「……話を、聞きましょうか」
電話口から聞こえてくる焦ったような声。何か重大な問題が起きたらしい。彼女の言うリンちゃんとは、各務原さんと浩庵で出会った時に一緒にいたお団子頭の少女である事はこの前聞いた。
各務原さんらと同級生と聞いて、高校生だったのかと驚いたことは記憶に新しい。
今はそんなことどうでもいいのだ。とにかく何があったのか聞かなくては。
『リンちゃんが長野県にあるキャンプ場に向かってたんだけど、途中でバイクのガソリンが無くなっちゃったらしいの! 近くにガソリンスタンドも無いみたいだし、どうしようって! それで、お兄さんなら力になってくれるかなぁって思って電話したんだけど……』
「志摩さんに、怪我は無いんですね?」
『! うん! 安全なところで止まったみたいだから、今は路肩に停めて待ってるみたい!』
「……それなら、良かったです。各務原さん、志摩さんが今どこにいるか分かりますか?」
「まってて! 今、位置情報送るね!」
彼女が無事なことを知りほっとした私は、緊張していた頭を落ち着かせる。程なくして各務原さんから位置情報が送られてくる。どうやら長野県の諏訪湖付近の峠で止まっているらしい。
(ここからそう遠くは無いな)
ちょうどアルバイトの都合で諏訪市を訪れていた私なら助けられるかもしれない。ここからだいたい三十分といったところだろうか。
「……各務原さん、聞こえますか?」
『はい! 聞こえてます!』
「……三十分ほどで行くと、志摩さんに伝えて下さい」
『っ! 本当ですか! ありがとうございます!』
「……えぇ、それでは」
彼女は電話を切る最後の瞬間まで感謝を続けていた。よっぽど仲が良いのだろうな。
通話を終えた私は急いで近場のガソリンスタンドへ向かった。到着するや否や、サイドバッグから携行缶を取り出し、駐在しているスタッフに頼んでガソリンを入れてもらう。
漏れ出さないように口を固く締めたそれをもう一度サイドバッグにしまう。見送るスタッフに軽く会釈をしながら、位置情報で示された地点へと向かった。
ーーーー
(もうそろそろだろうか)
曲がりくねったワインディングを法定速度ギリギリで走り抜けた私は、送られてきた地点が近くなってきたので速度をゆっくりと落とす。
見えてきた。そこには、力尽きた原付とこちらに向かって手を振っているいつかの少女がいた。
他に車が来ていないか確認し、ハザードを焚いて単車を停止させる。
「志摩さん、怪我はありませんか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「……良かったです。何事も無くて」
「わざわざありがとうございます」
電話口でも確認したが、やはり怪我などは無いようだ。ただのガス欠でも、状況によっては大怪我になり得る。
サイドバッグから携行缶を取り出した私は、彼女から鍵を借りて給油口からガソリンを補給する。
「こうなってしまう前に、こまめに給油することを忘れないようにしてくださいね。何かあってからでは遅いので」
「はい、すみません……」
私の言葉に本気で反省しているのか、落ち込んでしまった。しゅんとする彼女を見ていると、とてつもない罪悪感が襲ってくる。何を偉そうに説教しているんだ私は。こんな状況、なりなくてなっている訳ではないだろうに。
申し訳無く思った私は、謝罪の意味も込めて一つの提案をする。
「……今日は泊まりなんですよね。もう日も傾きかけていますし、目的地まで送りましょう」
「そんな! ガソリンまで届けてもらって悪いですよ」
「……お気になさらず。その前に、ガソリンスタンドに寄って給油しましょう。携行缶はリザーブと同じ、あくまで応急処置なので。行きましょうか、先導します」
「あ、ありがとうございます」
ヘルメットを被り、彼女のペースに合わせてゆっくりと発進する。途中何度かちらちらとミラー越しに後ろを確認するが、しっかりとついて来れているようだった。
スタンドでガソリンを補給した後に、無事目的地へ到着した。ハプニングもあった彼女だったが、原付での旅に達成感を感じているのか全身を伸ばしながら喜びを顕にしている。満足したように振り返った彼女は私に話しかける。
「今度は、私が助けられちゃいましたね」
「……本当に無事で良かったです」
彼女は私の顔を見ながら不思議そうに首を傾げている。なにか付いているのだろうか。
「お兄さん、前会った時と雰囲気変わりました?」
「……そう、ですかね」
「なんか少しやわらかくなった気がします」
本当にそうだろうか。もにもにと自分の顔を触って確かめてみる。ミラーを使って確認してみるも、そこに映るのはいつも通りの仏頂面だけ。
きっと彼女の気のせいだろう。
ーーーー
家に着き、着替えを終えた私は携帯に通知が来ていることに気付く。
[今日は本当にお世話になりました]
[おかげで無事キャンプできそうです]
[お兄さん! ほんとにありがとう!!]
浩庵繋がりの両名から感謝の言葉が送られてくる。律儀な子たちだな、なんてことを考えながら返信をする。最近メッセージのやり取りをすることが増えたので、流石に入力にも慣れてきた。
メッセージを送信し終えると、返事を待たずに今日もまた夕飯の買い物をするために玄関をくぐるのだった。
「ありがとうございましたー」
いつもの挨拶を聞きながら、買い物を終えた私はいつもの帰り道を歩く。もう慣れたものだ。
ついに作ったポイントカードにはスタンプが押され、財布の中で次の出番を待っている。千円ごとで一つスタンプが押され、それが十個貯まれば割引クーポンが貰えるらしい。
確かに早めに作っておけば良かったかもな。
「あ! 優太さん! こんばんは〜」
「……斉藤さん、こんばんは」
もはやこれも一つのルーティンと化している。私が買い物に行ったり散歩に出たりすると、高確率で斉藤さんと遭遇する。
ほぼ毎日ちくわを散歩させているのだろう。よっぽど一緒にいるのが好きらしい。犬を飼ったことはないが、普通散歩などは家族でローテーションするものでは無いのだろうか。
まぁ親が忙しかったりすると、自然に自由な時間が多い子供が担当することもあるのだろうな。
「いっしょに帰りましょ ♪ 」
「……えぇ、いいですよ」
優しげな笑みを浮かべる彼女だったが、この間体調が悪そうだったので無理はしていないか問いかける。
「……そういえば、調子はもう大丈夫ですか?」
「あっ! ええっと、はい! もう大丈夫です!」
「……そうですか」
大丈夫と言い張る彼女の顔はまたしても赤く染まっている。でもまぁ、本人が大丈夫と言っているのだからそれ以上深く追求するのもあれだろう。
「そんなことより、優太さんってLIME使ってるのにスタンプとか全然使わないんですね」
「……斉藤さんが送っている絵柄のことですか。使うタイミングが、そもそも使い方も分からないですし」
「そうなんですか? それなら私が教えてあげますよ!」
誤魔化すように話題を変えた彼女に話を合わせる。特に断る理由も無かったので、私は彼女に携帯を手渡す。見られて困るようなものも無いためロックもかかっていない。
にこにこと笑いながらアプリを開いた彼女だったが直ぐにピタリと動きを止める。
「……? どうかしましたか?」
「……リンとなでしこちゃんは分かるよ、でもなんで犬山さんや大垣さんの名前があるの?」
「……いえ、前回知り合った際にせっかくだからと交換したのですが」
「あと、ユリさんって誰?」
「……それは職場の先輩で」
「そうなんだ」
(え、どうしたの)
急に一段と空気が寒くなったように感じる。気になったことを矢継ぎ早に聞いた彼女は未だ画面を注視していた。
横にいるちくわも何が何だか分からないようで首を傾げる。何か考える素振りを見せる彼女だったが、しばらくすると再び口を開く。
「優太さん」
「……はい」
「家、行って良いですか?」
「……はい?」
「良いですか?」
「……はい」
私に拒否権は無いようだ。
有無を言わせぬ圧力で私の家に来ることになった斉藤さんだったが、傍に居たちくわは散歩時間が伸びたことを察して嬉しそうに歩いていた。
いやぁ湿度高めの恵那ちゃん良きです。ジト目の恵那ちゃんからしか摂取できない栄養素があるって海外の某有名大学でも論文出てるから。皆さんはどんな恵那ちゃんが好きですか? 皆様の感想、評価等お待ちしております。