「一緒に……お風呂?」
「そう、お風呂。入ろ?」
「えっと、普通に別々に入ればいいんじゃないかな?」
「なんでも言うこと聞いてくれるっていったじゃん」
「……ハイ」
「それじゃ、着替えてくるね ♪ 」
突然切り出された予想外の提案に難色を示そうとするも、自らの宣言した言葉によって後退する道を塞がれてしまった。こんなことがあっていいのだろうか。もちろん僕としては嬉しいことこの上ないが、付き合っているとは言え相手は高校生、自分は大学生だ。倫理的によろしくないのではないだろうか。それでも言ってしまった以上は仕方がない。心頭滅却して望む他ないだろう。
心を無にして服を脱ぎ、持ってきたビーチパンツとラッシュガードを着る。どれくらいの時間が経っただろうか、彼女を待つほんの数分が何時間にも長く感じた。
まるで悠久の時間を過ごしているかのように錯覚していたその時、扉が控えめな音を立てて開く。
「おまたせ、どうかな?」
「……うん、可愛いよ」
「良かった ♪ 」
そこに現れたのは爽やかな青色のビキニを纏った彼女だった。川で遊ぶには少々露出が多いのではないかと思ったが、最初からこのつもりで持ってきていたとしたら不思議では無い。彼女の健康的な肌が惜しげも無く晒されており、控えめな証明に照らされているだけなのにとても眩しく感じた。
まじまじと見てしまっていただろうか、身体に腕を回して少し恥ずかしそうにする彼女は、こちらにじっとりとした眼差しを向けて声をかける。
「……優太さんはラッシュガード着てるんだ」
「あぁ、昔の傷が残ってるからね」
「やっぱり見られたくない?」
「僕は気にしてないけど、あまり周りが見て気分の良いものじゃないからね」
「……見せて」
「……恵那?」
僕の手をとり、顔を覗き込みながらこう言った。
「私には隠さなくていいから、全部見せて。私は優太さんの全てが見たいから」
「……わかったよ」
握られていた手を解き、僕はラッシュガードのジッパーに手を伸ばす。
ゆっくりと下げられたその間から、ほっそりとしつつも筋肉質な胸板が現れる。そこには事故の名残だろうか、手術の際に出来たのかは分からないが、大きな傷跡が残っていた。時間は経っているため生々しさは感じないものの、それは彼の過去の傷として、決して小さくない存在感を放っている。
脱ぎ終わったラッシュガードを畳んでチェアにそっと置く。その間にもずっと、彼女の視線が自分の体に刺さっているのを感じる。やはり、見てて気分の良いものでは無いだろう。少し脱いだことを後悔していると、再び彼女が正面に現れる。
「……これが」
「そう、結構大きな傷だから跡が残っちゃってさ」
「……」
彼女がゆっくりとこちらに手を伸ばす。傷跡を指でゆっくりとなぞる。
自分の今まで隠していた所を彼女にさらけ出している事実に、少し恥ずかしさを覚えるものの、不思議なことに嫌悪感は一切無いのでされるがままにしている。細い指でゆっくり上下に傷跡をなぞる。
「……さすがにちょっとくすぐったいな」
「……! ごめんね、なんか愛おしくなっちゃって」
「?」
「今この瞬間、私だけが優太さんの傷を知ってるって思ったら、なんだかね」
「そうか……、そろそろ湯船に浸かろう。流石にずっとこの薄着だと風邪ひいちゃうよ」
「それもそうだね ♪ 」
七月とはいえ標高が高いここは夜になると少し冷える。水着のまま居るのはあまりいい判断ではないだろう。ウッドデッキからもうひとつのパーテーションで仕切られた入浴スペースに足を踏み入れる。
二人が入るには少し手狭そうだが、無理ではない広さの露天風呂が一つ。髪や体を洗うための場所が一つ存在していた。
「先に身体洗わないとね ♪ 」
「そうだね、どっち先にする?」
「優太さん先でいいよぉ」
「わかった」
ということは恵那が先に湯船に浸かるのだろう。僕はなんの疑いもなく備え付けの小さな椅子に腰掛け、髪をシャワーで濡らす。シャンプーを済ませ、リンスを手に取った所で後ろから気配を感じると同時に白く細い腕が伸びてくる。
「……どうしたの?」
目の前には大きな鏡があるが、湯気で曇ってよく見えない。それでも、彼女が僕の耳元まで顔を持ってきている事だけは理解出来た。
「お背中流しますね ♪ 」
「……今日は恵那のリフレッシュ旅行だよ?」
「私がしたいと思ったからするの、それとも……嫌?」
「……よろしくお願いします」
僕の手からリンスをひったくった彼女は、それを手のひらでのばすと丁寧に髪に馴染ませていく。
「痒いところは無いですかぁ ♪ 」
「……大丈夫です」
リンスを馴染ませ終えた彼女は、次にボディソープへと手を伸ばす。それをまた手で伸ばし、背中側をゆっくりと撫でるように洗い始める。背中から肩、首にかけてマッサージをするように洗っていく。優太さんの背中やっぱり大きいねというセリフと共に、彼女の細い指が全身をゆっくりと這って行く感覚を味わいながらその時間が終わるのを待つ。
ついにその手が前にまで伸びてきた。胸板と腹筋をなぞるように洗われると、自然と彼女の身体が密着する。背中に柔らかな感覚が二つ出現する。
もう流石に限界だ。
「……前は自分で洗えるから!」
「そっか、残念 ♪ 」
直ぐに身を引いた彼女に安心しつつ、残りの箇所を自分で素早く洗う。急いで泡を流し終えた僕が振り返ると、小悪魔のように扇情的な表情を浮かべた彼女がしゃがみこんでこちらを見ていた。
「どうだった?」
「……とても良かったです」
「それじゃ、今度は優太さんの番♡」
「……つまり」
「私の背中洗って?」
先程まで僕が座っていた椅子にそっと腰掛けた彼女は、鼻歌を歌いながら洗われるのを待っている。これはもう腹を括るしか無いかもしれない。
シャワーを出し温度を確認しながら、顔にかけてしまわないようにゆっくりと彼女の髪を濡らしていく。適量のシャンプーを手に取り、地肌からゆっくりと力をかけていく。綺麗な髪を痛めないように細心の注意をはらって洗う。
「力加減は大丈夫?」
「うん、とっても気持ちいい♡」
満足そうで何よりです。
シャンプーを流し、リンスを馴染ませた。そしてここからが山場だ。変なところに触れてしまわないように先程よりも神経を集中させて挑む。首から肩にかけてボディソープをつけて洗っていくと、なんとも気持ち良さそうな声を出しながら身体を預けている。腕や手を洗っていると、こちらをからかう様に指を絡ませて来るからタチが悪い。
僕が担当するべき箇所を洗い終えたため、僕の手に着いた泡をシャワーで流す。すると彼女は首にある水着の結び目に手をかけた。
「前は洗ってくれないの?」
「流石に前は管轄外です。許してください」
「うふふ、はぁい ♪ 優太さんは先にお風呂入っておいて」
彼女は僕の反応を見て満足したのか、自分で身体を洗い始めた。緊張から開放された僕はどっと疲れが来たようで、ふらふらとした足取りで湯船へと浸かる。横のシャワーから聞こえてくる水音を聞きながら、視線を空へ移す。そこには変わりなく綺麗な星空が広がっていた。
開放的な風呂でリラックスしていると、ふいにシャワーの音が止まった。ひた、ひたと軽い足音が近付いてくる。
「おじゃましまぁす ♪ 」
「……どうぞ」
僕の足の間に座るとゆっくりと背中をこちらに預ける。彼女の小さな身体が残っていた湯船のスペースにすっぽりと収まる。できるだけ彼女の肌に触れないように腕を湯船の外に放り出していたが、不満気な顔した彼女に湯船の中へと引き摺り込まれた。何処に置けば良いか分からず漂っていた両手が彼女の手によってお腹の上へと誘われる。
自分の気持ちを理性で押さえつけるのに必死な僕だが、対照的に彼女はとてもリラックスしているようで、はふぅ、という気の抜ける声が聞こえてくる。
無言の時間が続いたもののそこに気まずさは無く、穏やかな時間が過ぎていった。
ーーーー
風呂を出ると僕はスウェットパンツとパーカー、恵那は可愛らしいライムグリーンのパジャマに着替え、キャビンの中で会話を続ける。今までの思い出や、これからの事をゆっくりと話す。出会いから今に至るまで、様々な出来事があった。あの時はこんな気持ちだった、こんなことを考えていた、結構同じ事を考えていた時もあり二人で笑ってしまうこともしばしば。
気付けばもう夜の十一時を回っていた。
「そろそろ寝ようか」
「そうだね ♪ 」
「……一応聞くけど、ベッド二つあるけどどっちで寝る?」
「一緒♡」
「ツインの部屋なんだけd」
「一緒♡」
「ですよね」
有無を言わせず食い気味に添い寝を宣言した彼女に逆らう術を僕は知らない。大人しく彼女の希望を叶えることだけに集中しよう。
シングルベッドを二つ寄せ合い、一つのベッドへと変形させた状態で布団を被る。電気を消すと、柔らかな月明かりが窓から伸びている。
お互いの呼吸音が静かな部屋に木霊する。やはり少し落ち着かず、なかなか寝付けそうに無い。
ふと彼女はどうだろうかと目線を向けると、同じタイミングだったのか、それともずっとこちらを見ていたのか、恵那の綺麗な瞳と目が合う。
「ふふ、ドキドキして眠れないや ♪ 」
「……僕もだよ」
「……こっち向いて?」
目を逸らしながら彼女と話しているとそんなことを言われる。やけに声が近い気がする。振り返ると今度は目の前に彼女の顔がいっぱいに広がっていた。
「びっくりした?」
「とてもびっくりした」
「どっきりだいせぇこ〜♡」
そう言うと正面から僕に抱きつく。薄いパジャマから感じる体温と柔らかさ、漂ってくる自分と同じシャンプーの香りに脳が焼けるような感覚に襲われる。僕の腕は自然と彼女の身体を包み込んでいた。
どちらともなく顔を近付ける。彼女の柔らかな唇が触れる。一回、二回、それでも満足出来ないのか、より一層深く、彼女は繋がりを求めた。口内に侵入してくる今まで感じたことない柔らかさを持つそれは、驚く程に熱く、甘美なものであった。
息をするのも忘れ、お互いが苦しくなるまでそれは続いた。
永遠にも感じるその時間にも終わりはやってくる。ようやく離れた二人の口からは、今までの行為を示すかのように銀色の糸が残っていた。
「……ねぇ、シよ?」
「……ダメだよ、まだ卒業前なのに」
「良いじゃん、今からでも後でも一緒だよ。どうせすることになるんだからさ♡」
「……」
「……? どうしたの?」
彼女の提案はとても魅力的で、本能ではそれに乗ってしまえと考えている自分が居た。あと数秒でも悩んだら結果は違っていたかもしれない。それでも僕は残っていた最後の理性で必死に押さえつけて彼女を抱きしめる。
「そりゃ僕だって男だから、そういう事もしたいさ」
「……それなら」
「それでも、今は違う。恵那だって受験前の大事な時期だ。それに僕は君の両親に任されてここに連れてきたんだ。だから、恵那とちゃんと向き合って、責任をとれるようになってからじゃないと、僕は誰にも顔向けができない」
「……そっか ♪ 」
「……ごめんな」
「謝らないで、私が悪いんだもん。我慢出来なくなっちゃって」
少し落ち込んだような声色で続ける。
「最近会えない日が続いてたし、寂しくて、その想いに歯止めが効かなくなっちゃってた……。それでも、優太さんが私のことをちゃんと考えてくれてるってわかったから、私は今とっても幸せだよ」
だから、と耳元でこう告げた。
「卒業したら、いっぱい愛してね♡」
僕の記憶はここで止まっている。今まで何とか耐えてきたが遂に限界を迎え、どうやらキャパオーバーで気絶してしまったようだ。しかし、僕は守りきったのだ。最後のラインを超えずに一晩を過ごす事ができた。
「おはよ〜優太さん」
「ああ、おはよう恵那」
爽やかな朝日に照らされる彼女の顔を見て挨拶を返す。こうして無事、一泊二日のグランピング旅行が終わったのだった。
ちなみにこれは九時半の出来事なので、チェックアウト時間が迫っている事を知った二人が焦り散らかしたのは想像にかたくない。
ギリギリのラインを攻めていくスタイル。今回のお話は賛否両論まじであると思うので、皆様の感想ぜひお聞かせください。よろしくお願いいたします!