死亡遊戯の蚊帳の外。 作:死亡遊戯で飯を食う。を読もう
「最近、弟子ができたのよ」
整備し終えたライフルを組み立て直しているぼくに、伽羅はそう語りかけてきた。
伽羅がいったいどういう人物なのか、説明するのはとても難しい。ぼくのこれまでの人生で、あまり見たことがないタイプの人間だからだ。
強いて言うなら白士に近い印象を受けるけれど、それは長いキャラメル色の髪やすらっと伸びた手足といった、いわゆる外見の特徴から来るもので、至近距離で相対してみればまったく異なることがわかる。
なんというか、世界から位置がズレているのだ。
うまく言えないけれど、彼女がいる空間だけ、ぽっかりと深い穴が空いているように感じられた。
ただまあ、気になるほどではない。だからぼくは、伽羅がいつのまにか家にはいって、お気に入りのソファに座って面白くもつまらなくもないバラエティを見ながらぎゃはぎゃは笑っていても、勝手に冷蔵庫から取り出したアイスを食べていても、追い出すことはしなかった。
ぼくなんかが気付けているのだから、ほかの誰でもない彼女が、その違和感に気付いていない筈がない。
だというのに、それでもただ、周りの目などお構いなしに、思うがままに振る舞い、あるがままに生きることを選んだ──そういう我儘な彼女と過ごす時間を、ぼくはわりと気に入っていた。ちょっかいをかけてくるのは、少しだけ勘弁して欲しいけども。
そんな風に考え事をしていたせいで答えなかったことが癪に障ったようだった。伽羅は眉を顰めると、四つん這いになってぼくの目の前までやって来た。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるよ。弟子とったんでしょ」
「うん。聞きたいでしょ、続き」
「別に。だって、いまさら珍しくも何ともないだろ。きみらが弟子を取ることなんて」
ぼくがそう言うと、伽羅はそりゃあそうだけど、と体育座りになりながら頬を膨らませた。
「ぷっ」
子供っぽい仕草があんまり似合ってないものだから、思わず吹き出してしまう。彼女はそれが大層気に食わなかったようで、汚れを拭っている真っ最中なウエスの邪魔をしてきた。足の指で。器用だが汚い。
「やめてよ」
「やめなーい」
「くすぐるぞ」
「くすぐれるものならくすぐってみなさい」
ぼくは瞬発的に手を伸ばした。これでも反射神経にはかなりの自信がある。だが、掴めたのは手ごたえのない空気の感触だった。影が差したので見上げてみると、天を目指して屹立する伽羅の片足が目に入った。
なんと驚いたことに、伽羅はその場に胡座を掻いたまま、片足だけをバレエ選手顔負けの角度で掲げていた。
「えい」
ずば抜けた柔軟性に呆気に取られて固まるぼくの頭頂部に、伽羅は容赦なく踵を落とした。
すこ───んッ、と小気味いい音が身体のなかから聞こえて、ぼくは涙目になりながら頭を押さえる。この女、割と本気で蹴りやがった。
「痛いでしょ? 痛いって言ってみなさいよ。ほら、ほら」
「……痛い」
「んふ、よろしい」
満足そうに頷いてから、伽羅はゆっくりと普通の胡座座りに体勢を戻した。白士には似ていないと言ったけれど、前言撤回する。人の苦しむ顔を見て喜ぶあたりがそっくりだった。
ぼくが伽羅から「弟子をとった」と聞いたのは、これで二回目になる。
一回目はなんとあの伽羅が、なんて大袈裟に驚いてみせたけど、二回目となれば話はべつだ。彼女や幽鬼、そして白士が参加している<ゲーム>において、何戦も生き延びる最大の秘訣とは『師匠』を見つけることなのだから。弟子を取ることなんて珍しくはない。それでも一度驚いてしまったのは、彼女のプレイスタイルが原因だった。
彼女は──<ゲーム>に参加したプレイヤーを、全員殺していた。
敵も味方も、別け隔てなく。
ぼくは詳しくは知らないが、<ゲーム>における殺人というのは、あくまでも手段であって目的ではないらしい。<ゲーム>の観客達が望んでいるものは、見目麗しい少女達が必死の形相で殺し合うスプラッタな絵面も勿論入ってはいるが、なによりも手練手管を尽くして勝利を収めるという魂を削る決死の姿なのだから──というのは、幽鬼のエージェントからの又聞きである。
ゆえに、
どこにあるかも分からないスイッチが入ったら、目につくすべてを殺し尽くすまで止まらない伽羅は、死力と知力を尽くす美少女達が見物とされている<ゲーム>とあんまり相性が良くないのでは……とぼくは思っている。
それでも、二回目を迎えたいまでも出場が停止されていないところを見ると、彼女がとる手段──参加者すべてを皆殺しというのも、ルールの範疇として認められているのだろう。外様のぼくがあれこれ言っても仕方ないが、そのうち<ゲーム>そのものが崩壊しかねないのではと心配になってしまう。
ぼくのそんな懸念を無視して、伽羅は楽し気に話し始めた。
「ゲーム中にできたのは初めてなの。萌黄っていうんだけどね。見込みは無いけど、いい子だよ。礼儀正しいし、可愛いし、趣味も合うし」
「きみと趣味が合うだって?」
「そうよ」
瞬間、ぼくの脳裏に結ばれた萌黄という女の子の像は、伽羅を小さくしたようなものになった。その手には研がれた刃物が握り締められており、足元にはばらばらに切断された死体の山が、いくつも転がっている。
「…………それは、その、随分と個性的な子だね」
「気になる? 機会があれば、今度あなたにも会わせてあげる」
それはもしかしてぼくを挟み撃ちして殺す気ですか?
と、言おうとした唇を黙らせた。さわらぬ伽羅に祟りなし。つい前にも余計なことを言ったせいで、指を治療不可能なレベルにまで粉砕されかけて、どうにか一週間朝昼晩の飯をつくり続けると交渉して許されたことを、幸いにもぼくは覚えていた。
「まあ、うん。楽しみにしておくよ」
ごくり、と唾を飲み込んでから、ぼくはライフルの整備を終えた。明日の仕事に備えて、準備は万全にしておかなくてはならない。明日殺すのは団体様だからだ。ひとりずつ殺していくと射撃位置が大幅にズレるから、初撃で何人かまとめて殺した方が楽になる。近くに揮発性の高いものがあれば文句は無いのだが、事前に渡されたマップ図には確認できなかった。
つまり、位置関係上どうしても一撃目では殺せない何人かは、車に逃げ込まれる前に一発で仕留めなければならない。
あっちはたぶん、必死になって走るだろう。当然だ。次の瞬間には自分が撃たれるかもしれないのだから。歩幅は自然と早くなるし、少しでも当たる可能性を低くしようと、様々な工夫を凝らす。火事場の馬鹿力と言うべきか、追い詰められた人間が発揮する底力を、ぼくはそれなりに知っている。
だけど言える。ぼくにとって、それらは止まった的だった。
要するに、楽勝だ。
そんなことを考えながら、ライフルをバッグに詰め込んでいると、伽羅がニコニコと笑ってこちらを見ていることに気が付いた。ひと言も会話をかわしていないのに、一体どうしたんだろう。思い出し笑いでもしているのだろうか。ぼくは気になって尋ねた。
「どうしたの?」
「私ね、そういう顔してるきみ、好きだよ」
「そういう顔って……どういう顔?」
首を傾げるぼくに、伽羅はにんまりと頬を歪めた。
「人を殺すときのことを考えてる、顔。余裕が無いのが、ちょっと見苦しいけど。それがいい味出してるんだな。私が断言してあげる。きっと、きみほど人殺しに向いてる人はこの世にいない」
それは、いつか白士から投げ掛けられたものとは、まったく逆の意味を持たされた言葉だった。やっぱり、伽羅と白士は違っている。改めてそれを突きつけられたようだった。
ぼくはどう答えるべきかしばらく迷った。ぼくは自分が殺し屋に向いているとは思えない。けれど、せっかく向いていると言ってくれているのだから、それを跳ね付けるのはどうにも失礼だと感じた。
熟考の末に、ぼくは固く閉じた唇を開いた。
「……まあ、頑張るよ」
「なにそれ」
ぼくの答えを聞いた伽羅は腹を抱えて笑った。大爆笑だった。それで気が済んだらしく、入ってきたときと同じく嵐のようにぼくの部屋から去っていった。だから、どうしてサンタのコスプレをしているのか、最後まで聞くことはできなかった。