推シ物語   作:すさ

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星野アイと嘘吐き

 あれから何年か経って。わたしはもうすぐ20歳になる

 結局、あの人とはあれ以来電話をしても掛からなくなってしまった。もちろん偶然会うなんてこともなかった

 

 わざわざわたしを嫌うようなことをした。それはわたしでもわかった

 でも、ふと思い出すことがある。玄関に置いてある催涙スプレーを見るたびに思い出す

 

 わたしはライブの時でさえなんとなく目で追うのが癖になってしまった

 それでもなんとかなってしまう。そんなものなんだって思ってしまうところがあった。それがあの人の魔法なのだとしたら。それも今はわからない

 

 それほどに鮮烈だった。今はどこにいるのかすらわからないけれど

 結局あの人がわたしだけにそっと教えてくれたような秘密を公にすることはしなかったのは確かだった

 

 なんとなく。本当になんとなく。別れた男に連絡をしてみようと受話器をとった

 処女受胎、なんて言葉自分の子供の口から聞いたらいても立っても居られなくなって。思わず、といったところではあったのだけど

 

「うん。新しい住所はね──」

 

 公衆電話の中でカラスの鳴いた声が反響する

 あっ、と思うところがあった。不用心過ぎる。そんな言葉が頭から離れなくて。そもそもこれは事務所への裏切りにほかならなくて。どうしようかなって思ってしまった

 ──結局、受話器を途中で置いていた。やっぱり社長の夢やB小町のみんなの夢は壊せない

 わたしの軽率な行動ひとつで全部めちゃくちゃになるなんてこと絶対に耐えられなかった

 

 

 

「B小町センター星野アイですっ! みんなー! アイしてるよーっ!」

 

 いっぱい、いっぱい手を振った。ドーム講演にで不審者がでたとアナウンスがあって実際ちょっぴり騒ぎになったのだけど。それは警備員にあっという間に囲まれて確保されてしまったようで事なきを得ていた

 

 輝くステージで歌って踊って。他のメンバーと息を合わせながら笑顔を振り撒いた

 わたしはこの瞬間が一番生を実感できる。だからこの一瞬一瞬と、指先を意識して。そんなことしてると夢の時間はあっという間に過ぎ去っていくのだった

 

「ドーム最高だったな! 次は紅白だ! 紅白!」

 

 わっはっは、とタコみたいになって酒盛りしている。斎藤社長はいつも気が早いことを言う

 でもわたしは知ってる。斎藤社長がドームで講演していたわたしを見て泣いていたこと。あれはとても嬉しかったなぁ

 

「まずはゆっくり休んで。アイ」

 

 ミヤコさんはとても優しい。あの人が突然いなくなって……というか、律儀にも突然ではなかったみたいなんだけど。契約満了と同時に出ていってしまったと聞いている。それで苦労したのは彼女だろうと思う

 一人で四人分は仕事してる気がする……いつかわたしもやるのだろうか? 考えないようにした

 

「ママ、ママ! ナデナデちてー!」

 

 ミヤコさんの衣服を掴んでいたルビーが駆け寄ってくる。相変わらずかわいい。よしよしするとすりすりしてくる。本当にかわいい

 わたしには内緒にしてることがあるらしい。でもね、実はわたしは知ってるよ。あなたといつか一緒に踊るのを心待ちにしています。いつかあなたが通る道なら通りやすいようにしておかなくちゃだよね

 

「おめでとう。母さん」

 

 わたしとルビーの様子を腕を組んで遠巻きから穏やかに見詰めている。アクアはなんだかセンセに似ていくのだ。本人にそれいうと多分怒るだろうから、言わないでおいた。あれからわたしは少し賢くなっていたのだった

 いや、センセというより……どちらかというと。やっぱり考えないようにした。アクアはとってもしっかりものだし責任感もありそうだから。よく考えると全然似ていなかった

 

 どこかで寂しいと思うことはあるけれど。忙しさがそれを消し去ってくれる。泣き言は言ってられない。二人がいるから乗り越えないといけない

 自分のことだけじゃなくて。アクアとルビーのためならわたしはもっともっと頑張れる

 

 がんばって。がんばり続けて

 わたしは、わたしたちはいつの間にか紅と白に別れる歌合戦の招待を得ていた

 

「B小町さんスタンバイお願いしまーす!」

 

 今日もわたしは笑顔を振り撒く。ファンにも、同僚にさえも。ずっと嘘を吐き続けている

 そんな輝きがいつか、誰かの糧に。みんなに褒めてもらえるように。二つの宝物がいつまでも笑顔でいてくれるために。わたしもがんばって生きていこう

 

「──あなたのアイドル!」

 

 曲が始まる。わたしの、わたしたちの夢がまた叶った。でも感慨は実のところそこまでない

 わたしは嘘吐きだ。あの人と同じ。だからせめてみんなを愛して、愛して。愛しきってみせる。それがアクアとルビーを護ることにも繋がると信じて

 この嘘はわたしだけのもの。だけどこの星の輝きはあなただけのもの

 

 

 

“隠し子疑惑!? 星野アイ、ルビー共演で波紋”

 

“似すぎ!? 星野アイ、アクア、ルビー! 苺プロダクション社長、事実を隠蔽か!?”

 

“星野アイ、熱愛発覚か!? お相手は売れっ子イケメン俳優!?”

 

 陳列されている号外や雑誌をどさどさ、と高く重ねてレジに置きカードでカネを払った

 店員の眠そうな顔が活性化させる様は見てて気持ちが良いものがある

 

「ありあとやしたー」

 

 コンビニの扉を潜る。サングラス越しに見える景色は黒く淀んでみえた

 この世界は欺瞞で満ちている。人が人を貶めることが失くなることはない。しかし、人が人に興味を持つのと同じだけ人が人を興味があるとは限らない

 願いもすればすがることもある。だからこそ人は面白いのだ

 

「とりあえずこんなもんかな」

 

 ぽつり、と溢した

 リュックがずしりと重い。仕事とはいえ気が滅入った

 

『チョコレート○ッテ!』

『アイしてる♡』

 

 雑踏のなか。高層ビルの画面。星野アイの笑顔、その声が聞こえないことの方が少なかった

 星野アイ。後進のルビーを気にしてかアイドルを卒業した今でもファッションに始まり、CM、ドラマ、映画、バラエティ、ネット配信とどこからでも引っ張りダコの売れっ子だ

 その勢いは凄まじく、むしろアイドルを卒業して増しているようで。おかげでその名は呪いのように頭に住み着いて離れてくれそうもない。とても根強い興味だと言える。俺でさえそうなのだからファンはもっと熱中するのだろう

 

『──小耳に挟んじゃったんですけど、アイさんは今恋をしてらっしゃるんですって? 素敵ですねぇ』

 

 マッシュルーム頭の人がとんでもないことを口にした。そんな声が電気屋のテレビから聞こえてくる

 というか○子の部屋だった。思わずサングラスをずらして脚を止めてしまう。マッシュルーム頭の前でアクア、ルビーに挟まれてちょこんとアイが座っていた

 

『あは。あはは……』

 

 アクアはこの世が終わったような目をして口をひくひくとさせていた

 しかし顔面が良いとはいえアクアまで芸能の道に進むとはな。正直驚きだ。まぁアクアのことだから、二人が心配だったとかそんな感じなのかもしれないが

 

『そんなことないですよ。ねぇ、ルビー』

 

 アイがなんの気無しにルビーに笑みを向ける

 髪を高いところで束ねていてそこだけ印象が違うものの初めて会ったころといつまでも変わらず、しかし経験を重ねたことによる凄みを増していた。存在感と安心感が共存していた。それは母性ともいえた

 彼女があの世界で生きるための答えがこれだったのかもしれない

 

『もうあれだね。ま──アイ様がさ! アタックしたら! もう一撃だから! わかる!? わたしはそれならそれでめっちゃ応援しちゃうよ!』

 

 アクアがさりげなくルビーと目配せした。ママって言いそうになってやがるから注意したのかもしれない

 しかしルビーは本当にアイの生き写しだ。これは親子バレしてもしょうがないのかもしれない

 

『えぇ……そ、そんなルビーまで。事務所の先輩をからかわないで。困っちゃうなぁもう』

 

『伝わるかな、このしんどい空気。俺かれこれ何年もこなしてるんだぜ。逆にすごくない?』

 

 死んだ目のアクアが捌くとあっはっは、とマッシュルーム頭の人が笑う。アイは照れ臭そうに片手で毛先をくるくるしていた

 アイ様かわいい、とルビーはアイの肩に頭をのせている。撫でられて昇天していた

 

『お母様、とっても一途なのね』

 

『お母さん言わないで下さい!』

『お母さん言わないで!』

 

 アクアとルビーが叫んで。その中心でアイはニコニコと笑みを深める

 ハモったハモったとマッシュルーム頭が手をたたいて大喜びしていた

 

『こうして見てみると本当によく似ていらっしゃる』

 

 番組終了間際マッシュルーム頭が最後にそう結んだ

 それはそうだろうな

 

『双子ですからね』

 

 最後に捩じ込んだのはアクアだった

 やるな。うまく話を持っていきやがった

 サングラスをして直ぐに端末が震えた。表示には取引先と書いてある

 

「はい、鈴木です。とりあえず近場のものは回収しました」

 

 きっとおまえたちならやっていける

 そう俺は信じている。一度人を信じてしまったのだ。だから嘘を吐くのが下手になってしまった自覚はあった 

 

「いや。そちらには帰りたくありませんが?」

 

 だからこれは最後の嘘とも言えるかもしれなかった

 

「……過労でしょうか? まぁ、そういうことでしたら顔色くらいは拝みたいですね」

 

 随分とタイミングの良い過労もあったものだ。思わず笑ってしまう

 しかしそういうことなら一回くらいは会いたくはあった

 

「そうですねぇ……今より酷くするのはもしかすると可能かもしれませんが。どうしましょうね」

 

 口八丁で取り繕っていた日々を忘れたことはない

 だからというわけではないが世界を騙すのがいっそ易しくすら思った

 

「わかりました。本日はよろしくお願いします」

 

 端末を切って目的地へ進む。ここへ来て軽くなる足取りばかりは誤魔化すことは出来なかった

 今回俺が得るべき教訓は推しは騙せないということだ




作者の内なる戦場ヶ原ひたぎがあいつ(貝木)じゃないって言ってるだけなので、もしもクロスオーバーだと思って下さったのであれば幸いです
ここまで見てくださりありがとうございました
また機会がありましたらよろしくお願いします
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