広い世界を歩く話   作:ヴラドミア

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暗澹

「いらっしゃい。ようこそ、花の浮島、レプン島へ。」

 

目の前に立つ人物は微笑みながらそう言った。太腿ほどまで伸びた紺色の髪、色白で華奢な体にどう見てもオーバーサイズな白衣を着て、朱殷の瞳が印象的だ。

 

「君は、一体……?」

「そんなに警戒しないでよ、やっと来てくれたヒトを無下に扱うつもりはないし。」

 

フリードだけが明らかに臨戦態勢になり、その人物は困ったように笑った。相棒のキャップは彼を敵視する様子もなく、バクフーンはのそのそと彼の元へ向かっておとなしく鳴いた。

 

「よしよし、おかえり。案内してくれてありがとうね。でも君、木の実持ってくるの忘れたでしょ。」

 

労う言葉に上機嫌になったバクフーンも、最後のセリフでしょぼくれる。彼はその頭を撫でながら、慰めた。

 

「後で一緒に取りに行こう。まずはこのヒトとポケモンをもてなさなきゃ。」

 

そう伝えるとバクフーンは奥へと引っ込む。それを見届けた彼は、再度フリードたちに向き直った。

 

「初めまして、外から来たヒト。僕は検体番号118、ヒトとしての名前はルーク。えーっと、こういう時は頭を下げるんだっけ。」

 

ルークと名乗った少年は、「よろしくお願いします」と声を出しながら体を直角に曲げてお辞儀をして見せる。やけに機械的な所作を終えると、何かに期待するようにキラキラとした瞳で挨拶を促した。

 

「それで、君の名前は?」

「俺はフリードだ。こっちは相棒のキャップ。よろしくな、ルーク。」

「うん、よろしく!」

 

やけに満足げなルークにフリードは若干戸惑った。ピカチュウの手を優しく摘まんで握手の真似事をする彼は見た目よりも子供っぽい。そしてそんな相棒が何の警戒心も見せずにルークと触れ合っているということにも驚いている。

 

「よし、それじゃあ奥に行こう。机と椅子と、木の実がいくらかあるよ。」

 

 

 

「で、お前は何者なんだ?」

 

ポケモンたちと一緒になってロメの実にかじりつくルークを、貰った木の実に手をつけず、キャップに押し付けたフリードが問い掛けた。

 

「何って、検体番号118の個体名はルークだよ?」

「そうじゃなくて、その検体ってのは何だって話だ。」

「あれ、上で本読んでたよね?この場所のことはわかるでしょ?」

「研究施設だってことは知ってる。何の研究をしてたかも見た。」

「それなら答え知ってるじゃん。波導ポケモンのルカリオの遺伝子をいれた改造人間だよ。」

 

波導ポケモン、ルカリオ。あらゆるものがもつ波導というエネルギーを感知・使用することができ、高い知性をもつことで人語すら理解しうると言われるポケモンだ。

 

「フリードが本を手に取ったのを波導で見たんだ。嫌そうな感情を出したから悪い人じゃないかなって思って追い払わなかったんだけど。」

「なるほどな。悪い人だったらどうするつもりだったんだ?」

「バクフーンを嗾けてただけだよ。」

「……なんであのノートを残してるんだ?そのバクフーンに頼んで燃やしてもらえばいいだろうに。」

「それは、そうなんだけど。研究対象とはいえさ、僕が、その……仮初でも愛された証拠、じゃん?」

 

照れくさそうにそう言うルークに、フリードは初めて年相応な反応を見た気がした。この島には現在、彼とバクフーン以外で定住し、関わりを持つ生物はいない。遊びに来る鳥はいても、彼らも季節が過ぎればいなくなってしまう。これはあくまでフリードの主観だが、きっとルークは寂しいのだ。

 

「ここの研究員はどうしたんだ。お前の世話をしてたやつだっていただろ?」

「もちろん、あの手記を書いたのはその世話係だよ。僕に対してはいい人だったと思うけど、ここにいた人たちはみんな追い出しちゃった。」

「追い出した?どうして?」

「この研究を止めさせたかったから。」

 

それまでのふざけた様子とは打って変わって、ルークは真剣に、少し俯くように下を向いてそう答えた。

 

 

 

「この研究、僕の番号が118だから、その前には117人の犠牲者がいるんだけどさ。俺が生まれた後だって当然実験は続くわけで。僕はほんと、運よく適合したというか、生き残れただけなんだ。

80番くらいまではそもそも自我を持てるほどまで育つこともなく死んでいったし、そっから僕の番号あたりまでは自我を持った人間が生まれて終わり。僕みたいに波導が使えるとか、電気が作れるみたいなやつは生まれてこなかった。

たまたま成功した僕の遺伝子を解析して、どこに遺伝子配列が挿入されればいいかって研究が進んで、130番以降は奇形児ばっかり生まれた。羽が生えたヒトもヒレを持つヒトだっていないでしょ?」

 

「……他の検体はどうしたんだ?」

「殺したよ、半分くらいは俺の手で。それ以外は普通に死んじゃった。」

「殺した?」

「人間の体に合わない器官ができたからかわからないけど、生まれてきた弟妹達は虚弱だったんだ。ただ生きてるだけで衰弱していくから、一思いにね。」

 

そういいながらルークは諦めたような笑顔を見せた。フリードは険しい顔で問いかける。

 

「研究員がいればそいつらは生き延びたんじゃないのか?」

「それはどうだろ。僕みたいな自立してちゃんと生きていける個体が生み出されたから、そうじゃない個体は殺されはしないものの、結局は死んでたんじゃないかな。あいつらが興味を失えばどの道生きてはいけないからね。」

「……そういう、もんか?」

「そういうものだったよ、少なくとも僕が知ってる範囲ではね……ちょっと、待ってて。」

 

ルークは席を離れ、部屋の外へと消えていった。バクフーンがそれを心配そうに見つめるが、追いかける様子はない。

そういえばこいつは一体なんなんだろうか。通常個体とは明らかに違う紫の炎と、どこか上品というか温厚そうな顔立ち。少なくともポケモン図鑑には載っていないものだ。人とポケモンの融合に先駆け、この研究所ではポケモン同士の特長を交ぜあわせていたのだろうか。紫の炎、というとシャンデラの炎がそうだった。つまり、こいつはゴーストタイプの特徴を持つバクフーン、ということになるだろうか。

 

じろじろと見つめられていることに気づいたバクフーンはフリードをちらりと見て、すぐに部屋の入口に視線を戻した。

 

「さて、お前の飼い主が帰ってくるまで、少し物色させてもらうぞ。」

 

フリードは席を立ちあがり、無機質で薄暗い室内を軽く見まわす。壁と一体化しているような棚の中にはぱんぱんに膨らんだファイルが所狭しと並べられており、部屋の奥には窓が存在している。ホワイトボードや給湯室があることから、ここは資料室や会議室のような役割を果たしていたのだろう。何やら通信するための機材も置いてあるが、案の定電源は落ちている。

 

部屋の窓から見える景色は同じく室内で、下のフロアが見える。生物が入っていたであろうガラス張りのポッドのようなものがいくつもあり、その周りにも紙や機材、コードが散乱している。きっとこの空間が、ルークやバクフーンを生み出した空間なのだろう。さらにいくつかの部屋と繋がっているようだが、そのドアから先は見ることができない。

 

「下のフロア、気になるなら開けるけど、見る?」

 

突如かけられた声にフリードはビクッと反応した。振り返るといつの間にかルークが帰ってきており、その手にはいくつかのファイルを持っている。机の上にそれを置いて、一番上のものを適当に開いた。

 

「これは?」

「僕の前後の試験記録。哺乳類に近いポケモンを選んでやってたみたいだけど、だいたい失敗してるから各試験記録の最後のページは飛ばしたほうがいいよ。」

 

ルークはそこからパラパラと何枚かページを捲ったものを開いたまま、フリードにファイルを差し出した。タイトルは実験番号115、ルカリオの持つ波導の共振機関を人体に発現させることでヒトは波導の感知が可能になるか。Crispr-Cas9なんて遺伝子改変の方法から、精細胞と卵細胞の培養、胚の発生から胎児の成長過程まで、事細かに記録が残っている。そして形成された胎児が実際にこの世界に生まれ落ち、成長し、死んでいく。死亡記録の先には解剖による死因の調査までもが残っていた。

 

しっかりとしていて、どこか狂気的な記録の各種にフリードは顔をしかめ、それでも黙々と読み進めていく。写真までついていて、これがまぎれもない事実であるというのが突きつけられた。ヒトとポケモン、生態の全く違う他種生物同士の融合という生命倫理的な観点から。ヒトとポケモンは共生こそすれ、ヒトに利用されるものではないだろうというポケモン博士としての目線から。静かに怒りにも似た感情が湧き上がるとともに、そうして生まれてきた命に、なによりそれを屠ったルークという人物に、憐れみさえ覚える。

 

「研究に関する資料は全部ここに放棄させたし、ここにいた人たちは今もうどこにいるかわからないから、そんな感情を持たなくていいよ。」

 

資料からルークへ視線を移すと同時に、ルークはそういった。彼は別の棚で何かを探しながら、フリードを見ることもなくそう言ってのけた。ルカリオもヒトやポケモンの気持ちがわかるらしい。波導を感じ取れるというのは本当なのだろう。

 

「あったあった、見つけたよ。バクフーンの復元資料。」

 

ルークが背伸びして取り出した一冊のファイル。それは今を生きるポケモンの古代の姿を復元しようというプロジェクトのファイルらしい。持出厳禁と赤く押印されたファイルには、現代のバクフーンと化石で見つけた古代のバクフーンの違いについて、詳細な考察が書かれていた。

 

「シンオウ地方はずっと昔、ヒスイ地方って呼ばれてたんだって。この子はその時代に生きてたバクフーンだと思われる復元生物。あ、でも生殖機能はないらしいからタマゴを生むことは出来ないって言ってたと思うよ。生物多様性とか外来種問題とか環境保全に関しては安心だね。」

 

ルークはにこにことそう告げる。どこでそんな知識をつけたんだか、饒舌にそう語った後、そのバクフーンと戯れ始めた。

 

「この施設で起きたこと、その顛末。それとお前とバクフーンについてはわかった。……お前は、普通の人間として、生きていけるのか?」

「知らないよ。少なくとも、僕はそれまでの、そして僕以降の生存限界だった年齢を大きく越えてまだ動いてる。いつまで生きていけるかはわからないし、明日になったら急に衰弱して死んでるかもしれない。それでも、僕はここから出てどこかに行くことは出来ないから、特に気にしてないよ。こんな島、ヒトが来ることが奇跡みたいなもんだしね。」

 

ルークは愛おしそうにバクフーンを撫でまわす。自分の境遇を受け入れ、さらには死ぬことまで許容していることに、大人としてのフリードはなんだか悔しく思った。

 

「そろそろ良い時間だし、一緒に外まで行こう。一人でここに来たわけじゃないでしょ?見送りついでに、僕はこいつが持ってくるの忘れた夜ごはん取りに行かなきゃいけないしさ。」

 

 

 

それからの二人はただ無言で外を目指した。ルークは一定範囲内の感情を読み取ることは出来ても、相手の思考を読むことまでは不可能だ。フリードが何か真剣に考えていて、漠然とした不安や疑念、ちょっとした決意を抱いているようにも思えるが、その具体的な内容までは知ることができない。

もどかしいという感情に心を揺らされながら、二人はそれぞれが連れているポケモンとひたすらに上を目指した。

 

「うわ、すっごい雨。え、フリード、傘は?」

「え? ああ、傘は持ってきてない。近場を見回るだけのつもりだったからな。」

「ええ、濡れちゃうじゃん。濡れると風邪を引くよって研究所の人も言ってたよ。」

「俺たちの船は近くにあるから平気だよ、ありがとな。」

 

外は嵐、稲光が一瞬だけ世界を白く染め、轟音が体を揺らす。大きな雨粒が降り注ぎ、着ている服が濡れて重くなっていく。ルークはぐしゃぐしゃになった地面を裸足で踏みしめ、フリードは何食わぬ顔で歩く。お互い無言のまま、あの手記があった集落に足を踏み入れた。

 

「あれがフリードの乗ってきた船? すごいね、すごい大きい!」

 

フリードの視界には森しか見えないが、ルークにはブレイブアサギ号が映っているらしい。子供のようにはしゃぐルークに、フリードは微笑んで答える。

 

「ああ、ブレイブアサギ号って名前でな。そりゃもう立派な船さ。何なら乗りに行くか?」

「ううん。僕たちはクナトを下りちゃいけないから、ここでお別れだよ。」

「……そうか。」

 

坂道の入口、クナト坂と書かれた石碑のようなものはこちらにもあったようだ。その石碑から少し離れたところでルークは立ち止まり、その一歩後ろにバクフーンが佇む。

 

「フリード、ありがとう。ここで久しぶりにヒトとおしゃべり出来て楽しかった。」

「ああ、俺も楽しかったよ。珍しいバクフーンも見れたしな。」

「それならよかった。また漂流したらいつでもおいでよ、もうちょっと寒い時期にくると赤い木の実がおいしいよ。」

「へぇ、そりゃ楽しみだ。」

「うん。……それじゃ、バイバイ。」

「おう、またな。」

 

フリードとキャップがクナト坂を下っていく。振り返ることなく、森の奥へと二人が消えていったのを見計らって、バクフーンが濡れてぐしょぐしょになった頭をルークの背中にこすりつけた。

 

「そうだね、夜ごはん持って帰ろうか。」

 




クナト坂と書かれた石碑のようなものはこちらにもあった:本当の悪は誰か。研究所にとって、ルークにとって、ルークを害するものが悪であるとして。ルークやバクフーンは外界に影響をもたらす悪である。塞ノ神はどちらの侵入に対しても厳しい。
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