ーーサービスエリアでの出会いから数ヶ月後ーー
本栖湖より
ーーーーバイクを走らせる体に突き刺さる山梨の冷たい風が、冬の訪れを感じさせる。革ジャンの中に保温機能があるインナーを着込んでいるものの、やはりそれでも限度はあるようで身体がゆっくりと冷えていく。もう十一月も近いしな、と思考しながら大きな湖を横目にほどよいワインディングを流れるように進んで行く。いくつかのコーナーを抜けると視界が開け、今日の目的地である浩庵キャンプ場の管理棟が近付いてくる。
このキャンプ場は両親がまだ生きていた頃、よく一緒に行っていた場所だった。その跡を確認するようにアルバイトの無い週末には、過去に行ったことのあるキャンプ場を巡っているのである。
駐車場に単バイクを停めるためにスピードを緩める。その際、視界の右側に桃色の物体が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。
寒い中の運転で固まった身体を軽くほぐしながら管理棟に入って行く。入口のドアが開くと、暖房に暖められて、より引きたった木の香りが鼻腔を刺激する。芯から冷えたからだがじんわりと暖かくなるのを感じる。たいして大きい訳では無いが、ワークショップ用の小さな机や、キャンプグッズが所狭しと並べられており、ちょっとした秘密基地のような雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃいませー!」
「……どうも」
店の奥で客が入店した音が聞こえたのか、管理人らしき男がこちらに声をかける。恐らくなにかの作業中であった様だが、それを切り上げて足早にこちらへとやってくる。どうも、と無愛想に挨拶をする青年が目に入ると、驚きと懐かしさが半々のような表情を浮かべて話しかけた。
「あぁ! もしかして優太君? そうだよね! いやぁ、大きくなったねぇ、お父さん達と一緒に来ていた頃はこーんなに小さかったのに」
男は右手の親指と人差し指を丸めて小さな円を作りながらそう言った。親戚や親の知り合い特有の、いくらなんでも小さすぎる誇張表現を味わう。それにそんな小さな頃にキャンプ場に来れる訳が無いだろう。
管理人らしき男は私の肩に手を置くと、しみじみと感慨深いような表情を浮かべてこちらの顔を覗く。在りし日を思い出しているのか、私を通じて両親の影を見ているような感覚だ。
恐らく葬式にも来ていたのだろうし、私自身の見舞いに来てくれた人の中の一人だろうと予想するが、生憎思い出すことは無い。
「いきなりごめんね? 覚えていないかもだけど、私は君のお父さんと友人でね、よく一緒にキャンプをしていたんだ。せっかく来たんだし、ゆっくりしていきなさい。」
「……はい」
このままずっと立ち話(主に話しているのは一方のみだが)を続けていても仕方がないので、キャンプ場の手続きを進めよう。食材や薪が置かれているスペースを横目に、受付のカウンターへと向かう。男は手馴れた様子で、受付用紙とペンを取り出してこちらに手渡す。
「えっと、この紙に必要事項を記入してね。……はい、一泊二日のテント泊。ナンバーもしっかり書かれてるね。湖畔のロープで仕切られている場所ならどこに設営してもらっても構わないから。薪とかは林にあるものを自由に使ってね。それからーー」
日にちや名前などを用紙に記入するや否や、男はすらすらの慣れた雰囲気で説明を始めた。旧友の忘れ形見に会えた喜びからか、男はすこし砕けた口調で説明を続ける。つらつらと流れるように話しかけられるが、要所を抑えているのでとても分かりやすかった。聞き漏らしがないように青年もしっかり耳を傾けていたため、特に疑問もなく説明を聞き終えることができた。
「っと、こんな感じだけど大丈夫そう?」
「……はい、大丈夫です」
「一応ルールとか書いてあるパンフレットを渡しておくね、何かわからないことがあったらこの電話番号にかけてくれれば繋がるから」
男は心配そうな表情をしながらも、少し微笑んで青年に折りたたんだ紙を手渡す。そこにはキャンプ場受付の電話番号の他に、個人のものらしき携帯電話番号が手書きで添えられていた。普段はこのようなことはしないのだろうが、それは彼にできることなら何かしてあげたいという気持ちからのものだった。
(……解せぬ)
一方青年はというと、それはもうなんとも言えない気持ちになっていた。真剣に聞いていたのに、無表情と返事の遅さゆえだろうか、よく理解できなかったと勘違いされてしまったのだと感じた。少しむっとしながらもその紙を受け取る。
本当はただ単に久々に親戚の子供に会った親戚心のようなものだったのだが、心配された理由を青年が理解することは、今の彼にはできない。気を利かせた男の心遣いは、すれ違いにより無駄になってしまったのかもしれない。
「気をつけて、ケガが無いよう楽しんでいってね」
「……ありがとうございます」
管理人である男に軽く会釈をしてその場を後にする。まずはテントを設営して、その後に薪になるような木を探せば良いか。夕飯の時間は特に決めていないし、空腹感を感じてから済ませれば特に問題は無いだろう。そんなことを考えながら入口から外に出ようとすると、ちょうど管理棟に入ろうとしていた少女とぶつかりそうになる。
「あ、すみません」
「……こちらこそ、すみません」
お団子頭の小さな少女は青年に謝った。少女にも軽く会釈をして横を通り過ぎる。身長が小さい、中学生くらいだろうか。その後ろにも特に保護者らしき人は居なかった。流石に中学生が一人でキャンプというのは不用心では無いだろうか、という考えが浮かんだ傍から消え、停めてあった単車にまたがる頃には青年は興味をほとんど無くしているのであった。
道を塞ぐようにかけてあったチェーンを外し、坂を下ると大きな湖が私の目の前いっぱいに飛び込んでくる。オフシーズンだからか、以前来た時の記憶より些かに寂しげな雰囲気が漂っている。水が届かないよう注意しながら湖畔にバイクを停め、サイドバッグから年季の入ったテントとシュラフ、その他諸々のキャンプギアを取り出した。
雪のようなマークで統一されたそれらは、父の使っていたものだった。私が産まれてからは家族でキャンプに行くことが多く、ファミリーサイズのものを使用していたためソロ用のこの装備はめっぽう出番が無くなっていたらしいが、今一度日の下に引っ張り出されている。両親の遺品整理をしていた時に、物置の隅へ追いやられていたものの丁寧に管理されていたこれを見つけたのだ。
祖父母にも許可を貰い譲り受けたこの装備一式を今でも大切に使っている。
もう何度このテントを設営したか、去年の時点で四十回を越えて流石に数えるのを辞めた。十数分で設営を終えた私は焚き火の用意を整え、折り畳み椅子に座る。
(……まだ明るいから、焚き火は後で良いな)
一通り準備を終えた私は、いつも通り椅子に腰を下ろしたまま真っ直ぐ前を見つめる。ただひたすらに、真っ直ぐ。特に本を読むでも、携帯を触るでもない。思考は過去に飛ばして両親との思い出を振り返る。
まるで映画を見ているように、楽しい場面が切り替わる。そしてその終わりはいつも同じ。幸せになることの無い現実を見せつけられる。
それでも青年はそれを辞めることはない。結末が同じだろうと、両親との思い出を感じることの方が大事だった。
今日も彼は焼き魚定食を作るのだろう、脇に置かれた保冷バッグからは魚が顔を覗かせていた。
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