかもしれないが

 

「二人のためにもわたしはみんなに愛されるアイドルになる。ならなくちゃダメなの」

 

 また始まった。この決意表明はかけられる度にされている

 プロ意識があるのは結構なことだが、もう少し肩の力抜いてもバチは当たらないだろうに。そう思わざるを得なかった

 いつもはここで切るのだが我慢ならなかった

 

「そういえばこの間コンビニで愛情が売ってたので買ってみました」

 

「ふぅん、そうなの……えっ?」

 

 なんかつれない。ピンと来ていないのだろう

 いや半分聞いてなかったのかもしれない

 

「愛情ひとつ289円でした」

 

「……安い」

 

 そう言われるか言われないかで電話を切った

 よし。勝った。俺はしょうもないどんな基準かもわからない勝負に勝利を納めたのだった

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