「それじゃ! また連絡するから、約束だよ?」
「……家まで送りましょうか」
「今日は大丈夫、お夕飯ご馳走様でした」
「ワンッ」
「……そうですか、お気をつけて」
ひとまず今日のところは満足したようで、笑顔を浮かべる一人と一匹は軽やかな足取りで玄関を出ていった。
久しぶりの賑やかな食卓だったからか、私一人残された部屋はどこか酷く寂しく感じる。こんな感覚はいつぶりだろうか。
毎日同じものを食べていたことを詰められた時はどうしようかと思ったが、一緒に料理をして食事をしている間にどうにか誤魔化せたと思う(誤魔化せてない)
ピロン
静かな部屋に携帯の通知音が響く。
[今日はいきなり押しかけてごめんなさい]
[お母さんにさっきのこと言ったら、是非来て貰いなさいって言ってくれたよ]
[そうですか、ではそちらの都合が良い日にお邪魔させていただきます]
[了解! また日にち決まったら送るね!]
[わかりました、楽しみにしています]
最後に彼女から教えてもらったばかりのスタンプを送信して会話が終了する。食器の洗浄も彼女が済ませてしまったため、特にやることが無く手持ち無沙汰になったベランダへと向かう。
いつものように煙草に火をつける。
『君は父親によく似ている』
『彼が変わったのは君の奥さんに出会ってからだ』
『もっと他人を頼れ。辛かったら寄りかかってもいいんだ』
何故か思い出される新城さんの言葉。思考がクリアになって行くのを感じる。チリチリと火口が手元に近付くその様はまるで答えへの導火線のようにゆっくりと、しかし確実に進行して行った。
私は恵那さんのことをどう思っているんだ。彼女といると心が安らぐのがわかる。いつもの買い物の帰り道で、どこか彼女と会うことを期待している自分が居る気がする。そういえば志摩さんにも雰囲気が柔らかくなったと言われたな。実感はあまり無いが、嘘を言うような人ではないと分かっているため、恐らく事実なのであろう。
そして、最後に思い浮かぶのは別れ際に見せた恵那さんの笑顔。慈愛に満ちたその表情が脳裏に焼き付いて離れない。
ついに火口がフィルターまで届く。
「……そうか、私は彼女のことが好きなのか」
全て合点が行く。今までずっと解けなかったパズルのピースがハマったような感覚を覚えた。出した答えに納得した私は、二本目の煙草に手を伸ばすこと無く部屋に戻った。シャワーを浴びると一日の疲労感が急激に私を襲う。
ベッドへ身を投げ出した私の瞼は、まるで鉛のように重く、程なくして夢の世界へと旅立った。
寝室に置いてある家族写真。そこに映る両親は彼のことを優しく見守っていた。
ーーーー
翌日、初めて大学の講義を自主休講という名のサボりを敢行した私は両親の墓参りに赴いていた。今日はバイクではなく電車で、山梨の山奥にある墓地に向かう。車窓からは今朝の天気予報通り、ちらほらと雪が降り始めているのが見えた。
両親の墓がどこにあるかすら分からなかった私は、久しぶりに祖父母へ電話をかけて場所を聞いた。電話に出た祖母は、急な私からの便りに驚いた様子だったが、直ぐに優しげな声色で住所を教えてくれた。
目的の駅で降り改札を抜けると、しばらく登り坂が続く。雪が段々と強くなっているが気にせず突き進む。肩に雪が少し積もってきた頃に墓地が見えてきた。
ここに来るのは実は初めてだったりする。両親に思いを馳せることはあったが、墓参りに来ることは無かった。
(心のどこかでここを避けていたのかもしれないな)
現実から目を背け、今まで逃げ続けた私を責めるように山梨の寒さは容赦なく肌を突き刺す。
事前に教えてもらった場所を探してしばらく彷徨う。雪のせいで視界が良くないため時間がかかってしまったが何とか辿り着いた。墓前に立つと、そこには枯れた花が挿さっていた。祖父母か、両親の知り合いが供えたのだろうか。
「久しぶり、父さん、母さん」
瑞浪家之墓と掘られた墓石の前でしゃがみこんで、何年ぶりかの挨拶をする。いや、こうなってからは初めてだったな。
「今まで僕はここから逃げていたみたいだ。来るのが遅くなって、ごめんなさい」
平日の昼間、雪が降りしきるこんな時に墓参りに来ているのは私くらいだろう。雪の降る音だけが静かに私を包んでいた。
今まで来なかった時間を埋めるように、祖父母のこと、大学やアルバイト、キャンプ場で出会った人たちのことをぽつりぽつりと報告していく。
そしていつも犬を連れている、あの少女のことも。
それらを一通り話し終え、少し間を置いた私はもう一度口を開く。今日来た目的を果たさなくては。
「会いに来なくて、本当にごめんなさい。でも、今更許して欲しいとは言わないよ。ただ今の僕を見て欲しかったんだ。……今までずっと、お父さんたちの言葉の意味を考えてたんだ。僕が優太って名前を付けられた意味、僕だけがあの事故で生き残った意味、そして最後にちゃんと生きろと言われた意味。どれもまだちゃんとした答えは出せてないと思う」
誰もいない墓地だったが、辺りの墓石と雪によって音が吸収されこの空間には両親と私しか存在しないようにさえ思えた。気付けばさっきまで降っていた雪は勢いを弱めているようだった。
「それでも、母さんみたいな優しい笑顔をする女の子に出会えたんだ。父さんと母さんに言われた言葉を思い出したんだ。たくさんの優しい人に巡り会えますように、って。」
「これからも僕は父さんと母さんのことを未練がましく考え続けると思う。多分これは変わらない。でも少しだけ、ほんの少しだけ前に進めた気がしたんだ。だから、また来るよ。答えは出なくても、何年かかってもいいから自分なりに答えを見つけてみせる」
何かを吹っ切れたような顔をする彼は最後に別れの挨拶を告げて、両親の墓石に背を向ける。行きと同じ道を辿って駅へと帰って行った。
厚く重々しい雲に覆われていた空だったが、その間からほんの僅かに青空が覗いていた。それに気付いた彼はふっと微笑み、肩に積もっていた雪を払うのだった。
ーーーー
「彼が家に来た時のご飯、何にしましょうね〜」
「うーんそうだなぁ、いつも魚ばっかり食べてたみたいだしお肉にしたらどうかな?」
「それ、採用」
「ワンッ」
お父さんも帰ってきたあと、私たちは三人(と一匹)で家族会議をしていた。議題は彼へご馳走する夕飯のメニューだ。普段無口なお父さんも何やら乗り気で参加していた。ちくわを膝に乗せながら親指を立てている。
「それにしても恵那が家に男の子を呼ぶなんて、やるじゃな〜い。時が経つのは早いものねぇ……」
「そ、そうゆうのじゃないから!」
「私はまだ認めていない」
「ちょっとお父さん!」
悪ノリしだしたお父さんは後でちょっとお話しないといけないかな。とりあえずちくわは取り上げます。そんな寂しそうな顔しても許してあげません。でもちょっと可哀想だからちくわは返してあげます。
「今度の土曜日でいいかしら、お父さん?」
「あぁ、そうだな」
「分かった! 土曜日だね!」
急いで彼に日にちが決まった旨のメッセージを送ると、直ぐに了承の返事が返ってくる。
早く土曜日が来ないかなぁという小学生が遠足の前にするような思考を浮かべながら、今日の家族会議は終了するのだった。