「それでねっ! あんまり寝付けなかったからなでしこちゃんと一緒に夜更かししたりして」
「そうかそうか」
「って、ねぇちゃんと聞いてる?」
「聞いてるとも」
「ほんとに〜?」
旅行から帰ってきた恵那は自分の家に着くなり、旅行の報告をするために僕の家へと転がり込んできた。しばらくは膝の上に座って楽しそうに伊豆旅行の思い出を語っていた彼女だったが、背を預けて座っていたため反応がよく見えず少し不満を漏らす。
顎を上げてこちらを見上げた恵那と目が合う。数秒見つめあった後、こちらの反応に満足したのか再びもたれかかって話を始める。
「天窓窟、三四郎島のトンボロ、天城越えの道の駅で食べたわさびアイス、どれも楽しかったなぁ」
「楽しめたようで何よりだよ」
「……」
楽しそうに土産話をしていると思ったら、彼女はまた黙り込んでしまった。
「どうかした?」
「……でもやっぱり優太さんも一緒に行けてたらなって」
「すまんとは思ってる、でも仕方ないだろう? 普通に考えて大学生が女子高生に囲まれながら旅行に行くなんて倫理的にアウトだろ」
「そうだけどさぁ……」
何度も説明した言い訳を彼女は理解はしているものの納得は出来ていないらしい。仕方がないなと彼女の体に腕をまわす。後ろから抱いて密着する身体に暖かな体温を感じながらゆっくりと揺らす。
「この埋め合わせは今度必ずするから、機嫌直してくれよ」
「……頭撫でてくれたら検討します」
「お易い御用です」
短く切りそろえられたショートカットをふわりと揺らしながらこちらに頭を向ける。手を頭の上に乗せると手入れが行き届いた髪からは艶が感じられ、滑らかな手触りでいつまでも触っていたいと思えた。
髪型が崩れないようにゆっくりと優しく撫でる。目を細めてリラックスしている彼女は、いつの間にか機嫌を直し鼻歌を奏でていた。
「あ〜あ、来年は受験生か〜」
「意外と早いもんだな、僕もそろそろ就職活動始めないとだね。恵那は今後どうするの? とりあえず進学?」
「私、昔からトリマーになるのが夢だったんだよね〜。だから高校卒業したら専門学校かなぁ。優太さんと同じ大学に入るのもアリかなって思ったけど、やっぱり夢が忘れられなくて」
「良いんじゃないかな、向いてると思うよトリマー。恵那にぴったりの仕事だと思う」
「……優太さんは? 就職どこにしようとか考えてる?」
ふと思い出したように将来の話を始めた彼女は、自分の夢を叶えるために専門学校に行く予定らしい。トリマーとして働く彼女は容易に想像出来る。楽な仕事では無いだろうけど、どんな時でも犬や猫に囲まれながら楽しそうに仕事をするのだろうな。
そんな彼女は就職について聞くと、また不安そうな顔をしながらこちらを見る。この表情を見るといつも苦しくなる、出来れば彼女にはずっと笑っていて貰いたいものだ。
「そうだねぇ、恵那みたいな立派な夢は無いんだけどさ。今働いてるアルバイト先の店長から、卒業したらうちで正社員として働かないかって話が来ててね。まだ返事はしていないけどそれも良いかなって思ってるとこ」
「へぇ〜、どうしてそう思ったの?」
「恵那や皆と巡り会わせてくれたキャンプを、もっと多くの人に知ってもらいたいって思うんだ」
改めて口に出すと、自分の将来がぼんやりと輪郭が出来てきたような気がする。さっきよりかは彼女の顔も安心を得ている表情をしていた。
「何か問題でもあったか?」
「就職してどっか遠くへ行っちゃうかもって考えたら、ちょっと寂しくなっちゃって……」
「そんなこと考えてたのか」
「そんなことじゃないよっ! 私にとっては大事なことなんだから!」
「心配ないさ、どこに行ったって僕は恵那の元を離れたりしないよ」
「…………そっか」
ようやく安心したのか穏やかな表情を浮かべている。しばらく無言の時間が続いたが、気まずさは一切無かった。
彼女も相当疲れが溜まっていたようで、こくりこくりと膝の上で船を漕ぎ始めた。
「疲れてるだろうしそろそろ帰ろ、家まで送るよ」
「いやだ〜、このまま泊まってく〜」
「駄々をこねるんじゃありません」
「ケチだな〜いいじゃん一泊くらい」
「恵那が卒業するまでは健全なお付き合いをするって決めてるんだよ、悪いけど我慢してくれ」
僕の言葉を聞くやいなや、さっきまでの眠気はどこへ行ったのか彼女は勢い良く飛び上がった。
「っ! それってどういう意味! ねぇねぇ!」
「はいはい、帰りますよ〜」
「卒業した後はどうなるの! ねぇってばぁ〜!」
腕に縋り付く彼女を窘めながら玄関を後にする。
結局、彼女の家に着くまでずっとその状態だった。
「またな、恵那」
「うん、またね優太さん」
僕のことをからかうことが出来て満足したらしい彼女は、楽しげな笑みを浮かべたまま玄関へと消えていった。
道中腕に感じる柔らかさから意識を遠ざけることに全神経を集中させていたため、自宅に帰ってくる頃には彼女よりも疲れたのではないかとさえ思える。
ーーーー
「あなた、随分雰囲気変わったわね」
「あはは……その説はどうも」
少し用事があったため大学へ訪れたら、その帰りにばったり桜さんと出くわした。四年生となり、残る単位も僅かになった彼女はゼミのため偶然大学に立ち寄っていたとのことだった。
「優太くんはこの後どうするの?」
「この後レンタルビデオ屋に寄って『原付の旅』を借りてこようかと、この間思い出したら見たくなっちゃいまして」
「西日本? 東日本? 海外編? どれ借りるの?」
「えぇっと、まだ決めかねてるんですけどちょっと印象に残ってるシーンがあって……」
「その話、詳しく」
めっちゃ食いついてきた。しばらく原付の旅について話していたが、このまま学内で喋っているのもどうかと思った私たちはコンビニへと場所を移した。
僕は珈琲を奢ってもらい、彼女はカフェラテを片手にもつとこちらに気を使って声をかける。
「私は気にしないから別にタバコ吸ってもいいわよ」
「いえ、もう煙草は辞めたので」
「あらそう、それは良い心がけね」
どこか母親のような顔を浮かべてこちらを見る桜さんに、少々いたたまれなくなり話題を変える。
「そういえば、桜さんって就職決まりました?」
「もういくつかは内定もらってるわよ」
「どこ行くんですか」
「秘密」
「えぇ……」
「ま、元気そうな顔が見れて良かったわ。今度会った時はDVD全巻貸す、ていうか押し付けるからそのつもりで」
シンプルにはぐらかされた事にげんなりする僕を横目に、彼女は何やら物騒なことを言いながら帰って行くのだった。
そろそろ新学期が始まる。
映画編行くかちょろっと幕間を挟むか決めかねていますが、どうにかします。
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