プロットが大まかに出来上がったので続きます。
それではどうぞ。
【22】これまで
「優太くん、そこのウェアを袋から出して纏めておいて」
「了解です」
「あとサロモンは別のブース作ってあるからあっちに置いておいてー」
「分かりました」
クリスマスキャンプを終えると冬休みがやってくる。学生が持つ権利である春、夏、冬に訪れる大型連休を僕はアルバイトで消費していた。僕の働いているショップでは少し前からウィンタースポーツの商品を中心に扱っていた。シーズンが本格的に始まる11月頃から準備はしていたが、現在はシーズン真っ只中の12月下旬。店内はそれ目当てのお客様でごった返しており、冬も本番だというのに熱気からか少し汗ばんでいた。
「それ終わったら休憩行ってきてー、多分これからもっと忙しくなるからよろしく」
「終わったので休憩行ってきます」
「はっや、おっけゆっくりしてきなー」
先輩から休憩を言い渡された僕はいそいそとエプロンを脱いで更衣室を後にした。
いつもの缶コーヒーを買って外に出る。昼間なため日は出ているが前日降った雪は溶けることなくその白い存在を主張し続けている。店内で火照った体に当たる冷たい風が心地よい。
サウナ後の水風呂のような感覚でいたら、携帯の着信音がポケットから鳴り始める。きっと彼女だろう。
『あ、もしもーし おつかれさま〜』
携帯のスピーカーから聞こえてくる彼女の声に少しくすぐったくなるも、不快感は全く無い。むしろ心が暖かくなるような気がする。
「おつかれさん 丁度いま休憩になったところ。そっちも今バイト中だっけ」
『私もさっき休憩もらえたの。 ずっと座って文字追ってたから目が回るかと思ったよ……』
「だからメッセージじゃなくて電話だったのか」
『それもあるけど……、優太さんの声が聞きたくて』
いやぁ凄いなぁ。午前中の疲れが一気に吹き飛んだ気がした。同時に一瞬意識が飛びそうな予感がしたが恐らく大丈夫だと思う。
女性とお付き合いをするという経験が今まで無かったのにも関わらずこの破壊力に耐えられたのは、きっと母さんが強く産んでくれたからに違いない。次男や三男だったら耐えられなかったかもしれない。
『……えっと、大丈夫?』
「大丈夫大丈夫、ちょっと意識が飛びかけただけだから」
『全然大丈夫そうに聞こえないけど?! ほんと無理しちゃだめだからね?!』
僕の返事が遅かったことを心配した彼女を安心させようとしたが余計心配させてしまったらしい。
『今日そんなに忙しいの?』
「今週天気良いしみんな結構買いに来てるね」
(意識が飛びそうになったのは忙しさが理由では無いのだがまぁそれはいいだろう)
『……それでさ、今日バイト終わったあと時間ある?』
「特に用事はないよ」
申し訳無さそうにしている顔が容易に想像出来る声色で聞いてくる彼女だったが本当に用事は無い。僅かばかりの課題も既に終わっているし、まだ2年なので卒論や就活に追われる事も今のところは無い。これが来年になると一気に忙しくなるのかもしれないが今は今だ、呑気に自由な時間を活用させてもらっている。
『もし良かったらお茶でもしない? 近所に出来た新しい喫茶店気になってたんだよね〜』
「良いね 川沿いに出来たあそこのことかな」
『そうそう! 雰囲気良さげだったから行ってみたい!』
「三時には上がれるだろうから、迎えに行くよ。郵便局前に行けば良い?」
『分かった! 私もそれくらいに終わるから外で待ってるね〜』
その後一言二言会話を続けると休憩の時間が終わりそうなのに気付く。名残惜しいが仕方ない、そろそろ仕事に戻らなくては。
「もう戻らないと、それじゃ恵那、また後でな」
『うん! また後でね優太さん ♪ 』
別れの挨拶を済ませた僕達は郵便局とショップ、それぞれの仕事場に戻るのだった。
「休憩上がりました」
「おかえりー、さっき例のエリマネが奥さんと来店なさって二階上がってったから気をつけなよ。変に絡まれたらお姉さんに言いな、私が助けてあげるから」
「ありがとうございます、でも大丈夫ですよ。」
「無理しないようにねー」
そう言うと先輩は裏に戻って行った。交代で休憩に向かった彼女の背中を見送って僕も担当の場所に戻る。
それにしても人が多いな。何処を見てもお客さんが居る。店としては売り出し時にしっかりとお客が入っているのだから万々歳なのだろうが、特に利の無いアルバイトの身としては苦労の方が勝ってしまうかもしれないな。
そんな事を考えながらフロアに立っていると、一組の男女が近付いてきた。厳格そうな男性が私に声をかける。
「いま、よろしいかな?」
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」
「妻が今シーズンからスキーを始めるのだが、全く経験が無くてだな。せっかくなら店員さんに色々教えて貰いながら用具を購入させていただこうと思ったのだが頼めるかね」
「ええ、かしこまりました。それではスキーブーツから見ていきましょうか、それからスキー板とビンディング、ウェアの順でご案内させていただきます。こちらへどうぞ」
「よろしくお願いしますね」
久しぶりのお客様対応だ。気合いを入れなくては。以前は人と関わることを避けていたため自然と外されていたが、最近の僕を見て大丈夫だと思ったのか店長はフロアでの仕事を増やしているようだった。
ブーツのフィッティング、スキー板選びとビンディングの調節、ウェアの選定をゆっくりとお客様に寄り添いながら行っていく。初めてのスキーという事で専門的な言葉にはその都度説明を入れながら、分からない事が無いように努める。
その間旦那さんはずっと僕の対応を見ていた。もしかしたら奥さんよりも真剣な顔で見ていたかもしれない。勉強熱心な人なのかもしれない。
「これで一通り揃いましたね。板のセッティングとワックスがけの説明はあちらのスタッフが行いますので、こちらの番号札を持ってカウンターの方までお願いします。何か質問などございますでしょうか」
「ありがとうございます。とっても助かったわ、ねぇ貴方」
「あぁ、とても分かりやすかったよ」
「質問も特には無いわ、お兄さんのおかげよ」
「ありがとうございます。それではカウンターの方へご案内致しますね」
その後工房に居るスタッフに対応を引き継ぎ、自分の持ち場に戻ろうとした時だった。先程の旦那さんに呼び止められる、何か確認事項でもあったのだろうか。
「ちょっと君」
「はい 何かございましたでしょうか」
「何故今までこのような対応をしなかった」
……えっと、言っている意味が分からないのだが。もしかして以前対応したことがあっただろうか。その時の対応はお世辞にも良いとは言えないものだったのは自覚している。何か失礼をしていたかもしれない。
「以前私が対応することがありましたでしょうか。その際は申し訳ございませんでした。言い訳のしようもございません。」
「本当にそうだ。あの対応は見ていられなかった」
「返す言葉もござまいません」
「キャンプや登山、今なんかはスキーやスノーボード。我々の仕事はお客様に笑顔になってもらう前提で行われているものだ。そんな店の店員である君が楽しそうにしていなくてどうする。仕事が出来るということは、ただ作業を素早く済ませれば良いという訳では無いのだよ。……まぁ今日の対応であれば及第点だ」
「ありがたいお言葉、ありがとうございます」
「この店は毎年かなりの売上を出している。働いている君もその自覚を持ちたまえ。ここを任せている店長から君を見に来いと言われた時には何事かと思ったが、時間が無駄になる事は無かったな」
我々、売上、任せている店長……? もしかして彼がさっき先輩が言っていたエリアマネージャーだろうか。もう話すことは無いと言わんばかりに背を向けた彼は店長に会うためだろうか、奥さんを連れて一階へと降りていった。
持ち場に戻りながら彼に言われた言葉を噛み締める。今まで迷惑をかけてしまった分、より一層努力しなくては。そう心に決めながら次々と訪れるお客様を対応していくのだった。
ーーーー
「店長、お疲れ様です」
「鏑木さん! どうでした、彼」
「まだまだ粗もありますが、優秀な人材と言えるでしょうね。是非今後もうちで働いて欲しいものだ」
「それなら良かったです」
「ポストに就く前にもう一度エリマネとして全国を視察して回ったが、色々見れて本当に楽しかったですよ」
「これからは我々が会うことも少なくなりそうですね」
「なぁに、大野君にもそろそろ話が来る頃でしょう。詳しい事は話せないですが、まぁ待っていてください」
「! ありがとうございます!」
「それではまた、彼のことちゃんとスカウトしといてくださいよ?」
「鏑木さんもお元気で。彼のことは任せて下さい!」
別れの挨拶を済ませた男性は奥さんを連れて駐車場に停めてある車へと向かう。
「ずいぶん楽しそうね? そんなにあの店員さん気に入ったの?」
「別にそんなんじゃないさ。ただ彼は私の若い頃に少し似ていてね、どこかで自分を重ねて見ていたのかもな」
「あらあら、貴方があんなに美男子だった頃があったなんて知らなかったわ。」
「そういう意味では無い!!」
男性の声は冬の空気に虚しく響いた。
店長とエリマネの名前が判明。大野さんと鏑木さんです。