時は少しさかのぼる。
今日はドーム公演当日なので、いつもより早起きをして身支度を整えた俺は、朝食を作っていた。今日は大事な日なので、アイにはしっかり食べて万全にしてもらわないといけない。だが、食べ過ぎて支障が出ても困るので、量はいつもより少なめに。とアイの為に気合を入れて作る。
「おはよう、天城君。」
「おはようございます、ミヤコさん。」
起きてきたミヤコさんに挨拶をし、料理を並べていく。
「斉藤社長はまだ寝てるんですか?」
「ええ、あの人頑張ってたし、ギリギリまで寝かせてあげましょう。」
「わかりました。じゃあ俺はアイ達を呼んできますね。」
「お願いするわ。」
そういって俺は部屋を出て、アイの部屋に向かう。通路に出れば、冬が寒さを誇示するかのように冷たい風が吹く。こう寒いと眠気も覚めてしまう。俺は二階上の最上階を目指して一歩一歩足を踏みしめて階段を上がっていく。階段を上がりながら考える。
そろそろアイの誕生日だ。今年で二十歳になるのだから、精一杯祝ってあげたい。贈り物は何がいいだろう?アクセサリーとか?日用品?それとも高級レストランで食事・・・いや個室のあるところじゃないといけないな。いっそ本人に聞いてみるか?
彼女への贈り物を考えていると階段を上り終える。通路に出ればアイの部屋の前にフードを被り、花束を持った人が立っていた。誰だろう?関係者かファンかな?だとしてもこんな朝早くから?不審に思いながら近づいていく。するとアイの部屋の玄関の扉が開かれ、アイが顔を出した。
「ドーム公演おめでとう。双子の子供は元気?」
そう花束を持った人は隠していたであろうナイフが鈍く光っていた。
どっきりか?そんな話は聞いていない。ドーム公演当日にそんなふざけた仕事は聞いていない。いや、このままだとアイが危ない。そう思った俺はすでに走り出していた。とにかくアイを助けなきゃ。
どうやって?
いや、そんなことを考えている余裕はない。
とにかく何でもいい、とりあえずあのナイフをアイから遠ざけることが最優先だ。その後はその時考えろっ!
俺はナイフに手を伸ばし、掴む。刃の部分を握りそのまま走ってきた体の勢いでナイフの進行方向を強引に押し変えた。そして俺はそのままアイとフードを被った男の間に割って入る。
「ッつ・・・。」
瞬間、ナイフを握っていた手から痛みが走る。さすがに刃の部分を握れば当然手は切れる。
俺は傷口の確認はせず、まずアイのことを確認した。
目をつむってはいるが、刃物で傷つけられてはいなさそうだ。よかった。間に合ったみたいだ。
「何なんだよお前・・。」
フードを被った男に聞かれる。
それはこっちのセリフだ。だが、答えるしかないだろう。きっと怖さで目をつむってしまったアイに助けに来たよって伝えるために。
「俺はアイのマネージャーだ。」
そして今に至る。
「クソっ!邪魔するなっ!」
再びフードを被った男はナイフを俺とアイに向けた。護身術の心得なんてない俺にはこの状況をどうしていいのか分からない。
思い浮かぶのは逃走か警察への連絡だ。
だが目の前で警察に連絡する余裕なんてない。
アイを連れて逃げられる余裕もない。第一、部屋の奥にいるであろう、アクアとルビーを置いていけるわけがない。
不意に走る掌の痛み、見なくても分かるほどに指先に滴り落ちる血が、脈動が俺に掌の状態を教えてくれる。
大丈夫、指は切り取られていない。
手の状態を大雑把に把握した俺は拳を握り、出血を無理やり抑えようとしてみたが、ただただ痛い。
すると後ろから扉の開く音がする。
「アイ?どうしたの・・・?」
「アクアっ!来たらだm・・・。」
いや違う。アクアは賢い子だ。もしかしたらいけるかもしれない。
「アクアっ!頼む!警察に連絡してくれっ!!」
「わ、わかった!」
そういってアクアは状況を理解してくれたのか警察に連絡しにリビングに戻って行ってくれた。
「ハハッ!警察がガキの言う事を真に受けるわけないだろ。」
相手が油断してくれたのは大きいな。うちの天才子役なめるなよ・・。
「マ、マネージャー・・血が、血が・・・。」
アイは俺の手の状態を見て動揺しているようだ。よく聞く話だが、自分以上に動揺している人がいると、自分は冷静になれるという。
アイのおかげで俺は何とか恐怖を抑え込み、正気を保てている。
「大丈夫だよ。きっと警察が来てくれて何とか・・ッつ。」
クソッ!カッコつかねぇなぁ。
「ふはっ・・あんたアイのマネージャーさんか。
痛いかよマネージャーさんよぉ・・・俺はっ!!もっと痛かった!!!苦しかった!!!」
なんでこいついきなり被害者面してんだよ、被害者はどう考えても俺とアイだろ。
なんて口論しても、相手を暴走させるだけかもしれない。
掌の傷の痛みを堪え、時間稼ぎの方法を考える。とりあえず相手の話を聞くだけでも時間稼ぎにはなる。
「アイドルのくせに子供なんて作りやがって・・・!ファ、ファンを裏切るふしだら・・・っ。ファンの事蔑ろにして、裏ではずっと馬鹿にしてたんだろ!
この嘘つきが!!!」
何で・・・アクアとルビーの事を知っているんだ?この男は。・・・どこかで見られたのか?だとしても・・いや、考えるのは止そう。とにかく相手を刺激しない。それだけに集中しろ。
口答えしないと相手はどんどん怒りの思いをぶつけてくる。
「散々好き好き言って釣っておいてよ!全部嘘っぱちじゃねぇか!!」
ここまで言われ放題なのも癇に障るな、何か言い返そうか。
そう思ったとき、服の裾をつかまれた感覚があった。アイが震える手で俺の服の裾をつかみながらアイはフードを被った男の叫びに答えた。
「私なんて元々無責任で、どうしようも無い人間だし、人を愛するってよく分からないから。私は代わりに、皆が喜んでくれるようなきれいな嘘を吐いてきた。
いつか嘘が本当になることを願って、頑張って、努力して、全力で嘘を吐いていたよ。
私にとって嘘は愛。私なりのやり方で「愛」を伝えてたつもりだよ。」
その言葉を聞いて俺は、彼の事をいや、ファン達の事を少し羨ましいと思った。例え嘘でも、アイから、誰かから「愛」を伝えてくれるなんて羨ましいじゃないか。
俺は「愛」が知りたいんだから。
「君達の事を愛せてたかは分からないけど、愛したいと思いながら、愛の歌を歌ってたよ。いつかそれが本当になることを願って。」
「・・んだよ・・それ・・・」
そういえば俺はアイがアイドルを始めた理由を初めて聞いた気がする。
俺は結局のところ、アイの事をよく知らないのかもしれない。ただ近くにいただけ。
それだけだ。
気が付けば、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
「は?・・・なんでガキの通報なんかで警察が来てんだよ?・・・・・ふざけんなっ!!ふざけんなよっ!!!」
狼狽する彼から距離を取ろうと俺はアイを庇いながら一歩ずつ、ゆっくり下がっていく。
「おい・・待てよ・・・どこに逃げようとしてんだよ・・・・。」
だが彼に見つかってしまい、彼も俺達に一歩ずつ迫ってきた。
あと少し、少しでいいんだ。どうする?
「おい、あんた・・そこどけよ・・・俺は・・・そいつに同じ痛みを味合わせなければ気が済まないんだよっ!!」
「君はアイの言ったことを聞いてなかったのか?」
「知るかっ!!そいつは俺を裏切ったんだぞっ!!出なきゃこんなこ「リョースケ君だよね?」・・は?」
アイの言葉が再び彼の憤りを遮った。
「あれ?違った?ごめん私、人の名前覚えるの苦手なんだ。でもよく握手会に来てくれてたよね。あの時、お土産でくれた星の砂うれしかったな。」
「星の砂ってこの間のあれか?」
「そうだよ、彼がくれたんだよ。」
「・・んで、なんでだよ・・それ、そういんじゃ・・!「君っ!!刃物を捨てなさいっ!!!」
彼の後ろには警察官が立っていた。
「う、うわあああぁぁぁーー。」
彼は追い詰められたことを自覚したせいか、錯乱し始めた。
「俺は、俺は悪くない、そうだ、カミキだ。カミキが悪いんだ。あいつがヤれって言ったんだっ!!」
カミキ?誰の事だ?
「どけぇっ!!俺は、俺は悪くないんだあぁぁぁ。」
彼、リョースケは逃走するために警察官に体当たりし、わずかな隙をついて逃走した。
「待ちなさいっ!!」
そう言って警察官はリョースケの逃走を目で追い、胸元の無線機で他の警察官にリョースケの事を連絡した後、俺達の保護をしてくれた。
「君達、大丈夫ですか?怪我とかはしていませんか?」
「アイ、大丈夫か?」
「私は平気だよ、将也君が守ってくれたから。私のことより将也君が怪我してるんだから自分の心配してよっ!」
俺とアイのやり取りを聞いた警察官が俺の怪我をした手のひらを見る。
「結構深い傷ですね。さっきの男の人に負わされた傷ですか?」
「はい。」
「わかりました。救急車もこちらに向かっているという連絡も入っているので、ここで出血を抑えながら待ちましょう。」
そういった後、警察官の無線機に連絡が入った。
「はい。こちら現場です。・・・・なんですって?!
・・・わかりましたすぐそちらに向かいます。救急隊員にはすぐ現場に向かうように指示をお願いします。負傷者が一名います。出血が多めなので急いでください。
すみません、少しここを離れます。すぐに救急隊員が来ますからね。意識をしっかり持っていてくださいね。」
そう言って警察官の人はその場から離れた。
「将也君、お願い・・・死なないで・・。」
か細い声でアイが心配してくれる。
「大丈夫だよ、これ位。それよりアイの方こそ、本当に怪我してないか?」
「うん、大丈夫。大丈夫だよ。・・・ごめん、ごめんね・・・私のせいで・・・」
「何言ってんだ、アイは何も悪くないだろう。」
そう言って、俺はアイの頭を撫でてあげる。すこしは安心させてあげられただろうか。
すると、騒ぎが収まったのを確認しに来たアクアがリビングの扉を開いてこちらの様子を確認しているのが見えた。
「アクア、もう大丈夫だよ。」
そう言うと、アクアがルビーと一緒にこっちに来てくれた。
「アクア、ありがとう。アクアが警察に連絡してくれたおかげで助かったよ。ルビーは大丈夫か?」
「うん、でも天城さんは大丈夫なの?」
ルビーは床にある俺の血を見て、顔が青白くなっている。
「ああ、大丈夫だよ。見た目程じゃないから、安心しな。
さぁ、二人とも、ミヤコさんに来てもらうから、リビングで待ってて。」
「うん、わかった。」
「天城さん、死んじゃいやだよ。」
「わかってるって。」
二人はリビングに戻っていった後、俺はアイに頼みごとをした。
「アイ、すまないけど、ミヤコさんに連絡してもらえるか?」
「・・うん。わかった。任せて。」
そういってアイはスマホを取り出し、ミヤコさんに電話をかけている。
・・・あ・・ヤバい・・・何だか・・・・・瞼が・・・重く・・・・・・・・なって・・来た。
・・・・ダメだ・・目を覚まさないと・・・・・・あれ?・・・そういえば・・・今日のドーム公演・・大丈夫かな?
・・・・・・・・・とりあえず、・・・斉藤社長に相談して・・・・アクアとルビーは・・・ミヤコさんにお願いして、・・・・俺は・・・さすがに病院で治療だよな・・・・ライブ間に合うかな?
「・・・将也君?・・・・・・・将也君?!!・・ねぇ!!将也君!!!起きてよっ!!!」
アイ・・・・・・ああ、そうだ・・・・・・今年の誕生日は何が欲しいか聞かないと・・・・。
だけど・・・・なんだか・・今度は意識が遠く・・・・・なって・・・・・。すまん、よく聞こえない。
俺は意識を失った。