暫くすると酔いも覚めてくる。僕は水の入ったペットボトルを片手に、着々と夕飯を準備する彼女らの様子を観察している。
どうやら今日はピザを焼くらしい。
「生地はこんな感じでええな」
「あおいちゃん! 具材切れたよ!」
「おおきになでしこちゃん」
「あとはシマリンの火起こしを待つだけだな」
「今終わったよ」
「リンの手際の良さはプロみたいだねぇ ♪ 」
「だから何のだよ」
わちゃわちゃしながらも各々が自分の仕事を全うしている。皆が料理の準備をしている中、恵那は皿やコップ、テーブルなどの用意をしていた。
「僕もそろそろ動こうかな」
「本当に大丈夫?」
「あぁ、もう何ともないよ」
「そっか ♪ それなら優太は飲み物用意してくれる?」
「了解」
恵那から任務を拝命した僕は、先生の車に積んであったクーラーボックスの中から飲み物を取り出していく。しっかり酒以外の飲み物も用意していたようで、ジュースやお茶を用意しながら少し安堵する。
先生ならやりかねないと思っていたが、流石に杞憂だったようだ。
「それじゃあ一枚目焼くで〜」
「待ってました!」
「炭で焼くから一瞬で出来上がるだろうね」
今日持ってきた荷物の中にはなんとピザ窯があったのだ。このピザ窯は、焚き火や炭の上に設置するだけで良いというなんとも素晴らしい調理器具だ。すっぽりと焚き火台を覆うように乗せられたそれにはオーブントースターのように開閉する扉が備わっており、中の温度を高音に保つことで窯としての役割を果たしている。
「リンちゃん、もう出来たかな?」
「まだ二十秒も経ってないぞ」
「でもわたし待ちきれないよぉ〜……」
「……まぁ気持ちはわかるけどさ」
全員が肩を寄せ合いながら、扉についた小さな覗き窓に視線を集める。その後ろ姿がなんとも微笑ましかった。
それからものの数分でピザの焼ける良い香りが辺りに漂ってくる。
「んぐぅ……もう夕飯の時間ですか?」
「あ、先生! ようやく起きた〜」
「何だかいい匂いがしますね」
「今日はピザですよ」
「っ! ワイン!」
「もう用意しましたから」
僕の言葉を聞いてワインに飛びついた彼女は、気付いた時にはもう既にコルクを開け終え、コップに注いだそれを口に運んでいた。
あまりにも早い飲酒。特に見逃す事は無いけど、仮に見逃した所で別に意味は無い。
「ねぇねぇあおいちゃん! もういいんじゃないかな?」
「せやなぁ、そろそろ……っ! ……今や!」
カパッ
「「うぉぉぉ!!!」」
「こ、これは……!」
「凄い……! めっちゃ美味しそう!」
ふっくらと膨らんだ生地に、今にもこぼれ落ちそうな程にとろけているチーズ。ピザソースがトマトやベーコンと共にグツグツと聞き心地の良い音を奏でている。
キャンプ場での焼きたてピザという暴力的な光景に全員が目を奪われていた。
「それじゃあ早速……」
「「「「「……ごくり」」」」」
はむっ
取り出したピザを素早くカットし、熱々のうちに口へと運ぶ。
「ぅ……うんまぁー!!」
「はふっ、はふっ」
「あっつ、うんまっ! あかん、我慢できひん!」
「……!」
「こんな美味しいピザ初めてだよ!」
「……ワインと合いますね」
「そうでしょう! ピザとワインが合わないわけないんです! 前回の屈辱を果たすことが出来るとは……もう私本当に嬉しいです! それに」
「次! 次すぐ焼こ!」
「せやな!」
長くなりそうな鳥羽先生の言葉を遮りながら、各務原さんと犬山さんは第二弾を窯へと突っ込む。
オーソドックスなベーコンピザから始まり、蜂蜜カマンベール、しらすと海苔の佃煮、キノコと野菜など、様々な種類のピザを次々焼いていく。
口内を若干火傷しようと構わない、それらが焼き上がった瞬間に全員で口の中に放り込む。
そんなピザパーティは、全員の満腹感と、そして何よりピザの具材切れによって幕を閉じた。
ーーーー
顔に触れる寒い空気で目が覚める。寝袋から抜け出しテントから顔を出す。
まだ朝日が昇る前だろうか、あたりはまだ少し薄暗い。隣のテントで寝ている皆を起こさないよう静かに上着を羽織り、朝の散歩に出かけようかと思っているとゴソゴソとした音が聞こえた。
「あ、優太。おはよぉ ♪ 」
「おはよう恵那。今日は早起きだね」
「昨日は早めに寝たからねぇ。どこ行くの?」
「僕も早めに目が覚めたから、散歩にでも行こうかと」
「私も行く〜 ♪ 」
「はいはい、急がなくて良いから」
思わぬ同伴者が生まれた朝の散歩だったが、恵那と行けるなら一人より楽しそうで良いだろう。
「うぅ〜、やっぱりまだ寒いね」
「手でも繋ぐ?」
「うん!」
まだ僕ら以外起きていないのか、静かなキャンプ場を手を繋ぎながらゆっくりと歩く。
「そういえば、みんなとはこのキャンプ場でお別れだね」
「? この後どこか行く予定なの?」
「愛知も近いし、久々に実家に帰ろうと思って」
「ふーんそうなんだ……それ、私も着いてっていい?」
「別に構わないけど、装備が無いと後ろ乗せられないよ」
「それなら大丈夫、ちゃんと持ってきたから ♪ 」
「……通りで荷物が多かった訳だ」
「そう ♪ 本当は帰りに乗せて貰おうと思ってたんだけどね」
「なら、まぁ良いかな」
「やったぁ ♪ お母さんたちにLIMEしとこーっと」
嬉しそうに隣を歩く彼女を見ながら、祖父母のことを思い出す。今日帰ることは伝えてあるけど、いきなり彼女を連れてきたら驚くだろうな。
それでも、僕が元気でやっている事を伝えられるだろう。今までして来れなかった親孝行、のような事が出来るかもしれない。
これからの予定に二人で胸を膨らませながら、テントへの道を軽い足取りで歩いていく。
朝食を終え、後片付けを済ませるとチェックアウトの時間が迫っていた。忘れ物が無いことを確認し、受付へと向かう。
「それでは皆さん、お元気で」
「また皆でキャンプしようね!」
「またすぐ会えるよ」
「お二人とも、またなぁ〜」
「野クルは……永久に不滅だぁ!」
「では、他の皆さんはしっかり送り届けますから。優太さんは斉藤さんのこと、よろしくお願いしますね」
「はい、任されました」
「みんな、またね!」
短い別れを終えると、僕ら二人は駐車場から出ていく原付と車が見えなくなるまで手を振り続けているのだった。
「それじゃあ、僕らも行こうか」
「そうだね ♪ 優太の実家、楽しみだなぁ」
「特に何も無いけど、良いところだよ」
そう言うと僕らは、先程彼女らが出ていった方向とは逆にバイクを発進させる。目的地までは二時間ほどだろうか。
後ろに乗る彼女へ負担がかからないよう慎重に運転していく。
高速を抜け、実家に向けて下道を走る。久しく帰省していなかったが、様子はあまり変わっていない。少しだけ店が変わったり、道が綺麗になっていたりという変化はあったものの、ほとんどがあの頃のまま。
懐かしい景色を横目に走っていると、僕らを優しく迎えてくれているように感じた。
「お疲れ様、着いたよ」
「ここが……優太の実家?」
「そう」
「……喫茶店だよ?」
「そうだよ」
予想外だったのか、ぽかんとした表情を浮かべながら恵那は固まっていた。
名古屋は喫茶店の聖地と言っても過言ではないだろう。あちらこちらに店が乱立している。
例に漏れずうちもそうだった。祖父母の二人で経営している小さな喫茶店は、地元の人達に愛される古き良き喫茶店の様相を残していた。
「とりあえず入ろうよ」
「あ、うん。そうだね」
CLOSEDと書かれた立て札を無視して玄関へと向かう。
年季の入った懐かしい扉に手をかけて少し押すと、カランコロンという音と共に店内のBGMが聞こえてくる。
「……おかえり」
「よう帰ってきたな」
「っ!…………ただいま、おじいちゃん、おばあちゃん」
そこには、あの日と変わらず、笑顔を浮かべながら僕の帰りを喜んでくれる祖父母が立っていた。今までこの人たちの目を見て話すことが出来ていなかったため、今日初めて知ることが出来た。
(こんなに優しい目をしていたのか)
祖父母はうんうんと頷きながら僕の肩を叩くと、自然と後ろに立っていた少女も目に入る。祖母はそれを見ると彼女に声をかける。
「あなたが優太の彼女の?」
「はい! 斉藤恵那と申します!」
「そんなに固くならんでええわ。ゆっくりしていきなさい」
彼女の反応を見て笑みを浮かべた祖父は、エプロンを外しながらそう言った。
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ、可愛らしい子ねぇ」
テーブル席へと案内された僕らに暖かい珈琲が運ばれてくる。今まで何となく飲むものと言えば珈琲だったが、ここでの思い出がそうさせていたのかもしれない。
僕の隣に恵那、対面に祖父母が座る。
「改めて、ただいま」
「「おかえり」」
「まず初めに。今まで心配かけて、ごめんなさい」
「……そんなこと」
「婆さん…………。続き、はなしや」
「ありがとうおじいちゃん……これまで散々迷惑かけて、優しく接してくれたおじいちゃん達に何も返せないまま過ごしてきた。……会いに帰ることさえ出来なかった。自分のことで精一杯で、周りを見ることなんて出来なかった」
祖父母は黙って僕の話を聞いてくれている。
「だけど、ここにいる彼女に出会って、変わることが出来た。遅くなっちゃったけど、これから、恩返しさせてください。今まで沢山迷惑をかけてしまって、全部返すのにどれだけかかるか分からないけど……。それでも」
「もうええ」
突然、祖父の言葉に遮られる。
「もう、ええんよ」
そう言った祖父の目には涙が浮かんでいた。
「ワシらじゃ、優太の心を救う事が出来んかった。両親の影を追い続けるお前を、覚まさせることが出来んかった。それを君が助けてくれたんやな……」
恵那は祖父に向けられた視線に臆することなく、自信を持って頷いた。
今にも涙がこぼれ落ちそうな目で、祖父母は僕を見ている。二人とも言いたいことは同じだったようだ。
「優太……」
「「……本当に、大きくなったなぁ」」
「っ……! おじいちゃん、おばあちゃん……!」
とめどなく溢れる涙を流しながら、本当の意味での再会を噛み締める。ぽたぽたと手に水滴が当たるが、嬉しさの涙はこんなにも暖かいものなのだろうか。
「……良かったね、優太」
そっと重ねられた手は、少し濡れている。
店内の照明で照らされた二人分の涙は、宝石のように美しく輝いていた。
次で今日の分ラストです。