「優太くんさぁ……」
「……はい」
「仕事はできるんだから、接客態度もうちょっとどうにかならないかな?」
「……すみません」
大学が休みだったので、アルバイトに勤しんでいた私は、先輩から裏に呼び出され怒られていた。何となく内容には察しがついていたが、いざ言われるとどうしようかと困ってしまう。
「欠勤もしないし、勤務態度も真面目で本当に助かってるんよ、それはホント。それでももうちょっとだけ笑顔で対応出来ない? ほら、口角上げて二ーっと」
「……」
無理なものは無理なのだ。先輩が私の頬に指を当て、無理やり口角を上げようとする。それでも彼女が離した途端に、重力に逆らわず元の位置に戻っていく。相変わらずの仏頂面を完成させた私の顔を見て、先輩はため息を漏らす。
「ダメかぁ……」
「……すみません」
「……なんかごめんね」
「……いえ」
私の笑顔を諦めた彼女は、力無く笑いながら、休憩室に置いてある古いアウトドアチェアに腰掛ける。
「さっき優太くんが接客してる時にね、ちょうどエリマネが来てたんだよ。それで君が接客しているところを見たアイツが『客の前で笑顔も見せられない様な奴を何故雇った』って、店長に言っててさー。なんであんな嫌な奴がエリマネやってんだよーって話しよ」
いや、それは完全にエリアマネージャーさんが正しいだろう。そもそもなぜこのアルバイトの面接に受かったのか、私ですら理解していない。それなのにこの先輩は、私のために怒ってくれている。そんな優しさに有り難さを感じるが、やはりそれが表に出ることは無い。
「……いや、それは私が悪いので」
「そうかもだけどさぁ! もうちょっと言い方? 配慮かな? 少しはあってもいいんじゃないかな?!」
「……すみません」
こればっかりは全面的に私が悪いし、今すぐにどうにかなる問題でもないのでとりあえず謝っておく。
先輩は茶色の短い髪をガシガシとかいた。……また怒らせてしまっただろうか。
「私はさぁ……優太くんがしっかりやってるのも知ってるし、頑張ってるのも知ってるの! それをなんにも知らない赤の他人が文句を言うなんて、悔しくてさ……」
「……いえ、ありがとうございます」
「……もう上がる時間だよね? ごめんね、引き止めちゃって」
「……失礼します」
これ幸いと私は逃げるように休憩室を後にする。自分が原因で作られてしまった気まずい空間から逃げられるなら、今は何でも良かった。
休憩室を出た私は、瑞浪と書かれた名札を外し、エプロンを畳んでリュックにしまう。店長に挨拶をして店を出る、駐輪場に停めてあった単車にまたがる。
今日は一段と、寒いな。
ーーーー
「……腹が減ったな」
下宿先に着いた私はいつの間にか寝ていたようで、部屋の隅に置いてある時計の針はちょうど八時を指していた。
のそりと起き上がり冷蔵庫を確認する。そういえば、今日は買い物に行く予定だった。通りで冷蔵庫に何も無い訳だ。
寝ぼけた頭でベランダに行き、ポケットに入っていた煙草を取り出す。キンっと、小気味良い音を立てたジッポライターによって、ソフトボックスから一本取り出したセブンスターの先端に赤い炎が灯る。
一口目を吹かし、二口目を冷えた夜風と共に肺に入れる。吐き出される紫煙を見ながら、脳にニコチンが供給されて行くのを感じる。
最初吸った時はえらい咳き込んだよな、なんて事を考えながら、二本目に火をつける。
「……歩くか」
十五分もかからないような距離を乗り物に頼っていたら、流石に体力が低下するだろう。
短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ私は、部屋に戻り適当に干してあった服を身につけ、革ジャンを羽織る。ポケットに財布だけ差し込み、決して軽くは無い足取りで玄関から出ていく。
ーーーー
「いらっしゃいませーっ!」
入店と同時に店員の健やかな挨拶が聞こえてくる。近所のスーパーオギノにやってきた私は、いつもの食材を、いつものルートで手に取る。サバ、きゅうり、白菜、次々と目的の食材をカゴに入れて、レジに並ぶ。既に場所は把握しているので最短ルートを辿り、他のものに気を留めることも無く全てを済ませる。
「いらっしゃいませー、ポイントカードはお持ちですか?」
「……持ってません」
「あなたいつも来てくれてるわよね、やっぱりポイントカード作ったら? そっちの方がお得よ?」
「……いえ、大丈夫です」
妙齢の女性店員が提案するも、私は断る。もうこのやり取りも何度目だろうか。
「いっつも同じものばっかり買ってるけど、ちゃんと食べてるの?」
「…………えぇ、まぁ」
「そぉ? なら良いんだけど」
「はいこれお釣り、また来てくださいね」
「……はい」
買い物を終えた私は、レジ袋を片手にまた歩き始める。ふと見上げれば、夜空に月が浮かんでいた。
「……ちゃんと」
先程レジでかけられた言葉を思い出して、自分に問いかける。ちゃんと生きているのだろうか、と。先輩からも、いつも行くスーパーの店員からも逃げた今の私は、少なくともちゃんとはしていないだろう。
(次の一回くらいは、逃げないでいようか)
私にしてはらしくないな。そんな考えが浮かぶなんて。……そういえばこの間キャンプに行った時も、こんな月を見ていたな。
(あの時の少女らはどうしているだろうか)
ここ数ヶ月の間に、今までに無かった出会いがいくつかあった。サービスエリアでの奇妙な出会いを皮切りに、キャンプ場での謎の少女達との出会い。何か大きな運命のようなものが動き出しているような、そんな気がする。それでも私は、簡単に過去を乗り越えられるとは思えない。今でもみっともなく過去の記憶に縋りながら生きている状態で何が変わると言うのだろうか。
「ワンッ!」
そんな事をひとりごちながら歩いていると、唐突に飛び込んできた音に思考が遮られる。
「あ」
「……あ」
そこにはリードに繋がれた犬と少女がいた。目が合ったのは件のサービスエリアで出会った少女だった。犬の方はというと嬉しそうに私の膝に飛びついていた。
「あ、あの! 前にちくわを助けてくれたお兄さんですよね?!」
「……イエ、チガイマス」
「ぜったいそうじゃん! なんで嘘つくの?!」
思いもよらぬ再開で気が動転してしまい、思わず下手くそな嘘で逃げてしまう私。何が次の一回は逃げないようにしようだ、早速やってしまっているではないか。そんな意思の弱い自分に辟易としつつ、少女と会話を続ける。
彼女は再会した私に色々聞きたいことがあったようだ。何故かそわそわしながらも、話を続けようとする。夜も遅いし、帰りを心配しているのだろうか。
「……そちらは散歩ですか?」
「! はい! 今折り返して帰ろうと思っていたところです」
「……もしよろしければ、家まで送りましょうか」
「良いんですか!!」
私の予想は正解だったようで、嬉々として提案に乗った少女は、笑顔を浮かべながら帰路に着く。
彼女の質問に答えながら歩くと、直ぐに家に着く。どうやら本当に近所らしい。
最後に今一度の自己紹介と連絡先を交換し、私も家に帰る。
(女子高生という生物は直ぐに人を名前呼びできるのか)
今まで友人関係が薄く、人と関わることもあまりなかったため、女子高生という生物の生態に困惑しながらも玄関をくぐる。
しかし私の足取りは、出かける時よりも幾分か軽いように思えた。
いつもより遅い夕飯を食べ終え、寝る直前に携帯を開く。
流石に過去の私を二度の嘘つきにする訳にはいかない。携帯電話を買った際に最初から入っていた連絡用アプリ、その記念すべき第一村?である彼女にメッセージを送る。
何を送ったら良いのか分からないが、最初は挨拶くらいで良いだろう。
[よろしく]
[おやすみ]
[おやすみなさい♪]
……早い。私は八文字入力するだけで三分以上かかったというのに……。
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