それはその日の夜の電話であった
ビジネスホテルでゴロゴロしてるといつもの通り、取引先と表示された通話音が鳴り響く。またおまえか。もう勘弁してほしい。そんな思いで電話をとった
「なんでしょう?」
「──今急がしい?」
俺は今日歴史的敗北をしてやや機嫌が悪いのだ
しかしどうしてこの娘は俺に頑張ってへりくだるんだろう。全く理解が及ばなかった
「滅茶苦茶暇です。あー今暇になりました。すごく暇です」
「……切るね」
「申し訳ありません。取り乱しました」
いいよ、との一声。流石神様は懐が広いよな
……小娘に気を使わせるとはな。これは俺が悪い。100%俺が悪い
「……アクアとルビーに会ってくれたって聞いて」
「あれ、人前に出したら驚かれるでしょう?」
うん。そんな声が続く
それはそうだ。あんな赤子きっと二度と見られまい
「うちの子天才なんじゃないかなって……!」
「それは同感ですね」
その件に関しては言うことがない
ルビーもすごいが、アクアはすでに大人並みの知能を有しているようで。お母さんとしては自慢だろう
「遊んでくれてありがとうって。あの子たちとっても喜んでました」
「喜んでた?」
思わず、タメ口が出た
まるで真逆めいた印象だったんだけどな
「わたし、将棋よく分からないし」
「あぁ……そういう」
もしかしなくともアイはアイドルに能力全振りした人なのかもしれない
──いや。流石にそれは残酷すぎるか
「いつか見せてあげたいと思ってたんだぁ」
「なるほど」
沈黙があった
二人ともかわいいからな。見せたがるのもわかる。思ったより反応が薄くて衝撃を受けるのもわかる
「……鈴木さんのお話しはためになるから。わたしでは気付かないことにも気が付いてくれるようで」
「ためになると良いですねぇ。形にするのは本人ですから」
「鈴木さんでもそんな意地悪いうんだね」
アイは穏やかにそう返してきた
俺をなんだと思っていたんだ
「そうですね、感心したのは確かです」
「……じゃあ別に意地悪じゃないんだ」
アイはとぼけるようにそんなことを言った。今日は妙に機嫌が良いな
用件を言えよ。用件を
「わたしね……鈴木さんに言おうか言わないかたくさん悩んだコト、言っちゃおうかな?」
今度はこちらが沈黙する方であった
こいつ。変なこといわないと良いんだが
「──鈴木さん。あなたって嘘吐きでしょ?」
「は?」
頭が真っ白になる感覚がした
後頭部をハンマーでがつんとやられる方がまだ優しいと言えた
「わたしね、知ってた。あなたが嘘を吐いてるコト。あなたが鈴木さんではないコト。全部」
「……参考までに聞いてよろしいですか?」
うん、とアイは続ける
なんだかそれが楽しそうで。なにをしようとしてるのかわかっているのかすら判別できなかった
「最初に気が付いたのは、契約書
わたし、契約書すぐ書ける人初めて見たから。とても印象に残ったの」
確かにな。あれは迂闊だった
妙な拘り捨てればよかったのかもしれない
「次に鈴木さんっていうお名前
鈴木さんっていう人はあそこで確かに亡くなってるけれど、流石に何年もあそこで座ってるのはおかしいよね。幽霊じゃなきゃありえないよね」
幽霊じゃなきゃありえない、ときたか
俺は或いは幽霊みたいなものなのかもしれないのに
「最後にあなたの顔。あなたは嘘を吐いてる。わたしが保証します」
「──最後は女のカンというわけですか」
「女の、じゃない。わたしの星野アイとして生きてきた経験の全てだよ」
それは大層なものを持ってこられたな
そんなものを持ってこられたら、俺は立つ瀬が無くなってしまう
「……それが正しかったと証明出来ますか?」
「わたしね、ちゃんと本当の鈴木さんに裏を取ったの。一応親族はいたからね。だからもう鈴木さんが鈴木さんじゃないということは確定なの」
そんな何年も前のことを調べたってのか
……アイドル活動をしながら? ある種の超人だな
「それを誰かに話しましたか?」
「えっ……? 話してない」
ふん、と鼻を鳴らした
詰めが甘い。アクアより詰めが甘いな
「その話をしたら、自分が逆上するとか考えなかったのですか?」
「……わたしはアクアとルビー二人から鈴木さんは悪いヤツかもって言われたから、それは知ってたよって言いたかっただけなの」
……。は?
俺は痛む頭をなんとか回転させようとした
「それで殺傷沙汰になるとか。考えなかったのですか?」
「……そんなことするの?」
「そうですね。あなたにとっては大したことではないと思ったことでも自分にとっては致命的だったと言えるでしょうね」
致命的、とアイは反芻した
まぁ潮時が早まったと言えば早まったか。会ったら刺されそうなヤツが増えたと言えるかもしれない
「わたし、殺されちゃうの?」
「そんな一銭にもならないことするわけがないじゃないですか。やるとしたらあなたが自分を刺すんですよ」
そっか、と勝手に納得していた
なんだか疲れてきた。これどういうことなんだっけ。よく分からない
「今日はね、本当にアクアとルビーが楽しそうで──」
いや。待て待て
「とりあえず、あなたとはお別れですね」
「えっ。どうしてそうなるの!?」
アイはやや大きい声を出した。逆にどうしたらそうならないんだ
何がしたかったんだ。化けの皮が剥がれたヤツに用なんざないはずだ
「良いですか。最後なので敬語はやめるぞ覚悟しろ」
「そ、そんな。そんなつもりじゃ。最後なんていわないで……冗談なんだよね?」
最後は最後だ。耳垢かっぽじってよく聞きやがれ
プロの悪あがきを見せてやるよ
「良いか小娘。その世界は闇だ。闇そのものだ。その中でおまえは極めて眩しく光る。皆が狂うのも当たり前さ。だが、おまえまで狂ってやることはないんだぜ」
「……うん」
目立つのも過ぎると大変だな
実際の現場見ていないし、あえていうことでもないが
「ファンなんざ奴隷程度に思っておけ。おまえのそれはいつか病みそうで危うい。ちょっとゾッとするくらいさ。もう少しサボってもバチは当たらねぇよ。力の抜き方を今のうちに覚えておけ」
「サボる……?」
そこからかよ。もうこれは周りが何とかするしかないか
筋金入りってのも大変だなぁ
「おまえは周りにびっくりするほど恵まれてるって話だよ。これはダメだと思ったら周りを頼れ。壱護、ミヤコ二人ともとても優秀だ。きっと力になってくれる」
これには沈黙で返された。なんにせよ俺がいらないくらいには優秀だ
もとよりその辺りはミヤコの独壇場みたいなところあったしな
「おまえの子供、二人とも優秀だな。だがその方向に強そうなのはアクアだ。案外力になってくれるかもしれないぞ。俺よりもな」
「……二人は、とってもいい子なの」
育児には全く自信がないとか言ってるがアイほどの母親はいないと言える
二人は健やかに真っ直ぐ育つことだろう
「星野アイ。おまえ俺以外で恨まれそうなヤツに心当たりないだろうな?」
「えっ……わたしは、あなたに恨まれてるの?」
自覚ないのか。それはそれでとんでもないな
本当にこいつはとんでもないヤツだ
「……どうも嫌な予感がする。俺の、詐欺師としての全てのカンだ。頼りになるだろ?」
「わからないよ……わたしあなたを詐欺師だなんて思ってないし」
何となく分かってきたよ。俺は
純粋に自慢したかっただけだった。それはわかった
「おまえの不用心さは筋金入りだ。おまえのそのスター性に対になったかのように極めて低い。おまえ、多分その辺自分の子供にすら負けてるぞ。わかってるのか?」
「……ごめんなさい」
赤子には負けるな。悔しいぞ
「悪いことは言わない。今すぐにとも言わない。そこ引っ越せ。どうせおまえのことだからオートロックにすらしてないんだろう?」
「あれから気になって調べたんだけど……オートロック。なんか高いよ」
強情なヤツ。まぁ引っ越しなんて抵抗あるもんだろうしな
それは別に良い。気にもならない
「宅配のにーちゃんとかどうやって捌いてるんだおまえ。ピンポン鳴ったらすぐ開けたりしてるだろ? 寝間着とかで。それやめろ。絶対にやめろ
せめてドアチェーンをしておけ。絶対に忘れるな」
「そんなこと流石にしてないし……この心配性」
心配しすぎで良いくらいさ。おまえくらいになると
「おまえは自分がどんな立場にあるかイマイチわかってないだろ。いいか、ピンポン鳴ったらすぐ開けたりするとか絶対にやめろ。言っておいたからな」
「……一応、玄関にもらったスプレー置いてみたよ」
肌身離さずのところ抜けてるが進歩だ
0が1になったな。いいぞ。大いなる一歩だ
「……大体言いたいこと言った。じゃあな」
「待って!」
ああ? と俺は唸った。もううんざりだ
きっとこの先どんなことがあっても星野アイを思い出すことはないだろう。後味が悪いのは俺だって嫌いなんだ
「わたし……わたし言わないよ。絶対に言わない」
「どうせアクアとルビーは聞いてるぞ?」
「あっ」
大丈夫か本当に。頼むぞ。疲れてるとはいえ
「あ、赤ちゃんだから寝てる。多分大丈夫!」
「そいつらのこと一番わかってるのおまえだろう。とにかく絶対にダメだからな」
明らかに沈黙が多くなった。ようやくことの重大さに気が付きつつあるらしい
逆にここから逆転したらこっちが驚きだ
「そんな……そんなつもりじゃ」
さっきからそんなつもりじゃないばっかりだな
……所詮こいつも子供だったってことか。当たり前だが
「──ごめん。ごめんね」
どうしてこの娘泣きそうになってるんだろう。泣きたいのはこっちなのだが
なんかこちらから切りにくくなってしまった。どうするかな
「……そうだな。こちらこそ申し訳なかった。許してくれ」
「……うん。いいよ」
穏やかな声が聞こえた。二児の母の声が聞こえた
これだから縁というものは信じられない。そんなわずかな正気を感じた
「そうこなくっちゃな」
俺はそう言い残して。端末の電源をオフにした