最近この子と会うことが多いな。隣を歩く一人と一匹を見ながら思案する。確かに、以前より考え事をするために散歩の頻度が増えたため、外に出る頻度は上がったとはいえ、かなりの確率でこの子と会っている気がする。
「? どうかしました?」
「……いえ、なんでもありません」
先程のスーパーで珈琲を買い忘れた私は、結局いつもの店に買いに戻ることにした。
その帰り道で、ちくわを散歩させる斉藤さんに出会い、一緒に帰っている。
「……それにしても、最近よく会いますね」
「そうですか? ふつうですよ、ふつー。それに、ちくわも優太さんに会うと喜ぶんです」
「ワンッ!」
「……それなら、良いのですが」
ブンブンとしっぽを振るちくわは、時折私の方を振り返りながら楽しそうに散歩している。
犬という生き物は正直なものなんだな。ふと視線を彼女の顔に移すと、耳まで真っ赤にしている彼女が見えた。
「……? 少し顔が赤くないですか?」
「え?! いや、そんなことないですよ!」
「……最近寒いですし、風邪を引かないように気をつけてくださいね」
「そうじゃないんだけどなぁ……」
「……違いましたか、すみません」
「いやいや! 優太さんが謝ることじゃないです! これは私の問題なので!」
なら風邪なのでは? という言葉を吐きそうになるが、何となく良くない気がして寸前で飲み込む。
どこか心地よい無言の時間が続き、今日の散歩が終わる。
「それでは優太さん! また!」
「ワンッ!」
「……えぇ、また」
「?!」
もう何度目になるか分からない別れの挨拶を済ませる。最後に一段と顔を赤くした彼女は、急いで家の中へと入っていった。
「……やっぱり、調子が悪かったのか」
こんなにも寒いのだから無理もないだろうと、白い息を吐きながら帰り道をなぞる。
最近この道を歩く時は足取りが軽いように感じる。今まで黒か灰色にしか見えなかった空が、今は青や茜といった鮮やかな色として感じられるのに何か関係があるのかもしれない。
新城さんの言葉の意味を考えることも、もはや日課になっている。
ポケットの中で潰れている煙草の減りが遅くなっていることに気付くことは無い。
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「あれはやばいよぉ……」
「ワォン?」
私は最後も、何とか平静を保ていたと信じたい。家に入った途端玄関でしゃがみ込んだ私を、ちくわが不思議そうに見つめている。
「……あんな顔されたら、もう」
ちくわの頭を撫でながら、彼の別れ際に見せた顔を思い出す。そこには僅かながら、笑顔が浮かんでいたのだ。今まで表情という表情を見せることが無かった彼から生まれたその笑顔は、容易く私の心を鷲掴みにした。今まで感じたことの無い胸の痛みを抑えながら、よろよろと立ち上がる。
「……お風呂入ろ」
ずっとうずくまっていても仕方がない。私は、冬だと言うのにいつも以上に汗ばんだ体を長めの散歩のせいにして、脱衣所へと向かうのだった。
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(キャンプ場まで持つかな)
\マズイカモ/
遂に原付の免許を取得した私は、行動範囲が広がったことでワクワクしながらいつもより遠いキャンプ場を目指してビーノを走らせていた。本来であれば、今日はなでしこと二人で行く予定だったのだが、彼女が風邪をひいてしまったため仕方なく一人でキャンプ場へ向かっている。
途中行き止まりになっていた道にぶち当たってしまったが、なでしこのお見舞いに押しかけた大垣によって事なきを得た。
しかしそれまでに迂回路を探して彷徨っていたため、目的地に着くまでに、ビーノの走行可能距離を超えてしまうかもしれない。メーターはもう、最後の一メモリを切ろうとしていた。特にここは山奥で、次のガソリンスタンドまで結構距離がある。もう営業していない廃スタンドも多い。
\モウ、ムリ/
「あ」
引き返した方が早いか、と考えていた時にそれはやってきた。
ガス欠だ。
幸いこの辺では珍しく平坦で真っ直ぐな道だったため、転けることは無かったが、力尽きたビーノはピクリとも動かなくなってしまった。予想よりも早くそれが訪れてしまった為途方に暮れる。どうにかならないかとセルを回してみるものの、キュルキュルと力無い音だけが辺りに木霊するばかりだ。
「……どうしよ」
\ゴメンネ/
とりあえずこのまま立ち尽くしていても仕方がないため、先程までメッセージを送っていた友人に助けを求めるのだった。
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「どどど、どうしよ?! あきちゃん、リンちゃんが大変だよぅ!」
「おおお、落ち着くんだなでしこ! こういう時は一回深呼吸をしてだな!」
その知らせを聞いて二人は、見事にテンパっていた。
「そうだ! 先生に聞いてみよう!」
「たしかに! グビ姉なら何とかしてくれるかも!」
身近で唯一頼れそうな大人に、メッセージを送る。四尾連湖でのキャンプで出会い、なんやかんやあり産休の先生と変わってやってきた、今は野クルの顧問をしてくれている先生。鳥羽美波(通称グビ姉)に助けを求める。
[すみません、もうアルコール入れてしまって……]
しかし帰ってきたのは、既にお酒を飲んでしまったため運転は出来ないという返事。
もし本当にどうしようも無ければ、JAFを呼んで助けてもらう手もあるという情報が続いて送られるが、彼女らにとって唯一の頼みの綱が絶たれた二人は更にテンパっていた為それを見ることは無かった。
「っ! お兄さん! お兄さんなら助けられるかもしれない!」
候補に上がったのは連絡先の中で次に年齢が上の人。特に何を考えるわけでもなく、急いで電話をかけるなでしこ。数度のコール音の後、通話が繋がる。
『……もしもし、瑞浪です』
「っ! お兄さん! リンちゃんが大変なんだよ!」
切迫したわたしの声に何かを感じ取ったのか、彼は真剣な声色で返事をする。
『……話を、聞きましょうか』
彼が持っていたスチール缶が、自身の握力によってくしゃりと音を立てた。
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