死亡遊戯の蚊帳の外。 作:死亡遊戯で飯を食う。を読もう
死亡遊戯、というイカれたゲームがこの世界にはある。
わけありな事情を持つ見目麗しい少女達を搔き集め、騙し騙され、裏切り裏切られ、殺し殺されが当たり前の地獄絵図を繰り広げさせる、世にもおぞましいゲームだ。
その、ハッキリ言えば頭がどうにかしてそうなゲームを主催している<運営>の使いっ走りを、ぼくはやっている。
使い走りといっても、ペットボトルとか焼きそばパンを買ってきたりするんじゃない。
ぼくに求められる役割はただひとつだけ。
彼らにとって──〈運営〉にとっての不穏分子の排除。
要するに、人殺しだ。
〇
誰かを殺すとき、ぼくはいつも飴を舐める。
味はなんでもいい。ぶどうでもいちごでもみかんでもコーラでも。
種類はなんでもいい。飴玉でもドロップでもキャラメルでも金平糖でも。
甘ければ、それで良い。ぼくが飴にもとめているのは、ただのそれだけだ。なぜ飴を舐めるのかというと、人を殺すときには必ずといっていいほど、口の中が苦くなるからだ。それは、とても形容し難い苦さをしていた。あえて例えを挙げるとするならば、乾いた汚物がじっとりとへばりついている下水道の床が、たぶん一番近いだろう。けれど、それを知っている人物は相当限られてきそうなので、取りあえずは一瞬動きが止まってしまうほど苦いということだけわかってくれればいい。
ぼくは殺し屋だ。
人を殺すことが、仕事だ。
なのに、仕事をこなそうとすると、動きを止めてしまうというのは──ちょっと、いや、かなりの弱点と言っても差し支えないだろう。ぼくは狙撃で標的を殺す。そして狙撃というやつは、大変面倒臭いことに、様々な要素が重なり合ってようやく、砂上の楼閣のごとく成り立つ。ほんのわずかなズレが、あっという間に致命的な欠点へと進化することなんてザラだ。
ぼくはこれまで、依頼を失敗したことは一度もない。だが、舌を手酷くなじる苦みによって、本来狙っていた位置からコンマミリ単位外してしまったことは、何度かある。そのときは、例え標的を仕留められていたとしても、全身をくまなく掻き毟りたくなるほどの羞恥と自己嫌悪に苛まれた。
だから、ぼくは飴を舐めるようになった。
そうすることで、口の中の苦さを、ほんの少しだけでも上書きできるから。
そうすることで、一度狙いをつけた箇所を、確実に貫くことができるから。
「お前はバカだな」
いまはもう製造中止になってしまった赤い缶から、いくつかのドロップを出しつつぼくがそう説明すると、
場末のバーにぼくらはいた。薄暗い照明と、埃が積もったテーブル、ときおり軋む丸椅子に、いまどき珍しいぐらい立派な口ひげをおつけになったマスター。
そういった、べたべたの舞台だからこそ、白士の姿はより輝いてみえた。
すらりと細く長い手足は、蝋でかためたように白かった。あまりにも血色が薄いせいで、注視すれば血管の一本一本さえ見て取ることができるかもしれない。
上半身を覆い隠すのは、たっぷりと膨らんだ白髪だ。つもった新雪をそのままにしておいたかのように、柔らかそうな手ざわりをしている。
身に纏ったドレスは、いかにも高そうな白銀色のカクテルドレスである。一歩間違えば失笑ものなそれを、彼女は見事に着こなしていた。
そんな風に、頭からつま先まで白一色にととのえた彼女はとても綺麗なひとだが、他人を──もっと言えばぼくを小馬鹿にして、見下すことになんの躊躇いも抱かない、なんともひどいやつだった。けれど、不思議といまだに付き合いは続いている。いわゆる馬が合っているのかもしれないと思うが、口には出さない。どうせ返ってくるのは罵詈雑言に決まっているからだ。
白士は言った。
「飴を舐めすぎて、脳味噌まで甘ったるくなったんじゃないか」
「そんなに舐めてないよ。仕事の前だけだ」
「お前の仕事を大声で言ってみろ。虫歯になっても私は知らないぞ」
「毎日朝昼晩ちゃんと磨いているから大丈夫さ」
「ちゃんと奥歯まで歯ブラシを届けているか? 歯の裏を磨いているか? すすぎ終わった後の歯間ブラシを忘れてないか?」
「……」
「肝心な所が抜けている。だからお前はバカなのだ」
白士は断言すると、テーブルに置かれたグラスの中で揺れている黄緑色の液体を一気に飲み干した。グラスの横に置いてあったのは、ガラスの瓶だ。その表面にはこんな文字が書かれている──『CHARTREUSE』。
五十五度のリキュールを、彼女はなんと原液で飲んでいる。だというのに、酔い潰れる様子は欠片も見当たらなかった。
彼女に言わせれば、平気な理由は自分の臓器が特別製だかららしいが、それは単純に酒豪なだけなんじゃないかと思う。それに、いくら酒に強いといっても、心配なものは心配である。彼女の身体のことなんかではなく、ぼくの身に降りかかる被害のことがだ。
「いちおう言っておくけど、吐くなよ。きみから貰いゲロなんていやすぎる。介抱なんて絶対しないからな」
「はは。お前に介抱される日なぞ、当分は来ないよ」
「当分じゃだめだ。一生じゃなきゃ」
「それじゃ諦めることだな」
グラスにふたたびリキュールを注ぎながら、白士は鈴の音みたいな笑い声をあげる。ライトに当たった綿菓子のような白髪が、揺れる身体につられて波打ち、なめらかに光っていた。
「お前、人殺しに向いてないよ。辞めろとは言わないが、そのうちロクな目に遭わんぞ」
「向いてないって自覚は正直ある。けど、これ以外にぼくはコミュニケーションを知らない」
「狙撃をコミュニケーションと来たか。ふふ。いつも面白いことを言うなあ、お前は」
白士はにんまりと頬を歪めると、またリキュールをストレートでぐびぐびと飲み始めた。これで一ミリも酔っていないのだから恐ろしい。
よくもそこまで自分の内臓に信頼を置けるな──とぼくが呆れ混じりに感嘆していると、ぴろぴろぴろと、ポケットに入れっぱなしにしていた端末が軽快な音を鳴らした。
「…………」
お楽しみに水を差されたような気分になり、顔を顰める。それでも無視をするわけにはいかない。こっちだって、生活がかかっている。青白い光をはなつ画面に表示された文字列を見て、ぼくは立ち上がった。そして足元に転がしておいた仕事道具の入った細長いバッグを片手に席を立つ。勘定はさきに済ませてあるから、マスターに礼を言うだけでよかった。
白士が前を向いたまま尋ねてきた。
「仕事か?」
「仕事だよ」
「飴を舐めておいた甲斐があったな? 『餓鬼』よ」
ニヤニヤといやらしく笑う白士が吐いた『餓鬼』という言葉は、ぼくのコードネームだった。ちなみにこれを授けたのは〈運営〉なので、ぼくの意思はいっさい介在していない。ひどい連中である。
ぼくはため息を吐き、白士から目を逸らした。
「……その渾名。聞くたびに恥ずかしくなるから、その、辞めてくれない?」
「断る。お前の痴態は頗る面白い。馬鹿弟子にも渡したくないぐらいだ」
白士の「馬鹿弟子」という言葉に、ぼくの脳裏はひとりの少女を思い浮かべた。
白士のそれよりは若干色濃い髪に、きれいに透き通った青い瞳。
十代特有の気だるげな雰囲気を漂わせつつも、どこか浮世離れした風に見える彼女とは、白士を通じて知り合って以来、それなりに付き合いがある。だからぼくは、当然のように彼女を選ぶことができた。
「──きみと
ぼくはそう言うと、ほう、と白士は眉を上げた。そのままなぜだ? と目線で問いかけてくる。ぼくはもうすぐ出ていくので、最後ぐらいは素直に答えてやることにした。
「きみはなんだか、頭を撃っても死ななさそうだから。ぼくが殺せないやつは、嫌いだ」
「──────やっぱり、お前にヤツは勿体ない」
そう言って、白士はいつまでも笑っていた。
〇
後日、<運営>から多額の報酬が振り込まれているのを確認してから、ぼくは写真アプリをひらいた。そのまま一番最後に置かれた、少し画質の荒いものを表示する。
そこに映っているのは、薄暗いアスファルトの上に力無く転がった死体だ。
名前は忘れた。けれど素性は覚えている。<運営>に敵対していた組織の一員だ。
証拠として、残しておいたものだった。けれど、もう必要が無くなった。最後に見返したのは、自分の仕事の出来具合を確認する為だった。
人差し指と親指をつかって、死体の顔あたりを狙って拡大していく。生気がまるで失せた顔面の額の真ん中──そこに、黒い小さな空洞がひとつ、ぽっかりと空いていた。穴のなかから垂れ落ちるのは、闇を吸い込んだ褐色色の液体だ。
矯めつ眇めつ眺めてみる。
小一時間ばかり向き合って、ようやく、ぼくは結論付けた。
「……まぁまぁ、かなあ」
まるきりの嘘だ。
狙った位置からわずかにズレていた。予定になかった突風のせいだ。けれど、それで外したのはぼくだ。
次はもっと、上手くやろう。ぼくは反省して、画像を消去した。
とにもかくにもこれで一仕事終えた。報酬も入ったことだし、今日は豪勢に焼肉でも行こうかな──と思った瞬間、ぴろぴろぴろと軽快な電子音が手に持った端末から鳴り響いた。
表示されていたのは、まったく知らない番号だった。嫌な予感しかしない。だが、もしかしたら<運営>の誰かかもしれないと思って、おそるおそる耳に当ててみる。聞こえてきたのは、聞き覚えしかない声だった。
『──おい、餓鬼。飲みに行くぞ。どうせヒマしてるんだろう?』
「結構です」
「そうツレないことを言うな。古詠も楽しそうにお前を待っている」
「────」
声は電話越しではなく、すぐ近くから聞こえてきた。
逃げる暇など、ありはしなかった。
ずるずる、と首根っこをひっつかまれて、ぼくは街中を問答無用でひきずられていく。
ああ、やっぱり──白士と幽鬼なら、断然幽鬼の方がよかった。
彼女ならもっとずっと、奢り甲斐があるだろうから。