「これはこっちで、……これなんて読むんだろ」
彼との電話を終えて元気を充電した私は、再び年賀状の仕分けを行っていた。なでしこちゃんは私と違って外勤なので、今頃近所を自転車で走り回っているだろう。
偶に達筆で書かれた年賀状に当たると手が止まってしまうが、概ねスムーズに仕分けの仕事を進めていく。
彼と付き合い始めた事実を思い出すと未だに頬がにやけてしまうのを感じる。このままだと私の口角はゆるゆるに溶けて無くなってしまうのではないか。ちらちらと時計を見るも見た分だけ時間が早く進む訳では無い。
(早く優太さんに会いたいなぁ)
さっきよりも時間の進みが遅くなったような感覚に辟易とするが、仕事は仕事だ。あてがわれた役割はしっかりとこなさなくては。再び年賀状へと視線を戻した私は黙々と手を動かすのだった。
ーーーー
「やっと終わった〜」
「恵那ちゃん! お疲れ様〜」
「おつかれ〜、なでしこちゃんはまだまだ元気だね。ずっと動き回ってたけど疲れてないの?」
「体力には自信がありますから!」
得意げに胸を張る彼女を見ていると微笑ましくなる。キャンプの時といい、彼女の無限の体力と空腹には目を見張るものがある。
「恵那ちゃんはこの後どうするの?」
「優太さんと喫茶店行く約束してるんだ」
「二人とも仲良しだねぃ。それじゃ! 私はもう帰るから! 楽しんできてね!」
「うん、またね〜なでしこちゃん」
そう言うとなでしこちゃんは手をぶんぶんと振りながら家へと帰っていった。まだ野クルのメンバーには私たちが付き合い始めた事は知られていないはずだ。特に隠す理由も無いのだが、もうちょっと二人だけの秘密にしておきたかった。もしかしたらリンにはバレてるかもだけどね。
それにしても、
(ほんとに犬みたいな子だなぁ)
スマホの時計は三時半を指していた。そろそろ彼がやってくる頃だろうか。と、思っていたら遠くからバイクの音が聞こえてきた。見覚えのある背格好がゆっくりと近付いてくる。目の前まで来て停車した彼は、バイザーを上げて目元を晒す。
「お待たせ、待たせちゃったかな」
「ううん、全然待ってないよ」
「それじゃ行こうか」
そう言うと彼はタンデムシートに括りつけていたヘルメットを手渡す。
「これ、前僕が使ってたヘルメット。使い方わかる?」
「えっ! 後ろ乗っていいの!」
「もちろん。ただそのヘルメットちょっと古いから、もしまた乗りたかったら今度一緒に新しいの買いに行こう」
「分かった!」
急いでヘルメットを被った私は彼の乗るバイクの後ろにまたがる。振り落とされないようにとしっかりと彼に抱きつく。……これは安全のために仕方ないことなのだ、決して合法的に彼にくっつける等という邪な気持ちがある訳では無い。別に彼女なのだから彼に抱きつくことが違法なことは無いのだがそんなことはどうでもいい。
「……行きますよ」
「しゅっぱつしんこー!」
少し固くなった彼の言葉を聴きながら、その広い背中に体重を預ける。冬の外気に当てられながらも、彼の暖かな体温が直接伝わって来るように感じる。バイクの後ろに初めて乗った私はふわふわとした不思議な感覚を覚えながら喫茶店への短い道のりを楽しむのだった。
(これは、すごいな……)
目の前に差し出されたのはふたつのケーキとひとつの大きなドリンク。私たちは喫茶店に入るなりカップル限定のセットを見つけると、彼の逡巡を見て見ぬふりをして迷わずそれを注文した。
内容はケーキふたつとドリンクがひとつだ。この時点で違和感に気付くべきだったのか、彼と二人で喫茶店に来ている喜びで舞い上がっていた私には難しい話だったのかもしれない。
私たちの座るテーブルに注文した商品が届けられるまでは楽しく会話を続けていた。そう、届けられるまでは。
並々と注がれたアイスココアに刺してあるのは、ハート型の大きなストロー。構造上二人が同時に吸わなければ飲み物が飲めないようになっている。これを考えた人は天才か馬鹿のどちらかだろう。……いや天才で馬鹿だったのかもしれない。恥ずかしさでいっぱいになりかけた脳で考えられる内容はそう賢いものでもなかった。
「……とりあえず食べますか」
「っ! うんっそうだね!」
直前にある問題から目を背けた私たちは手元に置かれたケーキへと手を伸ばす。
「美味しい」
「美味しいね、これ」
予想より美味しかったケーキに驚きながら黙々と食べ進める。会話がない理由はお察しである。どのタイミングでソレに手をつけるか決めあぐねているのである。迷っている私を見かねてか彼が口を開く。
「……これ、飲むか」
「そうだね」
意を決したように問題の品と対峙した私たちは、ゆっくりとストローに向かって顔を近付ける。超至近距離で彼と目が合うと、どちらからともなく注がれたココアを飲み始める。
味なんてわかる訳が無かった。
世界が二人を残して時間が止まったような気分になる。じっと見つめる彼の瞳はとても美しかった。
最初に出会った頃の淀んだような様子は無く、きらりとした瞳には私が反射して映り込んでいる。まるで私以外見ていないようなそんな眼差しだった。
しばらくすると、ズズッという間抜けな音と共にその感覚も終わりを告げる。
「おっ、美味しかったね〜!」
「ソウデスネ」
勢い良くそれを飲み干した二人はさっきまでの気恥しさからかお互いに顔を背ける。
(危なかったぁぁぁ!!)
私は限界の一歩手前でどうにか持ち堪えている状況だった。湯気が出ているのではないかと思うくらい熱くなった顔を抑えながら悶えている。
彼も今どんな顔をしているのかとても気になるが、そんな余裕は私の何処にも残されていなかった。
普段から飄々としている私だが、こういう事に対する耐性は全く無いらしい。心のどこかで、多分余裕だろうとタカを括っていた過去の私を叩いてやりたい。
私がトイレへ化粧直しに行っている間にお会計を済ませたらしい彼と共に外へ出る。
「……恵那はあのココアの味、分かった?」
「ぜんぜんわかんなかった」
「だよね、僕もだよ」
付き合う前からお家デートを済ませているはずだったのにこんな事になるなんて夢にも思っていなかった。気を使って話しかけてくれている彼の顔をまだ直視することが出来ない。
もう沈みかけている太陽を見ると冬特有である日の短さを感じる。暗くなる前に帰ろうと彼は私の家へと送ってくれた。出迎えたお母さんに夕飯を食べていきなさいと言われていたが、予想通り彼は丁寧に断っていた。
(今日これ以上彼と居るのはやばい、主に私の心臓が)
何となく察したらしいお母さんは無理に彼を引き止める事はしなかった。本当にありがとうお母さん。
「微笑ましいわねぇ、あなたたち」
「ブフッ」
「っ! お母さん!!」
余計な一言を言ってくるお母さんに優太さんも吹き出していた。より一層恥ずかしくなってしまった空気から逃れるように私は部屋へと帰る。ちくわは突然帰ってきた私に興味津々のようだ。ベッドに倒れ込んだ私の耳をぺろぺろと舐めてくる。
「ちくわはいいなぁ〜、悩みとか無さそうで」
「ワフゥ?」
理不尽な飼い主の言い分にも何処吹く風。訳が分からないと言わんばかりに不思議そうな顔で首を傾げる。
彼も意外と苦労人(犬)なのであった。
ーーーー
彼女の家から帰ってくると腹が鳴る。去り際に彼女の母親から作り過ぎたからと手渡された料理を片手に部屋へと戻る。シャワーを浴びた後、缶ビールを煽りながら貰った料理に手をつける。
「……これがお袋の味というものなのだろうか」
しみじみとしながら料理を次々と口へ放り込んでいく。これからは違う料理にも挑戦してみないとな。
どこか懐かしさを感じるその味を堪能しつつ今日の事を振り返る。
「……可愛かったなぁ」
いろいろと出来事が重なった一日であったが、彼女を表すこの一言の印象が全てをかっさらって行くのだった。
とりあえずこれからの呼び水となる2話分でした。最後の一言は私も全くの同意見です。
今日のところは以上です。
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