「これで受付は終わりです。明日のチェックアウトは午前10時ですが、七時から受付は開いてますので、早めに来ていただいても構いません。お食事は十八時にお持ちしますので、それまでごゆるりとお過ごしください」
「ご丁寧にありがとうございます」
「ありがとうございます ♪ 」
なんとか持ち直した僕は、受付で支払いを済ませ、キャンプ場の案内を聞いていた。
今回来たこのキャンプ場はいわゆるグランピングが行える施設である。今までのキャンプに比べて、その場に備え付けられているテントやギアをレンタルすることができる。そのため荷物を持ってくる必要が無く、最低限の着替えと財布さえ持ってこればキャンプが出来る素晴らしいシステムだ。
しかしその分金額はかさんでしまうものの、今まで特に浪費することがなかったため懐はそれなりに暖かい。それに、愛する彼女の為ならば財布の紐を緩めてしまうのは無理もないだろう。
受付を抜けて、僕らが割り振られた区画へと足を進める。やはり山奥に位置するだけあって、景色が素晴らしい。目下に広がる青々とした森が、夏の夕日に照らされ輝いていた。
もう今となってはなんの疑問も抱かず、二人で手を握って歩いていた。周りのキャンパーからの生暖かい視線にいたたまれなくなりつつも、花のように笑顔を咲かせている彼女を見るとその瞳に吸い込まれてしまいそうになる。我ながら、もう恵那以外のものが目に入って居ない気がする。
「あっ、あれかな?」
「63番……そうだね」
「めっちゃ豪華だ……!」
恵那の声で現実に引き戻された僕は視線を上げる。そこには様々な設備が揃った大きめのキャビンが鎮座していた。
「これ結構高かったんじゃない?」
「値段のことは気にせず楽しんで、そっちの方が僕も嬉しいから」
「ほんとに? それなら、お言葉に甘えて楽しませて貰います ♪ 」
「ぜひぜひ」
数人の諭吉に別れを告げることになったが、特に問題は無い。このためにアルバイトをしていたのだから。
とりあえず荷物を置くためにキャビンの中へと足を運ぶ。備え付けのベッドやソファ、ハンモックなどが存在しており、下手なホテルよりも清潔でリラックス出来る空間が広がっていた。大きなガラス窓の奥にはウッドデッキと焚き火台、チェアが並べられており、ブラインドのおかげで外から見られずにゆっくりと過ごすことができそうだ。
「こんなに立派な宿初めてだよ!」
「実を言うと僕もそうなんだ」
「なら、二人で一緒のハジメテ、だね ♪ 」
「そうなるね」
努めて冷静であろうとした僕は、なんだか素っ気ない返事をしてしまった。しかし真夏のせいだろうか、僕の顔は燃えるように暑い。それでも、こちらを覗き込んで満足気な表情を浮かべた彼女は、羽でも生えたかのように軽い足取りで奥の方へと歩いていった。
「ねぇねぇ! お風呂あるよ!」
「確か半露天風呂って書いてあったね」
「後で入るの楽しみだなぁ ♪ 」
「夕飯まで時間あるから先に入ってもいいよ? あれだったらご飯食べた後もう一度入ればいいし」
「ううん、楽しみは後にとっておこうと思うから今はまだ良いかな。それより、優太さんには結構わがまま聞いて貰っちゃってるけど、大丈夫?」
「そんなに心配する必要無いさ。恵那のお願いを聞くの凄い楽しいから、できることならなんでもするよ」
「ふ〜ん、なんでもか」
「ん? どうかした?」
「ううん! なんでもない!」
何か思いついたらしい恵那だったが、誤魔化したいようだったので深くは追求しない。できることならなんでもやってあげたいという言葉は僕の本心からのものだし、特に問題は無いだろう。
ーーーー
「そろそろ焼けたかな?」
「たべよたべよ!」
その後、ソファに座って二人でゆっくりしていると、いつの間にか夕飯の時間になっていた。運び込まれたBBQの材料と共に、冷蔵庫にしまってあった道の駅で買った食材を取り出す。
まずはナスのホイル焼き。採れたてのナスをアルミホイルで二重に巻いたものを焚き火の中に突っ込む。これで数分待つだけでトロトロの焼きナスが出来上がるのだ。
焼き上がりを告げるタイマーを止めて、アルミホイルを剥いでいく。少し皮が焦げているように見えるが問題は無い、これでいいのだ。縦に切込みを入れてゆっくりと皮をめくると、いい具合に焼きあがった黄色い中身が湯気と共に顔を出す。ここに少量の醤油とおろし生姜を添えて完成だ。
あまりの光景に二人で生唾を飲み込みながら箸を持っていく。黄金色に焼きあがった中身をゆっくりと口に運ぶと、そこはもう天国だった。
野菜とは思えないほどの強烈な甘みと旨み、トロトロの食感の中にアクセントとして生姜が顔を出す。暴力的な美味さを感じた口内を抜けて胃へと流し込む。その後もその旨みの余韻に浸る時間が続く。これはビールが飲みたくなる。が、しかし、今日は恵那と一緒だ。未成年の前で飲酒するのは憚られるため、今日は我慢だ。
「……ナスってこんなに美味しかったんだ」
「普段から食べている食材でも、料理の仕方やシチュエーションで大きく変わるものなんだよ」
「本当にすごいね、コレ」
焼きナスを皮切りにコースに入っていたお肉、玉ねぎ、きのこ類を平らげると、もうお腹がいっぱいになってしまった。残りの食材はもう少し時間が経ってからたべることにしよう。ゴミの分別をして、職員さんに渡した後はもう一度ダラダラタイムに入る。
「ねぇ優太さん、ここに座って」
「こうかい?」
「そうそう、よいしょー」
二人がけの大きなハンモックに座るよう促され、腰を下ろした途端に膝の上に彼女が降ってきた。心地よい重みを感じつつ、されるがままにしていると、おもむろに彼女は僕の腕を抱きかかえた。
「んふふ〜、優太さんの匂いだぁ」
腕に顔を押し当て恍惚とした表情を浮かべる彼女だが、暑い中バイクを運転していたため当然汗もかいているし、直前までしていた焚き火でお世辞にもいい匂いだとは言えないだろう。
「……汗と焚き火の匂いで、汚れてるよ?」
「そんなこと言ったら私もだよ! 優太さんは私の匂い、キライ?」
「……」
「 ♪ 」
沈黙は金だ。いやこの場合は別にそうでも無いかもしれない。ここで男の僕が肯定してしまったら変態のようになってしまうし、かと言って否定するのは違う。断じて違う。なので黙った僕は間違いじゃない。間違いじゃないはずなのだが致命的な間違いをしてしまった気がしてならない。
今後何度も思うことになるだろうが、今一度それを心から感じた。
(彼女には敵わないな)
ーーーー
穏やかな時間は緩やかに過ぎていった。見上げれば満天の星空。暗めの照明に包まれた静寂を破ったのは彼女の方からだった。
「そろそろお風呂入ろっか」
「そうだね、恵那が先に入るかい?」
「ん? 優太さん水着持ってきたんだよね?」
「……今は夏、川遊びの季節にはちょうどいいもんね」
「それもだけどさ」
ふわっと腰を上げた彼女から目が離せない。凄い嫌な予感がする。なんの事だろうか、彼女の言葉から頭では予想がついているはずなのだが、理性がそれを理解することを拒否しようとしている。
そんな僕にはお構い無しに、後ろ手に少し屈んで、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言い放った。
「せっかくだし、一緒にお風呂入ろ♡」
「……へぁ」
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