なんだか壊れてしまいそう。
初めて彼を見た時、私はそう思った。私より大きな体を持つ彼は、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気を纏っていた。
「ドッグラン楽しかったねぇ♪ 」
「zzz」
「あらら、ねちゃったか〜」
斉藤家の愛犬チワワのちくわは私の膝の上で爆睡してる。普段からお散歩はしているが、こうして休日になると両親がドッグランに連れて行ってくれるのだ。まだまだ子犬のちくわは、元気いっぱいで普段の散歩だけでは少し不完全燃焼気味だった。だから久々に力いっぱい遊んで満足したのだろう、鼻ちょうちんを作りながら車に揺られるちくわだった。
「ちょっとサービスエリアで休憩しましょうか」
「そうだな」
「私ソフトクリームたべたーい!」
「いいわねぇ ♪ 」
しばらく運転が続いていた父を気遣ってか、母が休憩を提案する。ソフトクリームという単語にちくわが反応して飛び起きたが、流石に人間用のアイスを食べさせるのはカロリー過多になってしまうだろう。ドッグラン併設型の大きなサービスエリアなら犬用のアイスが売っている可能性はゼロでは無いので、その僅かな希望を胸にちくわは悠然と前を見据える。
車を停めたらサービスエリアへ直行する。お出かけした時にサービスエリアで食べるソフトクリームとメロンパンは格別だよね。
「あれ?ここのサービスエリア、ペット入店禁止って書いてある。それじゃあしょうがないね……。ちくわ、私とお外でお留守番してよっか」
「ワンッ」
「じゃあ私達が買ってくるわね、ソフトクリームで良かった?」
「うん!お願〜い。あとちくわも食べられそうなアイスがあったら買ってきて〜」
「わかったよ、それじゃちくわのことよろしくね」
お母さん達が人混みをかき分けて店内に入っていく。休日ということもあり、なかなかの盛況具合だ。もう両親の姿が見えない。さぁどうしよっかなぁ。
ただ待ってるだけというのもつまらないし、ちくわもまだ動きたそうにしてる。今日は天気も良いし、最高のお散歩日和だね。
「ちくわ、ちょっとこの辺歩こっか」
「ワンッワンッ」
ちくわが私の言葉に反応して元気に走り出す。サービスエリアって意外と散歩できるコースあるよね〜。しばらく遊歩道を歩いていると、不意にちくわが茂みに向かって駆け出す。
「ワンッ!」
「あっ!ちくわ!待って!」
「ガソゴソ……ガサゴソ……」
「どうしよう……」
暖かい空気を満喫していたら、急に蝶々が現れ、そのゆらゆらとした動きの誘惑に抗えなかったちくわは飼い主の事を忘れ茂みの中に入って行ってしまった。小型犬とはいえ、急に走り出したら女子高生の握力で掴まれているリードなど直ぐに振り払ってしまう。ちくわの行方を追うにも、人が入れるような隙間は無い。
「とりあえず、探さなきゃ……!」
どこから飛び出して行くか分からないし、ちくわにもしもの事があったら……!
その後私は必死になって茂みの中やその周りを探したが見つからない。近くにいる人にリードをつけたチワワを見なかったか聞いたが、見た人は居ないようだ。もしかしたら戻っているかもと思い、お母さん達の方にも行ったけど見てないみたい……。
もうこれはサービスエリア内をくまなく探すしかない。もしそれでも見つからなかったら職員さんに助けて貰って、それからーー
「ワンッ」
「!!」
今の鳴き声はちくわだ!何年も一緒に居たのだから聞き間違えるはずがない。私は周囲の目も憚らず、必死になって声が聞こえた方へ走る。するとそこにはベンチに腰掛ける見覚えのない青年の腕の中で、私の愛犬は満足そうに鎮座している光景があった。
「よかったぁ……」
見つけた喜びと安堵で全身の力が抜け落ちるようだった。どんな人がちくわを見つけてくれたのだろうと、自然に移動させた視線の先には彼の顔があった。
その青年の、憂いを帯びた横顔から目が離せなかった。
喫煙所の横にあるベンチに腰掛けている彼は何をするでもなく、ただじっと座ってちくわの頭を撫でていた。くるしゅうないぞと言わんばかりに撫でられているちくわはとても満足そうだった。端正な顔立ちから覗く瞳からはおおよそ感情というものを感じ取ることが出来なかったが、纏っていた雰囲気はとても落ち着いていた。
私はその姿に一瞬見惚れてしまったが、直ぐにちくわのことを思い出し、その青年の元へ駆け寄った。
「ちくわ!」
声を掛けた私を彼は静かに見つめる。私の事に気付いたのか、ゆっくりとこちらを向くが、表情が特に変わることは無かった。
「見つけてくださって、本当にありがとうございます!」
「……」
私の言葉が聞こえていないのかと思えるほど無反応だったが、それでも私の顔をしっかりと見つめている。あまりまじまじと見られると少し恥ずかしい。そんな私の気も知らず、彼から手渡されたちくわはどこか彼との別れを惜しんでいるようだった。
お母さん達が追いついてまた感謝を述べながら、一緒にちくわとの再会を喜ぶ。すると彼はいたたまれなくなってしまったのか、どこか気まずそうにこう言った。
「……いえ、では私はもう行きますので」
と足早に去ろうとして……えっ?!いやちょっと待ってよ!ちくわを見つけてくれた恩人をこのまま帰らせる訳にはいかない。
「あ、ちょっと待って下さい!」
思わず彼の腕を取り、引き止める。何も考えずに行動してしまったが、この時の行いは決して間違って居なかったと今では断言できる。彼に感じた違和感というのもあるが、私自身が彼に何か惹かれるものを感じたのだろう。一目惚れ、と言うと若干安っぽく感じるが同じようなものだ。
「私、斉藤恵那って言います。何度目か分かりませんが、うちのちくわを助けてくれて、本当にありがとうございます!もしまた会えたら何かお礼をさせてください!」
まくし立てた私の言葉を聞いた彼は、どこか諦めた表情で頷く。迷惑だっただろうか、
「では私達はお暇させていただきます」
「本当に、ありがとうございました」
「さようなら〜!」
「ワンッ!」
私達家族は三者三様に別れの言葉を彼に告げてから、駐車場に停めてある車に向かった。
その後何事も無く帰宅した私は、食事とお風呂を済ませた後自分の部屋に直行した。明後日提出の宿題がまだ残っていた気がしなくもないが、その現実を頭の隅に追いやって。
電気を消し、私の中で暫定彼氏であるお布団君に入って今日の出来事を思い出す。
「ちくわ、今日は色々あったね〜」
「ワフゥ」
「あの人にまた会えると良いね」
「ワンッ」
「そっかそっか、ちくわもそう思うか〜」
まるで心から通じあっているように、私の言葉に相槌を打つちくわ。ふと、また会おうと言った割に連絡先を渡すのを忘れてしまった事に気付く。連絡が取れないのにあそこで偶然会っただけの青年にどうやって再開するんだろうという疑問がふと浮かんだが、まぁなんとかなるでしょという安直な考えの元結論を出す。
今日一日の疲れが急に彼女の瞼を襲う。数秒もしないうちに彼女は、横に居るちくわと共に夢の世界へ旅立って行った。
いきなりお気に入り登録、感想、評価ありがとうございます!! しばらく主人公は無愛想ですが、嫌いにならないであげて下さい。