【25】肉とスキレット
[旅行、楽しんで]
[そっちこそ! ソロキャン楽しんでね〜]
返事が来たのを確認して携帯の画面を消す。あれから三ヶ月が経過し、僕の通っている大学は春休みに突入していた。
初めてできた彼女と二人キャンプを画策していた僕であったが、たまたま野外活動サークルのメンバーと行く旅行が被ってしまいその計画はあえなく撃沈したのだった。
とはいえ彼女も皆と行く旅行を楽しみにしていたし、結果オーライである。
一緒に行かないかと誘われたが、そう何度も女子高生に混ざって旅行に行くのは世間体的にアウトな気がしたのでお断りさせて頂いた。
そうした経緯があった後、彼女は友達と伊豆へ、僕は一人で静岡の南部町からしばらく行ったところにあるキャンプ場へと向かっていた。
実はこのキャンプ場、今まで訪れてきた場所とは少し違っている。それは両親と行ったことが無いはじめてのキャンプ場という所だ。
僕にとってキャンプとは両親と自分を繋ぎ止めてくれているものとして考えていたが、今なら自分の趣味として初めてちゃんと楽しむ事ができるのではないかと期待している。
山奥にあるキャンプ場に到着すると受付を済ませる。事前に予約してあったのでスムーズに入ることが出来た。
三月とはいえ最近は春の暖かさを感じる日もしばしばあり、今まで居なかったであろう他のキャンパーさん達もポツポツと現れ始めていた。
「ここをキャンプ地とする、なんてな」
奥の方に進んでいくとまだ誰も設営していない静かなスペースを見つけた。サイト内にバイクを停めた僕は、荷物を下ろし隅の方で腕組みをしながらとある名言を呟く。
原付の旅シリーズは、父と良く見ていたので覚えている。タレント二人とカメラマン、ディレクターの四人がビデオカメラひとつで全国を旅するというシンプルな番組であったがこれがなかなか面白い。またDVDでも借りて見てみようか。
冗談も程々に、自分のテントを取り出し設営する。今どき珍しい直火での焚き火が許されているこのキャンプ場は、各サイトにそれぞれかまどがひとつ用意されていた。薪を地面に放り投げてやることが無くなった私はいつものように椅子に座り込む。
(あれ、ここからどうするんだっけ)
ふと気付いた。今まではここから両親に思いを馳せて時間を過ごしていたが、それ以外でやる事がもうない。
キャンプにまで来て携帯を眺めているのも何か違う気がするし、暇つぶし用の本なども持ってきていない。恵那も今頃友人たちと旅行を楽しんでいるだろうし邪魔をするのも忍びない。
「……とりあえず肉でも焼くか」
来る途中で買ってきた良さげな肉を保冷バッグから取り出し、スキレットを火にかける。味付けは塩コショウのみ、程よく熱されたスキレットに肉を乗せる。
ジューと、なんともそそられる音を立てながら乗せられた肉から香ばしい香りが漂ってくる。数分経ったら裏返すと、見事に焼き上げられた片面が顔を出す。余分な油をペーパーで拭き取りながらバターを投入、表面へ少しずつかけながら全体へ均一に熱が行き渡るようにゆっくりと加熱していく。
(そろそろかな)
スキレットから取り上げられた、まるで黄金色のようにも見える肉塊をアルミホイルの上に置く。肉全体をホイルで包んだらしばらく休ませる。肉汁が溢れださないようにする為にこの作業は必須である。
休ませている間やる事が無くなった僕は、辺りの音に耳を傾けて見ることにした。
焚き火の音、木々のざわめき、鳥のさえずりなど様々な音に溢れているものの決して喧しいことは無い。
心を穏やかに目をつぶって背もたれに体重をかける。なんて心地がいいのだろう。
ドルルル
しばらくそうしていると、森の中に似つかわしくない音が聞こえてくる。二気筒特有の音を響かせながら一台の単車がこちらへと近付いてくる。なんだか見覚えがあるな。
サイトのすぐそばへ停めてヘルメットを取った彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
そんな彼に向かって、いつかの意趣返しの様にこう告げた
「肉、食べます?」
ーーーー
「やっぱり優太さんも来れば良かったのに〜……」
「無理言ったらあかんでぇ、なでしこちゃん」
「そうだぞ! お兄さんにも事情があるんだ事情が!」
道の駅で休憩を取っていた私たちだったが、なでしこちゃんが遂に我慢ならなくなったようで本音を漏らしていた。
初めは来られないことを聞いて、しょうがないねと納得していた様子を見せていたが、やっぱり心のどこかでは皆で来れたら良かったと思っていたらしい。
(今頃どうしてるかな……)
売店で買ったわさびアイスを口に運びながら彼のことを思い出す。何も一緒に来られれば良かったと思っているのは、なでしこちゃんだけじゃない。何なら私が一番そう思っていると言っても過言では無いだろう。
同行を断る彼の言い分は気にし過ぎだと思ったが、納得出来てしまう部分もあったため仕方なく諦めたのだ。まさかこんな所で年の差という弊害が立ちはだかるなんで思ってもみなかったな。
「さっ! もうそろそろ皆食べ終わる頃だし、次の目的地に向かおうか!」
「「「おー!!」」」
私が落ち込んでいても仕方がない、彼のためにも私は私でこの旅行を全力で楽しまなくては!
努めて元気に声を掛けた私に皆は乗ってくれたようで、握りこぶしを天高く突き出した私たちは先生の運転する車へと乗り込むのであった。
ーーーー
「驚いたな、こんな所でまた優太に会うなんて」
「こっちのセリフですよ新城さん。それと新城さんって志摩さんのお爺さんだったんですね」
「あぁ……。いやはや、世間は狭いものだな」
テントを設営し終えると、焚き火を挟んで座った新城さんと一緒にちょうど焼きあがった肉を頬張る。
中心までしっかりと火が通った肉はほんのりと赤みを残して完璧に焼きあがっていた。新城さんが山梨のワイナリーで赤ワインを買ってきたらしく、幸運にもご相伴にあずかる事になった。
それからはしばらく無言で肉と酒を堪能した私たちだったが、この間のようにおもむろに彼は口を開く。
「……君は」
「はい?」
「君は前に進めたようだね」
あの日にかけられた言葉とはほんの少し違っていた。だがその言葉をかける方、かけられた方の表情は、その違いとは比べ物にならない程大きなものだった。
「あのとき新城さんが言っていたこと、今ならわかる気がします」
「そうか」
「それに、こんな僕の事でも愛してるくれる人に出会うことが出来ました。父さんや母さんと同じように、とても優しくて、笑顔が素敵な人に」
「……まさかリンの事じゃないだろうな」
「…………違います」
「そうか」
感動的な報告の最中一瞬空気が重くなったような気がしたが、気のせいであると信じたい。
……失礼かもしれないが、どれだけ孫馬鹿なのだろうか。
「新城さんにも感謝していますよ。あの時うじうじ立ち止まっていた背中を押してくれたのは、紛れもなく新城さんですから」
「……君を少しでも後押しできたのなら、まだこの老いぼれにも生きる意味があったというものだな」
「そんなこと言わないで下さいよ」
どちらともなく笑顔が零れ、いつぞやの様な重い雰囲気は全く感じられなかった。ゴソゴソと懐からシガーケースを取りだした彼は慣れた動作で葉巻に火をつける。一向に煙草を取り出そうとしない僕を見て不思議そうに尋ねる。
「煙草辞めたのか?」
「はい、もう吸う理由も無いので」
「……それがいい」
ふっと笑いながらそうこぼした彼はゆっくりと煙を吸い、吐き出す。辺りを漂う葉巻の香りが心を落ち着かせる。
「さっきの肉は優太が焼いたのか」
「はい、いかがでした?」
「あれは美味かった。君の父親はかなりの確率で丸焦げの肉を生成していたからな」
「予想は出来ますね。料理上手は母さんに似たのかも知れません」
「……あぁ、そうだな。……
みなまで言うな。
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